525. 解りにくい医療用語. 5-26-2009. キーワード:医療用語、認知率、理解率 国立国語研究所のホームページに『病院の言葉を分かりやすくする提案』という興味ある報告を見つけました、一般の人たちにも参考になることと思い、ここにその一部を転載して紹介します。尚、以下の照会文の出典は、《国立国語研究所「『病院の言葉』を分かりやすくする提案」と国立国語研究所「病院の言葉」委員会》です。 「病院の言葉」を分かりやすくする提案 国立国語研究所「病院の言葉」委員会 平成21年3月 国立国語研究所は,国民の言語生活の実態をとらえ,そこに問題が生じていれば,改善に向けてどのような工夫を行えばよいか,提案しています。 医療の分野では,患者中心の医療の考え方が広まり,医療者は十分に説明をし,患者は説明を理解し納得した上で,自らの医療を選ぶことが求められています。ところが,医療者の説明に出てくる言葉が分かりにくいことが,患者の理解と判断の障害になっています。 この問題を改善するために,国立国語研究所は「病院の言葉」委員会を設置し,「病院の言葉」の分かりにくさの原因を探り,分かりやすく伝えるための工夫を,医療者に対して提案しました。 病院の言葉の分かりにくさには,いくつかの類型があります。各類型を代表できる言葉57語を取り上げ,分かりやすく伝える例を,詳しく示しました。 「病院の言葉」を分かりやすくする工夫の類型 病院で使われている言葉を分かりやすく言い換えたり説明したりする具体的な工夫について提案します。 類型別の工夫例 (下線の各用語をクリックすると言い換え・補足例がでてきます) |
類型Aに分類した言葉は,認知率が低く一般に知られていないものです。見聞きしても何のことだか分からない患者が多いので,できるだけ使わないようにしたい言葉です。日常語を使って分かりやすく言い換えることが望まれます。 1.イレウス 2.エビデンス 3.寛解 4.誤嚥 5.重篤 6.浸潤 7.生検 8.せん妄 9.耐性 10.予後 11.ADL 12.COPD 13.MRSA |
類型Bに分類した言葉は,認知率は高く一般に知られているものです。ところが,認知率に比較して理解率が低かったり,知識が不確かだったり,ほかの意味と混同されたりする言葉です。正しい意味と確かな知識が身につき,混同が起きないように,明確な説明を行うことが望まれます。 B−(1) 正しい意味を 言葉は見聞きしたことがあっても,それが何を意味するかがよく理解されていない場合があります。このような言葉については,その意味を正しく理解してもらえるように,明確な説明を行うことが望まれます。 14.インスリン 15.ウイルス 16.炎症 17.介護老人保健施設 18.潰瘍 19.グループホーム 20.膠原病 21.腫瘍 22.腫瘍マーカー 23.腎不全 24.ステロイド 25.対症療法 26.頓服 27.敗血症 28.メタボリックシンドローム |
B−(2) もう一歩踏み込んで 言葉はよく知られていて,その大体の意味も理解されているものの中には,患者も,からだや病気の仕組みなどをよく知り,確かな知識を持つことが望まれるものがあります。これらの言葉は,一歩踏み込んだ説明が求められます。 29.悪性腫瘍 30.うっ血 31.うつ病 32.黄だん 33.化学療法 34.肝硬変 35.既往歴 36.抗体 37.ぜん息 38.尊厳死 39.治験 40.糖尿病 41.動脈硬化 42.熱中症 43.脳死 44.副作用 45.ポリープ |
B−(3) 混同を避けて 言葉は知られていますが,病院で使われる意味が日常語の意味と異なっているため,混同が起きやすいものがあります。こうした言葉は,混同を回避するための工夫が特に重要になります。 |
類型Cに分類した言葉は,認知率は低く一般に知られていないものや,認知率に比較して理解率がまだ低いものですが,新しく登場した重要な概念や事物です。それらが一般に普及し定着するような工夫をすることが望まれます。 <信頼と安心の医療> 望ましい医療の在り方として,患者中心の医療,患者が自ら選び取る医療ということが言われています。また,その基盤となる患者と医療者との信頼関係の構築の大切さが強調されています。こうした考え方を担う概念を表す言葉を扱います。 |
<ふだんの生活を大事にする医療> 治療ばかりを追求する医療よりも,日常生活を大事にした医療を実現しようとする医療者や患者が増えています。ふだん通りの生活を大事にする考え方は終末期の医療でも重要視されるようになってきました。また,日ごろから何でも相談できる医療者を持つことが推奨されています。このような,ふだんの生活を重視する医療にかかわる,新しい概念を表す言葉を扱います。 |
<新しい医療機械> 画像診断の検査機械として,近年「MRI」「PET」などが順次登場しました。いずれも,一般の人が,適切な医療を受けるために,機械の役割などを知っておくことが望まれるものです。しかし,現段階では,機械の普及に比べて,機械の役割やその機械を使った検査の内容についての知識の普及は不十分です。こうした知識を的確に普及させるためには,事物の普及段階に応じた工夫が大切です。 |
以上の提案は、医療人が普段何気なく使用している用語に認知率と理解率という二つの側面から問題を捉えている大変に有意義な提案と感じました。一つの例として「47.ショック」という用語をクリックしてみますと、色々な説明のなかに次のような文があります。 日常語「ショック」は、単にびっくりした状態、急に衝撃を受けた状態をいう意味であり、患者やその家族は、「ショック」「ショック状態」と聞いても、この日常語の意味で受け取ってしまいがちである。 「ショック」と言う言葉は、認知率94.4%と非常に高いが、血圧が下がり生命の危険があるという意味での理解率は43.4%と極めて低い。「ショック」「ショック状態」と言っても、大事な意味が伝わらない危険性は高い。 この言葉を使用する場面は、緊急事態で時間的ゆとりがないことも多い。家族に説明する際には、「ショック」という言葉は使わずに、何よりもまず生命の危険があるということを伝えなければならない。とあります。指摘されてみるとご最もなことだと思いました。 今年になって読んだ本のなかに山田恵子著「生命(いのち)の羅針盤」というものがあります。このタイトルからは解りにくいのですが、整形外科医の著者が末期がんの父を看取るときに、主治医の表現(専門用語など)の真意が一般人には時として理解しにくいがために患者やその家族に不安を与えていることがあり得ることを知った。医療とはなにか、生命とは何か、医師の視点と娘の目線から綴ったノートです。この著書を読んだ時に医療人が普段用いる用語や表現は、必ずしも患者や家族に理解されていない現状を実感しました。そんな折に「病院の言葉を分かりやすくする提案」という国立国語研究所からの報告を知り得たのでここに紹介した次第です。 |