第45話
 魚はなぜ回遊するのでしょうか
 

 
 
「主な対象読者」
 中学の高学年生から大学の低学年生くらいまでの、これから自分の将来の専門や職業を決める年齢層を主な読者と考え、クロマグロやアユなど読者の身近な魚を事例に使いながら魚はなぜ回遊をするのか、その不思議な謎についてやさしく説明する原稿書きました。
 
 
本 文 目 次
 1.はじめに
 2.回遊の分類
  1) 目的別に分けると
  2) 時間別に分けると
  3) 空間的に分けると
 3.魚が回遊する目的 −なぜ回遊する必要があるのか−
  1) コイの回遊
  2) ブリの回遊
  3) サメの回遊
  4) アユの回遊
  5) シロザケの回遊
  6) トウヨシノボリやカワヨシノボリの回遊
  7) クロマグロの回遊
  8) ハダカイワシの回遊
 5.おわりに
 
著者 井田 齊(ひとし)
 

 
 
第45話 魚はなぜ回遊するのでしょうか
 
1.はじめに
 陸上の動物や鳥が行う方向の定まった(方向性のある)、定期的・周期的な移動を『渡り』とよびます。一方、水の中で生きるクジラ類、ウミガメ類、魚類、イカ類などの動物に対してはこの周期的な移動を『回遊』という言葉が使われます。陸上と異なり、水の中は立体的な広がりがあるので水生動物の移動、回遊も立体的、三次元的になります。いくつかの例をあげながら、魚の回遊について説明します。
 
 
2.回遊の分類
 魚の回遊は、その目的、時間、空間などによりいくつかに分けられます。
 
1) 目的別に分けると
 (1)(索)餌回遊
  餌の豊かな範囲を探して移動する回遊のこと、
 (2) 産卵回遊
  産卵に適した場に移動する回遊のこと、
 (3) 越冬回遊
  冬の厳しい条件を避けるため暖かな場所に移動する回遊などがあります。
 
2) 時間別に分けると
 (4) 季節回遊
  四季による変化から好ましい条件を求めたり、厳しい条件を避けたりするために移動する回遊のこと、
 (5) 日周回遊
  一日のうちに移動方向が変化する回遊などがあります。
 
3) 空間的に分けると
 (6) 水平回遊
  水平方向に移動する回遊のこと、
 (7) 垂直回遊
  上下方向に移動する回遊すること、
 (8) 通し回遊
  水平方向に移動する場合を(6) 水平回遊、上下方向に移動する場合を(7) 垂直回遊とに分け、さらに、海と川とを定期的に行き来する場合を(8) 通し回遊と呼びます。
 
 (6) 水平回遊はさらに移動方向が南北方向である場合は『南北回遊』(カツオなど)、大洋の東西や南北におよぶ広範囲にわたる場合には『渡洋回遊』(カジキ類やマグロ類)などに分けられます。
 
 (8) 通し回遊は、さらに産卵の場が淡水域である場合サケ類やハゼ類などの移動を『遡河回遊』、ウナギなど産卵の場が海で川から海に下る場合を『降河回遊』に分けます。さらにアユのように海と河川を移動する時期と産卵の時期とが離れている場合を『両側回遊』と呼びます。
 
 これらの回遊の目的は、多くの場合は互いに関連しあっています。たとえば北半球の海では冬に温度が下がり、夏には上がるので暖かな水温を好む魚は基本的には春から初夏に北上して、晩秋から初冬に南下するという、南北回遊を繰り返します。
 
 また、北の海ほど栄養が多いのでプランクトンやそれを餌とする小魚も多いので、それを求めてブリやカツオ、マグロなどは、季節回遊餌回遊を同時に行っています。また、南下して越冬する種類が多いのですが春先にはプランクトンが多く発生するので多くの魚も生まれた仔魚や稚魚が豊富なプランクトンを食べられるようにそれに合わせて春に産卵します。
 
