第53話
 明日は見えないか
 

 
「主な対象読者」
 どうして解ってもらえないのか、どうすればこの窮地(きゅうち)から脱出できるのか、自分の身近なところで起きている問題に悩み苦しんでいる年齢層の人達を主な読者と考えて原稿を書きました。人生の先輩が贈るエールです。
 
本 文 目 次
著者 岸 聿子
 

 
 
第53話 明日は見えないか
 
試練は突然やってくる
 長い人生には、「トンネルのように真っ暗で明日が見えない」、「この窮地(きゅうち)から抜け出せないとどうなるか」、「どうしていいか分からない」、そんな悲しい感情になった経験が誰にでも一度や二度はあるものです。
 
 このような状況になることを一般に試練と言いますが、その試練の「見えない、分からない」ことの特徴は、前ぶれもなく「突然やってくる」ことにあります。しかも、それはこれまでに味わったことのないほどの厳しさで、私たちを襲ってくるのです。突然に厳しくやってくるだけに、私たちは声を失い、気が動転し、冷静さを失うのです。
 
 試練とは、信仰や決心などの強さを厳しくためされることで、誰もが体験します。スポーツ選手などでは、「スランプに陥るとかスランプから抜け出せない」とよく言います。スランプとは、心身の調子が一時的に不振に陥り、常日頃の実力が発揮できず、成績などが一時的に落ち込んでいる状態をいいます。これもある意味では試練なのです。
 
 しかし、その中身や厳しさは個人により千差万別です。また、試練やストレスに対して強い人もいれば、弱い人もいるでしょう。「どうして、私だけ、・・こんな!」と、苦悶(くもん、「肉体的または精神的に苦しみもだえること」)するほど深い試練もあります。その結果、ストレスが段々とたまります。
 
 そのような状況のとき、ありきたりの慰めや励ましはかえって迷惑なものです。「試練など、誰でもがいつかは体験するものだー。だから、おまえも頑張れー。」などと言われてしまったらどうでしょう。何か言葉でごまかされているような、自分のことを妙に見透かし、上からものを言われているような気になると思います。苦しんでいるときに、「説教」されると、うっとうしく思うのは、なにも若者だけの問題ではないのです。では突然と襲ってきた試練に対して、どう対処すればよいのでしょうか。
 
 
結婚は若い日の最大関心事
 良い例の一つは、それは結婚です。若い日に、一番関心の高い事柄の一つに「結婚」があります。もう時代はすでに変わっていますが、ひところ、若い女性達が結婚相手の男性に求めるのは、「三高」だと言われていました。その三高とは、「高学歴、高収入、高背丈」のことです。
 
 それが今では、逆転し「高は低」に変わったような状況になりました。女性の社会進出や躍進が顕著であるため、晩婚化が当たり前の社会になり、独身女性の数が増えるに従って結果として独身男性をも産む傾向をもたらしています。結婚を否定しているのではなくても、なかなか良縁に恵まれない若者が増えてきています。
 
 時代は常に変わり、その日、そのときにより、常に新しいキャッチフレーズが飛び交い、新しいスタイルが登場します。それゆえ、時代の動きや流行を気にし、それに流され、振り回されている人は、やがて「その時代」にとりのこされてしまうでしょう。いつの時代にも変わらない、いつの時代にも通用するものこそ、追究すべきものと思うのです。
 
 定職に就きたい、正規雇用の正社員になりたい・・・など山ほどの希望があっても、住所すら定かでないと、結婚などとうてい望めるものではありません。婚約者がいても勤務先の企業が倒産してしまうと、たちまち失職すると同時に、婚約も破談になってしまう可能性もあります。
 
 会社があのとき倒産さえしなければ、マイホームも結婚も手に入ったのに! 会社が倒産したばかりに、マイホーム購入の契約金は泡と消え、婚約者も去っていってしまった。失職が全ての予定を狂わしてしまうこともあるのです。
 
 このような厳しい状況から抜け出すのは容易ではありません。ここに、すこし恥ずかしく思いますが、私のつたない経験を紹介します。ここの私の経験の中から、もし皆様が、何かのヒント、あるいは参考となるようなものを見出してくれるならば、幸いに思います。
 
 
私の結婚観
 20代の頃、若い女性の一人として私も普通に、平凡に、そして漠然と結婚する相手に対するイメージがだんだんと膨(ふく)らんでいました。その描いていたイメージの第一は「育ちのいい人」、第二は「尊敬できる人」、第三は「他人に絶対に負けないなにかをもっている人」でした。
 
