101. 伝染病の危険度分類. 7-25-98.
その1.伝染病の危険度・安全度の分け型。 「伝染病には、エボラ出血熱のように病気になるとほとんどが死んでしまうほど恐ろしいものからカゼのように自然に治ってしまうものまで、いろいろな種類があるようです。病気の危険度の種類とその危険度とはどのようなことから決まるのかを教えて下さい。」という質問を貰いました。 私自身も一度簡単に説明・解説したいと考えていた項目でした。しかし、説明の項目をこの101番まで作らなかったのには、いくつか理由があります。簡単にいうと短い文で判りやすく解説するには、少し複雑すぎる事柄があるからです。危険度にもいろいろあります。例えば、人が感染して病気になった時にその患者さんに関係する危険度(例えば、患者の致命率や医療従事者の感染率)、家畜などの動物を扱う立場でも家畜の病気としてその動物の危険度と動物または人から人または動物への感染する率や死亡する率としての危険度、更にその病原体をプロの微生物の専門家が取り扱う場合の危険度等があり、危険度は必ずしも同じ意味ではないのです。取り上げる問題の範囲を限定しないで、危険度を説明しても、それは一般論として通用するとは限らなくなってしまい、考え様では間違えにもなりかねないのです。 これらの事を理解して貰うために、最初に例として国際伝染病と輸入伝染病について説明します。 その2.国際伝染病と輸入伝染病。 国際伝染病とは、日本国内には存在しないで、予防法や治療法が確立してないため、一旦感染すると死亡する確率(専門的には致命率と呼びます)が高く、かつ伝染力の強い病気で、患者や患者からの検査材料の取り扱いにも特別な施設と配慮を必要とする特定の疾患群をいいます。現在、ラッサ熱やマールブルグ病、エボラ病などが指定されています。 一方、輸入伝染病とは、日本国内に存在しないか、または国内に存在していても国外から持ち込まれると、これが伝染源となることが社会上重要な問題となる疾患群をいいます。主要な輸入伝染病には、下の表にも記載しますが、狂犬病、デング熱、ラッサ熱、マールブルグ病、エボラ病、その他があげられます。 |
表 日本にとって主要な輸入伝染病 疾患名 ウイスル名(安全度) 輸入方式 主な原発地 A.ヒトのウイルス病 狂犬病 狂犬病ウイルス(2) イヌ、ネコなどの愛玩動物 南アジア、北米、南米、アフリカ デング熱 デングウイルス(2) 患者、感染蚊 南アジア A型肝炎 A型肝炎ウイルス(3) 患者 アジア、アフリカ、南米 黄熱 黄熱ウイスル(1) 患者、感染蚊 アフリカ、南米 マールブルグ病 マールブルグウイルス(1) サル アフリカ エボラ出血熱 エボラウイルス(1) 患者 アフリカ ラッサ熱 ラッサウイルス(1) 患者 アフリカ B.家畜のウイルス病 口蹄疫 口蹄疫ウイルス(1) 肉などの畜産物、家畜 アジア、南米、ヨーロッパ、アフリカ 牛疫 牛疫ウイルス(1) 家畜、畜産物 アジア、アフリカ 豚コレラ 豚コレラウイルス(1) ブタ、ダニ、畜産物 アフリカ 水疱性口内炎 水疱性口内炎ウイルス(2) 家畜 中米、アフリカ ブルータング ブルータングウイルス(4) ヒツジ、ウシ アフリカ、米国 ウマ脳炎 ウマ脳炎ウイルス(1) ウマ 北米、中米、南米 サルエイズ サルエイズウイルス(2) サル アフリカ |
