感染型食中毒は、食物とともに病原菌を食べて、胃や腸で急激に増殖して病状を表わすもので、サルモネラ菌、腸炎菌やネズミチフス菌、腸炎ビブリオ、病原性大腸菌、プロテウス菌、腸球菌、セレウス菌などが、代表的原因菌です。
病原菌が腸管にはいって増殖するまでに8時間から24時間ぐらいの時期(専門的には潜伏期と呼び、感染から発症までの期間をいう)があり、頭痛、ハキケ、腹痛、下痢をおこし発熱します。熱が高いときは39度を超えることも珍しくありません。普通は1週間以内に回復するのですが、重症例では衰弱、けいれんを起こしこん睡状態になって死亡することもあります。病原性大腸菌O157による集団食中毒では、感染して数日を経過して下痢や血便がでた人も多くいたようです。潜伏期の長い短いは、摂取した菌の病原性の強さ、摂取した菌数および菌の増殖する場所などによって違いがでます。
毒素型の食中毒は、毒素を産生する菌によって食物の中ですでに作られた毒素を食物といっしょに食べて中毒をおこすもので、ボツリヌス菌、ウエルシ菌や黄色ブドウ球菌などがこの毒素型の食中毒の代表的な原因菌です。
ボツリヌス菌やウエルシ菌が作る毒素(専門的には外毒素と呼ぶタンパク質)は熱に弱いので、これらの菌が食物の中で増殖し毒素を作っていても熱を加えて調理してから食べると、毒素による食中毒は起こりません。しかし、この2種類の菌は、熱に強い耐熱性の芽胞を作りますので、調理した食べ物からも菌が分離されることもあります。熱をくわえたからと安心はできません。
ブドウ球菌は、何種類かの毒素を作りだしますが、その中で腸管毒(エンテロトキシン)と呼ばれる毒素は耐熱性で煮立っているお湯で30分間加熱してもコワレません。ブドウ球菌に汚染されている食物を加熱調理しても、細菌は完全に死にますが、毒素は残るので中毒になります。加熱した食物も食中毒になる可能性があるのでブドウ球菌の毒素型食中毒はこわいのです。食材や食品が熱につよい菌や熱につよい毒素で汚染されていると、加熱調理しても安全は保証されません。180℃の油で揚げても中まで熱が充分に通っていないと、危険なことが理解してもらえると思います。
毒素型の食中毒の潜伏期は、食物を食べてから3時間から6時間と一般に短いのが特徴です。別な表現をすると昼食のお弁当であたると夕方には発症することがあります。その理由は、食物のなかですでに作られた毒素のためにおこるからです。症状は感染型とほぼ同じで胃腸炎をおこします。しかし、発熱はなく、ハキケが激しいことが多いようです。
ただし、ボツリヌス菌の食中毒は例外で、潜伏期は18時間から36時間と長く、しかも胃腸症状はなく、筋肉の硬直が主な症状になります。体温は低下し、死ぬまで意識は明瞭です。ボツリヌス菌の毒素は運動を支配している神経をおかすので運動麻痺がおこりますが、知覚神経はおかされませんので意識はさいごまで明瞭なのです。致命率は高く40%内外を示します。
6.家畜としての微生物
家畜とは、ある目的のために人間によって飼育される鳥獣で、牛、豚、馬、鶏や犬猫の類を指す言葉です。恐ろしい病気の原因となる微生物もいったん試験管の中に封じ込めてしまえば、自由自在に飼育できます。目的のために飼育できる意味では、微生物も家畜と考えられます。家畜としての微生物のいろいろな応用例を紹介します。
6−1.夢のエネルギー水素ガスをつくる細菌
最近、もよおされる国際自動車ショーには、排気ガスをだすガソリンエンジンを積んだ自動車でなく、水素燃料電池で走る電気自動車が展示され、次世代の自動車として注目を集めています。自動車ショーに展示されている車は、天然ガス
から作った水素ガスを入れたボンベを搭載し、その水素を使って発電するシステムで走る仕組みになっています。シドニーでのオリンピック大会の最終日に行われた「マラソン」の誘導をした自動車も有害な排気ガスを出さない水素をエネルギーとした車でした。4キログラムの水素で400キロメートルも走行が可能なのだそうです。
