第31話
 国連職員をめざす人のために −その1−
 

 
 
「主な対象読者」
 将来は国際的に活躍したい、または将来国連職員になりたいと考えている高校生から大学生および40才代の転職可能年齢層が主な対象です。これを読んだ親御さんは周りにいる若者に国連職員という職種があることを説明してもらいたいと願っています。
 
「本著作のめざすもの」
 国連職員になるにはどうすれば良いのか、その道を教えてもらいたいとの問合せを聞くことがあります。そこで、「国連職員をめざす人のために」という若者への指針的な散文を筆者の個人的な体験にもとづく内容を含めてまとめていただきました。
「その1」から「その5」の5編に分けて連載します。
尚、この原稿は、いずれ単行本にしたいと考えています。
 
 
本 文 目 次
第一章 はじめに
 
 
以下、次号
国連職員をめざす人のために −その2−
 第三章 最初の仕事がエイズ対策
 第四章 国連職員になるには
 
国連職員をめざす人のために −その3−
 第五章 私のケースを紹介しよう
 
国連職員をめざす人のために −その4−
 第六章 国際機関と日本人
 
国連職員をめざす人のために −その5−
 第七章 採用試験
 第八章 おわりに
 
著作 玉城 英彦
 

 
 
第31話 国連職員をめざす人のために −その1−
 
第一章 はじめに
1.国連職員としてスイス・ジュネーブに到着
 ジュネーブと東京には8時間(夏は7時間)の時差がある。東京からフランクフルトまでの飛行時間は約12時間。それから乗り換えてジュネーブに到着した時には、その日の夜になっていた。ドアからドアで24時間かかったことになる。興奮しているせいか疲れは感じない。2歳の子どもは空港内を無邪気に遊びまわっている。彼はこれかの生活の大変さを知るよしもない。
 
 ジュネーブ日本政府代表部のスタッフが空港に迎えに来てくれた。西も東も分からない私たち家族に取って、これは大変嬉しかった。ジュネーブ市内コルナバン駅近くのホテルに案内された。ローザンヌ通りに面した騒々しいホテルだが、代表部が懇意にしているらしく、ホテルマンの対応は親切だ。彼らは私たちの状況をよく理解しているようで、台所付きの小さいステュディオタイプの部屋に案内してくれた。
 
 部屋に入ったとたん疲れがどっときた。大きな荷物が運ばれてくると、部屋がいっそう狭くなったが、もう荷物を解く元気もない。このように、スイスでの初日が始まった。この日から1ヶ月以上もホテル住まいをするとは誰も予想していなかった。
 
 翌日は日曜日。ジュネーブではこの冬厳しい寒波に襲われ、何十年ぶりに大雪が降ったという。街角にはまだ残雪が残っていた。このレマン湖沿岸の大雪の様子は、絵葉書として街角のお土産店で売られていた。南国九州から来た者には春とはいえまだかなり肌寒い。1985年3月末の話である。
 
2.夢にまで見た世界保健機関(WHO)の玄関に降立って
 ジュネーブ市のコルナバン駅よりWHO行きのバスに乗った。バスは緑豊かなジュネーブの街中をぬって、国連欧州本部(パレデナシオン)の前を北上し、国際赤十字そしてILO(国際労働機関)の横を通過して終点の駅に着いた。バスの停留所の真正面にガラス張りの8階建の青みがかった建物が夢にまで見た天下のWHOだ。建物は威厳高くまさに天に向かってそびえていた。
 
 一緒にバスから降りた人たちは駆け足でこの建物に消えていく。後ろ姿は自信に溢れているようであった。「貴方なんかの田舎者が来るようなところではないじゃないのか」と言っているようだ。だんだん自信がなくなってきた。
 
 WHOの建物の玄関の扉には、国連の公用語(英語、中国語、フランス語、スペイン語、ロシア語、アラビア語)で世界保健機関と書いてある。英語以外はあまり理解できない。中国語では「世界衛生組織」とある。何となく日本語に近いが同じではない。そして「OMS」ともある。WHOのことをフランス語では「OMS」というのだと。新しい発見ばかりで消化不良を起こしそうだ。確かに、ジュネーブはフランス語圏だ。
 
