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376. A型ボツリヌス毒素の効用. 10-2-2004.
 
ボツリヌス概論
ボツリヌスとはソーセージの意味で、ボツリヌス菌はハム、ソーセージ、缶詰などへの混入によって食中毒を起こす毒素型食中毒原因菌です。7型に分けられ、ヒトの食中毒にはA型、B型、E型とF型が多く、E型は魚と関係が深く、国内の食中毒はこの菌によるケースが多いようです。経口的に取り入れられた毒素が腸管内で吸収されると24〜72時間で症状が表れてきます。このタンパク性の毒素は、神経線維からアセチルコリンの遊離を抑制し、神経伝導を阻害します。ボツリヌス菌は、世界最強の毒素産生菌です。
死因の多くは神経性の筋肉麻痺による呼吸困難からで、死亡率は高くA型では75%前後と言われています。食中毒の原因となる毒素は神経を侵す毒素で、タンパク分解酵素にも抵抗し、熱に対する抵抗性も強く85℃で数分かかる。A型毒を不活性化するには、80℃で1分、72℃で2〜18分、65℃では10〜85分の加熱が必要で、B型毒では80℃で15分の加熱が必要といわれています。毒素の型別は、免疫抗体との反応で決められます。
細菌毒素については「46.世界最強の細菌.47.細菌毒素の発見小史.」などを参考にしてください。
 
多汗症に対する効果、FDA承認
汗や涙なとの体液が出なくなる病気もありますが、その逆に汗が大量にでる多汗症で悩んでいる人も大勢います。米国では800万人以上の人が多汗症で、気まずい思いをし、弱気になってしまうことに悩んでいるようです。セントルイス大学皮膚科学のグレッサー博士らは、A型ボツリヌス毒素で多汗症の患者の治療を試みました。劇的な効果があったと皮膚科学会の年次総会で報告しています(MT3-11-2004)。
 
322例の多汗症患者を無作為に3群に分けました。第1群の人には腋窩(わきの下)にA型ボツリヌス毒素50単位、第2群にはA型ボツリヌス毒素75単位と第3群はプラセボー(偽薬)を注入しました。4週ごとに1年間続けました。
 
1群と2群の43%、3群の12%では1回しか治療を必要としないで多汗症は改善されました。2回目の治療を必要とした患者のうち1群の85%、2群の74%と3群の27%に改善が認められました。汗の重量を測定したところ、初回治療の4週間後で3群の33%(2回目治療の4週間後24%)と比較して、1群では82%(87%)と2群では87%(81%)と平均発汗量の減少が認められました。また反応持続期間は、160〜200日でした。
 
多汗症は多くの人々に羞恥心や孤独をもたらし、多汗は耐え難い程度で日常生活に常に支障の原因となることが多いようです。しかし、A型ボツリヌス毒素の1回かまたは2回の治療で人生が変わるとグレッサー博士らは述べています。
 
米国食品医薬品局(FDA)は、≪多汗症は、発汗が体温を一定に維持するのに必要な通常の発汗量を上回る疾患である。局所薬により適切にケアできない重度の腋窩の発汗は、しばしば日常活動の妨げになることが知られています。A型ボツリヌス毒素による治療は、多汗症の完全な治癒には至らないが、良好な反応を示す患者に希望をもたらす新しい治療の選択肢である≫と評価した。
 
そこで局所薬では充分に治療できない重度の突発性腋窩多汗症に対してA型ボツリヌス毒素の承認を発表しました(MT8-26-2004)。
 
尿失禁に有望
スイス・ルツェルン州立病院のB.Schuessler博士らは、米国泌尿器婦人科学会でA型ボツリヌス毒素の注入が切迫性尿失禁の治療法として有望であると報告しました。運動神経または知覚神経に異常があって高用量の抗コリン薬に非反応性の突発性切迫性尿失禁患者26名(26〜84歳、平均年齢66歳)にA型ボツリヌス毒素の注入を行っています。
 
A型ボツリヌス毒素は、患者の排尿筋の30ヶ所に約100単位注入しました。治療から4週、12週と36週後に諸々の検査を実施しました。4週後の評価では26名の69%で最大膀胱容量が治療開始前の平均224mlから343mlに有意に改善されていた。初期尿意量は、治療開始前の平均103mlから191mlへと改善されました。日中の排尿頻度は1日平均12回か減少しました。12週後には20例の80%に同等の有意な改善が認められたそうです。
 
解析の対象となった19例では、治療開始前には尿失禁症状に対して「全く悩んでいない」もしくは「少し悩んでいる」と回答した患者は1例もなく、52.6%が「中等度に悩んでいる」、47.4%が「非常に悩んでいる」と回答した。ところが治療開始4週後の評価では、6例が「まったく悩んでいない」、8例が「少し悩んでいる」、5例が「中等度に悩んでいる」と回答し、「非常に悩んでいる」との回答はゼロであった。
 
最初の治療効果が消失した2例は、それぞれ5ヵ月後と10ヵ月後に再注入を受けた。治療が有効であつた患者の全てが「また治療を受けてもよい」と答え、患者の満足度はかなり高いと結んでいます。
 
神経に作用するボツリヌス菌の産生する毒素を治療に用いることを「ボツリヌス療法」と呼ぶことがあります。ボツリヌス毒素は、自然界に存在する最強の「神経毒」で、この筋肉を弛緩させる作用を逆手にとる「ボツリヌス療法」については、既に「343.脳性まひとボツリヌス毒素」で触れてあります。A型ボツリヌス毒素による1回かまたは2回の治療で、脳性マヒの激しい筋肉痛、多汗症および尿失禁などが日常活動の妨げになることで悩んでいる患者さんに希望をもたらし、人生が変わるような新しい治療の選択肢となるケースもあるようです。「毒をもって毒を制す」を地で行く話しと思います。

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