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112.微生物学の教育.10-7-98.

その1.微生物についての教育.

 日々の生活に密着した微生物についての質問や色意な希望が母親または主婦の方々から、と同時にゴミ・水処理等を中心にした環境事業に携わっている事業者の方からの環境微生物についての質問等が多く寄せられます。また微生物についての解説書を求める声も多く聞かれます。そこで微生物について平易に解説する「北里の微生物事典(仮)」を編纂すべく準備中です。あと半年程お待ち下さい。ここでは微生物学の教育について概略を説明します。少し長い説明になりそうです。

 私が責任を持っている微生物学の教育を書く前に、少し複雑ですが私の所属を最初に説明します。大きく分けて大学院と学部にまたがります。大学院では2研究科に所属し、衛生学研究科で保健微生物学と医療系研究科で環境微生物学を担当し、各々研究、演習と講義よりなります。学部では専攻と学年によって違いますが、微生物学は基礎としての微生物学と応用としての臨床微生物学とがあり、各々講義と実習とに分かれます。

 学部での教育に話を絞って以下説明します。微生物学の講義30時間(2時間を15週)と実習60時間(火曜日から金曜日の午後1時から6時までの4日間を3週間)を2クラスと臨床微生物学の講義60時間(2時間の週2回を15週)と実習(火曜日から金曜日の午後1時から6時までの4日間を3週間)を教授、助教授、専任講師と助手の4名で担当します。

 微生物学と臨床微生物学の講義では、北里細菌学の歴史的展望からはじめ細菌、ウイルス、ブリオンまでの総論的な基礎から各論的な臨床検査までを概説します。1クラス40名から80名の学生達ですが、最前列から最後部まで学生は自分の好きな席につきます。前の方の良い席を取るためには早く来る必要があり、最前列の学生の顔ぶれは自然と決まってしまいます。男子学生は、最前列か最後部の席につく2グループに分かれる傾向がみられます。

 遅刻や居眠りをする学生は少数いますが、ラクス全体としては静か過ぎると思う位に学生は静かに熱心にノートをとっています。本当に真面目な学生が多いと思います。よその大学では学生の私語が多くて授業が妨害されると良く聞きますが、私のクラスでは受講学生の私語による嫌な気持ちになることは殆どありません。しかし、授業中に質問をする学生はほとんどいませんが、終ってから熱心な学生は質問に前に集まってきます。ここ数年間の傾向です。

   

その2.微生物学実習で何を学ぶか.

 毎年同じではありませんが、実習で行う代表的な学習項目には、滅菌と消毒、グラム染色を含む染色法、無菌的な操作法、微生物の取り扱い方、分離培養と純粋培養、染色による識別、生物学的な性状による鑑別、無菌試験、薬剤に対する感受性試験、ウイルスの増殖と定量、遺伝子の伝達と検出、PCR法による遺伝子の試験管内増幅と電気泳動による鑑別等が含まれます。もう少し具体的に説明しましょう。専門用語がでてきますが、これらについては改めて説明させてもらいます。

