第54話
 地面の下の微生物に挑む
 

 
 
「主な対象読者」
 中学生から大学低学年までの生徒や学生が主な対象者です。
 地下2千メートルで生きている微生物についての、まだあまり知られていない新しい科学の紹介です。
 
 
 
本 文 目 次
  1)汚染土壌の浄化
  2)生物的方法の特徴
  3)欠点はなんだ
  4)分解可能な汚染物質
  1)原油の回収
  2)中国での実験
  3)代謝産物の利活用
  4)有用微生物を探す
  5)中国の微生物
  6)最後の勝負
  7)望みはあるのか
  1)地下でメタンを作る
  2)一石二鳥の実験
  3)X年はいつか
  4)国際的な新技術をねらえ
著者 藤原 和弘
 

 
 
第54話 地面の下の微生物に挑む
 
1.はじめに
 第54話は、「地面の下の微生物に挑む」と題して、私がここ十数年間にわたって研究してきた「地面の下の微生物」について紹介します。
 話のアウトラインとして、
1)深さ30センチの『植物の根っこの周りの微生物』
2)もう少し深くなって、深度10メートルまでに棲息する『汚染物質を食べる微生物』、
3)もっと深くなって、深度500メートルに棲息する『原油回収に役立つ微生物』、
4)現在、筆者が主に研究を進めています深度1,000〜2,000メートルに棲息する
  『天然ガスをつくる微生物』
5)『地面の下の微生物の可能性」などを説明します。
 
 病気の原因になる微生物についての病原微生物学は、コッホやパストゥールなどによって100年少々前から始まり、長い伝統と歴史があります。ところが地下微生物学の学問は、いまはじまったばかりで、これから大いに発展する学問分野です。読者の皆さんに新鮮な刺激となることを期待しています。
 
 
2.地下微生物について
 地下の微生物について、これまでの知見をおさらいしておきます。まず地下はいろいろな分け方があります。深度5メートルより深いところ、そこを「地下微生物圏」と学術的には定義されています。深度50メートルより深くなると「深度地下微生物圏」という表現をします。さらに深度200〜500メートルより深いところ、これは地球深部探査船「ちきゅう号」で有名な(独立行政法人)海洋研究開発機構(JAMSTEC)で用いられている定義によると、「地殻微生物圏」と表現されています。
 
 地殻微生物圏の微生物についての研究は1926年、今から約80年前にアメリカの油田で行われたのが最初だと言われています。それからいろいろな研究が行われてきましたが、最も深いところから見つかった微生物は南アフリカの地下3,200メートルで、そこから生きた微生物が見つかったという報告があります。
 
 微生物の生育上限温度については、驚くことに温泉や海底の熱水噴出孔などの120℃を超える温度で生育する微生物がいます。微生物の体は炭素でできているのですが、そのような高温度の環境下でも焦げることなく生育する、そんな微生物がいるということが明らかになりつつあります。
 
 生育上限圧力としては、約2,000気圧で生育する微生物も発見されています。そして地球の中心部に向かって大体4,000〜5,000メートルあたりが微生物としての生育限界かと言われています。この辺りの生育限界調査は独立行政法人海洋研究開発機構が鋭意研究を進めており、今後、次第に明らかにされてくると思われます。
 
 このように、私たちの想像をはるかに超える極限環境(きょくげんかんきょう)下でも微生物が棲息していることが明らかになり、これらのことが引き金となって、私も地下微生物のとりこになりました。
 
 
3.地下微生物の検出・評価技術の進展
 従来の微生物学では、栄養分を含む人工的な環境(培地)で培養して、一旦増やした微生物を調べるというのが一般的な手法でした。1985年になって、キャリー・マリス博士がこれまでになかった遺伝子を増やす「PCR」というまったく新しい方法を発明し、ノーベル化学賞を受賞しました。遺伝子DNA増幅法であるPCRの技術が使えるようになると、一気に地下微生物の存在や性質を知るための方法が飛躍的に発展を遂げました。
 
 このPCR法の技術を使うと、色々な環境から調べてみたいと思うサンプルを持ってきて、微生物を培養する代わりに、そこからDNAを直接取り出して、そのDNAをPCR法で人工的に増やし、その後特殊な電気泳動という方法で増やしたDNAをそれぞれ個別に分け、分けたDNAの塩基配列を分析解読して、そのDNAの特徴などから微生物を同定することができるのです。
 
 こういった一連の解析が非常にスムーズに行われるような時代になってきました。そうすると微生物屋としてはこういうツール(新しい道具)を新たに得たわけですから、どんどん色々な所を調べてみたいという欲が出て来るようになります。こういった技術が発展する中で、特にそれまで全く未知の世界であった地下微生物について、新たな知見がどんどん蓄積されるようになりました。
 
