第1話
魔法の弾丸から夢のエネルギーまで 〜人類の文化を支える微生物〜


 
 
『主な対象読者』
 高校生から大学1年生くらいまでのグループ。
『両親へお願い』
 小学生の高学年から中学生くらいのグループに属する
 児童や生徒には、少しむずかしい内容かとも思います。
 お父さんやお母さんが一緒に読んでください。
 親子が時間と興味を共有できたら素晴らしいと思います。
 
 
 
本 文 目 次

1.はじめに
1−1.生まれたときは無菌だった
1−2.生まれて数時間で細菌だらけ
1−3.そこに微生物がいた
2.世界最強の微生物軍団
2‐1.世界最強の細菌
2‐2.細菌兵器としての微生物
3.病気をおこす微生物の謎 − 北里柴三郎のヒラメキ
4.微生物は悪者か
4−1.微生物とはなにものか
4−2.微生物の特技の特徴
5.食中毒
5−1.食中毒とはなんでしょう
5−2.加熱した料理で食中毒
5−3.数時間で発症する食中毒
6.家畜としての微生物
6−1.夢のエネルギー水素をつくる細菌
6−2.うまいアルコールをつくる酵母
6−3.特効薬をつくるカビ
6−4.ウマミをつくる微生物
6−5.微生物は珍味
6−6.バイオ農薬としての微生物
7.性行為感染症
7‐1.「性病」は生殖器だけの病気ではなくなった
7‐2.コンドームを使ったのに性病
8.どこに行く微生物学
8−1,いま解決しないと手遅れになる問題
8−2,微生物の万能時代がやってくる
8−3.宇宙と深海に微生物はいるか
8−4.未知なる微生物学
9.おわりに
 
 
著作   田口 文章
イラスト 杉浦 才樹
 

 
第1話 魔法の弾丸から夢のエネルギーまで 〜人類の文化を支える微生物〜

地球上の生物の歴史(クリックすると拡大)

1.はじめに
1−1.生まれたときは無菌だった
  地球がうまれて46億年、原始生命体が出現して35億年、人類が誕生して200万年になりますが、しかし、食べ物を腐らせたせたり病気を起こしたりする細菌が見つけられて百数十年、ペニシリンが発見されて80年、エイズがみつかって20年にしかなりません。
 これまで地球上に生まれ育った人間の総数は以外に少なく500億人ほどと考えられています。ところが1グラムの土には1億個の微生物が存在するといわれています。これまでに誕生した人間の数は、500gの土に住んでいる微生物の数とほぼ同じなのです。
 
 わが国の人口は減少し少子化傾向にありますが、しかし、世界の人口は爆発的な増加傾向にあります。この瞬間の世界の総人口は、米国プリンストン大学の世界人口研究所の世界人口時計
http://www.opr.princeton.edu/popclock/>からみることができ、刻々と増加する速度にはおどろかされます。
 
表1 世界の人口動態
西 暦 世界人口 人口増加 倍増年数 主な使用燃料
0年 2.5億人    
1600年 5億人 2.5億 1600年 薪炭
1830年 10億人 5億人 230年 石炭
1930年 20億人 10億人 100年 石油
1980年 40億人 20億人   50年 天然ガス
2000年 60億人 20億人   20年 天然ガス+水素?
 
 私たちのからだの表面は、だいたい2平方メートルくらいといわれています。2平方メートルのからだの表面にどのくらいの数の細菌がいるのでしょう。一兆個ていどいるらしいのです。お腹のなかには、100兆個もの細菌がいるといわれています。私たちのからだの表面、体の内、口の内も私達が生活しているかんきょうにも細菌がそんざいしないところはないのです。細菌だらけのかんきょうで細菌と一緒に私たちは生活していることになります。
 
表2 身体の細菌
身 体 の 場 所 お お よ そ の 数
大 腸 全 体 百兆個(100,000,000,000,000個)
皮 膚 全 体 一兆個(1,000,000,000,000個)
糞 便 数千億個〜数兆個/
歯 垢 しこう 100億個〜一兆個/
口 の 内 100億個/cm2(10,000,000,000個 /cm2)
唾 液 だえき 10億個/ml(1,000,000,000個/ml)
足 の そこ 20万個/cm2(200,000個/cm2)
頭 皮 10万個/cm2(100,000個/cm2)
腋の 下 5万個/cm2(50,000個/cm2)
 
人体の微生物数(クリックすると拡大)
 ところが、人間のからだは、生まれた時から細菌だらけなのでしょうか。人間も動物も、菌のまったく存在しないきれいな状態で生まれてきたのです。卵子と精子が受精して、受精卵が分裂と分化をくり返して胎児になり、受精のあと10ヶ月でお母さんのお腹から生まれてきます。受精から生まれるまでの間、お母さんが健康であるかぎり、完全に無菌なのです。人間は生まれたときは無菌だったのです。
                              
 
 
1−2.生まれて数時間で細菌だらけ
 私たちの体はつねに細菌だらけであることは、無菌で生まれてきた赤ちゃんが、ある時から細菌だらけになることを意味しています。それでは、無菌で生まれてきた赤ちゃんは、無菌であったのはいつまでなのでしょう。1個の受精卵から発達してきた胎児は、子宮のなかでは羊膜に含まれる羊水という液のなかにういています。この羊水は無菌なのです10ヶ月たつとすると羊膜が破れて、羊水が流れでるときに赤ちゃんは産道を通ってうまれてきます。このときお母さんの産道にいる細菌をもらうのです。お母さんの産道内の細菌が赤ちゃんが最初にもらいうける細菌なのです。生まれて10時間もすると、もう赤ちゃんのお腹の中には細菌が見つかるようになります。
 うまれたばかりの赤ちゃんを、お母さんが自分のお乳でそだてるか、牛の子供をそだてるための牛乳でそだてるかで、赤ちゃんのお腹のなかにいる細菌の種類はその後大きく変ります。お母さんのお乳を飲ませると、ヨーグルトや乳酸飲料の中に入っている酢酸や乳酸を作る細菌だけが赤ちゃんのお腹のなかでふえてきます。ちょっときたない話ですが、お母さんのお乳でそだてられている赤ちゃんのウンコは、黄色で少しやわらかく、その上スッパイにおいがします。ところが、牛のお乳でそだてられると、赤ちゃんの腸内の細菌は、乳酸菌でない大腸菌などの細菌がふえてきます。そのような赤ちゃんのウンコは、少し黒くて少しかたく臭いにおいがします。そのような赤ちゃんは、かんたんに細菌の感染を受けやすく、お腹をこわしてすぐに下痢をします。
 
表3 赤ちゃんのウンコ
  お母さんのお乳 人工栄養(粉ミルク)
主な細菌



 
乳酸桿菌
ビフィドバクテリア
離乳食を摂取後)

