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72.トリのインフルエンザはなぜヒトに感染しにくいのか.  12-22-97.

 良くない表現かも知れませんが、超一流企業の会長さんから、「最近のニュースでよく放映されているインフルエンザウイルスの感染経路とメカニズムに関する周辺情報が欲しい」との依頼をうけました。大変に難しいご依頼なのですが、私の知る範囲で説明を試みます。

 ウイルスの生態学については、「旅(微生物学教室35周年記念誌)」の第3部、「新しい病原微生物学」のなかに「病原ウイルスの生態学」という項目がありますので、是非参考にして下さい。著者の大谷明先生は、世界的な日本を代表するワクチン学者であり、ウイルスの生態学を専門にされている方です。

PART-1. なぜ鳥類→ブタ→ヒトへの感染が起こるのか

 北極圏からカモなどの渡り鳥が中国南部へ飛来し、そこで鳥類・ブタ・ヒトの濃密な共存関係から新型のウイルスが生まれると言われているが、どのような同居形態が存在するのだろうか。

 新型のウイルスが作られているのではないかと推測される中国南部のある地方にウイルスの専門官が調査に行って撮ってきた写真を見せてもらった時の記憶をもとに話を始めます。

 ニワトリを飼育している現場は、普通の農家が庭先や田畑でニワトリを飼っている程度であった。この光景は、日本国内の大型養鶏場などとは比較にならない極めて小規模な養鶏業(?)であった。ところが、仲買人が農家の庭先からニワトリを買い、自転車やリヤカーに積んであるカゴに入れられ、段々と大きな業者に買い取られていくうちに、一ヶ所に収容されるニワトリのカゴは膨大な数に膨れ上がり、数段に積み上げられて大きな棚が何十棟になっていた。このような業者が軒を連ねているのです。ニワトリの数が莫大であるため、食い散らかし飛び散る餌と羽ばたきなどによるホコリで周囲は霞がかかったように見通しがきかない程空気が汚れている光景であった。このように押しつめにされたニワトリの集団に、病気が入れば集団全体が感染するのは不思議でない光景でした。

 仲買人がニワトリを買い集める地方は、本当にのどかな農村で、水田、湖沼、河川が広がる日本国内の何処にでもある農村風景です。ただ中国南部の奥地では、現在の日本の農家と多少違うのは、家庭の経済を賄うためにニワトリ以外にアヒルやブタが放し飼いにされていること、更にカモ類の渡り鳥の越冬地でもある点です。人間とこれらの動物が、排泄物などを含め渾然一体となって自然な営みをしています。

 カモの類の渡り鳥がウイルスを持ち込み、同じ湖沼で周囲にいるアヒルにうつす。アヒルやニワトリとブタが水を共有し、トリとブタまたはヒトとブタのウイルスがブタの体内で交雑し、新しくトリウイルスの遺伝子を持ったブタウイルスが出来上がる可能性があります。遺伝子を交換した新型ウイルスを持ったニワトリが集荷場に集められる。セマイ場所に押し込められたニワトリ集団は、ストレスとホコリなどの助けを借りて、た易くウイルスの大増殖の場と化すものと思われます。そのような場合、ニワトリの大量死が起こるはずです。そのトリウイルスが再度ブタに入り込み、次にヒトに感染するようになるものと推測されていいます。

 ブタという動物は、ヒトと大変に似ていると動物学者は良く言います。近い将来臓器移植の現場では、ヒトの肝臓、腎臓や心臓の代わりにブタの臓器を移植する時代になると考える専門家もいるようです。ウイルス学の分野でも、幾つかの例を上げることが出来ます。 例えば、日本脳炎という恐ろしい病気を起す日本脳炎ウイルスは、蚊がブタとヒトの血を吸うことで感染が拡大しています。蚊がブタを刺してまだ感染してないブタにウイルスを渡し、蚊に刺されたブタの体内で日本脳炎ウイルスは増殖し、ウイルスを含む血液をもった蚊がヒトを刺して日本脳炎を起します。またフダの鼻でヒトのインフルエンザウイルスもブタのウイルスと同じように増殖します。

