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182.クサヤと魚醤油.2-6-2000.

1.クサヤ.

  魚肉を微生物の生命力で発酵させ日干しにしたクサヤは、強烈なにおいを特徴とする個性的な嗜好品で、伊豆諸島地方の特産品です。クサヤを作っている現場を見たことはないのでどのように作のかは実際のところはよく判りませんが、クサヤは微生物学的に大変面白い存在と思っています。10数年前になりますが、クサヤに付着している微生物を取り扱った経験が少しありますので、クサヤ菌について簡単な紹介をさせて貰います。

  真空パックされているクサヤを購入して、そのクサヤからクサヤを作るクサヤ菌を取りだすことを試みました。私は「食べず嫌い」なのですが、あれだけはどうしてもイタダケ無いので、試験の担当から外して貰いました。試験は、クサヤが好きな人に担当して貰いました。

自宅でも実験できるように簡単な表現にしますと、コンソメスープを煮沸滅菌し、そこに買ってきたクサヤの小さな肉片を入れて保温しました。わりと簡単にクサヤに付着している細菌は殖えるようです。殖えた証拠は、コンソメスープはにごりましたし、あの特有で強烈なにおいも漂いだしたことから判断しました。遊びの実験でしたが、やむおえずすぐに中止せざるをえませんでした。理由は簡単で、あの「なんとも云えない悪臭」が原因です。試験に使ったピペットや三角ラスコなどのガラス器具にも強烈なニオイが付着します。洗っても臭いは簡単には取れませんでした。ガラスにも付くのですから、白衣をはじめ着ている衣服にも臭いが染み込んでしまい消えないのです。実験者はそれでもまだ耐えていましたが、試験を開始してすぐに隣の研究室の人達からも「物凄い非難」が浴びせられ、どうすることもできず、実験は中止にしました。

遊びとは云えクサヤの菌に興味をもったのは、クサヤと日本酒の作り方の違いにありました(聞き伝えでクサヤも日本酒も造るところは見たことがありません)。クサヤの製造業者は「宝物」として先祖伝来のクサヤ液を地下の貯蔵所に何百年間も貯蔵し使用し続けて来ていること、クサヤにする魚をこのクサヤ液に浸した後またその液を戻して貯蔵すること、クサヤを作る作業は日本酒を仕込むときのように身も心も清めるほど細心の注意をはらうほど難しくなさそうであること、クサヤは腐らないことなどに興味を感じたのです。

表現は適切でないかも知れませんが、クサヤを作るのは日本酒を造るときほど清潔でない条件、微生物学の専門的な表現では消毒や滅菌などの技術を駆使せず雑菌の混入にもあまり注意を払わなくても、江戸時代からクサヤ菌を受け継いでいる不思議さと半生のようなクサヤはどうして腐らないのかなどをどのように解釈すれば良いのでしょうか。

栄養が豊富な液体を何百年間も維持してきていることは、魚に付着してクサヤ液に混入してくる雑菌の増殖を抑制する物質が作られクサヤ液に常に含まれていると考えられます。と同時にクサヤの表面には雑菌の増殖と肉の腐敗を防ぐ抗生物質に類似するなにかが強く結合しているのではと考えられます。

クサヤは、新鮮な白身の魚、例えばアジやトビウオなどの腹を開いて内臓をとり除き、よく水で洗いクサヤ液に一晩漬ける、水洗後天日にかざして乾燥すると製品となるようです。3日から4日天日乾燥したものが乾燥度もよく保存性も高いと説明書に書いてありました。

塩が貴重であったおお昔魚を洗うのに使った塩水に塩(雑菌の増殖を抑える作用があります)を足しながら何度も使うちに、自然と魚の成分がこの塩水に溶けてたまりだし、ある種の細菌の作用を受けて異様な臭気を発する液ができてしまった。色は、たぶん褐色から黒っぽいと思われます。これがクサヤ液のでき始まりのようです。

食品関係の教科書を拾い読みすると、クサヤ液は、特有の臭気をもっているが、液の味は魚醤油に似ているようです。酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソバレリアン酸、カプロン酸などの揮発性の有機酸を含むようです。ノルマル酪酸、イソバレリアン酸やカプロン酸などの揮発性有機酸とそのアルデヒド体などは、悪臭防止法に記載されている悪臭物質またはそれの類似体ですから強烈な異臭を放つわけです。

高濃度(4−5パーセント)の食塩を含むクサヤ液には耐塩性のクサヤ菌(専門的にはコリネバクテリウム・クサヤと呼びます)が最も多く存在しているようです。クサヤは、その保存性が同一水分含量の塩干物よりも優れています。これは、クサヤ液中にクサヤ菌がある種の抗生物質を産生し、魚肉の腐敗を防止するのに役立っていると記載されています。

これらのことを読むとクサヤは臭いのが欠点(特徴?)ですが、「美味く、栄養があり、保存性が良く、さらにクサヤ菌などの作った腸内で有効に働く殺菌力のある物質による腸整作用」などが効能としてありそうです。クサヤを食べるとお腹の調子が良くなると考えられます。そのような経験した方はいますでしょうか。

2.魚醤油と塩辛.

  料理の味付けに使う醤油は、大豆などの植物タンパクを発酵させて作る日本・中国式の醤油、と肉や魚の動物タンパクを分解して作るベトナムやタイの魚醤油(魚醤とも呼ぶようです)と二通りあります。魚醤油の方が醤油より古くから存在していると考えられます。

  米、麦や大豆をコウジ(アスペルギルスと呼ばれるカビ、強いタンパク分解酵素を作るので有名)を使って分解して醤油や味噌などのような調味料の作り方を知らなかった大昔の時代では、肉や魚の自己消化によって生まれる液汁は、現在の味噌、醤油や酢などのように貴重な調味料であったと思われます。

クサヤ液、塩辛の汁や秋田県特産の「しょっつる(塩魚汁がなまってなったと云われている)」などは、考えようによると魚醤油の1種類と呼べるのかもしれません。防腐剤として食塩を加えて腐敗菌の増殖を抑えながら魚を自己消化酵素によりタンパク質の分解と発酵を進め、熟成の後半にでてくる微生物によって旨味成分や香味成分が作り出されるようです。

  塩辛は、カツオの腸やイカの肉および肝臓などを食塩に漬けこみ、最初は自己消化酵素により、その後には微生物の作用によって成熟させたものです。塩辛には、アミノ酸、いろいろな有機酸、アルコールやエステルなどが産生され、独特の風味と旨味が生まれます。

  クサヤ、魚醤油や塩辛は、特有の風味と旨味のある嗜好品であり、また調味料でもあります。その特有の風味は、人によっては香りではなく臭いと感じられるでしょう。外国などでいままでに見たことも食べたこともない料理が食事に出されると、見た目の形と色および風味によっては、いくら美味しいですよ云われても、手がでないことがあります。小さいときから食べつけているお袋の味は、味だけでなく、形、色や風味などが混ざったものなのでしょう。松島のあるお店に、「当店では世界で2番目に美味しい料理を提供します」と書いてあつたことを思い出します。

  食べ物には、微生物の作用で見事にできあがったものが世界的に数多くあります。その1つが、クサヤであり、魚醤油であり、また塩辛であります。昔の人は、旨味の成分がなんであるのか、どうして出来るのかを知らなくても、無意識に微生物の増殖を抑えたり旨味をださせる方法を自然と体得していたようです。

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