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395.細胞培養の基礎知識. 3-30-2005.
 
はじめに
SARSや肝炎などに興味のある方々から、「培養できないウイルスとか細胞培養を用いた検査など」と言う言葉が新聞紙上を飾ることがあります。これらの内容を理解するために、細胞培養という用語の意味を解説してくださいとのメールを貰うことがあります。そこで細胞培養の基礎知識について概要の説明を試みます。
 
1.細胞培養とは
皮膚、肺臓や腎臓などのような組織およびリンパ細胞や白血病細胞などのような細胞を生体から取り出し、これらを生体外で生育・生存させる技術を細胞培養と言います。一昔前の教科書には組織培養Tissue Cultureという言葉が用いられていました。胎児の腎臓などの組織Tissueを摘出し、試験管のなかで培養しましたので、それを簡単に組織培養と呼んでいました。ところがよく考えてみると、心臓を培養して心臓という組織が増えるわけではないのです。心臓という臓器を構成している細胞Cellsを培養するのですから、組織培養という言葉は意味を正確に反映してないことから、細胞を培養して増やす意味から細胞培養Cell cultureに統一されるようになりました。
ある方が老衰で亡くなったとします。お医者さんが家族の方々に死を宣告します。その時の「死」ということは、心臓が止まったことで、生体としての死を意味します。死者のヒゲが伸びるように、心臓は止まっても細胞はまだ生きていることがあります。このような背景から、死体から腎臓や肝臓などの臓器を取り出して、臓器を必要としている別な患者さんに移植することが行なわれます。生体の死と細胞の死とは、別な現象なのです。
細胞培養Cell cultureの技術を用いて生体外で殖やした細胞を専門的には培養細胞Cultured cellsと呼びます。細胞培養は培養するという技術であり、培養細胞は培養された細胞という物質であります。
 
2.細胞培養の代表例
1) 鶏胚の準備
細胞を培養する例として、鶏胚(胎児に相当する)の場合を簡単に説明します。受精卵を入手して、温度が38℃で湿度が60〜70%程度の孵卵器(卵を孵化させる器)に納めます。卵を孵化させるフラン器は、卵を載せてある棚板が母鳥代わりに毎時2回ほど前後に傾くようにできています。
受精卵は、保温をはじめると速やかに細胞分裂が始まり、21日間ほどするとヒナが生まれます。暗い部屋で懐中電灯などの光を鶏卵の外からかざすと、卵殻の中身を見ることができます。この操作をキャンドリングと言います。 卵殻の近くには太い血管が走り、鶏卵の真ん中辺りにはヒナになる鶏胚が活発に動いているのが観察されます。
この間の7日から12日の鶏胚Chick embryoは、活発に代謝しています。インフルエンザウイルスを鶏胚で増殖させる場合は、10日前後の鶏胚を用います。細胞を培養する場合は、12日前後の鶏胚を用います。
 
2) 細胞の準備
キャンドリングして鶏胚が元気であることを確認したら、鈍円にある気室の境界線に鉛筆で印をつけます。鉛筆の線を越えてヨードチンキを浸した脱脂綿で卵殻を表面から拭って消毒します。次に消毒用アルコール綿でヨードを拭き取りながら再度消毒します。
滅菌して無菌にしてある卵殻ハサミの要(カナメ)の部分で鈍円の真ん中を軽く叩いてヒビを入れます。ヒビの真ん中に卵殻ハサミの先端を指し込み、鉛筆の線より内側を少しずつ卵殻を切り取ります。丸い口が開いたら、鶏卵を逆さまにして卵殻クズを捨てます。
卵殻膜と呼ばれる真っ白な膜が見えます。そこに滅菌したグリセリンを数滴たらして満遍なく広げます。このとき卵殻膜はグリセリンで透明になり、鶏卵の中が見えるようになります。そこには大きく育った鶏胚が元気に動いている様子が見て取れます。
 
3) 鶏胚の消化
滅菌して無菌にしてある歯科用ピンセットを透明になった卵殻膜の上から指して、鶏胚を摘みだし滅菌したシャーレに入れます。次に滅菌してある眼科用ハサミで鶏胚をシャーレのなかで切り刻みます。ドロドロとしてきたら、三角フラスコに移します。そこにトリプシンやプロナーゼなどと呼ばれるタンパク分解酵素を注ぎ、37℃の恒温水槽のなかに浸し、マグネティク・バーで液を30分ほど撹拌しながら、組織片を個々の細胞にまで分解します。
大きな組織片はガーゼで除き、個々の細胞を含む濾過液を1,000回転くらいの低速な遠心器で沈殿させます。遠心管の底に白い塊となった細胞を栄養分が充分に含まれている培養液で浮遊させます。トリパン青という特殊な色素(死んだ細胞だけを青く染める)を微量加えて、赤血球数を算定する血算盤をもちいて生きている細胞数を数えます。一ミリに百万個含むように細胞数を調整します。
 