 WHOの玄関をやっと無事に潜り抜けることが出来た。広くて高い天井は、さすがに世界のWHOの玄関だけある。行き通うスタッフの多彩さ。日本人らしい東洋人もちらほら見られる。
 
 新しい職場での初日はどこでも希望と不安が交差する。ガラス張りの建物から、手入れが行き届いた庭の芝生がよく見える。さらにその奥には、先ほど通過した世界労働機関や国際赤十字の旗がなびいている。玄関だけでも感動して胸が一杯になる。
 
 多くの人が談笑しながら、エレベータに乗って上がって行く。日本の職場で朝から談笑しながら廊下を闊歩することはまずありえない。私もこの人たちのように毎日元気でやっていけるだろうか。不安がよぎる。
 
3.世界保健機関 WHOとは
 専門機関は、国連本体から人事、財政などが独立しており、憲章に定められた専門的な機能を担当することを意味する。WHOは健康・保健、WMOは気象、UNICEFは子ども、UNSCOは教育、ILOは労働関係という具合だ。最も特徴的なことは、事務局長を加盟国が独自に選出する機能を持つことである。また、その事務局長の下で、独自の財政機能を備えている。そして、WHOは厚生労働省(旧厚生省)、ILOは厚生労働省(旧労働省)というように、それぞれの国連専門機関には国の担当省庁が決まっていて、役所の縦割りがそのまま反映されている。これには、わが国の縦割り行政をそのまま、国連機関に持ち込むという弊害がないわけでもない。
 
 国連機関は国際機関であるとともに、政府間機関Intergovernmental Organizationでもある。これはどういうことかというと、それぞれの加盟国の代表者の集まりによって組織が運営されているということだ。本来、職員はどの政府にも属しない中立な立場であるが、建前と本音はかなり違う。これからして、政府からの出向者が高いポジションにつき、加盟国の構成員の一員として指揮をとることは当然考えられる。1990年以前の冷戦期にはこれがあからさまであったが、それが終わってからは、共産圏出身のスタッフの働きもより中立的になったように見える。このことからしても、国連機関の職員(出向者)が自国の意見に反対して、世界のため、あるいはWHOのために独自で動くことはかなり制限される。それには反論するひともいるだろう。しかし、多くのひとは自国の中央政府の動きに敏感で、内地組みに遅れをとらないためのあらゆる手段を使って情報収集しているのが現状ではないか。
 
 本稿ではこのような葛藤、また同国スタッフ同士の軋轢、不公平さなど、個人的な体験に踏まえた国連機関での日常的なことについても触れている。国連機関はわが国の職場環境より生々しいところもあるが、特に国連専門機関では一般的に世界的な頭脳集団の集まりがお互いに切磋琢磨して働いている。通常の教育の現場からはかなりかけ離れているが、対人関係や現実的なグローバルな問題から多くのことを学べる場でもある。また、専門家の集まりであるので、スタッフは基本的に現場において消費される宿命を負っている。この消費に耐ええるもののみが生き残れる、厳しい社会でもある。
 
 国連職員は多くのところで、特に外務省関係で、国際公務員として宣伝されているが、わが国の公務員のイメージとはかなり違うので、この表現は適切でないと思う。国連職員とは端的に言うと、少ないながらも恒久ポストがないわけではないが、多くの専門機関では数年単位の契約でクビが繋がっている、いわゆる「契約職員」なのだ。本書はこれから国連機関への就職も一つの将来のオプションと考えている若者を念頭におきつつ、国際公務員ではなく、「国連職員への道」について書いてみたい。
 
4.国連職員への道
 「国連職員への道」はいろいろあるので、自分の体験を踏まえながら、本書ではそれを一つずつ概説する。1)国連職員のための競争試験、2)JPO (Junior Professional Officers)、3)役所からの出向、および4)プロパーとして空きポストに直接応募することなどがある。さらに、若い人のためのインターン制度もある。それぞれについて後で詳述する。
 
 国連職員は国連人事規定により、宗教、政治、国籍などから独立し中立でなければならない。国連以外から給料を貰ってはいけないし、加盟国や外部からいかなる指示を受けてもいけない。さらに、国連職員はその立場を利用し、その名を汚すような行動を慎むべきである。加盟国はこの国連人事規定を尊重し、国連職員に何らかの圧力をかけてはいけない。
 
