第44話
 予測の話
 

 
 
「主な対象読者」
今回の対象者は中学生以上です。
あまりにも先いきの事を考えない人が多いようにみえるので、あえて予測に関する話を書いてみました。
多少とも、先の事を考える刺激になればよいと思っています。
 
本 文 目 次
 
著者 坂田 明治
 

 
 
第44話 予測の話
 
1.日常生活と予測
 本来、今回の話題は「スタイナーの問題 〜鏡の国の光子さん道路工事編〜」(仮称)の予定でした。内緒ですが、タイトル決めただけで、中身を考えてないため、次回はどうなるか解かりません。
 
 予定を変更して(といっても何も考えてないじゃないか)、予測の話にしたのはいくつか理由があります。それは、これからのことに対してあまりにもいい加減な連中が多いからです。本稿は、「少しは先のことも考えろよ」という思いを込めて書いた原稿です。
 
 本稿では、「予測」とか「予想」などを全部同じ意味としてとらえたため、かなり広くていい加減な部分もあります。例えば、子供が産まれたときに、占い師に占って貰ったなんてのもありますが、これも将来の予測でしょう。この例では、「この子は将来人に尊敬されるようになる」と占われました。半分当っているかのように見え、本人を知らない一部の人からだけ尊敬されています。しかし、こいつの実態を知ったら、まず尊敬なんてしないだろうな。
 
 余談はともかくとして、我々は、意識するかしないかは別にして、予測を立てて行動しています。ただ、問題があって、運動方程式みたいなものの方が予測を立てやすく、日常生活の方では予測が難しくなります。そうはいっても、理科のことを広く深く知っているとしてしまっては子供の広場になりませんので(この場合は子供の広場を卒業している)、ここでは日常生活の方に話を持っていきます。
 
 
 図1は地球が太陽の周りを回っている図です。地球は、太陽の周りを365日で一周していますので、1月1日を基準として、何月何日にどの位置にあるかが解かります。これは、予測が簡単ですので、自分で色々な月日の位置を計算してみるとよいでしょう。
 
 
 今度は、朝学校へ行くことを考えてみましょう。個人の事情で通学経路は色々あると思いますが、図2にあるような通学経路だとしてみます。遅刻しないで学校へ行くには、学校が始まる時間がおおもとになります。間に合うには、家から駅までの時間、電車に乗っている時間(電車の発車時間と到着時間)、駅から学校までの時間を考えた上で家を出る時間を決めます。みなさんも、何時までに家を出なくてはならないから、ということで朝からあせったことがあると思います。朝、家を出る時間の制限があるから、今度は、食事や身支度(みじたく)などにかかる時間で、朝、起きる時間が決まってしまいますね。
 
 これら一連のことから、朝、何時に起きて、何時に家を出れば遅刻せずに学校へ着けるかの予測ができます。まあ習慣化していますので、特に、意識はしてないでしょうが。
 
 ここで見たことから、予測を立てるには理論が必要です。理論とはいうものの、キチンとした理論であるとは限りません。経験則の場合もあるし、作業仮説の場合もあります。また、予測を立てる上での出発点も必要になってきます。今の場合、予測は、「遅刻しないで行くために家を出る時間の予測」です。つまり、学校の始業時刻に遅れないようにするため、始業時間を出発点として家を出る時間の予測を立てることです。
 
 それでは、遅刻しないように家を出たのに遅刻してしまったとしましょう(予測が外れたということです)。この場合、理論が間違っていたという場合もありますが、想定外のことが起こったということもあります。例えば、電車が止まってしまったとか、遅れていたという場合です。(もっもと、年中止まったり遅れたりするので想定内なんだけど)
 
 普通、予測が外れたというのは悪い意味にとられがちですが、そうではありません。過去、理論から予測される惑星の位置と、観測結果が合わないということがありました。観測結果をうまく説明するため、まだ発見されてない惑星があって、その重力の影響によるものだと推定し、実際に惑星が発見されたこともあります。これは、予測が当れば特に何もありませんが、外れたことに意味がある例ですね。
 
 何事でも予測を立てるのは大事なことです。結果が当っても当らなくても得られるものがあります。もちろん、テキトーな思い込みだけで予測を立てると痛い目にあいます。例えば、敵はへっぽこだから、敵の攻撃なんか当るわけない。当らないのだから、防御を考える必要もない。と予測を立てたらどうなるでしょうか。結果は見えていますね。
 
 
2.エルゴード的な事象(じしょう)
 この章のタイトルはいきなり難しそうですね。実は、なんかかっこよさそうな言葉を入れたかっただけだったりして。
 
 まず、ブラウン運動というのをご存知でしょうか。ロバート・ブラウンという人が、水に浮いた花粉がひょこひょこと動き回るのを発見したので付けられた名前です。「ロバート・ブラウンって酒の名前じゃないのか」って思った人もいるかと(こりゃおじさんだな)。酒とブラウン運動は全然違うように見えますが、実は、すごく関係が深いのです。酔歩(すいほ。べろんべろんに酔っ払って千鳥足でふらふら歩くこと)とブラウン運動は同じ現象です。ということで、酒を想像した人も外れではありませんね。
 
 
 図3は、浮かべた花粉を顕微鏡で覗いて(のぞいて)いるところです。このように全くデタラメに動き回っています。ここで、花粉だと目が痒く(かゆく)なってきますので、以降は粒子ということにします。(目が痒いよー!)
 