 あるとき、なんと幸運なことでしょう、自分が頭のなかに描いていたイメージの理想に近い男性にめぐり会ったのです。当時彼はまだ大学三年生でした。その育ちのよさは、彼の会話によく現れていました。人の前で妙につくろうこともなく、自分の気持ちを素直に語れる人に初めて出会った思いでした。彼は、自分の分をわきまえ、大学を卒業するまでは、結婚に関する具体的なことは何も触れない、無責任な行動に走らない。ユーモアがあり、W大学の学生らしい洗練された立ち振る舞いは、田舎者だった私には、たまらない魅力でした。そうしたことは、全て彼の育ちのよさから来ていると直感したのです。
 
 
理想と現実は一致するか
 彼が四年生になり、就職を視野に入れ始めた頃でした。それまでのように、ただ顔を見ているだけで嬉しい、一緒にいるだけで楽しいだけではいけない。そんな思いが私の頭をかすめ始めていました。これから長い人生を共に生き、家庭を築くためには、何か大切なものが必要ではないか。10代の頃から教会に通っていた私には、その思いが一層重く感じられたのです。そうした私の悩みは、当然、彼も感じ始めていました。
 
 彼が卒業を目前にしたある日、一枚のハガキが送られて来ました。そこには、彼の考えなどが書いてあり、『信仰や信念の違いは、お互いをより理解しようとすればするほど、障害になりかねない。これから私達二人は、それぞれの道を歩もう・・・』と言う内容が記されていました。すなわち、ふられてしまったのです、初めての失恋でした。
 
 それから数週間、何も考えられず、何も見えない日が続きました。当時住んでいた大阪の街を、毎晩ひとりトボトボと歩きながら、おもいっきり泣きました。大都会の騒音は、私の悲しみを覆(おお)いかくし、かき消してくれる、かっこうの舞台を提供してくれました。
 
 
失恋の悲しみを乗り越えて
 およそ1ヶ月、悲しみは大波、小波となって、私の心を揺さぶり続けました。誰にも話せず、悟られず、ひとり、ただひとりで悲しみと日々戦いました。そしてある本に偶然に出会ったのです。明治の神学者、水産学博士、第一高等学校(現東京大学の前身)教諭、新聞記者など多彩な経歴の持ち主である内村鑑三の本でした
 
 内村鑑三の本をむさぼり読むうち、他にも多くの書物と出会いました。キルケゴール、オスカー・クルマン、カール・バルト、京都大学の哲学者、波多野精一郎などの、難解な哲学書を読み漁(あさ)りました。大変に勉強になりました。25歳にして、初めて本の素晴らしさに目覚めたのです。
 
 もう一つ、私を悲しみの淵(ふち)から引き上げてくれたものがありました。それは賛美歌でした。神学校の教室の片隅に置かれていた、大きなオルガンを、毎晩1時間、2時間と弾き、大声で歌いました。声を出して、歌えば歌うほど孤独感はますます私を襲いました。「ひとり」という寂しさと悲しみが、肉体を全てバラバラに解体していくような衝動(しょうどう)にも感じられました。本当に辛い日々の試練でした。
 
 
明日は見えないか
 孤独と悲しみから、少しずつ開放され、ようやく周りが見えるようになってきたのは、2,3年してからでした。「明日が見えない」、「先の見えない角を曲がる」には、勇気がいると思います。自分なりの努力ももちろん必要です。しかし、時間というものは、不思議な力を秘めているようにも思いました。
 
 もし、自分には、その試練の中身が重過ぎると感じたら、自分にはできないとあきらめてしまうのではなく、逆転の発想でこの先に、何か特別な使命ミッションが与えられているのではないかと、忍耐と希望を持つことが大切であると思いました。先ず、自分を信じ、希望をかなえるため、思いつくままに、手当たり次第に、できること、やりたいこと、または与えられた仕事に全力で投球してみることです。何もしないで待っていても、価値あるものは手に入らないと思います。
 
 もし、それでも、自分の無力、自分の無知、自分の存在の無意味さに押し流されそうになったら、「しめた!」ものです。なぜなら、「全く新しい人生の1ページ」は、無から始まるからです。
 
 私の体験からも、失恋という試練は、成長のチャンス、人として成熟するチャンスでした。さらに、「なにか偉大なものに出会うチャンス」にもなるのです。もちろん、人からの慰めや励ましによって、助けられることも多々あります。あるいは自分の仕事に新しい活力を、新しい視野を与えられることもあります。しかし、それらは、次の新しい試練には役立たないこともあるのです。
 
 聖書に次のような言葉があります
“Ask, and it will be given to you; seek, and you will find; knock, and it will be opened to you.”
“For everyone who asks receives, and he who seeks finds, and to him who knocks it will be opened.” (Mathew 7: 6-8)』
 
求めなさい。そうすれば、与えられます。探しなさい。そうすれば、見つかります。門をたたきなさい。そうすれば、開かれます。だれであっても、求める者は受け、探す者は見つけ出し、門をたく者には開かれます。(マタイによる福音書7章6節から8節)。』
 