  1. 細菌を殖やす培地の作製。普通寒天培地や血液寒天培地等の非選択培地(ほとんどの細菌を増殖させられる)、マンニット食塩培地、BTB培地やDHL培地等の選択培地(特定の細菌を選択的に増殖または抑制する)、鑑別培地(特定の性状を識別できる)等をシャーレや試験管に無菌的に準備をします。
  2. 細菌の分離と同定。数種類の細菌の混合液からそこに含まれる細菌を非選択培地と選択培地を用いて分けて増殖させ、次ぎにどのような細菌であるかを同定します。例えば、大腸菌、サルモネラ菌、赤痢菌、枯草菌、変形菌、ブドウ球菌、肺炎レンサ菌等の細菌を含む混合液を染色して、細菌の形状(球菌か桿菌)と染色性(グラム陰性か陽性)を顕微鏡を用いて検査します。観察結果より、用いるべき培地を選び(普通寒天培地、血液寒天培地、BTB培地、マンニット食塩培地等)、それに菌液を特殊な道具を用いて塗抹します(各々の細菌がバラバラに分かれるように塗る)。一晩フランキ内で培養して各々の細菌の集落を作らせます。寒天培地の上に形成された集落の性状を精査し、染色による細菌の形状と染色性を調べます。普通寒天培地には一部の菌を除いて多くの菌が集落を形成します。血液寒天培地には、用いたすべての菌が大小さまざまな集落を形成し(溶血性レンサ球菌や肺炎レンサ球菌も増殖する)、そのうえ血液を溶かす毒素の産生能が判ります(溶血性レンサ球菌やブドウ球菌の溶血性が観察できる)。非選択性のBTB寒天培地では、乳糖の分解能(乳糖分解酵素の産生能)が観られます(大腸菌と赤痢菌やサルモネラ菌が区別できる)。選択培地のマンニット食塩培地では、7.5%の食塩に耐える菌のみが増殖し(ブドウ球菌が集落を形成する)、さらにマンニットの分解能(黄色ブドウ球菌と表在性ブドウ球菌の大雑把な識別)が観察できます。これらの後、性状を詳しく調べる試験を行い、何の細菌かを同定します。普通の大腸菌かO157かの識別の試験も含まれます。詳細は省略しますが、別な機会に説明する予定です。
  3. 薬剤に対する感受性試験。抗生物質に対する反応を調べて、薬剤に対して感受性のある黄色ブドウ球菌かまたは多剤耐性のMRSAなのかも区別する試験などを行います。
  4. ウイルスの増殖と定量。発育鶏卵を用いてインフルエンザウイルスを増殖させ、ウイルスが殖えたか、との程度まで殖えたか、インフルエンザウイルスであるのかを調べます。培養した細胞を用いてヘルペスウイルスを増殖させ、増殖の有無とその量を定量します。
  5. 遺伝子の操作。MRSAの遺伝子DNAを切り出して、薬剤に対する遺伝子やコアグラーゼという酵素タンパクの遺伝子等をPCR法で増幅し、電気泳動法でDNAの存否と大きさを検査します。
  6. 身の回りの微生物。自分の鼻腔内にどのような細菌がいるかを調べます。カビや酵母のような微生物を含め、黄色ブドウ球菌やMRSAまで色々な細菌が観察されます。
  7. 環境の微生物(クラスによっては省略することもあります)。お風呂の水等を自分で採取したサンプルに大腸菌等どのような細菌が存在するのかを自分で確認します。

 

このような内容の実習を3週間(火曜日から金曜日までの4日間)の60時間をかけて実施します。これらの項目が微生物学で教えるべき全ての内容を含むとは言えません。基本の基本だけを勉強したことにしかなりません。必要になったときは、教科書、実習書、ノートや参考書を調べれば良いと思います。

 学生は、高等学校で生物学、化学と物理学の一科目は履修していますが、三教科目勉強してきた学生はほんの僅かです。その上、好きな教科目は、学生によって違い、化学が好きか物理学が得意かに分かれます。北里大学は、全体的に生物学系の学部・学科が多いのですが、それでも生物学を勉強してない学生が多く入学してきます。これも近年の傾向です。

上に説明した内容の実習は、生物学系の代表的な教科目です。ウイルスは目で見ることは難しいのですが、細菌は顕微鏡でも観察できますし、酵素や毒素の産生を色で識別できます。微生物の実習は、生物学を好きな学生には大変興味を喚起するようです。例えは、大腸菌とサルモネラ菌は、乳糖の添加してあるBTB寒天培地で殖やすと、できる集落で簡単に識別できます。大腸菌は乳糖を分解して酸を作るので培地は酸性になり、pHの指示薬であるBTBがミドリから黄色に変色します。一方、サルモネラ菌は乳糖を分解できませんので、培地のpHは変わらないのでミドリのままです。

「BTB培地で細菌の集落の色が大腸菌では黄色、サルモネラ菌ではミドリである理由を説明しなさい」と実習の理解度を確認するための試験にだしますと、自分の目で観察したのに、答えを書けない学生がでてきます。有機化学、生化学、遺伝学や微生物学等も既に学んでいるのに、どうしてこのような簡単な問題に回答できないのか、とても理解に苦しむことになります。

生物系の科目を好きな学生には、生きた微生物を取り扱うのは、大変興味があるようです。しかし、細菌等を培養した培地のような栄養液は、そのまま流したり、捨てたりできませんので、滅菌をします。普通は、不浄滅菌と呼び、高圧の蒸気で滅菌をします。指定の時間が経過した後、高圧釜のフタを開けると、細菌に特有な臭気が漂います。いまの若い人達は、この臭気がたまらないようで、「臭い臭い」と鼻をつまんでいます。ニオイは、すぐに慣れっこになりますから、最初ほど臭い臭いとは言わなくなります。そのころには、実習も終わりになります。

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