 したがって越冬とその先には産卵が続いていますので越冬回遊(=南下回遊)産卵回遊はつながっていることが多いのです。
 
 
3.魚が回遊する目的
 これまで魚たちがどのような回遊をするのかについて説明しましたが、それではなぜ魚は回遊しなければならないのでしょうか? 回遊の目的について説明しましょう。
 
 それは多くの魚が生まれた時には数mmから1cmほどの小さな体であり、流れに逆らえず泳ぐことができる大きさになるころには親が自分を産んでくれた場所から遠く離れた場所に流されてしまうからです。
 
 それぞれの種には種に適した水温や餌があります。生まれた場所から離れた海や場所では水温や塩分が異なっていればそこで卵を産んでも自分と同じように無事にふかして成長することができるかは期待できません。
 
1) コイの回遊
 たとえばコイの仲間の多くは川で生活していますが、中流でうまれた子供が流されたままの場で次の世代を産んだとすればその子供は流れに逆らって泳げるように成長する前に海まで流されて死んでしまうかも知れません。
 
 自分が産まれた場所に戻って自分の親と同じ場所かそこに近い場所で産めば次の世代(自分の子供、親からみれば孫)が生き残り成長する可能性は高いのです。
 
 なぜなら自分が産まれ育った場所だからです。このように多くの魚は[産卵⇒流下・成長⇒産卵場に戻る]ということを繰り返しているのです。
 
 海には毎日潮の満ち引きがあり海岸と沖合いを行ったりきたりする流れ、一日で約4回流れの方向が変わる潮汐流(ちょうせきりゅう)があります。これに対して時間や季節で流れる方向が決まっていて、ほとんど変化しないより規模の大きな流れを海流と呼びます。
 
 西太平洋の暖かな海を時計周りに流れる『黒潮』やその北側の冷たい海を反時計回りに流れる『親潮』などです。流されて育った場所で自分の子供を産んだらどのような結果になるでしょうか?
 
2) ブリの回遊
 具体的にブリの生活の例を示して考えて見ましょう。1m近くに育ったブリは、鹿児島県西沖の男女群島の付近で3月ころに産卵します。数日でふかした仔魚(しぎょ:うまれた直後の魚で、親とは形が似ていない)は黒潮に流され、稚魚(ちぎょ:鱗や骨の数などはほぼ親と同じですが形はまだ親とちがう成長段階)になると宮崎沖⇒四国沖⇒和歌山沖に流され、体の大きさは3〜4cmほどとなりモジャコと呼ばれ、その一部は養殖ハマチの種として採られます。
 
 大部分はさらに東に流され関東の岸近くには5月ころに、夏には東北から北海道の沿岸までたどり着き、大きさは30cmを越えるほどになり、秋から冬に水温が下がり始めると南に戻り始めます。
 
 西日本の沿岸に戻った幼魚は、そこで冬を過ごし翌年は再び春に北上、北の餌の豊富な海で夏をこし、秋に南下、南の海で越冬という生活を繰り返しています。つまり、ブリでは(1)索餌回遊は(4)季節回遊でもあり、(2)産卵回遊は(3)越冬回遊と深く関っており(4)季節回遊でもあります。
 
 もし、北に流された稚魚や幼魚が南に戻ることなく冬も北の海で育つことができ、そこで産卵できたとしたらどうなるでしょう? そこで生まれた卵、ふかした子供達は黒潮とは別の親潮にのり東北からははるか東沖にながされてしまい、自分がそだった餌などの成長に必要な条件がととのっていることは期待できません。
 
 実際には冬の寒い海で幼魚が生き延びることはできませんし、そこで卵を産むこともありません。自分が生まれた場所で子供を産むことが次の世代を育てることの確実な方法なのです。
 
 というわけで、魚の多くの種は自分が生まれた場所にもどって卵をうみます。これが、(2)産卵回遊という生態になります。
 
3) サメの回遊
 やや大型で4m近くになるヨシキリザメは、ふだんは外洋で生活していますが、夏には沖合いから岸に近い場所まで回遊して子供を産みます。これは、大きな個体の多い場では小さな子供を産んでも仲間が食べてしまう『共食い』という可能性が高くなります。
 