 
バクテロイデス(主)
腸内細菌
糞便レンサ球菌
ブドウ球菌
クロストリジウム
便の特徴

 
少し軟らかく
黄色っぽく
酸っぱい臭い
少し硬くなり
黒っぽく
糞便臭でくさい
 
 赤ちゃんも生まれて6ヶ月ぐらいたってなんでも食べられるようになり、離乳食としておとなと同じようなものが食べられるようになります。すると、大人のウンコと同じように色は黒く硬くなりバナナのような形となり、ひじょうに臭くなります。とこらが、欧米人が用をたしたあとすぐにそのトイレに入っても、強烈な臭いはしないのです。日本人が用をたしたあとにトイレに入ると、いわゆる便所特有のにおいがします。
 これは赤ちゃんのときにお母さんのお乳を飲んでそだち、そのごも牛乳やチーズをはじめとする乳製品をずっとたべ続けると、お腹のなかに乳酸菌がふえ続けているのです。ところが、日本人の赤ちゃんのように離乳食として主食がデンプンにかわると、デンプンを好んでくう大腸菌やその他の菌がお腹のなかで主となり乳酸菌は少なくなります。大腸菌というのは、インドールというくさいにおいをの物質をつくる性質があるのです。トイレがくさいのは、インドール、アンモニア、硫化水素、スカトールなどで、大腸菌などの細菌がつくりだしたにおいなのです。細菌は、たんに私たちのからだの表面に存在するだけでなく、ウンコの色から臭いまでお腹のなかに住み着いた細菌によって変わってくるわけです。不思議ですね。
 
1−3.そこに微生物がいた
 おおむかしの人は、病気のげんいんをどのように考えていたのでしょう。インフルエンザはひろい地域で一度におおくの人が病気になるため、昔のヨーロッパの人は「インフルエンチィア・コエリ(天からの影響)」がげんいんと考えていました。これらのことからインフルエンザと呼ばれるようになりました。またマラリアのような病気は、湖や沼のちかくで患者が多くでることがわかっていました。お医者さんのなかには、病気の原因は揮発性であると信じていた者もいました。それで、マラリアは、イタリア語で沼地などから立ち昇る「悪い空気」を意味しているそうです。また熟したくだものが自然に発酵してアルコールができたり、大豆をワラにつつんでおくと納豆ができたり、麦や米から味噌や甘酒ができたり、スープを残しておくとにごって食べられなくなることなどは、おおむかしの人たちは自然からまなんで知っていました。
 これらの自然におこる不思議なことどうしておこるのかは、永いあいだわかりませんでした。100年前になってパストゥールというフランスの科学者は、細長い首のさきが下を向いているガラス容器であたためたスープは、いつまでも腐らないことに気がつきました。小さな生き物を入れない、または熱をくわえて殺してしまえば、スープはいつもでも腐らないことを発見したのでした。このようなことから、牛乳やワインがすっぱくなるのは、小さな生き物によって酢ができることが原因で、ワインを作る酵母と酢を作る細菌がいることを発見しました。このようなことから、人間は微生物のそんざいに気づきはじめました。
 
2.世界最強の微生物軍団
白鳥の首フラスコ(クリックすると拡大)2‐1.世界最強の細菌.
 病原性大腸菌O157の集団食中毒の発生から、人々は多くのことを学びました。顕微鏡を使わなければ見えないほど小さい生き物がどのようにして、ヒトなどの大動物を殺すことができるのでしよう。このような疑問は、微生物に魅せられた私たち微生物学のプロが共通してもった学問へのスタートラインなのです。病気をおこす力(病原性と呼びます)が強ければ強いほど、その微生物にたいする猛烈な闘争心と興味がわいてきます。病気にかかると恐いけれどその微生物はとてもチャーミングな研究の対象物なのです。
 種類にもよりますが、細菌はとてもつよい毒素を作ります。細菌の毒素には、作用や物の性質などがちがう毒素がなん種類もあります。ここで毒素の強い菌を紹介します。毒素を(作り出す)産生する代表的な菌の産生する強力な毒素を表4に示します。ここにあげた毒素は、ほんの少量でもその毒作用を示しますので、その量を表現する単位は普通の一般人は通常聞いたこともない単位を用います。
 
 病原性大腸菌O157の毒素は、調べるときにもちいる細胞の名前をもちいてベロ毒(2種類あり)と呼んでいます。赤い下痢便をだす代表的な病気は赤痢(赤い下痢の意味)ですが、この赤痢を起す赤痢菌にも毒力の強い赤痢菌と弱い赤痢菌があります。赤痢菌の中でも一番毒性の強いのはちょうど100年前に宮城県出身の志賀潔が発見した志賀赤痢菌です。
最強の細菌は誰だ(クリックすると拡大)
 大変に恐れられているO157の毒素の強さは、たぶん志賀赤痢菌とおなじくらいと思われます。赤痢菌は、私たちのように病原性のある微生物を職業的に扱う者でもすぐに感染するほど、感染する力の強い菌です。その赤痢菌の毒素は、1グラムで1万5,000人の人間を殺す力があることになります。たいへんな殺傷力です。ところが、破傷風菌やボツリヌス菌は、赤痢菌などとは比較にならぬほど強力な毒素を産生し、その毒素1グラムで体重が50キロの人間2,000万人を簡単に殺す事ができます。日本の総人口は約1億2,000万人ですから、破傷風菌やボツリヌス菌の毒素が10グラムもあれば全ての日本人を皆殺しにすることができる計算になります。
 猛毒といわれる青酸カリの毒性は、1グラムで5人のヒトを殺せるのです。少し甘いコヒーを好む人は、1杯のコヒーに砂糖を10グラムほど入れますから、コヒー1杯分で50人もの人を殺せることになります。ところが、食中毒を起こすボツリムス菌の毒素は、10グラムで2億人ぐらいの人間を殺すほど強力です。化学薬品の猛毒と細菌の猛毒とは、比較にならないほど大きな違いがあることがわかります。細菌による食中毒は、本当に恐いのです。
 
表4 世界最強の微生物はどれか
  人間を殺す毒力の比較値
微生物名 体重 50kg gの殺傷力
エボラウイルス   数億人
ラッサウイルス   数億人
破傷風菌 50ナノグラム 2千万人
ボツリヌス菌 60ナノグラム 1千7百万人
志賀赤痢菌 65マイクログラム 1万5,000人
ウエルシ菌 150マイクログラム 6,000人
ブドウ球菌 2.5ミリグラム 400人
コレラ菌 12ミリグラム 83人
ジフテリア菌 80ミリグラム 12.5人
青酸カリ   5人
亜ヒ酸カリ   .5人
チッ化ナトリウム   .5人
 ●1グラム=1000ミリグラム=100万マイクログラム=10億ナノグラムになります。
 ●体重50Kg:体重50キロの人が死にいたる量で表わしています。
 ●1gの殺傷力:粉にした1グラムの毒素で何人のヒトを殺傷できるかを表わしています。
  ウイルスについては、粉にすることができませんから、私の推測値です。
 