 しかしながら、これらは建前であって、実際にはそれぞれの人的ネットワークの中で多くのこと、特に人事が行われている。
 WHOでは、医師、看護師などの他、環境・土木工学、経済などの環境保健や環境経済の専門家、IT関係、そして事務を担当する経理、財務、法律などの専門家など、様々なバックグランドの人が働いている。実際、看護師などのコメディカルの人は圧倒的に少ない。これらはいわゆるプロフェショナル・スタッフ(Pスタッフ)と呼ばれるもので、その他に職員の半分以上を占めるのはジェネラル・スタッフ(Gスタッフ)である。後者には日本人がほとんどいない。
 
 さて、国連では、専門以外の能力に加え、健康で、環境、食、文化などに対する適応力があり、ある程度の国際感覚を身に付いていれば何とかやっていけると思う。言葉を流暢に話すよりも、知識と技術に裏打ちされたマキシマムな想像力がより重要な必要条件だ。自分自身の価値観・アイデンティティをしっかり持ち、他者の中に自分を埋没させない。外見は外国風でも中身は揺るがない日本人魂。国際社会あるいは国際活動においても、外はパンでも中身は「あんこ」、すなわち「あんぱん」のように美味しい日本の味を残せるような日本的価値観をしっかり確立させたいものだ。
 
 日本的美徳はマイナスで、欧米思考がプラスであるという一方的な見方に私は組みしない。日本的美徳を発揮することで、私たち一人ひとりは国際社会という砂漠のような荒原においても美しい花を咲かせることができる、と私は信じている。これがどんなに小さい花でもよい。必要とされているところに小さな光をあたえることができれば私たちのミッションは完了する。
 
5.海図のない遠洋航海!
 いつも言われていることであるが、国連組織に日本人スタッフが少ない。その原因を政府関係者は分かっているような気がするが、一向に改善の兆しはない。
 
 健康なくして国連職員への道はないと思われるので、本著の前半では「健康とは」についてもかなり突っ込んで議論をした。しかし、健康の定義は一人ひとりの個性が違うように、それぞれの文化宗教的環境において異なる定義がされてもよいかもしれない。「健康とは」、すなわち逆説的だが、「健康とは何かを探し続ける」ことなのかもしれない。
 
 国連職員になるための最初のもっとも重要な条件は心身ともに健康でなければならない。仕事の場所の大半が途上国の最貧の衛生状態のところだ。肉体的に頑丈でなくてはならない。また、国際社会のストレスフルな環境に打ち勝つためには健全なる精神状態の確保も重要だ。そして、社会的弱者の健康権を守り、不公平な健康状態を改善するための正義感は、健全な社会的健康観に委ねられる、そしてそれぞれの価値観に負うところが大きい。だから、国連職員は健康でなければならないのだ。
 
 私は途上国に行っても下痢したことがない。旅行者の下痢症は私には縁がないようだ。このことは小さい頃の「育ち」のパラメータだから、決して威張れる代物ではないが。幼い頃、環境の悪いところで育ったひとは多種多様な感染症に対して免疫ができているから、衛生状態が悪い途上国でも簡単には病気にならないのだ。私が簡単には下痢しないことはその現れである。体は正直だ。結婚前の若い女性がアジア諸国を旅行し帰国したら、間違っても「下痢をしなかった」と自慢しないでほしい。
 
 熊本県水俣市からスイス・ジュネーブへの移動は私の精神に想像以上に大きな変化を、そして混乱を起こさせた。フランス語はもちろんのこと、ヨーロッパの宗教、文化、習慣などにもまったくなじみがなかった。
 
 熊本の焼酎からフランスのワインへ、お米からパンへ、熊本弁・ウチナー口からフランス語へ、何らかの中心に向かわず神仏習合的空間に拡散していく日本の伝統的精神から理論整善と演繹的に中心に向かうキリスト教的空間へ、ローカルからグローバルへ、地球の反対側に来るとこれまで体で覚え記録されたものとはまったく異なるものばかりで消化できないで下痢をしてしまいそうだ。
 
