◆梅毒トレポネーマ [Treponema pallidum]

 梅毒の原因菌でスピロヘータ科に属する。グラム染色では陰性であるが染まりにくいので、一般にはライト染色やギムザ染色を行う。 梅毒の感染は大きく二つに分けられる。一つは、梅毒トレポネーマに感染している人との直接接触感染によって感染するもので、もう一つは梅毒トレポネーマに感染している妊婦での胎児の胎盤感染による先天性梅毒である。
 梅毒トレポネーマに感染しているヒトと性交などを介して直接接触すると、接触局所から梅毒トレポネーマが侵入し、大体3週位で局所リンパ節で増殖する。 一般には泌尿生殖器周辺で感染をするので、その近くにある鼠径部のリンパ節が腫れて固くなる(硬性下疳)。この時期は第一期と呼ばれ、硬性下疳や無痛性横痃の部位からは梅毒トレポネーマが検出される。この症状は治療をしてもしなくても一旦消失するが、梅毒トレポネーマは全身に広がる。更に3ヶ月ほど経つと第二期として、全身にバラ腫とか梅毒性丘疹呼ばれる皮疹が現れるが、放っておいても再び症状は消失する。この時期には梅毒トレポネーマが検出されないが、体内では梅毒トレポネーマに対する抗体ができてくる。更に3年ほど経つと、第三期と呼ばれ、全身の臓器が変性してゴム腫になり、その後変性梅毒になる。適切で持続的な化学療法剤による治療を行えば第二期、第三期という病気の進行は防げるが、それぞれの境目で一旦症状が軽快したように見えるので、その時に治療を中断するとその後の治療は困難になる。
 先天性梅毒の方は、妊娠中に胎盤内で感染し、多くは死産・流産を起こす。無事に出生すると胎盤内で第一期と第二期を経過しているので、第三期より発症する。生まれてきた時には、先天性梅毒の特徴であるハッチンソン歯、鞍鼻、サーベル脚、実質性角膜炎、内耳性聾などを引き起こす。
 スピロヘータ科の細菌は人工培地での培養が不可能なものが多く、梅毒トレポネーマもヒトに病原性のあるものは人工培養できない。梅毒トレポネーマを増殖させる方法として、家兎の睾丸に菌や検体を接種する。接種して暫くすると梅毒トレポネーマが増殖して睾丸が腫れ上がるので、睾丸を取り出して磨り潰すと大量の梅毒トレポネーマが取れる。
 ドイツのエールリッヒの所に留学していた北里柴三郎の弟子の秦佐八郎はイタリアで習得してきたこの技術を駆使して、次々と家兎の睾丸に菌を接種し、さらに606種類の化学物質を家兎に投与した。最後の606番目の化学物質であるサルバルサンを世界で始めて梅毒治療用の化学療法剤として発見(1910年)したのは有名な話です。梅毒の診断は梅毒トレポネーマの培養が現在のところできないので、梅毒トレポネーマに対する抗体価を測定する血清学的診断を行うが、結核や自己免疫病など梅毒以外の疾患でも反応が陽性に出ることがあるので、病気の診断には慎重を期す必要がある。