2‐2.細菌兵器としての微生物
 破傷風菌のように強い毒素をつくる細菌、炭疽菌のように家畜と人間の両方に感染する細菌およびエボラウイルスのように短い時間でヒトを殺せるウイルスなどの微生物は、ヒトに感染したとき治療することや予防することもできないうちに人から人に感染が広がってしまいます。お医者さんが原因を知って診断をつけるまでに、感染が広がり感染者が死ぬような病気の原因となる微生物は、細菌兵器として使用される恐れがあります。
 給食が原因で多くの生徒たちが食中毒になった事故は、病原性大腸菌O157によるものでした。O157は、大腸菌の一部で、本来はそれほど強い毒素は作らず、塩素などの消毒薬にも弱い細菌です。日常生活で誰でもがかかってもおかしくないと思われるO157は、細菌兵器として使われる可能性が高い細菌の候補です。その理由は、感染する人の抵抗力の強弱にもよりますが、10個ほどのO157を食べ物と一緒に体内にとり入れると集団での感染がおこりお腹が痛くなり下痢を起こします。感染する効率が非常にたかい細菌なのです。
 
3.病気をおこす微生物の謎 −北里柴三郎のヒラメキ
 どのようにして細菌が病気をおこすのかを最初に証明したのは、熊本県出身の北里柴三郎です。北里柴三郎がおこなった研究をかんたんに説明します。破傷風という病気は、細菌による病気らしいことはよく知られていました。しかし、世界中の科学者の誰にもその原因らしい細菌を殖やすことができませんでした。破傷風の患者から取り出した膿んだときに出る黄白色の臭い粘液を顕微鏡でながめると「太鼓のバチ」のような形をした細菌のそんざいを確認できますが、どうしても太鼓のバチを形をした細菌を殖やすことができませんでした。増殖させられないその理由はなんだろう? 誰がやっても殖やせない原因に北里は強い興味をもちました。いろいろと試した結果、酸素を無くした(嫌気)状態(試験管内の空気を水素ガスに置き換える)にすると破傷風菌を純粋に殖やせられることを発見しました。破傷風に罹っているすべての患者から「太鼓のバチむのような形をした破傷風菌を取り出す(専門的には分離するという)ことができ、分離した細菌をマウスに注射するとマウスは死に、死んだマウスからはまた同じ「太鼓のバチ」のような形をした破傷風菌が分離できるようになりました。破傷風菌を純粋に培養することに成功したのでした。
)破傷風菌のかたち(クリックすると拡大)
 次に、試験管のなかで培養した破傷風菌をマウスのうしろ足の筋肉に注射してみました。すると注射をしたうしろ足からの筋肉から痙攣(ケイレン)が始まり、しだいに全身に痙攣ひろがり、呼吸がとまりマウスは硬くなって死にました。しかし、死んだマウスの前足の筋肉や脳をいくら調べても破傷風菌を見つけることはできませんでした。破傷風菌がそんざいしないのに痙攣や硬直が全身におこる不思議さに北里は気づきました。そこで、フィルターをつかってろ過して破傷風菌をふくまない培養液をマウスに注射してみました。菌体を含まない培養液を注射されたマウスは、破傷風菌を注射したマウスと同じように破傷風になって死んでしまいました。「細菌がマウスを殺すのではなく、破傷風菌を除いた培養液に含まれる未知の物質でマウスは死ぬのだ」と北里は直感的に感じました。その神経をおかして筋肉を硬くさせる物質(毒素という)が病気の原因であることを1890年に北里は発見したのでした。
 
)北里柴三郎の疑問(クリックすると拡大)

 破傷風菌が作った毒を含む培養液を希釈して薄めてマウスに注射すると、薄めかたによっては生き残るマウスがいることに気が付きました。生き残ったマウスに薄めない毒や破傷風菌を注射しても、そのマウススはもう死にませんでした。どうして生き残りマウスは、マウスを殺すはずの強い毒や破傷風菌に抵抗して死なないのかがとても不思議に北里には思えました。もしかすると毒素をこわす物が生き残ったマウスの体内にできているのではないかと考えて実験を行い、毒素をこわす物が血液の中に存在することを発見しました。その毒素を破壊する物質は、現在は免疫抗体と呼ばれます。続いて北里は、破傷風菌を注射して痙攣が起こっているマウスに免疫抗体を含む血清を注射すると破傷風の症状が消えて病気を治せること(専門的には血清療法という)を発見しました。
 
4.微生物は悪者か
)細胞の模式図(クリックすると拡大)4-1.微生物とはなにものか.
 微生物とは、微細な生き物をさす科学用語ですが、小さな生き物とはどんなものを言うのでしょう。微小な生き物ですが微生物は、生物の一部です。生物全体のどのような位置を占めているのかを最初に説明します。
 人間を含むすべての生物は、まず大きく分けて真核生物と原核生物のどちらかに属します。真核生物とは、簡単に説明すると細胞のないぶに核膜という膜でとり囲まれた核がある生物で、動物と植物に分けられます。原核生物は、核膜に囲まれた核という構造が見えない生物のことです。病気を起こす病原微生物は、大腸菌のような原核生物に属するものとカビや酵母などのような真核生物に属するものがあります。表5にその違いをおおまかにまとめてみました。
 
 
表5 原核生物と真核生物の比較
  原核生物 真核生物
核膜 ナシ アリ
染色体 1個、環状 複数個、線状
ミトコンドリア ナシ アリ
細胞壁 アリ アリ(植物)
    ナシ(動物)
代表例 細菌 真菌・酵母・原虫
 
 別な面から微生物をながめると表6のようにも分類することができます。1)肉眼では見えないが普通の顕微鏡で初めて観察される大きさの細菌で、増殖をとめる特効薬がみつかっているので病気になっても治療が可能な第一世代の微生物と呼ばれます。次ぎは、2)普通の光学顕微鏡でも見えないが電子顕微鏡を用いるとそのそんざいが認識される粒子のようなウイルスで、細胞内に寄生することから増殖をとめる特効薬がまだなく病気を治療する方法が確立されていない第二世代の微生物です。最後は、3)電子顕微鏡でもその姿をとらえることができない耐熱性のタンパク質で、性質も治療する方法もまたよく判っていないプリオンと呼ばれる第三世代の微生物です。(表6)
 
表6 微生物の時代的分類
第1世代の微生物:
肉眼ではみえない、光学顕微鏡ではみえる、基本的な構造は生物に共通な細胞です、
例:細菌(レジオネラ菌、赤痢菌、コレラ菌、結核菌)、特効薬がある、治療が可能です.
第2世代の微生物:
光学
顕微鏡ではみえない、電子顕微鏡でみえる、基本的な構造は細胞でなくタンバク質の粒子です、
例:ウイルス(風疹ウイルス、インフルエンザウイルス、エイズのHIV)、特効薬はない、治療法もない.
第3世代の微生物:
 電子顕微鏡でもみえない、基本構造は解らない、熱や紫外線にも抵抗性、遺伝子もみつからない、
 例:プリオン(狂牛病、CJD)、治療法なし、                
 