 
4.地面の下の微生物達との出会い
4−1 深度30cmの『根っこの周りの微生物』
 図1はVA菌根菌と呼ばれるものです。これは植物の生長を助けると言われている菌根菌です。
 
図1 根圏微生物の一種として知られるVA菌根菌
 
 
 
図2 VA菌根菌の植物への感染と栄養補給
 
 VA菌根菌は図2に示すように、胞子から菌糸を伸ばして植物に感染します。菌糸はさらに四方八方に伸びていくわけですが、感染すると菌糸を通してリンや水、いろいろなミネラルがどんどん植物に供給されていきます。そうすると通常植物の根っこでは吸収できない、少し離れた場所の養分を得ることができるようになるわけです。かわりにこの根っこは菌根菌にブドウ糖を供給してやって共生関係ができます。共生関係ですのでこの微生物だけを培養することがなかなか難しくて、画期的な方法はまだ確立されていません。
 
 
 次に、この菌根菌をうまく使えないかということになりますが、その前に菌根菌の感染について少しふれておきます。菌根菌の感染メカニズムは、まず、菌糸が植物の根に侵入して、枝分かれしたような樹枝状体(じゅしじょうたい)というのを形成します。これを英語でArbuscleといいます。これがさらに進行すると嚢状体(のうじょうたい)というのが根っこの細胞の中にできてきます。それを英語でVesicleといいます。そしてそこに新しい胞子が形成されるわけです。VA菌根菌のVとAは、VesicleとArbuscleの頭文字をとっているのです。
 
 VA菌根菌をうまく使うために、私も、VA菌根菌を使って色々な実験を行いました。例えば野菜の苗床(栽培土壌)にVA菌根菌を混合すると未混合の場合の2倍以上の成長促進効果がみられ、またソルガムというイネ科植物の一種では、VA菌根菌を接種すると非常に青々とした植物になるということがわかってきました。花をつける植物でも栽培土壌にVA菌根菌を混ぜてやると非常に花も大きくなることが明らかになりました。
 
 さらに根っこの回りの微生物の中には、植物の生長を促進する微生物(プラント・グロース・プロモーティング・リゾバクテリア:Plant Growth Promoting Rizobacteria PGPR)もいます。VA菌根菌とはまた違うものですが、これをVA菌根菌と組み合わせると、もっと植物の生長がよくなるケースがあります。私はこれまでに有効なVA菌根菌とPGPRの組み合わせを幾つか見出しました。最終的にVA菌根菌は、1990年代前半に、生菌を含む農業用微生物資材(微生物肥料)として商品化され、実際の農業現場や植林現場などで利用されるようになりました。
 
 今でも未解決な問題として残存するVA菌根菌の技術的課題は、低温地域での利用です。すなわち、VA菌根菌は20〜30℃くらいが最も活動する温度領域ですが、北海道・東北地方などの地域ではこの温度帯は非常に限られた季節になり、また冬季は日本中がこの温度帯よりも低い温度になります。そこで、今後は低温域でも活性が高い微生物の開発が望まれています。
 
 
4−2 深度10mまでに棲息する『汚染物質を食べる微生物』
1)汚染土壌の浄化
 次に、深度10メートル程度までの土壌に棲息する微生物を利用した環境汚染物質の浄化技術について述べます。汚染物質は、長い時間をかけて地上から地下深くにしみ込み、土壌や地下水の汚染を引き起こしています。この汚染物質を食べるような、すなわち分解するような微生物を使って、深度10メートル程度までの土壌や地下水を浄化可能な技術の開発に取り組んできました。このような浄化方法は、昨今話題になっている”バイオレメディエーション“という手法です。
 
 図3に示したように、恒久的対策には、掘削して汚染土壌を除去する方法と、そこの場所、すなわち原位置で浄化する方法とに大きく分けられます。掘削除去は、掘削して別のところへ持っていって処理する方法の総称です。具体的な処理法としては溶媒で洗浄したり、高圧熱水で洗浄したり、あるいは焼却することもあります。
 
図3 化学物質汚染土壌・地下水の浄化方法
 
 一方、原位置で浄化する方法には、まず、原位置で分解させないで汚染物質を抽出して除去する方法があります。これには土壌ガス注入とか地下水の揚水という方法が行われています。もう一つは原位置で分解する方法であり、これが最も効率的な方法と考えられています。
 
