第12話
 窒素(ちっそ)の話
 

 
 
『主な対象読者』
 中学の高学年生から高校生を主な対象として書いてあります。
『お父さんへお願い』
 小学生や中学低学年生にはすこし難しい内容かと思われます。また一部は児童には理解できない現象にも触れていますので、お父さんが最初に目を通していただき、
 その上でお父さんが児童と一緒に読んで下さい。
 
 
本 文 目 次

1.空中窒素固定装置
2.ダイナマイト製造工場からの発見
3.発見また発見
 
 
著作 坂田 明治
 

 
 
第12話 窒素(ちっそ)の話
 
 
1.空中窒素固定装置
 今回の対象者は、表向き中高生ですが、真の読者はおじさんです。普通、理科といえば、化学を連想する人が多いのですけど、化学式を並び立ててもあまり面白くないし、ことの良し悪しはともかくとして、ストーリーを組み立てた方が面白いでしょう。
 
結構色々なところで化学式を見ることがあると思います。それも当然で、我々の生命活動は化学反応をもとにしています。直接、化学反応以外の手段(核反応)を利用している生物がいるかどうかは不明です(見つからないということは、いないということの証明にはなりませんので)。太陽エネルギーにしたところで、植物が光合成によって、化学結合のエネルギーとして蓄え、動物や昆虫がそれを横取り(食べること)しています。化学は重要ですね(私は不勉強だけど)。
 
 さて、昔のアニメで、「空中元素固定装置」というものが出てきました。主人公の女アンドロイドの首に付いているハート型の飾りがそれです(エネルギーはなんじゃい)。何度かリメイクされているようですが、最初の放送を見ていた人は、今ではおじさんです。まあ、「空中元素固定装置」なんてありませんが(そもそも、あったとしたら、必要な元素を集めるのに、いったい何億立法メートルの大気が必要なんだろうか。元素収集の効率から考えて、これだけの大気が一挙に集中したら、膨大な圧力がかかるだろうし、それに耐えられる体というだけで無敵じゃん)、「空中窒素固定装置」(本当は空中窒素固定法です)というものはあります。
 
 空気は、大体、窒素が80%、酸素が20%です。そして、生物にとって窒素はなくてはならない元素です。しかし、窒素を必要としていて、空気中に無尽蔵にあるにもかかわらず、ほとんどの生物は直接空気中の窒素を取り入れて利用することができません。火山ガスとして窒素酸化物が放出されたり(空気由来ではないですね)、雷の影響で窒素酸化物が合成されたりしたもの(こっちは空気由来ですね)が、雨となって地上に降ってきてからの利用となります(もちろん、最初に利用するのは微生物)。一部、根粒菌など、空気中の窒素を固定する微生物もいますが、ほとんどは目の前に宝の山があるのに、指を咥(くわ)えて(植物に指はないですが)見ているだけです(透明なので見えないけど)。
 
 しかし、ついに、1909年、ドイツのカールスルーエ工科大学教授のフリッツ・ハーバー(*1)が窒素と水素から、アンモニアの合成に成功しました。
 
 
 窒素     :  N2
 水素     :  H2
 アンモニア :  NH3
 
 アンモニア合成の反応式は、
 
  N2 + 3H2 −−−−−−> 2NH3
 
です。見た目は簡単ですが、実際にこの合成が成功するまではかなり大変でした。それはともかく、窒素は空気中から集められるし、水素はすでに合成方法が確立していましたから、これで「空中窒素固定法」ができたわけです(ドイツの化学会社が工業化に成功しましたので、大量に窒素固定が可能になりました)。
 
 この「空中窒素固定法」は20世紀最大の発明のひとつです。この業績により、1918年にフリッツ・ハーバーはノーベル化学賞を受賞しています(きっと、理科好き子供の広場のライターはノーベル賞を夢見た人が多いはず)。
 
 空中の窒素の固定できれば、これを元に化成肥料が作れます。そして、当然、食料増産も可能になります。ただし、これが原因で、湖沼(こしょう)や海の富栄養化(ふえいようか)が進み、赤潮の発生が引き起こされましたので、良し悪しですが。
 
