444. 炭疽菌毒素の阻害剤. 5-25-2006.
キーワード:白い粉 炭疽菌毒素 リポソーム
「白い粉」事件を覚えていますか
米国で起こった同時多発テロ事件に続いて、「白い粉」が幾つかの施設に送り届けられ、封筒を開いた人達の一部が死亡するサワギがありました。白い粉の正体は、小麦粉であつたケースも見つかったようですが、炭疽菌であったようです。炭疽という病気は、ヒトにも家畜にも感染する人畜共通感染症の一種類です。感染している動物またはそれらの動物の毛皮と接触して感染する場合と菌を吸い込んで感染する場合があります。吸入炭疽の場合の死亡率は極めて高く恐ろしい病気です。
炭疽菌は、環境が悪くなると芽胞を作って、土壌中にも長く存在します。炭疽菌の芽胞をホコリと一緒に吸入して感染すると治療しても致死率は八割に近くなります。そのため生物兵器として使われることが危惧されている訳です。
炭疽菌は、タンパク質性の外毒素を作ります。この炭疽毒素は、細胞表面のレセプターに結合するタンパクと細胞内に輸送されて傷害の原因となる2種類の酵素からできています。
炭疽毒素の働きを阻害する
Nature Biotechnology の電子版に、強力な炭疽毒素の阻害薬を開発し、動物実験で有効性を確認したとの報告が掲載されていました。米国のR. S. Kane 博士とカナダのJ. Mogridge博士が新しい方法による成功を発表したようです。
二人の博士は、炭疽毒素が細胞に侵入するときに使う細胞膜レセプター結合タンパクに結合する小さなタンパク質を点在させた脂肪球(機能をもったリポソーム)を作製した。この機能性リポソームは、炭疽毒素が細胞内に入り込む初期ステップを阻止する。多数のペプチドに覆われたこの阻害剤は、付着してないペプチドよりも一万倍も強力であった。
炭疽菌は、毒素を産生して炭疽の症状を発症させる。抗菌薬が炭疽の治療に用いられるが、最も重度な病型である吸入炭疽では、治療しても致死率は75%と高い。
炭疽毒素と阻害剤を同時にラットに注入すると、比較的低用量では9匹中5匹で発症が認められず、投与量をわずかに増量すると9匹中8匹に炭疽毒素による発症は認められなかった。別な9匹のラットに炭疽毒素のみを注入すると、8匹が発症した。この試験は、リポソームが動物のレベルでも有効であることを示すものです。また二人の博士らは、リポソームの表面にペプチドを配列させるこの新技術は、コレラ毒素でも試験管内での試験で良好な成績を示していると述べています。
「リポソーム」と呼ばれる脂肪の球は、簡単にいうと人工のイクラなどのようなものです。脂肪球のなかに何かを含ませることが一般的な使い方と思います。今回の炭疽毒素阻害剤のリポソームは、脂肪球の表面に小さなタンパクを貼り付けたものと解釈できます。ごく小さな脂肪球であれば、全身をかけめぐることができます。その上、タンパクは炭疽やコレラ菌の毒素に限定されないのだと思います。この点が新規な技術なのでしょう。しかし、多少懸念されるのは、小さなタンパクであっても異物ですから、何回も使用すると抗体ができないかということです。今後の発展に期待したいものです。