433. 「産科医の逮捕と起訴」で考える.6-2-2006.
この事件は、微生物管理機構のHPをアクセスされる方々には、直接的には関係ないことでしょうし、また興味もあまりない問題かとは思います。しかし、逮捕されて起訴されたとなると、極めて異例であり、この事件のもたらした波紋・影響は大変なものと私は感じています。このようなことから、この事件の概要を特別な解説なしに淡々と記すことにします。
逮捕・起訴事件
平成16年12月に福島県の病院で帝王切開手術を受けた29歳の女性が死亡しました。平成17年1月に福島県は、医療事故調査委員会を設置しました。この委員会は、癒着胎盤の剥離による出血性ショックが死亡原因であるとの調査結果を3月に纏めました。そのうえで、癒着胎盤の無理な剥離と輸血対応の遅れなどを指摘しました。
福島県と病院は、医療上のミスを認め遺族に謝罪し、手術を担当した医師のみを処分しました。今年(平成18年)の2月になって手術を担当した医師は逮捕され、3月には起訴されました。逮捕の容疑は、医療行為上のミスで患者を死亡させた業務上過失致死および異常死届出義務違反でした。出産前の検査から「前置胎盤であることが判ったので、担当医師は女性と夫に前置胎盤であるから輸血と子宮の摘出の可能性を説明した。しかし、女性は子宮温存を希望しました。残念ながらその女性は亡くなられてしまいました。以上がこの事件の経過の概要です。
事件の波紋
担当医が逮捕され起訴された事態に国内での医師たちに大きな衝撃が走ったようです。この事件に危機感を感じた要因は、手術の結果についての責任が担当医個人に科せられ、医療施設の設置者や管理責任者にはなんのトガメもなかったことが原因の一つと考えられます。胎盤癒着は事前に把握することは難しく、剥離による大量な出血がある場合の対応の難しさがあること、更に異常死の基準が明確になされていない現状での異常死届出義務(医師法)違反で逮捕されたことも衝撃的に波紋を広げた要因と思われます。
政府は少子化対策国務大臣を任命して、少子化に歯止めをかけようとしています。少子化現象の抑制策とは別に、産婦人科の医師不足が顕著となり、産科病棟を閉鎖する病院も多くなりつつあります。地域によっては産科医の不在から出産に対する不安が妊婦間に募ってきています。
医業を続けることに不安を感じるという声は多く、産科離れに拍車がかかるのではないかと心配されています。地方の医療に与える悪い影響が危惧されています。安心して子供を生める環境の整備がなされなければ、国策としての少子化対策も絵に描いた餅とならないでしょうか。
明治25年12月に国内最初の伝染病研究所が福沢諭吉の私財で建築されました。伝染病研究所が建てられるという話しを聞いた地域住民が「バイキンは危険」と猛烈な建設反対運動を起こしました。その時、福沢諭吉は、住民の前に立って「世界細菌学者の北里柴三郎が伝染病を研究する伝染病研究所は、地域住民が伝染病に罹ってしまうような危険は無い、伝染病研究所が安全だという証拠に《研究伝染病所の隣に自分の子供達を住まわせる》」と表明しました。伝染病研究所の安全性について確信をもっていたのではなく、術者の北里の人柄と能力に全面的な信頼を寄せていたので、伝染病研究所の活動に最愛の子供たちの生活を信頼のアカシとしたのでした。管理者が配下の者を信頼できないことは悲しいことです。