求めなさい。そうすれば、与えられます(少し古い表現では、「求めよ さらば与えられん))。」というこの言葉によって、多くの人たちが、それまで「見えなかった明日」を見出し、勇気と希望をもって、前進してきたのです。
 
 
失恋が生んだ新たな夢
 失った愛は、新しい夢へ進む原動力になりました。当時勤めていた九州クリスチャンミッション・ラジオ部で一緒に働いていた女性宣教師イザベル・ディットモアに、アメリカへの留学の可能性をお願いしてみました。その頃は、アメリカ人からのサポートの約束と受け入れ先が明確でなければ、留学できない時代でした。
 
 彼女の弟で、私の恩師でもあったマーク G マクセイ宣教師と相談の末、彼が私の学費を、ディットモア師が生活費をサポートしてくれることになりました。さらに、留学先に希望していたオハイオ州にあるシンシナティ神学大学からの受け入れの書状も受け取り、すべての条件が整うことになりました。
 
 実は、マクセイ家は、アメリカの、私たち姉妹教会間では、とても有名な家系でした。それは3代続いた名門の牧師、宣教師の家系で、9人の兄弟のうち、一人を除く全てが牧師、宣教師、牧師夫人として活躍中だったからです。こうして1962年8月、横浜の港から、貨客船賀茂春丸にて、アメリカへ渡りました。
 
 その直前の7月、当時未だ神戸大学の大学院生だった現在の夫と、電撃的な出会いがあり、そのわずか10日後に婚約式が行われていました。それは留学中の私にとって、意味深いものとなりました。なぜなら、かの地には、私の注意を引いたアメリカ人男性が幾人かいたからでした。しかし厳しい勉学に集中することが出来たのは、彼との交信が大きな役割を果たしたからだと思います。
 
 
南北戦争
 オハイオ州シンシナティ市は、有名なオハイオ川の沿いの北側に位置しています。ということは、1861年から始まった南北戦争でアメリカを北と南に分けたのがこのオハイオ川で、アメリカの歴史に特筆される存在なのです。二人の宣教師マクセイ師とディットモア師は、オハイオ川の南にあるケンタッキー州ルイヴィル市に住んでいました。そのため留学中よくこの川を渡ったものでした。
 
 あるとき、ルイヴィル市の田舎にある小さな教会に招かれ、話をすることになりました。そのとき、自己紹介のつもりで、「私は、日本のサウザナー(南部人)です」と紹介しました。出身が鹿児島(薩摩)だったからです。その瞬間、一斉に拍手と喜びの歓声が上がり、余りの反響に次の言葉を失うほどでした。アメリカでは今も南北戦争の余韻がこんなにも残っているのかと、驚き、あの日のことを忘れることができません。
 
 
賀茂春丸の仲間
 アメリカ留学は、様々な面で、私の人生に多大な影響を与えることになりました。特に、アメリカ渡航に飛行機ではなく、貨客船を利用したことにより、一緒に10日間を同じ船の中で過ごした見ず知らずの8人の友人strangersに出会えたことは、思いがけない展開へと導くものになりました。
 
 46年を経た現在も、8人の中の2人が欠けましたが、6人がメールで交信をしている親しい関係にあります。この「理科好き子供の広場」の主宰者である田口文章さんもその一人です。1人は現在シカゴ在住で、もう1人は1年に二回、4ヶ月にわたり、カナダのバンクーバーに住みながら、アメリカへも旅行し、多くの情報を伝達してくださっています。
 
 賀茂春丸の仲間6人は、それぞれに厳しい苦学を耐え抜き、その後の人生を、物や地位や栄誉を越えたもの、「真実、誠実、愛、忍耐、寛容」などを最も大切にしながら、お互いを深く尊敬しています。このようなかけがえのない友人たちを得たのは、苦しい留学生活を共有していること、その後にそれぞれの分野で活躍したからだと思います。それゆえ半世紀を経た現在まで友情を育み続け、さらに発展し続けていることに感動しています。
 
 こうした仲間は、ただ面白おかしく、その日を過ごすことだけに大切な青春を送っていたのでは、得ることの出来ない仲間です。孤独に耐え、勉強や仕事の行き詰まりと果敢に向き合い、苦難を乗り越えたところに、必ず生まれるものです。決してあきらめず、決して投げ出さず、やるべきことに専念してみましょう。「天は自ら助くるものを助ける」と言った人がいます。私も同感です。自分の可能性を信じ、後ろを振り返らず、前進することです。
 
 
終わりに
 ここまで読んでくれたあなたに、使徒パウロの言葉を贈ります。
兄弟たち、すべて真実なこと、すべて気高いこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて名誉なこと、また、徳や賞賛に値することがあれば、それを心に留めなさい。」(フィリピの信徒への手紙4章8節より)
 
終わり
 
平成20年9月11日
著作者:岸 聿子(いつこ)
広島・伴キリストの教会牧師
 
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