安全度は、1から4までの数値で表します。その危険度を示す数値について最初に説明します。安全度としての数値は、数字が大きいほど安全であることを示します。例えば、安全度4のウイルスは、最も危険度の少ない安全なウイルスを意味し、ほとんどの人が抗体を持っていて感染する可能性が少なく、例え感染しても致命率は高くなく、またはヒトからヒトへ感染があまり拡大しない性質のウイルスで、初めて微生物を扱うような学生実習にも用いられる。また疾病の予防用に用いられてる生ワクチンのウイルスなどがこれに入ります。 逆に安全度1のウイルスは、最も安全度が低いウイルスで、ほとんどの人が免疫抗体を持ってなく、ヒトからヒトへ感染が容易に拡大し、予防法も治療法も全く確立されてなく、感染すると致命率が非常に高いウイルスです。私のようなプロの微生物屋でも、常識的には安全度1のウイルスは取り扱う事ができません。私個人がそれらのウイルスを恐ろしく感じて取り扱え無いのではなく、特別な施設内で宇宙服のような特別な防護服を着用すれば、私にも技術的には問題なく取り扱えます。例えば、エボラ出血熱の患者からの検査材料を私が仮に素手で取り扱うと、私が先ず感染するでしょう。感染したとすると、私を診てくれる医療人に感染が拡大し、その医療施設内の人全員が感染し死亡する可能性を考えなくてはなりません。 私個人は、病気を起こす微生物を取り扱うことを職業としているプロですから、万が一に自分が取り扱うウイルスに感染して命を落としたとしても職業上ある意味では仕方がないことです。常にその危険性は考えています。しかし、周囲の環境を汚染することや、家族や仲間をも巻き添えにすることは、職業倫理的にも許されません。私どもの研究室でプロの私が普通に取り扱えるウイルスは、安全度2からになります。安全度2には、狂犬病ウイルス、エイズのウイルス、伝達性痴呆の病原体、日本脳炎ウイルスなどがあります。 その3.伝染病の危険度による分類。 ところが、ウイルス病のなかで、「A.ヒトのウイルス病」の欄に記載された安全度1のウイルスは、上に書いたように極めて危険なウイルスです。しかし、同じ安全度1のウイルスでも「B.家畜のウイルス病」にあげられていウイルスは、私の研究室で私が素手で取り扱っても、どこからもシカラレナイし、少し気をつければあまり恐怖に感ずることなく取り扱えます。倫理的にも全く問題はないと思います。 どうして、安全度が同じ1でも、取り扱い方に違いがでるのでしょうか。それは、簡単な事に起因します。感染する対象がヒトなのか、それとも動物なのかによるのです。例えば、昨年台湾でブタに発生した口蹄疫は、一般にウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジなどの偶蹄類の動物には大変な病気で、一旦この口蹄疫が輸入されてしまうと当該動物が全滅する可能性がありますが、原則としてヒトには感染しません。口蹄疫ウイスルのヒトに対する安全度は、決められていませんが、ヒト対する安全度は多分4に相当すると思います。 上の表に記入した疾患は、厚生省が示しているリストから取り出しました。そこには、安全度は、記されていません。こここに記載した安全度は、文部省が大学で行う組換えDNA実験に対して守るべき基準として実験者に示している「指針」に記載されているものを、私が転載しました。この文部省の指針は、実験者や動物を含む周囲の環境にも配慮されています。文部省の監督下には、動物に関する科学についての教育と研究を行う獣医学部もありますが、そこで働く教職員や学生と取り扱われる動物に対しての安全度を示し、人のみ対する安全度ではありません。動物のみに対する安全度は、農林水産省が別に定めています。 伝染病に関する法律は、エイズ予防法などごく一部を除いて、本体は明治時代に制定されたままになっています。あまりにも古い法律が刻々と変貌する現代の感染症に対処できにくくなって来ましたので、国では近いうちに法律を改正するようです。聞いた話ですと、各病気に危険度または安全度が付くそうです。 今回はウイルスによって起こる病気の危険度を書きました。しかし、世の中にはウイルス以外にも厄介な病気を起こす微生物がたくさん知られています。いずれかの機会に、ウィルス以外の微生物の危険度も説明したいと考えています。
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