 この工法として、最近一番行われているのが、生物学的な方法、すなわちバイオレメディエーションやファイトレメディエーションです。前者は微生物を使った浄化という定義になっており、後者は植物あるいは植物と根圏微生物を使った浄化という定義になっています。
 
 ここで少し言葉の意味をご説明します。バイオとは、ギリシャ語の「bios」(生命の意)に語源をもつ欧米諸言語の語幹「bio-」から来た外来語で、ファイトはギリシャ語で植物を意味し、「レメディエーション」はラテン語で修復を意味します。ですので、このような使い分けがなされています。
 
2)生物的浄化方法の特徴
 こういった生物的な方法は、ある程度の時間はかかりますが費用・労力が非常に少ないというのが大きなメリットです。日本でも都市部は別として、少し郊外になると、まだ都市開発はこれからという場所が相当あります。そういうところは高いお金をかけて浄化するということにはなかなかならないので、こういった方法が着目されています。
 
 生物的浄化方法をもう少しかみ砕いて説明します。まず、バイオレメディエーションとは、微生物を利用して土壌や地下水の浄化を行なう技術で、大きく二つに分けられます。一つは、もともと現場に棲息する微生物を、栄養源あるいは有機物質を添加することによって刺激し、増殖させ、汚染物質を分解させる方法(バイオスティミレーション)で、もう一つは、別のところで選んだ非常に分解能力の高い微生物を汚染土壌に投入してやって分解する方法(バイオオーギュメンテーション)です。
 
 今まで国内ではこういった工法による浄化が行われていますが、最も多いのはバイオスティミレーションです。理由は、土着の微生物ということで、バイオオーギュメンテーションに比べて生態系を壊す可能性が少ないということが挙げられます。バイオオーギュメンテーションでは、用いられる微生物が、もともとそこにいた微生物の生態系を壊してしまうのではないかとか、安全のリスクがどうしてもつきまとうのでバイオスティミレーションの方法が最もよく用いられています。バイオオーギュメンテーションについては研究途上という状況です。
 
 次に、必要な経費を比較してみます(図4)。浄化にかかる費用は、「右側が高く、左側が安く」なります。浄化の確実性では、上側が「短期で確実」で、下側は「長期で不確実」となります。
 
図4 各浄化方法のコスト比較
 
3)欠点はなんだ
 そこで掘削除去法をみると、同法は確実であり短期なのですが高価となります。それに対して原位置分解の生物的な方法は、多少不確実な方法で長期間を要しますが安価な方法と考えられます。アメリカでの試算では、掘削除去に比べて、原位置分解の生物的な方法はおよそ1/10〜1/100倍と言われています。
 
 さらに生物的な方法の長所を補足します。生物による汚染物質の分解は常温常圧で進行するので多くのエネルギーの利用を必要としないというメリットがあり、総じて安価であるという点もあげられます。さらに、建物を壊さなくても、建物の下の微生物を活性化するということで原位置での浄化が可能になり、あるいは、低濃度で広域の汚染浄化に適しているなどという特長があります。
 
 一方短所は、そうは言っても浄化に時間がかかるという点があります。土地を売買する場合には事前に浄化が間に合うのかという不安要素が生じるので、特に地価の高いところは不適と考えられます。それから、汚染濃度が高すぎると、さすがに微生物も棲息できず、分解できないといった短所もあります。
 
 また、複数の汚染物質が共存する場合(複合汚染)の浄化には、技術的な課題も多く残されています。すなわち、汚染の種類として、油とか重金属、あるいはダイオキシンのような塩素化合物などの複合的な浄化にオールマイティに効く(分解する)微生物は、なかなか少ないという技術的な課題があります。また微生物による分解の過程で、有害な分解対象物質、または中間対象物質が生成する恐れもあります。
 
 すなわち、微生物は対象物質を、最終的には水と二酸化炭素にまで分解するが、その途中で分解・浄化が止まり、有害な分解対象物質などが蓄積してしまうこともないとは言えないので、若干こういう点が懸念されています。
 
4)分解可能な汚染物質
 生物的な浄化方法によって分解・浄化可能な汚染物質としては、鉱物油、ベンゼン、トルエン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、農薬、PCB、ダイオキシン、環境ホルモン、チッソ酸化物(NOX)、イオウ酸化物(SOX)等が挙げられます。またこれらの分解微生物は主として好気性(酸素が必要)あるいは嫌気性(酸素が不要)の“細菌”に分類されますが、PCBやダイオキシンなどは、キノコ、すなわち白色腐朽菌(ふこうきん)によって分解させる方法が研究されており、近い将来、実用化技術になると見込まれています。
 