 微生物の大きさは、その種類によってさまざまです。真菌の一番大きいのは、1メートル近くもあります。ウイルスの最も小さいのは、卵のしろみの主な成分である卵白アルブミン(高分子のタンパク質)の3倍ていどの大きさです。大きさを解りやすく比較するために、1センチになん個並べられるかを表に示しました。(表7)
 
表7 微生物の大きさの比較
おおよその大きさ 1センチに何個ならぶか
原虫 10マイクロメートルから肉眼で見える 数個から1,000個
真菌 2マイクロメートルから数十センチ 1個以下から5,000個
細菌 0.5〜10マイクロメートル ,000個から20,000個
赤血球 7マイクロメートル ,500個
ウイルス 20〜300ナノメートル 3万個から50万個
卵白 80オングストローム 200万個
1メートル=100センチ=1,000ミリメートル=100万マイクロメートル
=10億ナノメートル=100億オングストローム
 
)微生物の大きさ(クリックすると拡大)
 さらに、正真正銘の生物としての微生物と無生物的な微生物とがそんざいします。真核生物である真菌や原核生物である細菌は、生物共通の基本構造である細胞という生命単位からできています。しかし、無生物的な微生物であるウイルスは遺伝物質である核酸とそれを守るための保護膜としてのタンパク質からできている微細な粒子です。さらにプラスミドやウイロイドは、タンパク質がなく核酸のみからできています。最後にプリオンは、遺伝子である核酸がなくタンパク質(正確には糖タンパク)のみからできていると考えられています。微生物を形作っている物から考えると、これらの微生物以外にもっと新しい物からできている微生物は今後もう見つからないと思われます。(表8)
 
 
表8 作られている物からみた微生物の分類
生物 真核生物 動物 原虫
    植物 真菌
  原核生物 植物 細菌、スピロヘータ、クラミジア、リケッチア
無生物     ウイルス (核酸とタンパクのみ)
      プラスミド・ウイロイド (核酸のみ)
      プリオン (タンパクのみ)
 
 また微生物をその働きから分類することもできます。1)1番目は、人間を含む動植物に有害な微生物で、その数はかなり多いが、微生物全体から考えると、一般に思っているより少数で、病原微生物学の研究の対象になります。2)2番目は、有用な物の生産にかんけいする有用微生物で、その数は病害微生物よりははるかに多く、応用微生物学での研究対象になります。3)3番目は、自然環境の浄化や破壊に関係する環境微生物で、その数は極めて多いと考えられますが、そのほとんどはまだ良く解っていなく、新しい科学である環境微生物学での研究の対象になります。4)最後は、生きているが殖えない、または殖やせない微生物の一群で、その数は多数存在するようですが、全体的に未知な分野です。(表9)
 
 微生物は、働きから4群に分けられます。その中で一番数が少ないのは、病害の原因となる病原微生物です。自然界に存在する微生物の大部分は、人や環境に有用な働きをする微生物なのです。普通の人達は、微生物やバイ菌というと、全て怖い病気を引き起こすと考えているようですが、実際には役に立つ有用な微生物の方が多いのです。
 
表9 働きからみた微生物の分類
微生物の分け方 微生物の種類と数 働  き
害になる微生物 数万種で多数 病気を起こす、酒酵母を殺す
役にたつ微生物 病害微生物よりも多い 酢や抗生物質をつくる
環境の微生物 有用微生物よりも多い 水や土壌の浄化や汚染する
殖えない微生物 環境微生物より多く土や水中の大部分 なにをしているか判らない
 
4-2.微生物の特技の特徴.
 小さな生き物が微生物ですが、下の表に示したように、その構成からいくつかの群に分けられます。性質は全く異なり、概ね原虫、細菌(広義)、リケッチア、クラミジア、ウイルス、プラスミド、プリオン等に分類され、微生物学では原虫を除く微小な生物を扱います。概略を表7にまとめました。
 
10 微生物学で取り扱う微生物の種類と特徴
生物        
原虫 動物 細胞 DNA & RNA 寄生虫学・医動物学
細菌(広義) 植物 細胞 DNA & RNA 自己増殖  感受性
リケッチア 植物 細胞 DNA & RNA 否自己増殖 感受性 要媒介昆虫
クラミジア 植物 細胞 DNA & RNA 否自己増殖 感受性
無生物        
ウイルス 粒子 DNA or RNA 否自己増殖 否感受性 結晶化 感染性核酸
プラスミド 線状 DNA or RNA 否自己増殖 否感受性 感染性核酸
プリオン ‐?       否感受性 否滅菌 否UV
 
 
5.食中毒の種類と特徴
5−1.食中毒とはなんでしよう
一般的に中毒とは、飲食物によって起こる病気をいいます。中毒は、原因から細菌、ウイルスや藻等の微生物によもの、フグやキノコ等の自然毒によるものおよびヒ素、鉛やエタノール等の毒物によるものなどに分けられます。微生物学では一般論とはちょっとちがって、食中毒は次のように定義します。
食中毒とは、細菌やウイルスに汚染された飲食物を口からとりいれた結果として起こるおもな急性の胃腸炎やその他の症状を表わす病気をいいます。これまで食中毒と言うと、細菌による食中毒を指していました。ちかごろはウイルスによる食中毒も多くなってきました。細菌による食中毒は、感染型の食中毒と毒素型の食中毒にわけられます。そのおおよその違いと特徴を簡単に説明します(表11)。

11 食中毒の種類と原因菌
感染型の食中毒  
代表的な原因菌
 
サルモネラ菌、腸炎菌やネズミチフス菌、腸炎ビブリオ、病原性大腸菌、
プロテウス菌、腸球菌、セレウス菌
特  徴 8時間から24時間ぐらいの潜伏期、頭痛、ハキケ、腹痛、下痢、発熱
毒素型の食中毒  
代表的な原因菌 ボツリヌス菌、ウエルシ菌や黄色ブドウ球菌
特  徴
 