オナラは、腸内にいる細菌が作ったガスで、臭いガスや二酸化炭素と水素ガスなどからできています。腸管内に生息している大腸菌などの細菌群は、水素ガスを作ります。私達は、家の柱などを食ってしまうシロアリから水素を作る菌を見つけました。シロアリからの細菌は、魚肉、野菜、砂糖、デンプン、イネわら、バナナ、トウモロコシやコピー用紙などを原料にして大量の水素ガスをつくる性質があります。
台所で使う金属タワシをパラジウムでメッキし、それを50ミリリットルの注射器2本につめます。1本の注射器にはシロアリからの細菌が作った水素ガスを入れ、他の1本には空気(酸素を含む)を入れて、2本の注射器を銅線で結ぶと、1ボルトの電気が発生します。これが水素燃料電池で、水の電気分解の逆の原理です。この水素燃料電池を4本(水素200ミリリットル)つなぐと、トランジスタラジオは1日中音楽をならしています。シロアリ菌は砂糖1グラムから400ミリリットルの水素を作るので、砂糖1グラムで2日間もラジオを楽しめます。
6−2.うまいアルコールをつくる酵母
酵母や細菌のそんざいや働きを知らなかった大昔から、ブドウの汁からブドウ酒ができることを人間は知っていました。しかし、どうしてブドウ汁からワインができるのか、またワインが腐るとすっぱくなってしまう理由は判りませんでした。1870年代のある日、ブドウ酒の醸造家がフランスの化学者ルイ・パストゥールにブドウ酒が腐る原因を調べてくれと頼みに来ました。細菌や酵母などの微生物がまだ見つけられていない時代の話です。パストゥールは、結晶には光学的に左手と右手の2種類ある事を発見した化学者です。化学的に合成すると2種類の結晶ができるが、しかし、生き物は一種類の結晶しかつくらないことをパストゥールは発見していました。
そこでパストゥールは、醸造家の依頼にこたえるために、飲めるおいしいブドウ酒とまずくて飲めないブドウ酒を顕微鏡で調べました。
飲めるブドウ酒には、丸い形の物(現在は酵母と呼びます)の存在とアルコールを見つけました。ところが、すっぱくて飲めないブドウ酒には、丸い形の物とアルコールの他に小さな棒状の物(現在は細菌と呼びます)と酢酸が見つかりました。すっぱくて飲めないブドウ酒の酢酸を顕微鏡で調べてみたら、一種類の結晶しか見つかりませんでした。少し考えたパストゥールは、ブドウ汁に含まれる糖を丸い形の物がアルコールへ変えてワインをつくる、小さな棒状の物がアルコールを酢酸に変えてすっぱいワインにすることを思いつきました。と同時にブドウ酒には一種類の結晶しか見つからないから、ブドウ酒に含まれる丸い形の物と小さな棒状の物は、生き物であるに違いないと結論をだしました。そこで丸い形の物と小さな棒状の物に酵母と酢酸菌と名前をつけ、現在もブドウ酒や食酢をつくるのに用いられています。
酵母の働きを知らなかった大昔から米、麦、トウモロコシやブドウなどから日本酒、ビール、ウイルキーやワインが作られています。これらはみな性質の違う酵母によって作られるのです。アルコールは、酒類、酢の原料、防腐剤、消毒薬、医薬品、化粧品、香料など広い分野で使われています。これらのアルコールは、デンプンに酵母を加えてかき混ぜながら作られてきました。
近頃は、アルコールを作る原料も作り方も変わりました。
酵母を寒天などに混ぜて、小さなビーズ状にしたものを入れたガラス管を準備し、デンプンを連続的に流し込んで、アルコールを連続的に取り出します。また、アルコールの原料は、人間が食べられる穀類のみでなく、新聞紙のような紙クズや稲ワラのような農業廃棄物も使われるようになりました。
アメリカだけで捨てられている新聞紙をアルコールに変えるとアメリカで現在使用されている量よりも多くのアルコールが作れるそうです。アメリカやブラジルは、紙屑やトウモロコシ屑からアルコールを作り、自動車用の燃料に使っています。
6−3.特効薬をつくる細菌
