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73.インフルエンザワクチンの作り方.  12-22-97.

 一歳の子供を持つある母親から「新型インフルエンザのワクチンは今年の冬には間に合わない」と厚生省のお役人がテレビのニュースで応えていたが、インフルエンザのワクチンはどのようにして作るのかを教えて下さいとのメールを貰いました。この若いお母さんに答える型で、ワクチンの作り方の基本について概略を説明します。

PART-1. インフルエンザウイルスを殖やせる宿主

 ウイルスは、生きた細胞の中でしか増殖できませんから、ウイルス性疾患のワクチンを作るには、そのワクチンとなるウイルスが増殖出来る細胞がまず最初に大量に必要となります。ワクチンとは、ウイルスのことです。

 インフルエンザは、ウイルスによる病気であるらしいことは、随分と昔から判っていました。カゼの患者さんの鼻水を集め、細菌を通さない濾過器に掛けて細菌を除いた鼻水を、ボランティアのヒトの鼻に滴下したら、カゼを発症させることが出来たからです。しかし、その原因ウイルスをヒト以外の動物で殖やす方法がなかなか見つかりませんでした。

 ヒトのインフルエンザウイルスが増殖するのが判った最初の動物は、イタチ科の動物フェレットでした。しかし、フェレットは、肉食動物であり、且つイタチ科特有の臭気袋を持つ動物であることから、実験には使い難い欠点がありました。

 次に、見つけ出されたウイルスを殖やせる宿主は、発育鶏卵という特殊な若い細胞集団です。その後、ヒトやイヌなどの培養細胞でも、一寸オマジナイを掛ければ増殖する事が判りました。ウイルスを殖やす宿主としのニワトリの卵は、色々な特徴があり、現在もワクチン製造に全世界で用いられています。

PART-2. ワクチンに使う種ウイルスの選定

 インフルエンザは、毎年のように流行するウイルスが変化しますので、来年の冬に用いるワクチンにどのような性質のウイルスを種(たね)として用いるべきかを流行が起こる1年も前から予測するのは、大変に難しい問題です。流行するウイルスとワクチンのウイルスの型が違ってしまうと、ワクチンはあまり効果を発揮出来なくなってしまうからです。

 国内では、国立予防衛生研究所(現在は国立感染症研究所と改名)が、ワクチン用種ウイルスの選定の責任を持っています。来年の冬は、例えばH3N2とかH5N1が流行すると科学的に判断すると、そのウイルスを全国のワクチン製造メーカーに配布します。

 ワクチン製造メーカーと書きましたが、ワクチンは前もって大量に製造しておけるような製品ではありませんから、ビジネスとしてはあまり旨味のある商売にはなり得ません。そこで実際には北里研究所や千葉県血清研究所、その他二三の研究所が利益はあまり期待せずに製造の任にあたっています。

PART-3. 鶏の受精卵とは

 ワクチン用の種ウイルスが決まると、各ワクチン製造メーカーは製造の準備にはいります。まず最初にニワトリの卵の手配をします。最終的には数百万人分のワクチンを作るには、各メーカーは毎日百万個程度のニワトリの卵を使用します。

 ニワトリの卵という表現は、すこし科学的には不正確で、正式には発育鶏卵と呼びます。受精卵を37℃程度のフラン器で保温すると、21日後にはヒヨコが生まれます。このヒヨコが生まれるまでの期間、即ちヒヨコの身体が作られつつある途中の状態、別な表現をすると孵(ふ)化するまで発育している状態の卵を発育鶏卵とよびます。

 21日でヒヨコが生まれますが、10から12日齢の発育鶏卵をインフルエンザウイルスの増殖に好んで用います。この時期の発育鶏卵の中身を簡単に説明します。外側に卵殻というカラがあり、そのカラのすぐ内側には太い血管が走り、更に卵殻膜という白い膜があり、この卵殻と卵殻膜で酸素交換を行っています。黄身と白身を栄養分にして哺乳動物の胎児に相当する鶏胚が日ごとに大きくなりつつあります。鶏胚は羊膜という透明で薄い膜の中で羊水中に浮かんでいます。鶏胚が大きくなるとオシッコ(将尿液しょうのうえきと言う)がたくさんでますから、そのオシッコを入れておく將尿膜という大きな袋ができます。