 この白色腐朽菌は、木の皮と木肉の間に入り込んで菌糸を伸ばし、最終的には木をボロボロに腐朽させる菌で、木の難分解成分であるリグニンをも分解できるという特徴を持っています。リグニンはPCBやダイオキシンに似た構造であることから、白色腐朽菌はリグニンのみならず、PCBやダイオキシンを分解する能力があると考えられています。
 
 浄化工法には、外から有効な微生物を注入する方法と、もともと棲息(せいそく)している微生物に栄養源を入れたり空気を入れたりして活性化して分解を促進する方法、あるいは何もしないで放っておいて自然の分解をただモニタリングするだけの方法もあります。
 
 これらの方法について複雑性、高度性を評価すると、最初に述べた「外から有効な微生物を注入する方法」が当然ながら複雑かつ高度であり、最後の「自然分解」が最も単純な方法となります。しかし、最後の「自然分解」は浄化に極めて長い期間を要すケースがあるため、我国の実施例の多くは2番目の“もともと棲息している微生物を活性化して分解を促進する方法”が採用されています。
 
 この方法の実際の施工例を紹介すると、例えばVOC(揮発性有機化合物)で汚染されているところに井戸などを掘って、そこに栄養源などを直接注入して、土着のVOC分解微生物を活性化させて浄化を促す工法があります。私もこの工法に関して、土着のVOC分解微生物を活性化させる工法の最適化の研究を進めています。
 
 
4−3 深度500mに棲息する『原油回収に役立つ微生物』
1)原油の回収
 今度はさらに深くなって、深度500メートルに棲息する『原油回収に役立つ微生物』について説明します。
 石油資源は近い将来枯渇すると言われていますが、現在の全世界の埋蔵量から見ると、今までに回収された石油はたかだか30%くらいと試算され、石油の埋蔵量のうち70%がまだ回収されずに残っていると考えられています。
 
 興味深い話しをご紹介しますと、今まで人類が取り出した石油は富士山の体積の何杯分になるかという試算をした研究者がいます。正解は富士山の3分の2で、人類が今までに掘り出した石油の量はこの程度にすぎないのです。油田地帯の地下には、石油がたまっている池があるのではなく、砂岩とか石灰岩、火山岩などの岩石の孔隙(こうげき、すきまのこと)の部分に油が溜まっている岩石帯があるだけです。
 
 石油の埋蔵量が高くても岩石の孔隙に閉じこめられている石油を回収することがなかなか難しく、そのため、これまでいろいろな石油回収(増産)技術が研究されています。そこで、微生物もその中の一役を担えるのではないかということで私が検討した内容をご紹介します。
 
2)中国での実験
 私の研究チームは、中華人民共和国の東北地方にある吉林油田で、1996年から2002年の6年間に渡って微生物を利用した石油回収(増産)技術の研究を行いました。吉林油田は北京の東北にある長春とう東北地方最大の町からさらに車で3時間、延々と原野を走った先にあります。中国最大の油田である大慶油田がもう少し北にあるのですが、地下の油層(岩石帯)自体はつながっていると言われており、私が実際に実験を行ったのは、吉林油田の中の扶余油田と呼ばれる油田です。
 
 油田地帯の地表面は市街地かあるいは一面トウモロコシ畑になっており、石油を汲み上げるポンプが町やトウモロコシ畑のいたるところで上下運動しています。吉林油田の地下では、いろいろな方向に断層が走っており、そこに数千本の石油生産に使う井戸が設置されています。石油生産に使う井戸の中には、石油を汲み上げる井戸の他に、水を圧入して石油を押し出してやる圧入井があります。
 
 私の研究チームが実験を行ったエリアには、石油を汲み上げる井戸が43本、水を圧入する井戸が11本あり、井戸の間隔はおよそ100メートルでした。また、私たちが実験を行った扶余油田には、およそ300〜450メートルくらいの深度に石油を含む岩石が存在しており、その場所の温度は30℃に近い状況でしたので微生物にとっては好都合な温度条件でした。また汲み上げられる流体は石油と水の混合物ですが、その中の水の割合(含水率)は93.8%で、約6%が原油でしたので、石油の生産性が乏しく、石油の増産が望まれている場所でした。
 
 微生物を使って石油を増産できるのではないかということが世界で最初に提案されたのは1926年で、極めて安価な石油増産技術として期待されてきましたが、それから約80年経っても未だに技術が確立されたとは言えず、早期確立が望まれています。そこで私たちの研究チームは、微生物を利用して上記油田から油の増産を図る技術、すなわち「微生物攻法」とよばれる技術の研究を開始しました。
 