4) 細胞の培養
緩衝能を持たせた塩類溶液にビタミン、アミノ酸、子牛の血清、抗生物質などを加えて、重曹で培養液のpHを7.2程度に合わせます。その細胞浮遊液を試験管なら1ミリ、ビンやシャーレなら10ミリ程度分注して、ゴム栓をした容器は普通のフラン器に、シャーレのような開放系の容器は炭酸ガスフラン器に納めます。37℃の恒温で保温します。
翌日から倒立顕微鏡(普通の顕微鏡とレンズの位置が逆転している)で細胞の付着状況や形態を観察し、細胞の成育を見守ります。通常は2〜3日間ほど保温すると、細胞は培養容器の表面一杯に張り付きます。この状態になった細胞をウイルス感染などに使います。
栄養分が充分な培養液で細胞を生育させるには、全ての器具器材と操作が無菌であることが絶対的に必要となります。そのため細胞を意のままに操作できるようになるには、最低数ヶ月間の訓練が必要です。手先がきように動かない人は、半年ほどの訓練が必要なこともあります。
自分で培養した細胞と顕微鏡下で初めて対面するときは、非常に心が踊ります。どのような顔(丸い、四角い、なが細いなど)をした細胞なのか、暴れん坊のような粗雑な様子を示しているのか、オヒトヤかに振舞っているのか、標準語を喋るのか地方の方言を喋るのかなどを考えながら、顕微鏡の焦点を合せていきます。すると突然と見知らぬ細胞が姿を現すのです。感動的なひと時です。
 
3.細胞培養の種類
細胞の培養の仕方や培養した細胞の種類などは、分類の仕方により色々あります。最初に細胞培養の種類を培養の仕方の違いから説明します。
1) 細胞の状態による分類
細胞培養と器官培養とに分けられます。
細胞培養は、生体外に取り出した例えば、腎臓をメスやハサミなどを使って小さな組織片に切り刻みます、次にトリプシンのような細胞分散剤で腎臓の組織を構成している細胞集団を一個一個の単位にバラバラにします。単細胞の状態にした腎臓の細胞をビタミン、アミノ酸、子牛の血清などからなる栄養分を含む培養液を用いて試験管のなかで静置して保温します。培養された細胞は生体内で保持していた機能を発揮することはありません。
器官培養は、例えば、肝臓や気管支などの器官の一部をメスやハサミなどを使って数ミリの大きさに細片にして、その器官の細片を培養液中に浸します。組織または細胞の生理的機能を保った状態で培養液中に維持する技術です。気管や気管支の繊毛を有する細胞は、培養液中で繊毛の運動が観察されます。気道の粘膜細胞、収縮機能を有する心筋、肝臓や腎臓などに器官培養が利用されます。
 
2) 大気との関係による分類
ゴム栓などで密栓したビンや試験管で細胞を培養するビン培養(密閉系)とシャーレで細胞を培養するシャーレ培養(開放系)とに大別されます。
ビン培養は、培養容器をゴム栓またはネジふたで密栓する方法で、二酸化炭素や乳酸の発生から培養液のpHは次第に低くなります。強い緩衝能の緩衝液を用いるとpHの低下をある程度防ぐことは出来ます。炭酸ガスフラン器等を必要としないので、どこででも細胞を培養できる利点があります。
シャーレ培養は、通常5%に二酸化炭素を含む空気を供給し、落下細菌の混入を防ぐ意味でフタ、綿栓やアルミホイルをした半開放系の培養方式です。培養の環境が安定しているので、環境の変化で増殖が変わる細胞や細胞のクローニングの場合に有効です。高湿度の環境内での培養ですから、細菌汚染の防止に厳重な注意と対策が必要となります。
 
3) 培養細胞の性状による分類
細胞の性質から初代培養、二次培養、株化細胞等に分けられます。生体より組織を切り出し、細胞分散剤を用いて細胞をバラバラにして培養容器内の培養に移した状態を初代培養といいます。通常初代培養は、培養容器の壁に付着して静置培養に適した状態で、またその組織を構成していた色々な細胞が集団で存在する特徴があります。初代培養は再び細胞分散剤でバラバラにして、次の新しい培養容器に移すことができます。この植え継ぐ操作を継代といい、できた培養を二次培養といいます。通状の組織ならば、例外なく細胞の構成や性質の変化なしに5−6代の継代が可能です。これ以降になると、動物の種や組織にも依りますが、急速に継代後の細胞の培養容器面への着床がわるくなり、数代で全て死滅してしまいます。
上皮形の偏平な細胞は、ウイルスに対して感受性が高いが、紡錘形の線維芽細胞より継代培養は一般に難しいのが常です。細胞は継代培養中に細胞の形、増殖力、栄養要求性や染色体構成などが変異し、ほぼ無限に継代が可能な細胞集団に変化することが希にあります。特定の性質をもち継代可能な細胞を株化細胞といい、染色体数は2倍体から異倍体になっています。
 