お餅にはえるペニシリュウムという青カビは、オデキや肺炎など細菌による病気を治すペニシリンを作ります。青カビのペニシリンは大変に有名な話で、病原菌を狙い撃ちする抗生物質は、”魔法の弾丸”とも呼ばれます。これがもとになってストレプトマイセスという土にいる細菌の仲間が結核に効くストレプトマイシンを作ることがわかりました。東京都渋谷区(恵比寿駅前の渋谷橋近く)の土から取り出された放線菌(細菌の仲間)から、北里研究所はマイトマイシンCという癌にきく抗生物質を見つけました。マイトマイシンの名前は、Mitosis(有糸分裂)に由来するとのことです。
ペニシリンは、ブドウ球菌や肺炎球菌にとても良く効きました。しかし、段々とペニシリンに抵抗する耐性菌、例えばMRSAが増えてきました。ペニシリンの効果が弱くなるのは、ペニシリンを分解する酵素をつくるようになるからです。この酵素が働かないような構造にペニシリンを改良し、多くの新しい型のペニシリンが作られるようになりました。
日本は、全国の土壌に抗生物質をつくる微生物がたくさん生息している国です。そのため優秀な抗生物質が数多く日本で見つけられています。少し例を挙げてみましょう。癌に効くマイトマイシンやブレオマイシン、細菌に効くロイコマイシン(ロイコは白い)、ジョサマイシン(ヨサコイ節の土)やカナマイシンなどがあります。
6−4.うまみをつくる微生物
微生物のそんざいすらを知らなかった昔から、私たちの祖先は微生物の働きを利用して、おおくの食べ物を作ってきました。例えば、クサヤ菌がつくる保存食品のクサヤ、納豆菌の納豆、乳酸菌のヨーグルト、カビのチーズなどがあります。しかし、実際はこれらに限りません。日本国内だけでも、醤油、味噌、酢、日本酒、焼酎、ビール、ワイン、かつお節、多くの漬物、ウドンやソバ、パン、調味料など、例はいくらでもあります。まさに微生物は食べ物を作る家畜なのです。
6−5.微生物は珍味
私達は、食べ物を通して、生きたままの微生物または殺した微生物を知らないうちに食べていることがあります。食べ物に付着している微生物でなく、微生物の菌体そのもの、または微生物の成分を食品として食べる話です。
植物だと思って食べているのが実は微生物であった例を最初に紹介します。それは、シイタケ、マツタケ、エノキタダケなどのキノコです。これらは、1センチから10センチくらいの大きさですがカビ(真菌)の仲間です。お風呂に生える黒カビやお餅につく青カビなどの仲間で、胞子を作って目をだして殖えます。マツタケを例外として、その胞子を人工的に培養することも、可能になってきました。キノコは、菌体そのものもおいしく食べられますが、菌体のもつ香りや旨味の成分が栄養分としてだけでなく価値があるのです。
世界三大珍味の一つと言われている「トリフ」もキノコの仲間です。このキノコは、木の根に菌根を作り土のなかで生育し、土の表面にでてくることはありません。そのため見つけることが大変なのですが、トリフの香りはブタには香しいニオイに感じるようです。そのためフランスやイタリアでは、ブタを使って山中のトリフ探しをするようです。トリフやマツタケは、まだ人工的に培養ができません。
表12に微生物の成分を示しました。どの微生物も一番多いのは水分で約80%にも達します。水分を除いて乾燥させた菌体で一番多いのはタンパク質です。そこで、細菌や酵母を増やしてタンパク質を取り出し、食料にしようと考えました。新しい食料を作るのに砂糖やデンプンを使ったのではあまり意味がないので、食料にならない石油やパラフィンを原料として考えました。結果としてタンパクを作る技術はできましたが、石油からつくると危険でないかとの疑問が最後まで残り、微生物のタンパクを利用する計画は中断しています。地球表面で生育する穀類で世界の人口を養うことはいずれ難しくなりますから、もう少しするとまた微生物のタンパクが復活するかも知れません。
表12 微生物が含んでいる水以外の成分