3時間から6時間ぐらいの潜伏期、胃腸炎、発熱はなく、
ハキケが激しいことが多い
 
食中毒と分類(クリックすると拡大)5−2.加熱した料理で食中毒
 感染型食中毒は、食物とともに病原菌を食べて、胃や腸で急激に増殖して病状を表わすもので、サルモネラ菌、腸炎菌やネズミチフス菌、腸炎ビブリオ、病原性大腸菌、プロテウス菌、腸球菌、セレウス菌などが、代表的原因菌です。
 病原菌が腸管にはいって増殖するまでに8時間から24時間ぐらいの時期(専門的には潜伏期と呼び、感染から発症までの期間をいう)があり、頭痛、ハキケ、腹痛、下痢をおこし発熱します。熱が高いときは39度を超えることも珍しくありません。普通は1週間以内に回復するのですが、重症例では衰弱、けいれんを起こしこん睡状態になって死亡することもあります。病原性大腸菌O157による集団食中毒では、感染して数日を経過して下痢や血便がでた人も多くいたようです。潜伏期の長い短いは、摂取した菌の病原性の強さ、摂取した菌数および菌の増殖する場所などによって違いがでます。
 
5−3.数時間で発症する食中毒
毒素型の食中毒は、毒素を産生する菌によって食物の中ですでに作られた毒素を食物といっしょに食べて中毒をおこすもので、ボツリヌス菌、ウエルシ菌や黄色ブドウ球菌などがこの毒素型の食中毒の代表的な原因菌です。
 ボツリヌス菌やウエルシ菌が作る毒素(専門的には外毒素と呼ぶタンパク質)は熱に弱いので、これらの菌が食物の中で増殖し毒素を作っていても熱を加えて調理してから食べると、毒素による食中毒は起こりません。しかし、この2種類の菌は、熱に強い耐熱性の芽胞を作りますので、調理した食べ物からも菌が分離されることもあります。熱をくわえたからと安心はできません。
 ブドウ球菌は、何種類かの毒素を作りだしますが、その中で腸管毒(エンテロトキシン)と呼ばれる毒素は耐熱性で煮立っているお湯で30分間加熱してもコワレません。ブドウ球菌に汚染されている食物を加熱調理しても、細菌は完全に死にますが、毒素は残るので中毒になります。加熱した食物も食中毒になる可能性があるのでブドウ球菌の毒素型食中毒はこわいのです。食材や食品が熱につよい菌や熱につよい毒素で汚染されていると、加熱調理しても安全は保証されません。180℃の油で揚げても中まで熱が充分に通っていないと、危険なことが理解してもらえると思います。
 毒素型の食中毒の潜伏期は、食物を食べてから3時間から6時間と一般に短いのが特徴です。別な表現をすると昼食のお弁当であたると夕方には発症することがあります。その理由は、食物のなかですでに作られた毒素のためにおこるからです。症状は感染型とほぼ同じで胃腸炎をおこします。しかし、発熱はなく、ハキケが激しいことが多いようです。
 ただし、ボツリヌス菌の食中毒は例外で、潜伏期は18時間から36時間と長く、しかも胃腸症状はなく、筋肉の硬直が主な症状になります。体温は低下し、死ぬまで意識は明瞭です。ボツリヌス菌の毒素は運動を支配している神経をおかすので運動麻痺がおこりますが、知覚神経はおかされませんので意識はさいごまで明瞭なのです。致命率は高く40%内外を示します。
 
6.家畜としての微生物
 家畜とは、ある目的のために人間によって飼育される鳥獣で、牛、豚、馬、鶏や犬猫の類を指す言葉です。恐ろしい病気の原因となる微生物もいったん試験管の中に封じ込めてしまえば、自由自在に飼育できます。目的のために飼育できる意味では、微生物も家畜と考えられます。家畜としての微生物のいろいろな応用例を紹介します。
 
6−1.夢のエネルギー水素ガスをつくる細菌
 最近、もよおされる国際自動車ショーには、排気ガスをだすガソリンエンジンを積んだ自動車でなく、水素燃料電池で走る電気自動車が展示され、次世代の自動車として注目を集めています。自動車ショーに展示されている車は、天然ガス水素ガスから電気を発電する実験(クリックすると拡大)から作った水素ガスを入れたボンベを搭載し、その水素を使って発電するシステムで走る仕組みになっています。シドニーでのオリンピック大会の最終日に行われた「マラソン」の誘導をした自動車も有害な排気ガスを出さない水素をエネルギーとした車でした。4キログラムの水素で400キロメートルも走行が可能なのだそうです。
 オナラは、腸内にいる細菌が作ったガスで、臭いガスや二酸化炭素と水素ガスなどからできています。腸管内に生息している大腸菌などの細菌群は、水素ガスを作ります。私達は、家の柱などを食ってしまうシロアリから水素を作る菌を見つけました。シロアリからの細菌は、魚肉、野菜、砂糖、デンプン、イネわら、バナナ、トウモロコシやコピー用紙などを原料にして大量の水素ガスをつくる性質があります。
台所で使う金属タワシをパラジウムでメッキし、それを50ミリリットルの注射器2本につめます。1本の注射器にはシロアリからの細菌が作った水素ガスを入れ、他の1本には空気(酸素を含む)を入れて、2本の注射器を銅線で結ぶと、1ボルトの電気が発生します。これが水素燃料電池で、水の電気分解の逆の原理です。この水素燃料電池を4本(水素200ミリリットル)つなぐと、トランジスタラジオは1日中音楽をならしています。シロアリ菌は砂糖1グラムから400ミリリットルの水素を作るので、砂糖1グラムで2日間もラジオを楽しめます。
 
6−2.うまいアルコールをつくる酵母
 酵母や細菌のそんざいや働きを知らなかった大昔から、ブドウの汁からブドウ酒ができることを人間は知っていました。しかし、どうしてブドウ汁からワインができるのか、またワインが腐るとすっぱくなってしまう理由は判りませんでした。1870年代のある日、ブドウ酒の醸造家がフランスの化学者ルイ・パストゥールにブドウ酒が腐る原因を調べてくれと頼みに来ました。細菌や酵母などの微生物がまだ見つけられていない時代の話です。パストゥールは、結晶には光学的に左手と右手の2種類ある事を発見した化学者です。化学的に合成すると2種類の結晶ができるが、しかし、生き物は一種類の結晶しかつくらないことをパストゥールは発見していました。
 そこでパストゥールは、醸造家の依頼にこたえるために、飲めるおいしいブドウ酒とまずくて飲めないブドウ酒を顕微鏡で調べました。酵母と酢酸菌の関係(クリックすると拡大)飲めるブドウ酒には、丸い形の物(現在は酵母と呼びます)の存在とアルコールを見つけました。ところが、すっぱくて飲めないブドウ酒には、丸い形の物とアルコールの他に小さな棒状の物(現在は細菌と呼びます)と酢酸が見つかりました。すっぱくて飲めないブドウ酒の酢酸を顕微鏡で調べてみたら、一種類の結晶しか見つかりませんでした。少し考えたパストゥールは、ブドウ汁に含まれる糖を丸い形の物がアルコールへ変えてワインをつくる、小さな棒状の物がアルコールを酢酸に変えてすっぱいワインにすることを思いつきました。と同時にブドウ酒には一種類の結晶しか見つからないから、ブドウ酒に含まれる丸い形の物と小さな棒状の物は、生き物であるに違いないと結論をだしました。そこで丸い形の物と小さな棒状の物に酵母と酢酸菌と名前をつけ、現在もブドウ酒や食酢をつくるのに用いられています。
 
