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50.競走馬と蚊とり線香.7−13−97.



  蚊が発生する季節になりましたので、蚊によって媒介されるウイルスの病気について説明します。

その1.

 一昔前までは日本全国のほとんどの家庭で、夕方になると蚊とり線香や除虫菊等を焚いてその煙で蚊を追い払ったり、寝る時には蚊帳カヤをはってその中で寝たものでした。現在でも蚊は居るのですが、アミ戸を使うのでカヤは殆ど使わなくなりました。この蚊が恐ろしい病気をばいかいするのです。ここでは日本脳炎を、次に51でデング出血熱を、52で黄熱を取り上げます。

その2.

 日本国内には、冬にはやる脳炎と夏に流行する脳炎と2種類があったそうです。冬型をA型日本脳炎、夏型をB型日本脳炎と専門的には分けていたようです。ところが不思議なことにA型日本脳炎は、原因が良く判らないうちに日本国内から消えてしまいました。夏にはやるB型日本脳炎のみが現在も残っています。

 毎年夏になると「日本脳炎の患者」がおおぜい発生し、その中でかなり多くの人々が治療の甲斐もなく亡くなりました。戦前の話ですが、日本脳炎のある患者さんが、東京港区にあります「北里研究所付属病院」に入院してきました。残念ながらその患者さんは亡くなりましたが、主治医と北里研究所のウイルス学者達は、患者さんが残していって下さった色々な臓器を用いて、原因追求の研究を開始しました。

 患者であったヒトの脳をすりつぶして、マウスの脳に注射しました。数日後にマウスは、マヒを起こして死にました。その死んだマウスの脳を健康なマウスの脳に注射しても、やはり注射されたマウスは全て脳炎を起こして死にました。世界で初めて脳炎を起こすウイルスが北里研究所で分離されました。ウイルスを分離した人は笠原先生というウイルス学者で、脳を残して下さったのは中山さんという方でした。日本で分離された日本脳炎ウイルスの代表株を中山株と現在でもウイルス学者は呼んでいます。つい最近までの日本脳炎ワクチンは、この中山株ウイルスをマウスの脳で殖やして作っていました。中山さんの脳は形を変えてウイルスをワクチンとして残し、全世界で数億人から数十億人の数え切れないほど多くの人間を日本脳炎から救ってくれました。

その3.

 その後の研究から、日本脳炎は「コガタアカイエカ」という蚊によって人から人に原因ウイルスが伝達されることによって起こるウイルスによる病気であることが判明しました。コガタアカイエカは、お腹がすくと、血液を吸うためにヒトを刺します。その時に、蚊の唾液腺ダエキセンにいたウイルスが、ヒトの血管に注射されるようなかっこうで、体内に入り込み、血液を介して全身をかけ回り、脳に到達して脳炎を起こします。コガタアカイエカは、少しでも水タマリがあれば殖える普通の蚊ですから、どこにでもいます。蚊は二酸化炭素が好きで寄ってくる性質を利用して、お墓などに少量のドライアイスを持っていきますと、たちまち多くの蚊を集めることが出来ます。

その4.

 各都道府県には衛生研究所という地域住民の衛生と健康を衛マモルための研究所があります。各研究所は、春から秋まで蚊を集め、ウイルスを持っているかどうかを試験しています。日本脳炎ウイルスが最初に分離されるのは、例外なく南の地方で、1週間程度の間隔で段々と北上し、北海道等一部の地域を除き、アットいうまに全国の研究所でも分離されるようななります。日本国内が南から北に日本脳炎ウイルスで汚染されてくる状況が良く解ります。南に生まれた蚊が自力で北まで飛んで来るのでしようか、とても不思議な現象です。

その5.

 現在でも日本全国の蚊は、ある時期になると日本脳炎ウイルスを持っています。しかし、日本脳炎の患者は、近年ごく少なくなり、幸いなことに日本では夏になっても日本脳炎をあまり恐がらなくてもよくなりました。蚊がウイルスを持っているのに、なぜ病気は少なくなったのかは良く解っていません。田圃タンボや畑に大量の化学肥料、農薬や除草剤を使うようになって、タンボなどで発生する蚊が極端に少なくなった事、および住宅地などでの衛生環境が整備されたので衛生的で健康的な住まいになったのでここでも蚊の発生が昔ほど多くなくなった事等は、確かに大きな要因でありましょう。

その6.

 戦後日本の経済状態があまり良く無かったとき、手っ取り早い換金法として、多くの農家に養豚を盛んに奨励したことがありました。屠殺所に集まるブタの多くは1歳未満だそうで、前年の夏を経験したブタはほとんどいません。換金の為に1年以内に肉になってヒトに食べられてしまいます。 ブタが日本脳炎ウイルスの感染を受けていれば、ウイルスに対する免疫抗体を持っているはずです。そこで、屠場の協力を得てブタの血液を入手して、抗体の保有状況を調べると、大変に面白い結果が得られます。各衛生研究所で得られた蚊からのウイルス分離率とブタの抗体保有率を日本地図に記していくと、ウイルスの北上する様子が手にとるように解るのです。

その7.

 経済状態が良くなると、都市部および住宅地で養豚業を営むのは難しくなりました。その結果日本では、都市部の外側の近郊に大型の養豚場が作られるようになりました。日本脳炎ウイルスは、ブタが感染すると胎盤でも良く増殖しますから、ブタは流産・死産を経験します。大型養豚業になりますとブタが病気になると経済的な痛手を被ります。そこで、ブタが病気にならないよう、例えば日本脳炎のワクチンを接種するようにりました。そのような場所でのブタは、上に書いたように蚊に刺されてウイルスの感染を受けていますが、病気にはならないようです。

その8.

 日本脳炎は、日本国内でこそ少なくなりましたが、一歩国外特に東南アジアに出ると、日本脳炎は猛威を振るっています。どうして国内には少なくなった日本脳炎が国外で多いのでしょう。日本は、工業製品と一緒に日本脳炎を輸出しているのでしようか。 日本脳炎が猛威を振るっている国は、かつての日本と同じように経済的に発展期にあります。このような国では、一次産業としての農業の振興が盛んです。どこの農家でもブタを数頭飼って生計を助けています。

 コガタアカイエカは、本来ヒトよりはウマやブタ等の動物の血液の方を好むのだそうです。ウマが近くにいなければブタを刺すが、ブタもいなければヒトを刺すようです。

 多くの国にいくと蚊が多いのに驚きます。この蚊がウイルスをブタの血液から貰い受け、場合によってはヒトにプレゼントしてくれるのです。

その9.

 タイ国はずいぶんと長い期間経済的に大発展を続けています。そのような背景からと思いますが、バンコクでも競馬が盛んに行われています。日本国内の競馬場と多少違い、緑の芝生よりはモウモウと立ち上る砂煙の凄さが印象的です。

 タイ国は競走馬を全て輸入しているらしいのです。どこから購入するのかは定かではありませんが、多分イギリス等からなのでしよう。イギリには、日本脳炎は存在しませんから、イギリス生まれの馬は日本脳炎の洗礼を受けていないはずです。

 無防備のウマを日本脳炎の流行地に入れるとどうなると思いますか。輸入するウマは、ウイルスの洗礼を直ぐに受けるそうです。多分現在はワクチンを接種した後にタイ国内に搬入しているものと思われます。どこの国でも動物や植物の検疫を厳しく実施する意味が理解してもらえたかと思います。

 国外旅行は、コレラ等の細菌性感染症のみならずウイルスの病気にも気をつけることが大切です。

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