 ちょっと時間には止まってもらって、多数の同じ粒子があったとします。もちろん、これらの粒子は全くデタラメな位置にあります。
 
 
 一方で、1個の粒子がブラウン運動をしているとしますが、ここから先ブラウン運動にはこだわらないことにします。
 
 さて、図4で、多数の粒子の位置の平均は、粒子の位置を足し合わせて、その個数で割れば出ますね。図4は、解かりやすくするため2次元的に書いていますが、1次元的に粒子を置いたものと考えれば、普通の足し算と割り算だけで計算できます。
 
 
 今度は、図5で、粒子の位置の時間平均を出すことを考えましょう。これは、単位時間ごとの位置を測定して足し合わせ、それをかかった時間で割ったものとして出せます(実際には、積分を使って出します)。もちろん、図5は解かりやすくするため2次元的に書いていますが、1次元的に粒子がひょこひょこと動き回っているとしても差し支えありません。
 
 まあ、普通は、図4と図5は関係ありません。多数の粒子の平均の位置と1個の粒子の時間平均とは関係ないですよね。でも、関係ないはずの、これら、多数の粒子の平均の位置と、1個の粒子の時間平均の位置が一致する場合があります。このときを「エルゴード的」といいます。
 
 エルゴード的というのは便利です。1個の粒子の位置を追跡して時間平均を出すと、追跡している時間分は確実にかかってしまいます。しかし、エルゴード的なら、粒子を沢山置いてその位置の平均を出せば済みますので、時間が節約できます。
 
 まあ、この辺が暴走すると、「原爆を作るのに必要なウランの濃縮に1000年かかります」と進言したら、「じゃー、濃縮施設を1000施設造って1年でやれ」とかいう話になります。勝手にエルゴード的と仮定されてしまっていますが。
 
 原爆では物騒(ぶっそう)なので、レーザー発振器(はっしんき)の寿命(じゅみょう)で考えましょう。よく、DVDのデッキなどで、取扱説明書の終わりの方に仕様(しよう)が書かれており、レーザー発振器の寿命が5万時間とかなんとか書かれているのを見かけます。
 
 この時間はどうやって出したのでしょうか。大体、1年間が1万時間ですから、5年もレーザーを出させ続けて調べた時間というのは考えられませんね。そんなことをしていたら、商機を逃します。
 
 エルゴード的と仮定すれば、5年もボーと発信させて待つ代わりに、レーザー発信器を5万個まとめて動作させれば、1時間で1個壊れる勘定(かんじょう)になります(1時間で切れたら、初期不良って言わないか?)。一応、寿命の予測ができますが、これでは不良率が高くて製造工程に問題があるのを示しているだけです。エルゴード的ということは仮定するとしても、温度を上げて寿命を縮めるようにするとか、不良率とか、色々なことを加味して寿命を予測します。
 
 まあ、こんな感じで、エルゴード的ということと、その他色々なことを理論として(本稿ではかなりいい加減な作業仮説も理論に含めます)、それを元にして寿命を予測します。
 
 ところで、実際問題として、エルゴード的かどうかが解らなくても、勝手にエルゴード的として予測を立てている例が多々あります。例えば、人の作業量を表す単位として、なんとか人月とか、なんとか人日というのがあります。5人日なら1人の人が働いて5日かかるという意味です。そこで、勝手にエルゴード的と仮定して、「それなら5人でやれば1日でできるはずだ」というような話が出てきます。
 
 まあ、ものによりますが、この議論が成り立つ場合もあるし、成り立たない場合もあります。単純作業で、本人の技量と気力に関係ないものであれば成り立ちそうですが、そうでなければどうでしょうか。この原稿の場合は、まあ、書き始めてから10日ぐらいかなー、と予測しても、10人で書いたら1日でできあがったりしません。人数が増えただけ話がまとまらなくなって1ヶ月たっても書きあがらないんじゃないかなー。どうでしょうね。(いや、俺なら、こんな程度のものは1日で書き上げられる。しかも、更に面白い話にできるぞ。という人が現れて、実際に原稿を書いてくれるといいのですが)
 
 
3.崩壊(ほうかい)の序曲
 はじめに、自分で理解していないものは決して他人に説明できません(テキトーなこと言ってごまかす輩はいますが)。ですから、本人に説明させてみれば、どの程度理解しているのかがよく解かります。
 
 本稿の最初の辺りで、日常生活での予測の方が難しいと書きました。色々な社会現象などが複雑に絡み合って到底手におえるものではありません。そこで、私が理解している範囲で、それもなるべく単純化して話を進めます(要するに後から文句つけても知らんもんねということ)。
 