 酵母の働きを知らなかった大昔から米、麦、トウモロコシやブドウなどから日本酒、ビール、ウイルキーやワインが作られています。これらはみな性質の違う酵母によって作られるのです。アルコールは、酒類、酢の原料、防腐剤、消毒薬、医薬品、化粧品、香料など広い分野で使われています。これらのアルコールは、デンプンに酵母を加えてかき混ぜながら作られてきました。
 近頃は、アルコールを作る原料も作り方も変わりました。アルコール燃料(クリックすると拡大)酵母を寒天などに混ぜて、小さなビーズ状にしたものを入れたガラス管を準備し、デンプンを連続的に流し込んで、アルコールを連続的に取り出します。また、アルコールの原料は、人間が食べられる穀類のみでなく、新聞紙のような紙クズや稲ワラのような農業廃棄物も使われるようになりました。
 
 アメリカだけで捨てられている新聞紙をアルコールに変えるとアメリカで現在使用されている量よりも多くのアルコールが作れるそうです。アメリカやブラジルは、紙屑やトウモロコシ屑からアルコールを作り、自動車用の燃料に使っています。
 
6−3.特効薬をつくる細菌
 お餅にはえるペニシリュウムという青カビは、オデキや肺炎など細菌による病気を治すペニシリンを作ります。青カビのペニシリンは大変に有名な話で、病原菌を狙い撃ちする抗生物質は、”魔法の弾丸”とも呼ばれます。これがもとになってストレプトマイセスという土にいる細菌の仲間が結核に効くストレプトマイシンを作ることがわかりました。東京都渋谷区(恵比寿駅前の渋谷橋近く)の土から取り出された放線菌(細菌の仲間)から、北里研究所はマイトマイシンCという癌にきく抗生物質を見つけました。マイトマイシンの名前は、Mitosis(有糸分裂)に由来するとのことです。
 
ペニシリンの細菌攻撃(クリックすると拡大)
 ペニシリンは、ブドウ球菌や肺炎球菌にとても良く効きました。しかし、段々とペニシリンに抵抗する耐性菌、例えばMRSAが増えてきました。ペニシリンの効果が弱くなるのは、ペニシリンを分解する酵素をつくるようになるからです。この酵素が働かないような構造にペニシリンを改良し、多くの新しい型のペニシリンが作られるようになりました。
 日本は、全国の土壌に抗生物質をつくる微生物がたくさん生息している国です。そのため優秀な抗生物質が数多く日本で見つけられています。少し例を挙げてみましょう。癌に効くマイトマイシンやブレオマイシン、細菌に効くロイコマイシン(ロイコは白い)、ジョサマイシン(ヨサコイ節の土)やカナマイシンなどがあります。
 
6−4.うまみをつくる微生物
 微生物のそんざいすらを知らなかった昔から、私たちの祖先は微生物の働きを利用して、おおくの食べ物を作ってきました。例えば、クサヤ菌がつくる保存食品のクサヤ、納豆菌の納豆、乳酸菌のヨーグルト、カビのチーズなどがあります。しかし、実際はこれらに限りません。日本国内だけでも、醤油、味噌、酢、日本酒、焼酎、ビール、ワイン、かつお節、多くの漬物、ウドンやソバ、パン、調味料など、例はいくらでもあります。まさに微生物は食べ物を作る家畜なのです。
 
微生物は食べ物をつくる家畜(クリックすると拡大)
6−5.微生物は珍味
 私達は、食べ物を通して、生きたままの微生物または殺した微生物を知らないうちに食べていることがあります。食べ物に付着している微生物でなく、微生物の菌体そのもの、または微生物の成分を食品として食べる話です。
 植物だと思って食べているのが実は微生物であった例を最初に紹介します。それは、シイタケ、マツタケ、エノキタダケなどのキノコです。これらは、1センチから10センチくらいの大きさですがカビ(真菌)の仲間です。お風呂に生える黒カビやお餅につく青カビなどの仲間で、胞子を作って目をだして殖えます。マツタケを例外として、その胞子を人工的に培養することも、可能になってきました。キノコは、菌体そのものもおいしく食べられますが、菌体のもつ香りや旨味の成分が栄養分としてだけでなく価値があるのです。
 世界三大珍味の一つと言われている「トリフ」もキノコの仲間です。このキノコは、木の根に菌根を作り土のなかで生育し、土の表面にでてくることはありません。そのため見つけることが大変なのですが、トリフの香りはブタには香しいニオイに感じるようです。そのためフランスやイタリアでは、ブタを使って山中のトリフ探しをするようです。トリフやマツタケは、まだ人工的に培養ができません。
 
キノコもカビの仲間(クリックすると拡大)
 表12に微生物の成分を示しました。どの微生物も一番多いのは水分で約80%にも達します。水分を除いて乾燥させた菌体で一番多いのはタンパク質です。そこで、細菌や酵母を増やしてタンパク質を取り出し、食料にしようと考えました。新しい食料を作るのに砂糖やデンプンを使ったのではあまり意味がないので、食料にならない石油やパラフィンを原料として考えました。結果としてタンパクを作る技術はできましたが、石油からつくると危険でないかとの疑問が最後まで残り、微生物のタンパクを利用する計画は中断しています。地球表面で生育する穀類で世界の人口を養うことはいずれ難しくなりますから、もう少しするとまた微生物のタンパクが復活するかも知れません。
 
12 微生物が含んでいる水以外の成分
      (%)
微生物 タンパク質 炭水化物 脂肪
細菌 60−80 10−30 5−30
酵母 40−60 20−40 5−50
カビ 30−50 30−60 3−40
 
6−6.バイオ農薬としての微生物
皮膚にできた傷などが化膿すると緑色の膿がでます。そこから緑膿菌という細菌が取れます。緑膿菌は、シュードモナスと呼ばれる菌属に分類され、この菌属の細菌は本来病気を起こす力は強くなく、その上栄養もあまりない自然環境でも生育する特徴があります。環境中では、自然の浄化に働いていると考えられています。
 林のなかで倒れた樹木は、土の中のカビによって分解され土に戻ります。このカビの仲間は、種から発芽する若芽、樹木や草花をも枯らすことがあります。人間には害を及ぼさなくても植物に対しては病原菌となります。ところが、緑膿菌の仲間を散布すると植物は病気にならなくなり、または病気が治ることが判ってきました。残留性の高い農薬に代る環境にやさしい微生物農薬の時代がはじまりそうです。
 
