46.世界最強の細菌. 6−30−97. Part−1: 病原性大腸菌O−157の集団食中毒から、人により主体は違いましょうが、多くのことを学びました。顕微鏡を使わなければ見えない程微細な生物がどのようにして、ヒト等の大動物を殺すことが出来るのでしよう。このような疑問は、微生物に魅せられた我々微生物のプロが共通して抱いた学問への出発点なのです。病気を起こす力(病原性と呼びます)が強ければ強いほど猛烈な闘争心と興味がわいて来ます。病気にかかると恐いけれどその微生物はとてもチャーミングな科学の対象物なのです。 Part−2: 細菌の種類によっては、極めて強力な毒素を産生します。細菌の毒素には、作用や物性の違う毒素が何種類もあります。毒素の定義と種類等については、次の47で説明します。ここでは毒素の強い菌を紹介します。代表的な毒素産生菌の産生する強力な毒素を表に示します。ここに挙げた毒素は、ホンの少量でもその毒作用を示しますので、その量を表現する単位は普通の一般人は通常聞いた事も無い単位を用います。その単位は次のような関係になります:1グラムは千ミリグラム、1ミリグラムは千マイクログラム、1マイクログラムは千ナノグラムとなります。言い換えると、1グラム=10億ナノグラム=百万マイクログラム=千ミリグラムになります。
Part−3: 細菌の毒素の致死量やその作用は、普通実験動物、例えば、マウスやラットを用いて測定します。ヒトに対する致死量は、当たり前ですが実験的には測定出来ません。ヒトに対する致死量は何かの人身事故があった場合に、偶然に判明することがあります。ヒトにたいする作用濃度等は、この濃度まで用いても死なない量としては、ボランティアーの協力があれば算出できます。 Part−4: 昨年大流行し、また今年も話題になっている病原性(出血性)大腸菌O−157では、大勢の子供やお年寄りが亡くなりました。腸管に作用して出血させますので血液を含む赤黒い下利便がでます。更に腎臓を犯します。出血を起す毒素と腎臓を犯す毒素は、多分違うものでしょう。 O−157では毒素を調べるときに用いる細胞の名前をもちいてベロ毒(2種類あり)と呼んでいます。赤い下利便を出す代表は赤痢(赤い下利の意味)ですが、この赤痢を起す赤痢菌にも毒力の強い赤痢菌と弱い赤痢菌があります。赤痢菌の中でも一番毒性の強いのは丁度100年前に宮城県出身の志賀潔が発見した志賀菌赤痢菌です。 Part−5: 大変に恐れられているO−157の毒素の強さは、多分志賀赤痢菌と同程度と思われます。赤痢菌は、私達病原性微生物を扱うプロでもすぐに感染するほど、感染力の強い菌です。その赤痢菌の毒素1グラムは、1万5千人の人間を殺す力があることになります。大変な殺傷力です。 ところが、破傷風菌やボツリヌス菌は、赤痢菌等とは比較にならぬ程強力な毒素を産生し、1グラムで体重50キロの人を1千万人を簡単に殺す事が出来ます。 日本の総人口は約1億2千万人ですから、破傷風菌やボツリヌス菌の毒素が12グラムあれば全ての日本人をゼロにすることができる計算になります。実際はそんな簡単にはいきませんが。 体重1キロの動物を1ナノグラムで強力な毒素は殺すことができますが、微生物学で用いる技術は1グラムの1億分の1の量を正確に測定できます。 普通恐い病気に上げられているジフテリア菌やコレラ菌は、破傷風菌やボツリヌス菌に比較して、どのような感想をもたれますか。我々プロが恐いというのは、本当に恐ろしい病気であることが、ご理解頂けるかと思います。 世界最強の毒素産生菌は、破傷風菌やボツリヌス菌ということになります。「食品の品質評価」に記載しましたが、カラシレンコン事件は、このボツリヌス菌の混入による、毒素による死亡事故でした。恐ろしい話です。 |