 
 ここでの話題は団地です。沢や沼沢(しょうたく)を埋め立てて団地を造り、「環境に優しい街づくり」なんて看板を立てていたところもありますが、そっちの話ではありません。理論的に人口動態を考え、団地が滅んで行く様子を予測することです。もちろん、現象があまりにも複雑なので、ある程度の作業仮説を立てて、そこからの予測となります。
 
 あっちこっちで、何もない所へマンションやら一戸建て住宅をばんばん建てているのをよく見ます。「ここに団地や街ができるのか」というのが普通の人の感じ方ではないでしょうか。でも、一部のひねくれ者(著者のこと)は「また、ゴーストタウンができるのか」と考えてしまいます。
 
 では、ここから、未来の予測を考えていきましょう。
 
 
 まず、出発点は団地や街、つまり建物がわんさかとできるということです。さて、それではどんな人が入ってくるのでしょうか。マンションや家を買える人は、主に30代から40代の人たちです。ローンの期間(35年ローンなんてのもあります)を考えると、支払能力から考えて、この年代の人たちが中心でしょう。年齢から考えて、小さい子供がいるかいないかというところですね。(以上が作業仮説1)
 
 
 年齢層が厚いところは、商店のターゲットになります。従って、主なターゲットを30代から40代と子供に絞って商店が入ってくることでしょう。(以上が作業仮説2)
 
 
 少し時間が経過したとします。人間は降って沸いたりしませんから、突如どっかから発生したということはありません。ローンを抱えているから、人の入れ替えもあまりないと考えて、図9のようなフタコブラクダ状の人口分布になっていきます。商店もそれに合わせて品揃えを変えていくことでしょう。(以上が作業仮説3)
 
 
 人間はいずれ必ず死にますから、死亡と、ローン破綻などの理由で減っていきます。一部入ってくる人もあるでしょうが、建物が老朽化し始めるため、あまり魅力はなく、減る分を補えるほどではないと思われます。一方、子供は成人して、やがて独立して行きます。最も独立しないような子供ならそれはそれで問題ですが。(以上が作業仮説4)
 
 
 時間がどんどん経過していけば、作業仮説4によって、子供の独立と人口減少(しかも老齢化)がますます進んでいきます。こうなると、商店は採算が合わず撤退していくことでしょう。更に建物の老朽化も進みますし、老人ばかりでは建て替えも資金的に無理です(ローンが払い終わる頃には、定年になっているため、再度ローンを組むことはできません)。
 
 こうなってくると、不便な上にボロで、ますます魅力のない団地や街になっていきます。これが一部のひねくれ者が予測したゴーストタウンです。この予測が当るか当らないかは別として、初期状態と理論から予測を立てるという例です。
 
 
4.江戸時代の工夫
 江戸時代は300年余りに渡って続いた泰平(たいへい)の時代でした。百年ちょっとで滅亡の危機に瀕しているどっかの国の過去とは思えないような感じです。よく、「封建社会だ」とか言いますが、犯罪もなく、悪代官なんてのもほとんどいなかったようです。変な時代劇の影響で色々誤解があるようですね。
 
 
 大人は突然発生しないことと、子供の死亡率が高かったことから人口構成を推定すると図12のようになっていたと思います。この構成は優れていて、色々な年代の人がバランス良く混ざっています。それはそれとして、不思議なことに時間が経っても変化しません。普通なら、人口構成が変化してゴーストタウン化する余地はあります。しかし、実際にはそうなっていません。
 
 なぜでしょうか。バランス構成を乱さないような工夫があったと考えるのが妥当でしょう。江戸時代といえば、長子継承の習慣がありました。私が子供の頃にもまだ残っていましたので、それを元に考えてみましょう。大概の場合、家が家業を持っていました。そして長子継承の習慣があるため、職業構成はあまり変化しません。更に、そのため人の動きもあまりなかったのでしょう。これらによって、うまくバランス構成を維持していたと推察されます。
 
 ろくに考えもせず、古くなったというだけで昔の人の考えや行動を批判するのは危険です。それよりも、昔の人の知恵は、それなりに理由があってできたものだということを念頭に置いた上で考え直してみるのは面白いものです。
 
 実際、昔の人の知恵は諺(ことわざ)として継承されています。今回の予測問題に関連して、「先んずれば人を制す」というのがあります。これは力や権力を先に手に入れたものが、力や権力で人を押さえつけるという意味ではありません。人より先を正しく見通して行動するものは、自ずと(おのずと)人の上に立てるという意味です。このように、予測というものは昔から重要視されていました。
 
 今回は、予測の話でしたが、我々は、意識するかしないかは別として、日々予測して行動しています。何かをやるときに予測を立てることはもちろん重要なことです。そして、予測を立てることは、時として、過去を振り返り、昔の人から学ぶ必要もあります。前章の問題は、ただ新興団地や街を造るだけでは、いずれゴーストタウン化の波に飲まれてしまうことを意味していました。先のことをよく考え、事前に対策を打っておかなければならない。そういうように頭を働かせて行動する必要があるということです。みなさんは先のことをどうお考えでしょうか。
 
平成20年3月14日
著作者 坂田 明治(あきはる)
 
 

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