 共食いを避けるためにも餌の多い岸近い海に回遊する必要があります。このような繁殖のための回遊はアカシュモクザメでも知られています。このように沖合いから岸近くに来る移動は『接岸回遊』、子供が成長して沖合いに移動する場合は『離岸回遊』とに分けられます。
 
4) アユの回遊
 (8)通し回遊の例としてアユの生活を見てみましょう。夏のあいだ、河川の中流や上流で石や岩の表面についている藻(も)を食べていますが、秋になると小石や砂の多い中流から下流の範囲に降ってきます。
 
 親は集団で産卵し、卵は川底の砂につきます。10日前後でふかした仔魚は流れにのって海に流されますが、海にでた仔魚はそこで動物プランクトンを食べ成長します。初夏に5cmほどになり、川の流れに逆らえるようになった稚魚は仲間達と一緒に川をのぼります。川ではプランクトンではなく藻を食べるようになります。
 
 小さな川では数百m、大きな川では200km以上も遡(さかのぼ)ります。そこで秋までは生活し、産卵期が近づくと中流域まで降り、産卵して生涯を閉じます。
 
 このようにアユは生まれるとすぐに降河回遊(こうかかいゆう)、十分に泳げるようになった幼魚期に遡上(そじょう)回遊成魚期に産卵回遊(降河)をします。利根川にダムが無かった明治時代には高崎周辺までアユがのぼり、30cmほどにまで大きくなったことが東京大学の博物館に保存された標本でわかります。
 
5) シロザケの回遊
 このような成長、繁殖(はんしょく)を目的とした海と川との間の移動の大規模な例はサケの仲間で見られます。シロザケは秋から冬に川の中流で小石の間に卵が埋められます。
 
 石の間で3ヶ月ほどでふかしますが、泳げるようになるのはさらに2ヶ月ほどかかります。3cmほどの稚魚は川で2ヶ月位過ごした後海に降り、岸近くで10cm位いまで成長すると北洋に旅立ち、数年を北太平洋で過ごします。
 
 70〜100cmほどに成長した魚は、夏に北洋を離れ南下して日本の沿岸に秋に到着、やがて生まれた川に上り産卵して一生を終えます。この間泳ぐ距離は1万kmを楽に越えてしまいます。
 
6) トウヨシノボリやカワヨシノボリの回遊
 より小さな規模での通し回遊はトウヨシノボリと呼ばれるハゼの仲間や、カジカの仲間でも見られます。河川の中流や下流で石に卵を産み付け、ふかした子供達は海に下ります。海で20mmほどまで成長した稚魚は川にのぼり水生昆虫などを食べ成長します。
 
 のぼる距離は数百mから数十kmと様々です。海に下りずに、河川の比較的狭い範囲で移動するカワヨシノボリといった種もいます。
 
7) クロマグロの回遊
 渡洋回遊の例としてはクロマグロがあります。北太平洋のクロマグロは春先にフィリピンの北東沖の海で産卵、その年の夏にはわが国の沿岸で20cmほどになって現れ、秋には北海道沿岸で30cmを越えるほどに成長し、冬には南下、越冬します。
 
 翌年数十cmから1mほどになりますが一部の個体ははるか東、北アメリカの沿岸まで回遊しそこで成長します。親は体長300cm, 体重400kgを越える成長をします。
 
8) ハダカイワシの回遊
 (5)日周回遊でもあり、(7)垂直回遊でもあるハダカイワシ類が行う回遊について考えてみましょう。ハダカイワシの仲間は昼間200mから1500mほどの深さにいますが、夜になるとプランクトンが浅い表面近くに移動するのでそれを食べるハダカイワシ類も垂直移動を行います。
 
 多くは海面から数十m付近までしか移動しませんが、なかには表面まで浮いてくるアラハダカやススキハダカと呼ばれる種類もいます。つまり、ハダカイワシの仲間は餌をおって毎日数百mもの深さを移動しています。
 