 東南アジア諸国のような熱帯雨林地方は、カビが多いので有名です。これらの諸国では、緑膿菌の仲間であるシュードバイオ農薬(クリックすると拡大)モナス属菌の農薬としての使用に強い期待をよせています。しかし、からだの抵抗力が弱い年寄りや子供、またはエイズ患者のような抵抗力が弱った人たちには、これらの病原性の弱い菌でも感染がおこることがあるかもしれません。注意しないと農薬として使用した菌の感染を受けてしまう可能性があります。
 海面が真っ赤になる赤潮が発生すると、そこの海水中の酸素の濃度が低くなりますから、魚介類は全滅してしまいます。この赤潮は、プランクトンが大発生して海面が赤くなる現象です。赤潮が発生するとプランクトンを網でとりのぞいたり、強い化学薬品を散布したりしています。本質的な解決法がまだ見つかっていません。
 水産庁の海洋研究所で、フランクトンで増殖するウイルスを見つけました。ウイルスは、プランクトン以外には寄生できませんので安全な殺プランクトン剤となる可能性があります。しかし、問題点は、赤潮の原因となる藻の種類が違うと作用しなくなることです。どのようなプラントクトンでも感染して殺す作用のウイルスが近いうちに見つかるものと期待されています。
 
7.性行為感染症
7‐1.性病は生殖器だけの病気ではなくなった
 リン病や梅毒などを少し前までは性病と呼んでいました。性病いう言葉は、生殖器に病巣がある病気にたいして用いられていたようですが、現在は用いられなくなりました。また性病予防法という法律もつい最近なくなりました。性病の代わりに登場したのが性行為感染症です。
 性交をはじめいろいろな性的接触によって感染する病気を広い意味で性行為感染症と一呼びます。英語でSexually transmitted diseaseと書くことから、その頭文字をとってべんぎてきにSTDと略されることも多々あります。正式には、性感染症と書きます。一時期は性行為感染症とも書いていましたが、「行為」の二文字は削除されたようです。STDには、ウイルス、細菌、クラミジア、真菌、原虫、寄生虫によって起こされる病気が含まれます。
 
7‐2.コンドームを使ったのに性病
 性感染症は、生殖器や陰部に限って起こる病気ではありません。陰部に病巣がみられる病気も見られないケースもあります。広い意味の性感染症は、局所にのみ病巣がある局所感染と全身に病巣がひろがる全身感染の2種類に分けられます。局所感染症は、肉眼的な病変を限局した局所に起こす感染症、例えば、陰部ヘルペス、尖圭(せんけい)コンジローム、陰部伝染性軟ゆう腫(軟らかいイボ)、リン病、軟性下疳(げかん)や毛ジラミ症などです。もう一つの全身感染症は、ウイルス性肝炎、エイズ、伝染性単核症などのように局所には病変を示さず全身に感染が広がるものです。下の表13に性感染症をまとめて示しました。
 世界的にクラミジアによる非リン菌性尿道炎やヘルペスウイルスによる陰部ヘルペスが若い人達の間に大流行しているようです。単純ヘルペスウイルスには、口唇(くちびる)や目などの顔面に好んで病変をおこす口唇型(1型)ウイルス若い人に性感染症が増えている(クリックすると拡大)とこうもんや尿道などの陰部に好んで病変を起こす陰部型(2型)ウイルスの2種類ありますが、口唇など顔面から陰部型単純ヘルペスウイルスが検出されることも珍しくはないようです。地域によっては婦人科を訪ねる患者の80%近くがクラミジアに感染しているとの報告もあり、またアメリカの女性新兵を調べたところ約10%がクラミジア感染者であったとの報告もあります。
 性行為の多様性と若年化により、本来は陰部にのみ病変を起こす陰部型単純ヘルペスウイルスが口唇などに感染することも珍しくないようです。性感染症を持つ人達の多くは、静脈から麻薬を注射する行為の常習者も多く、また不特定多数の性的パートナーをもっていることも多いようです。
 性感染症の厄介なことは、感染部位が陰部であることが多いため、医師を含めた他人に見てもらうのに抵抗があること、炎症や潰瘍(かいよう)の病巣は原因病原体が多く存在することなどがあるため、性行為により益々感染が拡大する恐れがあることです。更にもう一つ、衛生状態が改善されると感染症は少なくなる傾向があります。しかし、衛生状態がいかに整備されても、性教育や道徳教育がいかに施されても、性感染症が減少するとは限りません。
 
 
13 病原体別にみた性感染症の種類
ウイルスによる感染症

 
陰部ヘルペス(単純ヘルペスウイルス)、尖圭コンジローム(乳頭腫ウイルス)、陰部伝染性軟ゆう腫(伝染性軟属腫ウイルス)、ウイルス性肝炎(B型やC型の肝炎ウイルス)、エイズ(ヒト後天性免疫不全ウイルス)、サイトメガロウイルス感染症(サイトメガロウイルス)、伝染性単核症(EBウイルス)
クラミジアによる感染症 非淋菌性尿道炎(クラミジア)
*鼠径リンパ肉芽腫(クラミジア・トラコマチィス)
細菌による感染症
 
淋病(リン菌)、*梅毒(トレポネーマ・パリーダ)
*軟性下疳(軟性下疳菌)
真菌による感染症 膣カンジダ症(カンジタ)
原虫による感染症 膣トリコモナス症(トリコモナス)、アメーバ赤痢(赤痢アメーバ)
寄生虫による病 毛ジラミ症(毛シラミ)
(  )内は、その病気をおこす病原体の名前です。
*印は、旧伝染病予防法の対象となる病気。
 
8.どこに行く微生物学
8−1.いま解決しないと手遅れになる問題
 1).廃棄物問題:家庭や職場からの廃棄物は、残り少ない貴重な化石燃料を燃やして焼却するか土地に穴をほって埋め立てられています。埋める土地はもうないので限りがありますし、焼却するとダイオキシンなどの有害物質か発生します。これまでの廃棄物の処理法は、もう限界のようで新しい発想による処理法を確立する必要にせまられています。
 2).石油化学からの脱出:ジェト機を飛ばすにも、冷房や暖房にも、テレビや携帯電話を使うにも、基本的には石油が必要です。またいろいろなところに使われているプラスチック類を作るにも石油が使われています。石油は無限に存在するエネルギー源ではありませんから、石油に代わる次のエネルギー源を探さなくてはなりません。また石油から作られたプラスチック類は、天然物ではないので、木や紙のように自然に分解されて土に返す方法がありません。
 3).食料の確保:人間や家畜を養うための食料は、農作物の害になる害虫や雑草を殺す農薬を大量に使ってなりたっています。それらの農薬の多くは、その効果を持続させるために農作物や農耕地に残留する性質があります。その残留性は、最終的に人体に害を及ぼす可能性があります。残留性がある有害な農薬に代わる新しいバイオ農薬の開発が待たれています。
 20世紀は、石油を大量に使って栄えてきました。その石油の埋蔵量があと数十年でなくなりそうですし、石油からつくられた物で地球環境やそこに生息する動植物は完全に汚染されてしまいました。これらの問題は、簡単に解決できませんが、微生物が解決する時代になると期待されています。
 