微生物攻法のポイントは、岩石のすきまに閉じこめられている石油を回収するために、微生物をすきまの中に入り込ませて石油の増回収に役立ってもらうようにする戦略を構築することです。
 
3)代謝産物の利活用
 そこで、従来の研究では、微生物と栄養源を圧入井から油層内にどんどん圧入してやり、油層内で微生物を繁殖させ、これに伴って様々な代謝物を生産させて、石油を増産する方法について検討が進められています。
 
 石油の増産に対して有効な微生物代謝物としては、これまでに幾つかのものが考えられています(図5)。
 
図5 微生物攻法の概要
 
 まず、微生物は増殖すると二酸化炭素を含んだガスを出します。そうすると油層内の全体の圧力が少し上がり、圧力が上がると石油の排出エネルギーが高まるため、石油の生産性が向上するという考えです。
 
 それから、微生物が繁殖すると有機酸を出すものもあります。炭酸カルシウムでできている岩石(炭酸塩岩)も結構石油を含んでいることが知られており、このような油層では、微生物によって作り出された有機酸が炭酸塩岩を溶かし、閉じこめられていた石油を回収し易くするという仕組みも考えられます。
 
 また、微生物の中には、界面活性物質をつくるものもいます。この微生物と栄養源を油層に入れると、油層の中で微生物が増殖して界面活性物質をつくり、岩石の表面に強固にくっついている石油を、界面活性作用により、乳化(エマルジョン化)というような油の粘度を下げるような効果をもたらして、最終的に石油を回収し易くします。
 
 さらに微生物が作り出す粘性物質も有効と考えられています。特に粘性物質(水溶性ポリマー)を生産する微生物と栄養源を油層に入れると、微生物の増殖に伴って粘性物質が生産され、全体的に油層内の水がドロッとした状況になります。そうすると、ドロッとした水によって、粘度の高い石油が押し出されやすくなり、最終的に石油の回収率が向上します。以上のように、微生物の様々な効果や考え方により、石油の回収率向上が期待されています。
 
4)有用微生物を探す
 上記をふまえ、私たちの研究チームは、最初に、石油を含む岩石の中にどういう土着の微生物が棲息しているのか、また、油層で油と共存している水の中にどんな土着の微生物がいるのかを調べました。前者に対しては、まずリグ(やぐら)を立てて、深度約500メートルまで掘削し、深度300〜500mの岩石をくりぬいて、地上に採取しました。しかしこの作業は時間が読めず、早朝の3時頃に岩石が地上に上がってきたりもするので現場に数日間泊まり込みで調査にあたりました(図6)。
 
図6 油層岩常在微生物の調査
 
 地上に上がってきたコア(岩石を円柱状にくり抜いたもの)は、直ぐに滅菌機材を使って砕き、最終的に微生物を分離したり、DNAを調べたりしました(図7)。また油層内で石油と共存している水中に棲息している土着微生物の調査に対しては、石油と一緒に地上に汲み上げられる水を採取し、コアと同様の微生物調査を行いました。こうして、吉林油田の油層内にどんな微生物が棲息しているのかを予め突き止め、その上で、石油の増産に効果が期待される微生物について検討を行いました。
 
 中国での実験を開始する前に、日本国内の油ガス田から、ガス生産性の高い微生物、酸の生産性が高い微生物、界面活性物質の生産性が高い微生物、あるいは水溶性ポリマーの生産性の高い微生物を分離し、石油の増産に効果が期待される微生物をラインナップしていきました。
 
 そして、これらの微生物の中から、吉林油田の油層内に棲息している微生物と可能な限り異なる微生物を選定し、中国の吉林油田に圧入して、石油の増産効果の評価を試みました。
 
 しかし、ありとあらゆる方法を試行しましたが、結局どの微生物を使っても有効な増油効果をもたらすことができず、気がつくと4年の月日を費やしてしまい、残すプロジェクト研究の期間もあと2年と迫っていました。
 
 そこで、私たちの研究チームが一丸となって、どうしてこれだけ色々なことをやったのに、増油効果が見られないのかについて、考えを出し合って検討をしました。その結果、どうやら2つのことが関与しており、それが決定的な要因だろうということになりました。
 
5)中国の微生物
 一つは、微生物が中国の油田の環境に馴染んでいないのではという点でした。すなわち、これまで実験に使用した微生物は、全て日本で分離したものなので、油田の環境が日本と中国では全く違うのではないかと考えました。
 
 そこで、中国の油田の環境に最も馴染みやすいのは、まさしく現地の微生物であろうと考え、現地の油田から汲み上げられた水や採取した油層岩の中から、石油の増産に効果が期待できる微生物を何とか分離してみることにしました。
 