4) 細胞の状態による分類
培養する細胞を培養容器等の支持体の表面に付着させて細胞を培養する方法を静置培養と呼び、非付着性のリンパ細胞などを、または通常一般の付着性細胞の培養容器表面への着床を防ぎつつ分裂・増殖させる方法を浮遊培養と言います。
静置培養は、通常培養容器の表面に細胞を付着させて培養するが、一 定容積の細胞密度はあまり高くなりません。しかし、中空糸などの繊維状の支持体の表面に細胞を付着させて一定容積あたりの細胞密度を高くすることも可能です。
浮遊培養は、細胞の着床を防ぐために、培養液中のカルシウムイオン濃度を低くしてリン酸イオンを高くすること、マグネチックスターラーで細胞を攪拌することで行われます。また最近では特殊なゼラチンやセラミックの小粒子状の細胞支持体に付着させ、小粒子の支持体を攪拌する方法が用いられます。浮遊培養は、一定容積の培養液中の細胞数を多くすることが出来るのが特徴です。
 
5) 培養の仕方による分類
生体より組織を切り出し、細胞分散剤を用いて細胞をバラバラにして培養する細胞培養法、と分散剤を用いず細胞をバラバラにしないで培養するメイトランド法と血漿クロット法とに分けられる。
メイトランド法は、組織片または膜状組織を培養液に単に浮遊させて細胞を維持する方法です。器官培養は、この範疇にいれられます。
血漿クロット法は、組織片を血漿の繊維中に埋め込んで組織片の細胞を維持または増殖させる方法です。
 
6) 培養容器による分類
細胞分散剤を用いて、組織片より細胞をバラバラにして培養容器上に付着させ、一層の細胞層を作らせる培養法です。正常な細胞は、接触阻止を受けやすいという特徴があって、細胞が増殖を繰り返して培養面に細胞が一杯になって、細胞同士が接触して細胞単層を形成します。細胞数は、それ以上の増殖がおこらないので増加せず、DNA合成の認められない静止期に入ります。 
一層の細胞層を作らせる培養法にも、細胞を接着させる支持体の形状からカバースリップ培養とスライドチェンバー培養とがあります。カバースリップ培養は、培養容器中にカバーグラス(カラスの短冊)を入れておき、このガラス上に単層培養を作らせる方法です。カバーグラスを取り出して染色して、顕微鏡観察標本として用いるのに便利です。スライドチェンバー培養は、スライドグラス上に張り付けたプラスチックの小さな枠内を培養容器として単層培養を行う培養法です。この枠をはずした後、細胞を観察するのに用います。
これとは別に、単層培養を培養容器ごと回転させるローラーチューブ培養ローラーボトル培養とがあります。培養細胞を培養液と一定の間隔で接触と分離を繰り返させるために、回転板または回転棒上に試験管や培養ビンを斜めに固定し、回転させる培養法です。この方法では、細胞が空気と接触できること、細胞数に比較して培養液を少なくできること等が他の培養法と違う点で、ウイルスの収量等を多くすることができる特徴があります。
 
5.細胞培養と培養細胞の将来展望 
特殊な細胞の培養が可能となった結果、体外受精や受精卵の試験管内培養、核の細胞内移植による新しい生命を誕生させられる技術が開発されている。また胎児細胞を動物個体にまで生育できる技術も開発されている。今後は細胞の眠っている遺伝子を外から刺激を加えて目を覚まさせることも可能となるでしょう。とすると如何なる人間の希望にも適った細胞を作り培養することが可能となるかもしれません。
特殊な細胞を作りだし、それを培養する技術を用いて、優秀な経済動物の品種改良、人造臓器の生産、自己の臓器または細胞の移植、輸血用血液細胞の生体外生産、食肉タンパクの製造などの細胞培養技術の工業的応用が活発化するでありましょう。
細胞培養の用いられる分野は、ウイルス学、細胞融合学、腫瘍学、遺伝学、発生生物学、細胞生物学、薬学、毒性学、生殖学、環境科学などの基礎科学で用いられるでしょう。また応用面では、ハイブリドーマ、キメラ細胞、抗体産生、抗原産生、インターフェロン、サイトカイン、ホルモン、体外受精などに応用されるでしょう。
細胞培養および培養細胞の将来は、予測することも難しいほど広範な分野や側面に広がりを見せると思います。
 
北里柴三郎博士の秘話に「細胞培養小史」を掲載してあります。遺伝子の不思議と細胞の不思議も歴史に先立ち記載してあります。興味のある方は、そちらもお読みください。

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