8−2.微生物の万能時代がやってくる
 新しい廃棄物の処理法として登場するのは、微生物に廃棄物を食わせてしまう方法しかないと思われています。現在は、生ゴミなどの廃棄物を数種類の細菌とカビにあるていど食わせて、残りカスを肥料にする装置が売られています。しかし、そのうち全国の家庭やゴミ処理場から堆肥が作られると、その堆肥の使い道がなく、結果的にはまた廃棄物が生まれてしまう問題にぶつかります。近い将来、プラスチック、建築廃材、農業残さ、生活廃棄物までも食ってしまう微生物により、全ての物質を水、酸素と二酸化炭素にまだ完全に分解し、残さを残さない処理システムができそうです。
 メタンやアルコールなどの燃料を作る微生物はすでに存在します。しかし、微生物によって石油や石炭を作らせることは、原則的には可能ですが、まだ実用的な段階ではありません。石油や石炭を作れる微生物が見つかるような時代には、多分ダイヤモンドを作る微生物も見つかっているでしょう。
21世紀のクリーンな発電(クリックすると拡大)
 これから建てられる家には、太陽光発電機が設備されるようです。太陽光のエネルギーを使った発電は、二酸化炭素などの廃棄物をださないクリーンなシステムです。しかし、太陽電池や原子力による発電は、何年間か使うと装置が劣化し使えなくなりますが、その処理法がまだわかっていません。そこで、次ぎの自家発電システムとして、微生物を用いて生ゴミや廃棄物などから水素ガスを作る小型な発酵槽と水素燃料電池との組み合わせによる自家発電装置が21世紀には登場するでしょう。太陽熱による温水器と組み合わせると、重油を燃やして作った電気は買わないですむ時代がきます。
 
 石油から作ったプラスチックや炭化水素の高分子である化学繊維は、微生物では分解できません。いまのプラスチックに代わる高分子を微生物に作らせることは、すでに一部は実用化されています。しかし、現在は石油から作った化学繊維より高くなってしまうため、あまり一般化されていません。近い将来新しい微生物に新しい方法で高分子の天然繊維を作らせる時代がおとずれます。
 石油から作ったいまの農薬に代わって、微生物の作る抗生物質のような天然物によって、害虫や雑草を駆除できる地球環境にやさしい新しい微生物農薬が近いうちに誕生します。
 
8−3.宇宙と深海に微生物はいるか
 21世紀には宇宙や深海に生息する微生物を研究する宇宙微生物学や深海微生物学が新しく誕生するでしょう。宇宙船が地球のまわりを軌道をえがいて飛んでいる宇宙空間に微生物は生息していませんが、人間が生活する宇宙基地に人間が地球から微生物を持ち込み、宇宙基地で地球上と同じように微生物による廃棄物の処理やエネルギーや酸素などの物質の製造を行なうようになると思われます。その時、無重力であるため液体も浮いてしまう空間で微生物をどのように生育させるのか、これからの研究です。
宇宙と深海にも微生物(クリックすると拡大)
 土のなかの微生物は顕微鏡で見える菌数のうち千個に一個位の細菌しか人間は殖やせません。さらに海洋の微生物は、まだほとんど研究されていません。海底火山からの熱水中や何百気圧にもなる圧力に耐えて紫外線の届かない真っ暗な闇のなかに生息している微生物は、地球が誕生した当時のままで生存している可能性があります。これから、宇宙微生物学や深海微生物学の時代になります。大変に興味のある科学ですが、それ以上に伝統のある古い微生物学の歴史の転換点となるのです。
 
8−4.未知なる微生物学
 微生物に願いをかけるとその微生物は正直に応えてくれます。磁石を作らせたい、氷を作らせたい、燃料を作らせたい、水素を作らせたい、セルロースを分解する酵素を作らせたい、新しい薬を作らせたい、病害微生物の増殖しない環境を作って貰いたいなどの願いには、既に微生物は応えてくれています。これからは、新しい微生物を探す時代でなく、希望の働きをする新しい遺伝子を持たせた微生物を自分の頭でつくる時代となります。家畜のように微生物を飼育する時代がやって来ます。これまでの自然科学と一味違う科学の世界が現れるのです。
 
9.おわりに
 ヒト免疫不全ウイルス(HIVと省略されることもあります)に汚染されている血液を輸血された事故の統計を調べると、健康な人間でも約95%がエイズになってしまったようです。感染率が95%とは、とても恐ろしい数値です。不幸にてエイズになってしまうとほとんどが治療しても回復することなく、発症して5年以内に95%の人が亡くなってしまいます。ところが、不思議なことに感染した人のうち数パーセントは、エイズにならないことがあります。エイズをどのようにして治すかという研究も大切ですが、逆に数パーセントのヒトがエイズにならないのはどうしてかという研究も重要なのです。
 大腸菌は、ブドウ糖も乳糖も好んで良く食べます。赤痢菌は、ブドウ糖は好んで食べますが、乳糖は嫌いで食べません。ブドウ糖と乳糖が大好き大腸菌も、ブドウ糖と乳糖と同時にあると、ブドウ糖を先に食べブドウ糖がなくなると乳糖を食べ出します。細菌にも人間と同じように、食べ物に対して好き嫌いがあります。
コレラ菌は世界で最速な細菌(クリックすると拡大)
 ブドウ糖と砂糖が混じっている粉があったとして、このブドウ糖と砂糖の混合物から砂糖だけを取り出すにはどうしたら良いでしょう。現代化学の知識を使っても人間には、砂糖だけを取り出すことは簡単にはできません。しかし、例えば、赤痢菌を使えば、ブドウ糖だけを選んで食べてしまうので、砂糖だけを残すことは簡単にできるのです。
 コレラ菌は、世界で最も速く動き回れる生き物です。コレラ菌は、船のスクリューのような運動器官をお尻に一本持っています。それを1秒間に数万回も回転させられるので、顕微鏡の視野を瞬間にして通りすぎてしまうほど迅速に運動することができます。コレラ菌のスクリューは、地球上で一番小さく最も高速で回転するモーターにつながっているのです。
 
 これからの科学は、「病気をどうして治すか」ではなく、「病気にならないためにはどうするか」という方向に進むと思われます。また人間は自分の体重ほどもある砂糖を食べることはできませんが、大腸菌等の微生物は自分の体重の砂糖くらいは短時間に食べ尽くしてしまいます。微生物の力は、人間と比較にならないほどものすごいのです。またその代謝や運動は省エネルギー型であると同時にすばやいのが特徴です。我々人間は、顕微鏡でしか見えない微細な生き物の不思議な力や巧妙な生き方から学ぶことはたくさんあると思います。皆さんは、なにを学ぶのでしょうか。決めるのはあなたです。
 
[完]
 

 

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