 さらにこれらの新しい微生物を油層内で優占化する技術を考案すれば、他の微生物にやっつけられることもなく、逆に他の微生物をやっつけながら優占的にどんどん増えて、石油の増産に有効な代謝物を生産することが期待できるだろうと考えました。
 
 もう一つは、日本で分離した微生物をどう使っても増油効果が得られなかったことから、石油の増産メカニズムの考え方に問題があるのではないかと考えました。そこで、もう一度油田の地質構造等を調べ直してみたところ、どうやらこの油田は石油を増産するために、人工的に油層岩に亀裂を作り、油層岩内にある石油を回収してきたという経緯があることが分かりました。
 
 この事実はすなわち、日本で分離した微生物を使った最初の実験で、例えば油層内に界面活性物質を生成する微生物を圧入したとしても、水の通り道付近に存在していた油は既に回収されていたために、増油効果が得られなかった可能性を示しているものと考えられました。
 
 逆に言えば、石油は水の通り道以外のところに残存している可能性があることから、中国の油田に棲息する微生物に、水の流れを止めるようなバイオフィルムをつくらせて、従来の水の流れを塞き止め、水の流れを石油が残存する場所へ向けるようにしむけて、結果として今まで水が到達していないところに存在する油をその水で押し出してやる、ということをやれば石油の増産に対して、何とか起死回生の一打を打てるのではないかという結論に至りました(図7)。
 
図7 石油増産に向けた微生物攻法の概要
(水の流れの閉塞と未回収原油の回収)
 
6)最後の勝負
 そこから最後の勝負をかけた2年間の検討を始めました。まず、水の流れをせき止めるようなバイオフィルムを作る微生物のスクリーニングを始めました。現地の油層から汲み上げられた水や採取した油層岩など、ありとあらゆるものをサンプルとして、実際に栄養源として油層に圧入するモラセス(廃糖蜜)を使って、増殖させ、かつ水に溶けないようなバイオフィルムをつくる微生物を躍起になって探しました。
 
 ある日、スタッフの一人から、たまたま1つの培養ビンを逆さにしても中の培養液が落ちてこないという報告がありました。それはものすごい粘性でした。これがもし水に溶けないものであれば、先ほどのメカニズムに使えるかもしないということで調べたら、どうやら水に溶けないという特徴が明らかになりました。
 
 さらにこの水に溶けないものを、電子顕微鏡で見ると、この微生物はどうやらネット状の水に溶けない高分子物質(ポリマー)をつくっており、我々の仮説に合致することが分かったため、この微生物の評価をさらに深めていきました。
 
 次に、2次スクリーニングとして、まずモラセス(廃糖蜜)をどういう濃度で加えるとネット状のものがどんどんできてくるかという検討を行いました。また、石油増産に利用するには、油田の温度で生育してネット状のものをつくらなくてはいけません。さらに油田の中のpHの影響を受けずに増殖してネット状の不溶性物質をつくる必要があり、さらに油層水の中にはいろいろな成分がありますのでそれらに邪魔されることなく増殖して、ネット状の不溶性物質をつくる必要があります。これらについても検討を行いました。
 
 またもう一つ重要な検討として、油田の中にはいろいろな土着の微生物が棲息しているため、選定した微生物が他の土着微生物を退けて優占的に増えていくかどうかを確認することが必要と考えました。
 
 すなわち、上述のネット状の不溶性物質をつくる微生物も、もともと現地の油層に棲息していた微生物なのですが、これを地上施設で増やして油層内に圧入したときに、油層内に棲息している土着の微生物と競争して増殖するような状況になるため、この微生物の競合増殖性を評価しました。
 
 その結果、かなりの確度で優占的に増えていくということが分かり、一応何とか全ての条件をクリアできそうだと考えられました。
 
7)望みはあるのか
 そこで、いよいよ最後の勝負ということで、この微生物を使って石油の増産を試みました。そのとき、地上に設置した1トンタンクで微生物を培養して、それと地下から汲み上げた原水を混ぜて、3キロメートルぐらいのパイプラインを通して井戸に持っていって圧入するという圧入方法を採用しました。
 
 その結果、何十年にもわたって石油生産量が低レベルで推移していた油田から、少なくとも研究期間終了までの1年間以上にわたり石油の増産が確認でき、ここにきて微生物による増油効果がやっと見えてきました。
 
 最終的なテスト結果として、微生物をモニタリングしながら圧入条件を最適化してやることで、微生物を圧入しなかった場合に比べて、1年間で3倍以上の石油の増産が確認されたのでした。
 
