第19話 
 染色体のはなし
 

 

「主な読者」
 中学高学年生から大学低学年生を対象に考えながら遺伝にかかわる染色体について書きました。
 話の内容をできるだけ理解してもらえるように図をたくさん作りました。
 
 
 
 
本 文 目 次
第一章 細胞
 1.細胞
 2.体細胞分裂
 3.減数分裂(成熟分裂)
第二章 正常な染色体
 1.ひとの染色体を観察する方法
 2.染色体のかたち
 3.分染法によるバンドのよびかた
第三章 染色体の異常
 1.染色体の数の異常
  1).異数性
  2).倍数性
  3).モザイク
 2.染色体の形の異常
  1).欠失:
  2).逆位:
  3).環状染色体:
  4).同腕染色体:
  5).転座:
おわりに
 
 
 
著作 前田 徹
 

 
 
第19話 染色体のはなし
 
第一章 細胞
 生物のからだは小さな細胞がたくさん集まってできています。ヒトも例外ではありません。おとなではおよそ60兆個の細胞からできています。おとなの体重の平均を約60キログラムとすると、1兆個の細胞の重さが1キログラムに相当することになります。細胞の大きさはおとなもこどもの同じですので、生まれたばかりの赤ちゃんの体重は約3キログラムですから3兆個の細胞からできていることになります。
 
 もっとさかのぼって赤ちゃんが生まれる前のお母さんのお腹の中でどんなことが起こっているのかを考えてみましょう。赤ちゃんのスタートはたった1個の受精卵(じゅせいらん)という細胞から始まります。この受精卵は1個の卵子と1個の精子とが結合することによってできます。受精卵はお母さんのお腹の中にある子宮という臓器の中で266日間のあいだに細胞の分裂と分化をくりかえして発育し、赤ちゃんになります。
 
 さて、ここでいくつかの耳なれない言葉、たとえば細胞、受精卵、卵子、精子、細胞分裂などについて説明しましょう。
 
1.細胞
 生物のからだを作っている最小の単位を細胞といいます。ヒトのからだにはおよそ200種類の形や働きの違う細胞があります。その1個の大きさは数ミクロンから30ミクロン位(1ミクロンは1ミリメートルの1/1,000)ですのでもちろん肉眼では見ることができません。
 
図1 血液の中の細胞
 
 図1は血液の中の細胞を顕微鏡で見た写真です。まん中の不正形の細胞は白血球で、その周りにある沢山の丸い細胞が赤血球です。赤血球の直径がおよそ7ミクロンです。
 
 
 ひとのからだの一部を切り取り、ビンの中で培養すると図2のような細胞が増えてきます。円形あるいはだ円形の濃く染まっている部分が細胞の核で、その周りの淡い部分が細胞質です。図1の赤血球には核がありませんがこれは例外で、ほとんどすべての細胞は基本的には細胞質と核とからできています。
 
図2 培養中の細胞 (赤矢印は分裂期の細胞)
 

 核の中には染色液によく染まる物質、染色質(クロマチン)が含まれています。クロマチンはDNA(デオキシリボ核酸)と呼ばれる細い糸状の分子と、ヒストンというタンパク質とから成るクロマチン繊維が幾重にも折り畳まれた状態で核の中につまっています。
 
 DNAは遺伝子の本体ですがすでに「第3話 子孫を残すために闘う遺伝子DNA」でくわしく述べられていますのでそちらも参照して下さい。ヒトの1個の細胞に含まれるDNAは、長短さまざまの46本の断片に区切られていますが、全部をつなげるとその長さは約2メートルにもなります。
 
2.体細胞分裂
 細胞には分裂期と分裂をしてない時期(分裂間期あるいは休止期)とから成る周期(図3)があります。図2に見える細胞は殆どすべて分裂間期あるいは休止期の細胞です。
 
 赤い矢印で示した細胞1個だけが分裂中期の細胞です。分裂間期はDNAの複製状況によりG1, S, G2 の三つの時期に分けられます。G1期は分裂直後に始まり、この時期はそれぞれの細胞は固有の機能をはたしている時期でもあり決して休んでいるわけではありません。S期は次の細胞分裂に備えてDNAを複製している時期です。複製を完了した時点で染色分体2本から成る染色体を形成する準備が整ったことになります。G2期は次の分裂期までの準備期間です。
 