PART-2. なぜ鳥類からヒトへの感染は起こりにくいのか

 難しい問題です。私が知らないのか、まだ解明されてないのかも、私には判りません。ウイルス学一般論として、考えてみましょう。

 ヒト集団、特に学童にインフルエンザが流行し出すと、各都道府県の衛生研究所は、小中学校に出向き学童のウガイ水などを材料にしてインフルエンザウイルスの分離を試みます。ウイルスは生きた細胞でしか増殖しませんので、 通常は発育鶏卵をウイルスの増殖の場とした生きた細胞集団を用います。 このへんの話は、次の「インフルエンザワクチンはどのようにして作るのか?」の項目でもう少し詳しく説明します。

 どういう訳か、ヒトのインフルエンザウイルスは発育鶏卵の細胞で良く殖えるのです。しかし、発育鶏卵というニワトリの細胞で増殖したウイルスは、ヒトの細胞に感染させても増殖出来ません。

 ウイルスが生きた細胞の中で増殖するには、先ず最初に細胞の表面にあるレセプターと呼ばれる特殊な場所に吸着する必要があります。ウイルスが吸着出来ない細胞では、決してウイルスは増殖することは有りません。 発育鶏卵で増殖したヒトのインフルエンザウイルスは、モルモットやヒトの赤血球に良く吸着しますが、ニワトリの赤血球にはあまりよく吸着出来ません。発育鶏卵で殖えたウイルスを発育鶏卵で何回も繰り返し増殖させると、ニワトリの赤血球にも良く吸着できるように変わります。程度の差はあっても、インフルエンザウイルスは、殆ど全ての動物の細胞に吸着することが出来ます。

 発育鶏卵で増殖したウイルスを犬の腎臓から取り出した特別なMDCKという名前の培養細胞に感染させても、普通では増殖出来ません。しかし、MDCK細胞を培養するときに極少量タンパク質分解酵素であるトリプシンを添加してやると、インフルエンザウイルスはその犬の細胞でも良く増殖します。トリプシンは、ウイルスの表面にあって細胞への吸着の時に働くHAと略称される物質の構造を変化させることが判っています。

 「なぜ鳥類からヒトへの感染は起こりにくいのか」という問いに対して正確に答えることは出来ません。トリのウイルスは、ヒトの細胞には吸着はしますが、ヒト細胞の中では効率よく増殖することが出来ないものと考えられます。しかし、上に述べた例のように、トリのウイルスの表面を少し化学的に修飾させてやれば、ヒト細胞内でも充分に増殖できるようになると考えられます。

PART-3. 感染ブタ肉を食べたら感染するか

 生牡蠣を食べてウイルス性の下痢になることがありますが、同じく下痢のウイルスを持っているホタテ貝を生で食べても下痢症には殆どなりません。どうして違いが出るのでるのでしょうか。牡蠣の場合は内臓も一緒に食べてしまうが、ホタテ貝の場合は普通内臓を除いて貝柱のみをたべるからと考えられていいます。

 インフルエンザにかかっているブタ肉を食べても、筋肉にはウイルスは殆ど存在しないと思われますから、多分インフルエンザウイルスに感染することは無いと考えられます。しかし、ブタの鼻を生で食べることがあれば、感染するかも知れません。普通食する肉とは、筋肉のことで生で鼻を食べることはないでしょう。中華料理では豚の鼻の料理がでることがありますが、良く加熱してありますのでウイルスは死滅しています。

PART-4. 飛沫感染か接触感染か

 カゼと呼ばれる感染症の殆どは、ウイルスを直接かまたはウイルスの付着しているホコリなどを吸い込んで感染が起こります。これを飛沫感染または経鼻感染と呼びます。

 ブタの解体は、トリの解体より全体的に近代化されています。 トリの腸管内の細菌に汚染されたトリ肉による食中毒は、毎年多数発生しています。ブタの解体中に作業者の手にウイルスが付着したとしても、その手に付くウイルス量は、感染ブタの体内で増殖したウイルス量に比べれば微々たるものと考えられます。

 従って、肉屋さんから購入したブタ肉やトリ肉を摂取して、インフルエンザウイルスに感染することは、あまり心配することはないと思います。

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