 また、当時、アンモニアから、硝酸(しょうさん)の合成方法が確立していましたので、硝酸の合成も可能となりました。
 
 硝酸    :  HNO3
 
 硝酸合成の反応式は、
 
  NH3 + 2O2 −−−−−−> HNO3 + H2O
 
です。
 
 硝酸は爆薬の原料ですから、当然の結果として、莫大な量の火薬が手に入ることになります(戦争に役立ちますなぁ)。このように、窒素の固定から、次々と用途が広がっていきました。まあ、大発明があれば、そこから色々な発明や用途が広がっていくものです。
 

2.ダイナマイト製造工場からの発見
 
 ノーベル賞といえばアルフレッド・ノーベルです。ダイナマイトの発明で莫大な収益を得て、ノーベル賞を設立しました(*2)。この辺の話は、色々なところで聞いたことがあるでしょう。
 
 当時ニトログリセリンというものが使われていました。このニトログリセリンが曲者で、液体である上に、ちょっとの衝撃(しょうげき)で爆発したりして、取り扱いが大変でした。そこで、アルフレッド・ノーベルはニトログリセリンを珪藻土へしみこませたそうです。ただし、これでは爆発力が弱くなりすぎますので、その後、色々と工夫して、もっと爆発力を高めたものが作られました。なお、これらニトログリセリンを主剤とする爆薬を総称してダイナマイトと呼んでいます。
 
 ニトログリセリンがどんなものかといえば、以下のような構造のものです。
 これを見て、「あれれ」と思った人はさすがです。
 
 ニトロ基  : NO2
 
はありますが、ニトロ化合物ではありません(ニトロ化合物に硝酸エステルを含める場合もあるそうです。詳しく知りたい人は自分で調べてみましょう)。ニトログリセリンは、直接炭素にニトロ基が結合していませんので、ニトロ化合物ではありません(硝酸エステルというそうです)。
 
 毎度のことで、当時、ニトロ化合物だと思われていて、それでニトログリセリンという名前が付き、後に、ニトロ化合物でないことが解ったようです。
 
 さて、とにかくダイナマイトの製造が行われるようになりました。ダイナマイト製造工場を造ってダイナマイトの量産をしたのは当然の流れです。ここで、奇妙な現象が発生しました。ダイナマイト製造工場で働いているときは狭心症(*3)(きょうしんしょう)の症状があまり発生せず、休日に狭心症の症状が発生しました。それに気づいた医師(名前を忘れました。興味のある人は自分で調べてみましょう)が調査したところ、統計的に見て、有意に(明らかに違いが見て取れるよ、という意味です)休日よりも平日の方が狭心症の症状が少ないという結果が出ました。
 
 それでは、この現象の原因はなんでしょうか。ついつい、「休日は精神がぶったるんでいるからだ」といいそうです。色々調べた結果、蒸発したニトログリセリンを吸い込んでいたのが原因だと解りました(そういえば、海草にしみこませたものもあり、酒の肴(さかな)にダイナマイトを食べたという話も聞きました。本当かどうかは知りませんが)。まあ、色々あって、結果として「ニトログリセリンは狭心症の特効薬(*3)」だと解りました。
 
 このように、偉大な発明から偉大な発見を引き起こすことがよくあます。
 

3.発見また発見
 
 ニトログリセリンが狭心症の特効薬だということは解りましたが、それがどういうわけで効くのかということは長い間謎でした。確か、1990年代辺りになってから、やっと解ったのだと思います。

 そもそも、人間の体では色々な化学反応がビシバシ起こっているので(余計な化学反応は全部ノイズになります)、これらの作用機序(さようきじょ。作用の仕組みのこと)を解明するのは大変です。この物語の原稿を見ている人の体内で現在進行している化学反応を全て記述できる人はいないでしょう。
 