 国連への就職はまさに、地図のない、茫漠たる大海原に漕ぎ出したようなものであった。その海は決して静かなものではない。しかし、一つ坂を越えれば、またこの風がおさまればというように、嵐の後には必ず静けさが戻ることを信じて自然体で船に乗り込み、地図を持たないまま果てしない遠洋航海に出発した。もう帰ることはできない。戻る術も海図さえ持たないまま、グローバルそしてインターナショナルという異文化の荒波のうなりに向かっていった。
 
 
第二章:WHOとはどのような組織か
6.WHO事務局
 WHOの目的は、憲章において、「全ての人々が可能な最高の健康水準に到達すること」と定められている。WHOの目指すものは,世界のすべての人々を健康にするということであり,その場合の健康とは,「単に疾病や障害がないことではなく,身体的,精神的,社会的にも安寧」ということである。これを実現するために,WHOは現在,エイズ、鳥インフルエンザ、マラリアなどを中心とした感染症対策,タバコ対策、ヘルスシステムの改善、従来のヘルスプロモーションなどのさまざまな国際保健問題に取り組んでおり,その役割は21世紀に向けてますます期待されている。
 
 WHOは、1948年4月に国連の専門機関の一つとして設立され、2007年10月現在、国連の専門機関としては最大の193加盟国数を擁する。日本は1951年5月16日に加盟した。
 
 本部事務局(在ジュネーブ)のほか,六つの地域事務局がなり、組織上は一種の地方分権化(decentralization)している。事務局では、WHOの事務局長の下、これらの6つの地域事務局長(RD)そして本部、地域事務所、加盟国の事務所に勤務するスタッフ約4,493人の職員(本部1,521人、地域事務局1,766人、カントリーオフィス1,206人)が、総会と執行理事会に活動報告を行う(2006年12月末現在)。
 
 職員は専門職と一般職に分かれ、後者が約58%を占める。また、専門職の中にはナショナルプロフェショナルオフィサーと呼ばれるカントリーオフィスに配置されているスタッフが全体の約7%を占める。
 
 WHOでは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などとは違って、本部と地域、カントリーオフィスとの定期的な人事異動はない。そこで、職員は一人ひとりの判断で移動していることが多い。この場合、昇格などのチャンスを狙った移動となる。上のポストになると、本部や地域などとの配置換えが行われるが、一般のスタッフでは必ずしも定期的ではない。したがって、私のように本部勤務だけの人もいるし、逆に地域事務局やカントリーオフィスだけの職員もいる。
 
 専門職だけを見ると、約50%が本部、残りの半分が地域事務局やカントリーオフィスに配置されている。地域事務局では保健問題の大きさや深刻さが反映されて、アフリカが最大の人数を擁している。その他の地域ではほぼ同じ数(110−130人)のスタッフが地域の健康問題に対して取り組んでいる。地域事務局スタッフはカントリーオフィスの職員と協働で、地域内の保健問題の調整に当たっている。
 
 WHO事務局の最高意思決定者は本部事務局長で、その下で六つの地域事務局長が指揮を振るっている。本部事務局長の意思が地域事務局までどの程度行き渡るかどうかはケースバイケースで一概に言えないが、本部では事務局長、そして地域事務局ではそれぞれ事務局長が絶対的な権力を握っている。
 
7.本部事務局長(DG:Director-General)と地域事務局長(RD:Regional Director)
 WHOの本部事務局長は,執行理事(34名)によって推薦された候補者のなかから執行理事会によって指名される。候補者が多い場合は数人(3−5人)のショートリストを作成し、それぞれに所信演説みたいな発表の機会が与えられる。その後、無記名投票で選挙が行われる。いずれかの候補が過半数票を得ない限り,最も得票数の少ない候補から順にリストから排除され,最後は2名の決選投票となる。理事会で任命された者は総会の承認を得て、事務局長に任命される。
 
 一方,地域事務局長は,それぞれの地域委員会で加盟各国の無記名投票によって指名され,執行理事会で任命されるシステムとなっている。任期は本部事務局長も地域事務局長も一期5年最長二期10年である。
 
平成19年11月30日
著作 玉城 英彦(たましろ ひでひこ)
北海道大学大学院 医学研究科
社会医学専攻 予防医学講座
国際保健医学分野
著書:玉城教授の故郷の思い出をつづったエッセー集
「恋島(フイジマ)への手紙 −古宇利島の想い出を辿って−」
発行所 新星出版 
 
−その1−終わり
 
 
 

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