◆記憶喪失性貝毒原因微細藻
    [Amnestic shellfish poisoning microalgae]

 記憶喪失性貝毒(amnesic shellfish poison: ASP) は1987年、カナダのプリンス・エドワード島でムラサキイガイの摂食によって、3人の死者を含む100人以上の中毒患者がでた事件が発端になって、その存在が明らかになった新しいタイプの貝毒である。中毒症状は痙攣(けいれん)や吐き気とともに記憶がなくなる点が特徴的である。原因になる毒成分は興奮性のアミノ酸の1種であるドーモイ酸(domoic acid: DA)であることが明らかにされたが、その原因生物が渦鞭毛藻ではなく、珪藻であったことで注目を集めた。現在、カナダでは二枚貝の可食部1gあたり20μgのドーモイ酸が検出された場合はそれらの出荷が規制されている。中毒事件をひきおこした原因珪藻はシュードニッチア・マルチセリーズ(Pseudonitzschia multiseries)であるとされていたが、その後、同属他種の珪藻(P.australis, P .seriata, P.delicatissima, P.pseudodelicatissima)もドーモイ酸を産生することが認められている。
これらの珪藻は両端がとがった針状の細胞で、大きさは種によって違うが、細胞の長さは40-160μm、幅は1.0-8.0μmの範囲にある。また、全てが浮遊性で長い連鎖群体をつくる。これらの藻種は広く世界的に分布し、アメリカでは毒化した貝によって水鳥が大量に斃死(へいし)した例があり、わが国でも古くから記録されていた。
この珪藻による中毒事件はこれまでのところ、前記の1例のみであるが、アメリカ北部、カナダ、ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランドなどでは、二枚貝にドーモイ酸が存在することが明らかにされており、ドーモイ酸を産生するシュードニッチアも同時に分離されている例が多い。わが国でもごく最近、岩手県大船渡湾での調査で、貝類の毒化は低レベルではあるものの、この有毒珪藻が生息していることが明らかにされた。
一方、ドーモイ酸は既に竹本ら(日本)によって、海藻の1種ハナヤナギから単離され、構造も明らかにされている駆虫成分である。また、この物質は海藻マクリ(海人草)の駆虫成分であるカイニン酸(kainic acid)と構造が類似している。なお、原因珪藻がかなり普遍的に分布しているにもかかわらず、中毒例が1例しかない理由や毒化のメカニズムは今のところ不明である。

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