 また、ハダカイワシのような小型の魚をたべるイカ類などの中型の動物も自らの餌を追って垂直回遊を繰り返しています。
 
 
4.回遊に必要な感覚や能力
 これまで魚たちがどのくらいの広さを、なぜ回遊しなければならないのかについて説明してきましたが、最後にどのような感覚、能力を使って回遊できるのかについてみて見ましょう。魚は体の大きさにもよりますが数km(時には数百m)から数万kmもの範囲を回遊していることを紹介してきました。
 
 このような長距離を正確に移動するのはどのような能力によっているのでしょうか? 動物が方向性を保つことを定位(ていい)といいます。長距離の移動するためには方向を決めること、定位を始めにしなければなりません。定位の方法には様々ありますが長距離と短距離では異なっています。
 
 多くの生物は、概日(がいじつ)リズムと呼ばれるおよそ24時間を基本とする活動の周期を持っています。私たちの胃や消化管の中から食べ物が少なくなるとお腹が空く、いわゆる腹時計のようなものです。
 
 様々な動物は太陽を自分の位置、移動方向を決めるのに使っていますが、これを太陽コンパスとよびます。
 
 湖のある場所から採集した魚にしるしをつけて別の場所に離して元の場所への帰り方を調べると太陽の出ている時の方が曇りの時より正確に帰ることなどから、魚でも定位に太陽コンパスを利用していることがわかります。
 
 長距離の移動にはこの概日リズム(体内時計ともいいます)と太陽コンパスを組み合わせて移動していると考えられます。自分の体内時計と比べ日の出、南中時(その場所で太陽が一番高くなる真昼)、日没などが遅くなれば西に移動していることを、早くなれば東に移動していることがわかります。
 
 これは私たちが新幹線で西に移動すると日が長くなったと感じ、東に移動すると逆に短くなったと感じることと同じです。
 
 また、北半球では南中時の太陽が高くなることで南に移動していることが、南中時の太陽が低くなることで北に移動していることがわかります。多くの動物たちは長距離を移動する際には太陽コンパスや磁気コンパスを使い、近距離では視覚や嗅覚などを使い、ふるさとと目的地を行き来しています。
 
 海から自分の生まれた川を選ぶような時には塩分の濃度(塩からさ)や臭いなどを利用しています。サケの仲間は川の水に溶けているごく微量な物資をかぎ分けて自分の産まれた川を見つけ出します。
 
 魚たちは視覚嗅覚、さらには地球の磁場磁気を感じる能力など、さまざまの感覚を利用して回遊しています。地上とことなり、水が澄んでいても映像としての光は遠くには届きません。私たちが潜水して形や色をはっきり見分けられるのは10mほどの範囲で、20mも離れると形はおぼろげで色はほとんど見分けられません。魚の目は近くのものを広範囲に見出す構造なので離れた場所を区別する際には使えないでしょう。
 
 このように魚たちは、視覚、嗅覚 などの感覚を使って自らの変えるべき場所に戻ります。
 
 
5.おわりに
 水のなかで生息している動物や植物については、判っていることよりも、まだまだ解っていないことのほうが多いと思います。生きた化石とよく言われるたとえば、「シーラカンス」や「カブトカニ」は、これまでの期間に生まれ育った場所の環境は驚くほどに変化したと思われます、どうして長い期間を生きながらえたのでしょうか。
 
 水中の微生物についても、常識では考えられないような環境に適応して生息している種類が多々あります。たとえば数百気圧という高圧や数百度の高温、または酸素の代わりに高濃度の硫化水素の環境でも活発に代謝している「古細菌」と呼ばれる一群の細菌の存在があります。古細菌と呼ばれますが、細菌よりは動物に似ているようです。
 
 いま中学校の高学年生から大学の低学年生までの諸君は、いま花形になっている科学に興味がありましょう、それらの科学を学ぶことも大切なことです。しかし、まだ花形にはなっていない科学を先取りして、将来の職業や専門にすることは、思いもかけない宝物を見つけ出すキッカケにつながる可能性がありそうです。
 
 諸君たちのこれからの活躍に夢を託して、魚の回遊について説明しました。さあ諸君はどうしますか。頑張ってください、期待しています。
 
平成20年2月20日
井田 齊(ひとし)
 
 

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