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273.ガンを破壊する新しい細菌治療法. 2-3-02.

ガンは酸素欠乏状態

ガンに関する病理学、生理学、生化学や免疫学の知識が爆発的に蓄積されてきているにもかかわらず、進行したガンの治療剤に対する反応は必ずしも芳しいものとは成っていません。その原因は複雑で簡単ではありませんが、一つの理由として進行ガンには血流が少ない部分(壊死、ネクローゼと呼びます)があり、そこは低酸素状態となっています。血管が少ないためによる低酸素状態は、化学療法剤を患部に運び込むことに支障となり、また放射線照射による殺ガン細胞力は酸素に依存する傾向があるからと考えられています。

マウスやハムスターのような実験動物にガンを作らせ、そのガンの肉片をマウスやハムスターの皮下に移植すると、移植された肉片の周りには血管が新しく形成され、栄養と酸素が補給されるようなり、移植された肉片としてのガンは、またたく間に大きく成長し、宿主の動物を殺してしまいます。死んだ動物を解剖してみると、ガンの周囲にはルイルイと張り巡らされた血管が存在し、元気の良いガン細胞が観察されます。ところがガンの塊をメスで切開すると、場合によってはガンの中心部から死んだ細胞がドロドロと流れ出ることもあります。流れ出ないまでも、死んだ細胞の集団がオカラのようになっています。

この低酸素状態の部分には、薬剤が届かない事とは裏腹に、酸素と栄養分の補給が充分でないため、死んだ細胞や死にかけている細胞が多く見られるわけです。生きている体の中にあるにもかかわらず、ガンの塊の中心部は死んでいるのです。奇妙な部分として存在します。この酸素と栄養分が少なく、死んだ細胞の多い特殊な状態を逆手にとって、そのような環境で増殖する細菌を利用してガンを治療しようとする試みが報告されました。その論文は、米国科学アカデミー紀要(PNAS 98:15155−15160,2001)に掲載されています。この雑誌は、日本流に表現すると「日本学士院会」が発行する権威のあるもので、会員か会員の紹介状のある科学者のみが投稿できる学術誌でする。

嫌気性細菌は酸素欠乏環境で増殖する

米国東部にあるジョンスホプキンス大学の医師達は、酸素のない条件でしか増殖しない嫌気性菌の耐久性細胞である芽胞をマウスに移植したガンの中心部に注射しました。接種された芽胞は、ガンのなかで発芽して増殖し、ガンを小さくできました。しかし、用いた嫌気性菌は、強力な毒素を産生したため、宿主のマウスも死んでしまいました。

そこで、嫌気性のノービー菌(Clostridium novyi)を化学的に操作して、毒素を作らない変異菌を新たに作出し実験を再度試みました。無毒化されたノービー菌をマウスに静脈から注射しても全く副作用のないことが確認され、同時にガンの内部で増殖することが判りました。

次ぎに、無毒化したノービー菌と通常用いられている化学療法剤をマウスの静脈から注射しました。この治療の効果は、劇的なものでした。非常に大きなガンも含めガンの半数以上が24時間以内に破壊されてしまいました。ガンの塊は分解されて瘢痕となり、2週間ほどで徐々に消失しました。ガンの周りの正常な組織は無傷でありました。マウスでの実験結果を直ぐにヒトに応用できるかは、現時点では判りませんが、しかし、ガン治療に新たな方法の幕開けを暗示するような感じがします。

ノービー菌とジョンスホプキンス大学

19世紀末ベルリンのコッホ研究所に滞在していた北里柴三郎は、世界の誰もが殖やす事ができないと信じられていた破傷風菌を純粋に培養することに成功しました。破傷風菌は、酸素を嫌う性質があり、酸素を取り除いた環境で培養すると増殖するのでした。これは、世界の細菌学者を「あっと言わせる」大発見でした。

北里柴三郎による破傷風菌の純粋培養の成功は、細菌学の歴史にさん然と輝く大発見として語り継がれています。しかし、この大発見の直前に北里柴三郎は、ドイツ語でラウシュブランド、英語でブラックレグ、日本語では気疽腫と呼ばれる動物の病気を起こす気疽腫菌を嫌気性環境で世界で初めて純粋培養に成功しています。この発見は、破傷風菌純培養法の大発見の陰に忘れられていますが、嫌気性菌の世界最初の純粋培養であり、強力な毒素が病気の原因であること等、破傷風菌の大発見の基礎となった因縁のある細菌なのです。この気疽腫菌は、現在ノービー菌(Clostridium novyi)と呼ばれています。

北里柴三郎がドイツから帰国の途中、米国の東海岸にあるボルチモア市に数日滞在しています。ベルリンのコッホ研究所での友人であり嫌気性のガス壊疽菌の発見者でもあるウエルシ博士をボルチモア市に訪ね、赤痢に関する情報の交換をしています。その時ウエルシ博士は、ジョンスホプキンス大学医学部の創設に奔走していました。

嫌気性細菌を用いたガンの新しい治療法の最初の研究論文が、北里柴三郎が世界で初めて培養に成功したノービー菌が用いられ、その研究を実施した研究者の所属する大学が北里の友人であるウエルシ博士が創設したジョンスホプキンス大学であることは、単なる偶然であっても私にはなにか不思議な巡り合わせのような気がします。

小さな体の細菌は、驚くほどの活動度を示します。腫瘍を一日以内で完全に破壊することが出来たのです。これを驚きと言わないでなんと表現することができましょう。北里柴三郎の気疽腫菌に関する発見は、「北里柴三郎の秘話」のなかに掲載してある「セリフのないドラマ、破傷風菌の純粋培養の成功の陰で忘れられた大発見」で紹介してあります。興味のある方は、是非読んでみてください。偶然の発見が必然的に大発見へと導いていく過程は大変に面白い生きたドラマと思います。

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