 そこで、ランニングコスト(このシステムを維持するために必要な費用)に関して、経済性評価を行ってみました。ランニングコストに関わるものは、使用した栄養源(モラセス)の購入費用、滅菌に使用した蒸気を作るためのボイラーの燃料(軽油)費、作業者の費用で、当時の油価が1バレル =20米ドルくらいでしたので、当時の為替レートを1 米ドル=118円とすると、日本円で約8,300万円の収益となりました。
 
 現在は1バレルが 約100米ドルの時代ですから、増収額も数億円に登ることになります。また微生物を圧入した場合の増油コストは、ランニングコストでみると、1バレルの石油を増産するのに1.2米ドルのコストを使用したに過ぎないということになりました。
 
 この研究を通して、生きた微生物を地下500メートルのところで操る方法について随分悩み、悪戦苦闘しましたが、何とか最後の1年でよい結果を出すことができました。世界の油田のうち、おそらく80%くらいの油田は微生物を使って増油に導くことが可能と考えられますので、検討次第によってはまだまだ微生物攻法を応用できる余地があると考えています。
 
 
4−4 深度1000〜2000mに棲息する『天然ガスを作る微生物』
1)地下でメタンを作る
 これまでに説明したような検討を経て、今度はもう少し深いところの微生物に挑んでみたくなり、大深度地下油層内に圧入した二酸化炭素を微生物によって天然ガスに変換する技術の研究(図8)に着手しました。
 
図8 地中メタン再生技術の概要
 
 まず、着想の原点ですが、先ほど説明した微生物を利用した石油増産技術の開発経験に加えて、最近、特に重要視され始めている地球温暖化防止対策の中で、今後は原油もさることながら、天然ガスがエネルギー資源の大きな柱になるのではないかということを強く感じ始めていました。
 
 天然ガスは二酸化炭素の排出量が少なく、温暖化防止に役立ちます。また別の視点で、天然ガスの成因説、すなわち、なぜ天然ガスが地下に溜まるのかに対して、微生物起源説というのがあります。微生物起源説には必ず原料として二酸化炭素が必要となります。これは微生物が二酸化炭素と水素からメタンをつくるので二酸化炭素が必要になるわけです。
 
 そこで、今の世の中を見わたすと、世界中の色々なところで二酸化炭素を処理する必要に迫られている状況があるので、二酸化炭素を地下に圧入してやると、天然ガスの成因説の一つである微生物起源説のプロセスによって、天然ガス生成がもっと短時間で起こる可能性もあると考えました。
 
2)一石二鳥の実験
 さらに、エネルギー資源の観点から、油田の中には埋蔵量の60%〜70%の原油が回収されずに残っているといわれていま。これらの原油をとり出すことが難しい油田に対しては、微生物群の力でその原油を天然ガスに変換し、それをとり出すという技術も有効になるのではないかと考えました。以上より、エネルギーの確保と二酸化炭素の削減という、一石二鳥の技術になるかもしれないと考え、こういった研究に取り組むようになりました。
 
 日本の二酸化炭素削減対策においても二酸化炭素の地中貯留は極めて重要な国家レベルの技術と考えられており、相当量の二酸化炭素を地下に貯留することが期待されています。では地下油層でのメタン再生のプロセスをどう考えるかについてですが、まず、油田には必ずキャップロック(帽岩)という岩石構造があって、その中に天然ガス層があり、さらにその下に概ね石油の層があります。
 
 通常はそこのところに井戸を掘って、天然ガスや石油を取り出して工場や家庭で使っています。しかし、国内でもそうですが、次第に天然ガスや石油が枯渇し、空っぽになるので、そこに二酸化炭素を圧入し、油田微生物を働かせてメタンを作らせようという考えなのです。
 
 すなわち、油田にはいろいろな微生物がおり、中には有機物から水素をつくったり、あるいは水素と二酸化炭素からメタンをつくったりする微生物がいるので、それらの微生物を使って油層内で二酸化炭素からメタンをつくれないだろうかかと考えました。
 
 油層内でのメタン生成反応をもう少し補足的に説明すると、油層では、熱水や鉄などの還元剤との反応で水素が出てくるとか、岩石が形成される際に水素が放出されるというようなことが知られています。
 
 したがって、何もしなくても水素は地下でどんどん生成されると考えられますが、さらに積極的に水素を生成させるために、例えば分解しやすい有機物を油層に一緒に圧入したり、あるいは油層内の有機物(原油など)を利用し易くしたりすることにより、油層内の嫌気的な環境でそれらを食べて水素をつくる微生物を元気にさせてやることができないかと考えています。
 