 作用機序の解明のためには、色々な準備が必要です。それらの方法や技術が開発された上でやっと解明されるのが普通です。当然、そこにも新たな発見や発明があります。
 
 一方で、狭心症の治療にニトログリセリンを使うと、またも奇妙な現象が発生していることに気づきました。スケベなものを見たり考えたりしているわけでもないのに、なぜか、勃起(ぼっき)することがあったのです(この際、女性の勃起は考えないことにします)。普通、男性なら朝立ちしますよね。あれと同じです。これが解明の手がかりになったかどうかは知りませんが、こっちの話の方が解りやすいので。
 
 どうして勃起するのかというと、陰茎(いんけい)の血管が拡張して血流が多くなり、血がたまって固くなるのです。こう書くと、朝立ちはなんとなく解るでしょう。寝ている間に、血管が弛緩(しかん。この場合は拡張していること)して、それで血流が多くなっているからだと想像がつきます。
 
 狭心症の治療でも同じで、結局は血管を拡張させています。ということは、この二つは全く同じ現象だと考えられます。それでは、血管を拡張させているものは何かということになります。そして解明されたのは、一酸化窒素(NO)によって血管が拡張するということでした(血管内皮細胞から放出されます)。
 
 こうして、狭心症の薬物療法も、血管で一酸化窒素を発生させるようなものであればいいことになり、もっと都合のよい薬の開発目標も定めやすくなります。勃起障害や勃起不全に対しても、陰茎で特異的(とくいてき。この部分で特に効果が大きく、他ではあまり作用しないこと)に働くような薬を開発すればいいことになります。ここで、窒素は元々人間の体に含まれているから、薬自体に窒素を含まなくても、体の中の色々な化学反応の結果、血管で一酸化窒素を発生させるようなものであればいいわけです。
 
 ただ、飲み薬というのは、全身に回ってしまうので(身一つで生きているから体は全部つながっています)、特定の部位だけというのはなかなか難しい問題です。点眼薬(普通に目薬といってるやつ)は、目に直接作用させられるので、これはすぐれた発明です。こんな風にうまくいけば問題ないのですが、通常はうまくいきません。薬の効用を発揮するために、必要な部位で必要な濃度を確保しなくてはなりませんが、全身に回ってしまうことを前提として薬の量を決めます。そのために、本来必要な量より多めに投与しなくてはなりません(もし、注射だったら直接必要なところに。でも、あの薬をあんなとこに注射するのは痛そうですね)。
 
 余計なところに余計なものが行くので、余計な反応が起きて、これが副作用になったりします。当然ですが、特定の部位にのみ薬剤を輸送する研究も進んでいます。
 
 さて、勃起障害とか勃起不全薬に使う薬は、特異的に作用するとはいえ、やはり全身に回ってしまうため、全身に作用してしまいます。するとどうなるでしょうか。狭心症の薬剤治療を受けているなら、やはり、血管拡張の薬を飲んでいるわけですから、結果として、血管拡張の効果が大きくなってしまいます。血管か拡張すれば、血圧が降下しますので、想定外の血圧降下が起こり、体の組織によっては血液不足で正常に働かなくなったりします。場合によっては死に至ることもあります。
 
 このように薬の作用を倍増するようなことがあるから、医者に行ったときは、隠したりせず、ちゃんと飲んでいる薬を知らせておいた方が安全です。もちろん、自己判断や怪しげな薬に手を出すのは御法度(ごはっと。してはいけないことです。時代劇でよく出てきます)です。
 
 ところで、こんなに重要な窒素ですが、なぜ、我々(動植物や昆虫など)は窒素を空中から直接取れるように進化しなかったのでしょうか。疑問です。誰か解明してください。
 
参考
*1.フリッツ・ハーバーについて<http://blog.goo.ne.jp/nan_1962/m/186812
*2.ノーベル賞について<http://www.nobelpreis.org/japanese/index.html
*3.狭心症について<http://www.med.or.jp/forest/check/shinkinkousoku/index.html
 
 
 
平成19年3月22日
坂田 明治(あきはる)

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