 この將尿膜に囲まれた大きな袋を形成している細胞がウイルス増殖の場となり、増殖したウイルスは將尿液に出てきます。將尿液の量は、受精卵を保温してからの日数によって異なりますが、12から14日齢位が最大でおおよそ15ミリリットル程採取できます。その後段々と日数に反比例するように濃縮されて減少し、孵化する21日にはほとんどゼロになります。

PART-4. ワクチン製造の概略

 大量生産には受精卵を100万個単位で購入し、部屋みたいに大型のフラン器内で11日間程保温します。保温した鶏卵を暗室に移し、卵殻の外から光を当て鶏胚が元気に動いていることを確認し、卵殻の外側を消毒薬でキレイに消毒します。卵殻に注射針が通る程度の穴をあけ、そこから將尿液にインフルエンザウイルスを直接注入し、その穴をフサギ、再度フラン器に戻し、3日ほど保温を続けます。その間、鶏胚が元気であることを確認し、死んでいる卵は廃棄します。

 ウイルス接種卵を冷蔵庫に一晩入れて、鶏胚の動きを弱めると同時に血管を細くさせます。卵殻を消毒してから一部をハサミで切り取り、太い針をつけた注射器で將尿液を無菌的に採取します。血液などの混入物を除いた後、数万G(ジー、重力の単位)というスサマジイ遠心力を掛けて微細なウイルスを沈殿させます。宇宙船を大気圏外に打ち出すロケットの推進力は、高々数Gですが、宇宙飛行士はその重力に耐えるよう特殊な訓練を受けています。ウイルスを沈殿させるには、宇宙用ロケットの推進力の少なくとも1万倍以上の力を必要とします。

 真っ白なペースト状になったウイルスを滅菌して無菌にした特殊な溶液に均等に浮遊させ濃厚なウイルス液を作り、ホルマリなどのウイルスを殺す薬剤を加えて数日間反応させて、ウイルスを完全に死滅させます。ここでワクチンの原液が出来上がりました。

PART-5. ワクチンの安全性の確認と国家検定

 次に安全性と有効性を確認する試験がおこなわれます。その一つは、無菌試験で、生きているいかなるウイルスも細菌も存在しないことを1ヶ月ほど掛けて検定します。更にウサギに注射して発熱を起さないかの発熱試験を、モルモットに注射して体重の減少を引き起こさないかなどを確認します。最後にこのウイルス液が動物に注射され、免疫抗体を充分に作ることを確認します。

 最後に、自家検定で、無菌であり、動物試験で無害なことを確認されたウイルス液のみを、ヒトに注射したとき強い免疫を与えるようにウイルス濃度を特殊な方法を用いて調整します。これを小さなビンに無菌的に分注し、ビンを金具で巻き締めて最終サンプルの出来上がりです。箱詰めされたワンロット数万本単位のワクチンは、厚生省の国立衛生研究所に送られて、そこで自家検定と同じ項目の厳しい国家検定がおこなわれます。

 ウサギの体温が上がっても、勿論雑菌が混入していても、免疫を与える力が弱くても、国家検定は不合格になり廃棄されます。合格したロットに対して、国家検定合格証書が1本つづ貼られて、ようやく医薬品としてのワクチンの出来上がりです。ワクチン作りは、非常に手間暇がかかり、全行程無菌であるための細心の注意が必要で、全行程に数ヶ月かかる大変な仕事です。

 ワクチンは国家の要請で各研究所が独力で作りますが、製品を国が買い上げることは決してありません。売れても売れなくても製造者の経済的な責任となります。このように家内工業的な手作業の多いワクチン作りは、大企業には採算が合わない仕事となります。今年度のように新型ウイルスが出たのに国は何をやっているのかとの批判が出ても、少しも不思議はないのです。

 国は号令を掛けるだけで、何もしないのです。その結果、インフルエンザワクチンの接種者は、国民の0.3%と世界に例を見ないほど少ない例外的な国となってしまいました。そのため毎年数万人のお年寄りがインフルエンザの犠牲になっています。ワクチンを接種して、「百害あって一利なし」ということは絶対に有り得ないことです。ウイルス性の病気は、治す方法がないのですから、完璧ではないとしてもワクチンで予防することが最大の防御なのです。

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