 DNAの複製を終えた細胞は分裂期に入ります。分裂前期にはクロマチン繊維はループを形成し、さらにらせんを作って染色体としての形が現れます
 
図3 細胞周期
 
 次の図4-1から図4-5は、実際の細胞の分裂期のいろいろな段階の顕微鏡写真です。
 
図4-1細胞分裂の前期
 
 クロマチンが凝縮(ぎょうしゅく)して染色体が見えてきます。
 
 
図4-2(左)と図4-3(右)細胞分裂の中期
 

 染色体が赤道面に並びます。この時期が染色体を観察するには最も適しています。
図4-2は上からみたところ、   図4-3は横から見たところ。
 
 
図4-4(左)と図4−5(右) 細胞分裂の後期
 
 
 染色体は裂け目から分かれてそれぞれの染色分体が両極に移動します。
 
 
図4−6 細胞分裂の終期
 
 両極に分かれた染色体は凝縮がほぐれて、やがて核膜ができて核分裂が終了します。
 
 
 このような細胞分裂は体細胞分裂あるいは有糸分裂とも呼ばれ、発育成長するときに行われます。成長が止まってからもヒトの体の中ではたくさんの細胞が新しいものと交換されますので常に体のどこかでは体細胞分裂が行われているはずです。
 
3.減数分裂(成熟分裂)
 ヒトの命は1個の卵子と1個の精子とが結合してできた受精卵からスタートするということは本章のはじめに述べました。もし、卵子と精子が体細胞と同じ量の遺伝子を持っていると受精のたび毎に遺伝子が倍化してしまいます。そのようなことが起こらないように卵子と精子ができる時には遺伝子が半減する特別な細胞分裂が起こります。これを減数分裂(成熟分裂)といいます。
 
 図5は2対(4本)の染色体からなる細胞で減数分裂のしくみを説明します。分裂に先立って遺伝子の複製が起こります。第一減数分裂が始まると染色体が姿を現し、相同染色体どうしが平行に並びます。さらに相同染色体の間で遺伝子の一部を交換する現象が起こります。それぞれの相同染色体は別々の細胞に移動し、この時点で染色体数は半分になります。それぞれの細胞は分裂間期には入らずそのまま第二減数分裂に移行し、体細胞分裂と同様にそれぞれの染色分体が別々の細胞に移動して4個の細胞が形成されます。精子の場合は4個の細胞は全て受精能をもつ精子となりますが、卵子は1個のみが受精可能の卵子となり、残りの3個は極体となって消滅してしまいます。
 
 
図5 減数分裂のしくみ
 
 
第二章 正常の染色体
1.ひとの染色体を観察する方法
 染色体は、細胞が分裂するときに限りその姿を現します。ですから染色体を見るためには分裂している細胞を探さなければなりません。ヒトの体の中で細胞分裂が盛んに行われている組織としては、骨髄、精巣などがあります。
 
 しかしこれらの組織を採取するのはたいへんです。そこで最近は細胞培養という方法を用いて、からだの外で細胞を分裂させることが出来るようになりました。
 
 通常は血液中のリンパ球という細胞を増殖させて染色体を観察します。培養中の細胞に紡錘糸(ぼうすいし)の形成を阻害するような薬剤(コルヒチン、コルセミドなど)を加えてしばらく培養を継続すると、分裂中期の細胞をたくさん集めることができます。
 
 この細胞を浸透圧の低い溶液の中に入れると水分が浸透して細胞が膨(ふく)らみ、染色体がばらばらに散らばって観察しやすくなります。この方法を低張処理(ていちょうしょり)といいます。
 
 さらに、この膨らんだ細胞をスライドグラスにのせて急速に乾燥させると細胞がはじけて中の染色体が飛び散って重なりの少ない標本を作ることができます。このようにして作った標本をギムザ染色液で染めると図6のような染色体が見えます。
 
      図6 ヒトの染色体(ギムザ染色)
 