 そして、発生した水素と圧入した二酸化炭素を使って、メタンを生成させ、X年後には、また同じ場所で、天然ガス(メタン)田を再生させることができだろうと考えています。
 
3)X年はいつか
 X年後が1万年後または1千万年後では人類のエネルギー需給にとって何の価値もないことになります。そこで我々は、微生物による二酸化炭素からのメタン再生反応が実際にどれくらいの期間で起きそうかということを検証する目的で研究を行っています。
 
 まず、油ガス田の中に水素やメタンを生成する微生物が存在する可能性がどの程度あるのだろうかということについて調べました。深度1,200〜1600m、温度40〜80℃程度の油層から汲み上げられてくる油層水や原油を調査対象とし、こういった場所に棲息している微生物をDNAレベルで調べました。その結果、地下の油田に存在する油層水、あるいは原油の中には水素やメタンをつくる微生物が多数存在しているということを明らかにすることができました。
 
 次いで、油層内に棲息している水素生成菌、メタン生成菌をとり出してやろうではないかということになり、細長いチューブを使った分離法により、水素生成菌、メタン生成菌の分離に成功しました。
 
 現在では、油層の環境下で微生物がどの程度水素やメタンを作るのかを調べるために、耐熱容器に、分離した水素生成菌やメタン生成菌、油層水成分を入れ、油層の圧力と同じ圧力をかけて培養実験を行っています(図9)。
 
図9 油層環境を模擬した高温高圧下での水素・メタン生成実験
 
 一般に、水素を生産させたりメタンを生産させたりするケースは、生ゴミ処理や家畜糞尿処理のメタン発酵システム等でよくみられますが、これらはほとんど大気圧下の反応で、せいぜい0.2MPaから、やや上がっても0.5 MPa程度の反応です。これに対して我々は油層を対象としているため、その10倍の5 MPaという環境下で、どの程度、水素やメタンの生成能力がありそうかについて調べています。それから油層の温度についても、50℃〜75℃という、高温の油層環境下で、水素やメタンの生成能力を調べています。
 
 さらにこの実験に加えて、岩石という油層内の微小孔隙環境を加味した実験を行っています。実験には、べレアサントストーンという砂岩を用い、その中に水素生成菌、メタン生成菌、基質(えさ)を充填して、どういうふうに水素やメタンができてくるかを調査しています(図10)。
 
 
図10 油層環境を模擬した高温高圧微小孔隙条件下での水素・メタン生成実験
 
4)国際的な新技術をねらえ
 これまでの検討の結果、まず糖類を基質(えさ)とした加速実験を行ったところ、油層の高温・高圧、微小孔隙条件下でメタン生成がかなりのペースで起こり得ることを確認しました。また油層内に残存する原油を利用して水素を生成させ、最終的にメタンに変換するプロセスも有望であることも明らかになりつつあります。
 
 また、秋田の八橋油田を例にとって、ここに二酸化炭素を圧入してメタンを生成させたとすると、これまでに得られた実験結果から、我が国の1年間の天然ガス消費量の数%に相当するメタンを生産できる可能性もあることが分かってきました。これらのことからかなり実用的な技術になり得るのではという期待環にふくらんだ希望を持っているところです。
 
 これまで我国はエネルギーを手に入れるために、長い間、その対価を相手国に支払ってきました。しかし今後はエネルギーを供給してもらう見返りに対価のみを払うのではなく、我国独自の技術を海外諸国に提供していくということが必要とされる時代になるのではないかと思います。
 
すなわち、今後は、我国独自のエネルギー関連の技術力が重要になり、私たちが研究を進めている技術が、我国の重要なエネルギー技術の一つとなればという思いでいま現在も研究を進めていいます。
 
4−5 地面の下の微生物の可能性
 ここ20年の間に、少しずつ地下微生物が解明されつつありますが、地下微生物の理解は氷山の一角にも至っていないと言っても過言ではありません。そして、地下微生物には、これまでに説明したように、地上の常識から考えられないような、想像もつかないような特徴や機能を有しているものが、どうやらまだまだ存在している可能性があるのです。
 
 そのため、地下微生物の無限の可能性を科学的にどう料理するかというのが、これからの重要な課題であり、地下微生物学の醍醐味とも言えるべきものと思います。今後、多くの若い研究者が、地下や深海底に生息している未知なる微生物の新しい世界に入り、更なる発展の礎を築いてくれること願っています。
 
 
平成20年10月13日
著作者 藤原 和弘
中外テクノス(株)
バイオ事業推進室
室長 工学博士
 

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