 
 ヒトの体細胞には46本の染色体があります。この46本という数は1956年にアメリカのチョーとレバンという人が胎児の細胞を培養する方法を用いて発見しました。血液細胞を使って染色体を見ることができるようになったのは1960年のことです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2.染色体のかたち
 分裂中期の染色体は図7のようなかたちをしています。くびれた部分を動原体、短いほうの部分を短腕、長いほうを長腕とよびます。動原体がほぼ中央にある染色体を中部着糸型、どちらか一方に偏っているものを次中部着糸型、端の方にあるものを端部着糸型と呼びます(図8)。
 
 ひとの体細胞には22対(44本)の常染色体2本の性染色体(X,Y)があります。女性はX染色体を2本持っているのに対して、男性はX染色体を1本とY染色体を1本持っています。常染色体は大きさの順に1番から22番までの番号がつけられています。
 
 1970年以前にはそれぞれの染色体をその大きさと動原体の位置とで識別していましたが、正しく識別することは困難でした。
 
 
図7 染色体各部位の名称
 
図8 染色体の形による分類
 

図9 G分染法によるヒト染色体
 
 
 しかし、1970年頃から新しい分染法という技術が開発されすべての染色体を正確に識別できるようになりました。分染法というのは染色体を縦軸方向に濃淡の縞模様(しまもよう)に染め分ける方法の総称です。図9は分染法のひとつであるG分染法で染色したひとの染色体です。
 
 図10は1から22番までの常染色体とXとYの性染色体の24種類のG分染法で見える縞模様の模式図です。これは国際会議で取り決められたもので、縞模様の呼び方は世界共通です。下の模式図10を参考にして、図9の実際の染色体を識別できるかどうか試してみてはいかがでしょうか。
 
 図9に示してある染色体に具体的に識別番号をつけて、図12として示してあります。
 
図10 ヒト染色体分染パターンの模式図
 
 
 
3.分染法によるバンドのよびかた
 
 図11に9番染色体を例にとってバンドの命名法を説明します。短腕はアルファベット小文字のpで表します.短腕のほぼ中央にある濃いバンドを境に2つの領域に分けます。
 
 領域1には3本、領域2には4本のバンドがあります。長腕はqで表わされ、3つの領域に分けられます。領域1には3本、領域2には2本、領域3には4本のバンドがあります。
 
 バンドを表記するときには、最初に染色体の番号、次に長腕、短腕の区別、その次に領域の番号、そして最後にバンドの番号を書きます。図11の●の部分にはABO式血液型の遺伝子があるといわれていますが、この部分は9q34と表記されます。
 
図11 バンドの命名法
 
 
 
 図9にG分染法により染め分けたヒトの染色体を示してあれます。その染色体に番号をつけると、図12のようになります。このヒトの染色体には、X染色体が2個あるのが判ります。
 
 
図12 染色体の識別番号
 
 
 
第三章 染色体の異常
 染色体の異常には、染色体の数の異常と形の異常とがあります。
 
1.数の異常
1).異数性
 ヒトの体細胞に含まれる染色体数は46で,同じ染色体がそれぞれ2本ずつ対になっていることはすでに前の章で述べました.ある染色体が1本多くなった状態をトリソミー,逆に1本少なくなった状態をモノソミーといいます。このような染色体数の異常は、減数分裂の時に染色体が均等に分かれない現象(不分離)によって起こることが多いといわれています(図13)。
 
図13 染色体の不分離
 
 
 たとえば卵子が作られる時の減数分裂で21番染色体が2本とも一方の卵子に含まれ,この卵子が正常の精子と受精すると21番染色体を3本もつことになり染色体数は47の受精卵ができることになります。このような個体は妊娠の途中で流産に終わることが多いのですが,時にはいろいろな障害を持って生まれることもあります。
 
 ヒトでは生まれてくる赤ちゃんのおよそ1,000人に1人の頻度で21トリソミーが発生するといわれています。その他には頻度は低いのですが18トリソミーや13トリソミーなどの赤ちゃんが生まれることもあります。
 
2).倍数性
 精子や卵子のもつ基本的な染色体数を半数性(ハプロイド、n)といい、ヒトではn=23です。1個の精子と1個の卵子からできる受精卵からスタートした体細胞の染色体数は、2倍性となりヒトでは46です。この配偶子がもつ染色体がセットで増える状態を倍数性といいます。
 
 たとえば1個の卵子に2個の精子が同時に受精すると3n の受精卵となり染色体の総数は69となります。これは三倍体とよばれ、生きて生まれることはほとんどありませんが、自然流産ではしばしば見られます(図14)。
 
図14 三倍体のできかた
  卵子       精子               三倍体の受精卵
 
             
3).モザイク
 2種以上の染色体構成の異なる細胞が同一個体に混在する状態をモザイクといいます。受精後の体細胞分裂の異常で起こると考えられます。図15のように正常の受精卵で第一回目の体細胞分裂で不分離が起こると、染色体数が45と47の2種類の細胞が混在する個体となります。
 
図15 モザイクのでき方
 
 
 
2.染色体の形の異常
1) 欠失:
 染色体の一部に切断がおこり末端部が消失する場合(図16)や二ヶ所で切断がおこり中間部が消失する場合(図17)があります。いずれも消失した部分の遺伝子が不足することになります。
 
図16 端部欠失
 
図17 中間部欠失
 
 
 
2).逆位:
 二ヶ所で切断が起こり、断片が逆転して再結合することによってできます。同一の腕内で生じる場合(腕内逆位、図18)と、動原体をはさんで起こる場合(腕間逆位、図19)があります。いずれの場合も遺伝子の増減はありませんので表現型には異常は起こりませんが、腕間逆位の保因者では減数分裂のときに配偶子に不均衡が生ずることがあります。
 
図18 腕内逆位
 
 
図19 腕間逆位
 
 
 
3).環状染色体:
 長腕、短腕にそれぞれ切断が起こり、末端部の断片は消失し、動原体を含む断片の断端どうしが再結合して環状になります。消失した末端部の遺伝子は不足することになります。
 
図20 環状染色体のでき方
 
 
 
4).同腕染色体:
 両腕が全く同じ中部着糸型を同腕染色体といいます。そのでき方は動原体近傍で切断が起こり、動原体を持たない部分は消失し、動原体を持つ部分が複製して生ずると考えられます(図21)。ヒトではX染色体長腕の同腕染色体を持つ症例が知られています。
 
図21 同腕染色体のでき方
 
 
 
5).転座:
 異なる染色体の間に切断が起こり、断片を交換して再結合した場合を転座といいます。遺伝子の位置は変わりますが遺伝子量に変化はありませんので、通常は表現型にも異常は起こりません。このような個体は均衡(きんこう)型転座保因者とよばれ減数分裂のときに配偶子に不均衡が生ずることがあります(図22,23)。
 
図22 相互転座のでき方
 
 
 
図23 均衡型相互転座保因者の分離様式
 
 
 
 転座の特殊な形としてロバートソン転座があります。2本の端部着糸型染色体(13,14,15,21,22番染色体)の動原体付近で切断が起こり、2本の長腕どうしが結合して1本の染色体を形成し、短腕部分は通常は消失します(図24)。
 
 
図24 ロバートソン転座のでき方
 
 
 ロバートソン転座の保因者は厳密には転座に関与した染色体の短腕部分の遺伝子を欠くことになりますが、通常は表現型に異常を認めることはありません。しかし、配偶子には不均衡が生じることがあり、不妊や流産、あるいは障害をもつ赤ちゃんを生む原因になることがあります。
 
 図25にロバートソン転座の例として、均衡型14/21転座保因者の分離様式を示します。均衡型14/21転座保因者からは図のように6種類の配偶子が形成される可能性があります。
 
 このうち、転座型21トリソミーは出生にいたることもあり臨床的にはダウン症となります。21モノソミー、14モノソミー、および転座型14トリソミーは出生にいたることはなく、おそらく流産に終わると考えられます。
 
 
図25 均衡型14/21転座保因者の分離様式
 
 
 
おわりに
 染色体を理解する上で必要となる基礎的な側面を解説しました。臨床医学ではいろいろな分野で染色体分析が診断の助けとなります。染色体分析は先天異常の診断不妊症や流産の原因検索、あるいは血液造血系の腫瘍性疾患の診断にも日常の臨床検査のひとつとして行われています。近年では染色体異常の出生前診断も行われるようになりました。染色体分析の医学的応用についてはまた稿を改めてお話しようと思います。


おわり
 
平成19年5月1日
著作と原図作成
前田 徹(とおる)
 
 
 

Copyright (C) 2011-2024 by Rikazukikodomonohiroba All Rights Reserved.