第56話
  桜(さくら)
 

 
 
「主な対象読者」
 特定の年齢層を対象とするのでなく、
 美しさを感じられる人達に読んでもらいたく、
 日本人に古くから親しまれているサクラを話題にしてみました。
 古事記や日本書紀にも記載があるサクラに
 現代の若者にも関心をもってもらえればと願っています。
 
 
 
本 文 目 次
 
著者 小倉治夫
 

 
 
第56話 桜(さくら)
 
はじめに「サクラのお話」
 サクラは富士山とともに、日本人の心の糧(かて)のひとつでありましょう。古くからサクラといえば、ヤマザクラをさしたものですが、今ではソメイヨシノが主流になっています。皆さんもよく知っていると思いますが、サクラは菊とともにわが国を代表する花として知られています。昔は「花」と言えば、サクラの花をさしたものです。
 
平安時代の歌人西行(さいぎょう)の歌にサクラを詠んだ有名な歌があります。
   願はくは 花の下にて春死なん
    そのきさらぎの 望月のころ  西行
俳句の世界でも春の季語ですから、多くの名句が知られています。
   花の雲 鐘は上野か 浅草か   芭蕉
 
       旧500円札両面(表:サクラ 裏:富士)
 
 100円硬貨の裏面のデザインが桜の花であることはこのことの証(あかし)と言えるでしょう。また、旧500円札では表面がサクラで裏面が富士山のデザインとなっています。
しかし、サクラはヒマラヤにもありますし、コーカサスやアルメニア高地にもあります。
 
 国内のサクラには多くの園芸品種がありますが、原種のサクラはヤマザクラ、オオシマザクラ、エドヒガンザクラなど10種類くらいが主なものでしょう。しかし、これらをもとにして多くの園芸品種(600種以上)がつくられています。
 
 ここで紹介するのはその中のいくつかで、すべてをお話しするものではありません。上野公園には約50種類のサクラがありますから、お花見ではなくてサクラの観察に出かけることをお勧めします。上野公園で桜地図をご覧下さい。秋から冬にかけて花を咲かせる種類もあります。それでは東京都内にあるサクラを見学する散策にでかけましょう。
 
上野公園桜マップ(上野桜守の会)
*ここに掲載してあります「上野公園桜マップ」は、東京都建設局東部公園緑地事務所から転載の許可を得ています。尚、著作権は「上野桜守の会」に属します。
 
 
1.ヤマザクラ
 ヤマザクラは吉野のサクラで有名です。万葉集などの古い歌集にはサクラを詠んだものが沢山あります。各地に樹齢何百年を数える銘木が残されています。ヤマザクラは、一般には花といっしょに葉も出てくるもので、花の色も白から赤みを帯びたものなど種類が多いようです。
 
 写真の光林寺(南麻布:光林寺橋前)には江戸時代、近くに幕府の薬草園があって、サクラの名所でした。今でも、当時をしのばせる「薬園坂」の名前が残っています。
 


光林寺のヤマザクラ
(2007年3月31日撮影)
光林寺のヒュースケン墓
(2007年3月31日撮影)
 
 光林寺には幕末の混乱期に若い命を散らせたヒュ−スケンの墓が残っています。ヒュ−スケンは、アメリカ公使ハリスの秘書兼通訳官として活躍したオランダ人で、ドイツ語、フランス語、英語に通じたうえに、日本語も理解した有能な青年でした。攘夷(じょうい)武士の襲撃によって27才という若さで世を去ったけれども、今でもお墓には献花と供物が絶えません。命日には、アメリカ大使館からおまいりに来る人が沢山いて、いつ行ってもオランダの銘酒BOLS が供えてあります。
 
 ヒュースケンのもう一つの業績は、わが国の写真術の発祥に貢献したことであります。
このことは彼自身も知らなかったことと思われますが

詳しいことは、 「鬼平散歩8<http://www1.kamakuranet.ne.jp/tsuda/onihei8.html
【光林寺】の項をご覧下さい」
 
金王八幡・光林寺・北里研究所・増上寺サクラマップ
 
 
2.オオシマザクラ
 オオシマザクラは、葉の成長と同時に花を咲かせるサクラで、白い花が特徴です。ソメイヨシノとほぼ同じ頃に花を開きます。
 
 花や葉の匂いがよいので、花茶(桜湯)や桜餅の材料にします。熟した実はカラスの好物で、カラスはこのサクラの実を遠くまで運んでいます。
 




 松戸のオオシマザクラ
 (2007年3月31日撮影)
 
 
 
 
 
 
 
 
3.エドヒガンザクラ
 エドヒガンザクラは、春の彼岸の頃に満開になりますから、早咲きのサクラです。このサクラも長寿サクラとして知られ、増上寺のサクラはこのエドヒガンザクラが多いので、お彼岸のお墓参りの時にはいつも花見をします。
 
 エドヒガンザクラはサクラの中でも一番長寿サクラの品種であります。日本三大桜の神代桜(山梨県北杜市実相寺:樹齢2000年)や淡墨桜(岐阜県本巣市:樹齢1500年以上)はこの種類の古木です。
 
 
 
 
 
 増上寺のエドヒガンザクラ
 (2007年3月23日撮影)
 
 
 
 
 
 
 エドヒガンザクラは、いろいろのサクラの園芸品種の親木としても大切な種類です。ソメイヨシノもエドヒガンとオオシマザクラの子孫です。
 
 
4.ソメイヨシノ
 ソメイヨシノは、江戸時代の末に染井村(現在の駒込あたり)の植木職人達が育成したものです。オオシマザクラとちがって、葉が出る前に花が開いて満開になりますから、花が豪勢に見えます。花はエドヒガンより大きくて、今ではサクラの主流になっています。サクラの開花予想もこの花を基準にして発表されています。しかし、オオシマザクラやヤマザクラやエドヒガンに比べて短命で、最盛期は50年から60年くらいです。
 

 


   北里大学白金キャンパスのソメイヨシノ
       (2007年3月23日撮影)
 
 東京タワーを背景にした増上寺の
 ソメイヨシノ(2003年4月6日撮影)
 
 



上野公園入り口のシダレザクラ
この木の前に早咲きの大寒桜があります(2007年3月29日撮影)

 
 
5.シダレザクラ
 シダレザクラは、エドヒガンザクラの変種で、花がきれいな八重と一重の混じりで枝が大きくしだれます。シダレザクラは、上野公園の入り口(上の写真)にもありますが、大噴水の側や五条天神にもあります。
 
 
6.ヤエベニシダレ(秋色桜・志賀桜)
 ヤエベニシダレは、八重サクラの基本的なもので、エドヒガン系のしだれサクラの一種です。上野公園の清水観音堂の裏にあるサクラは秋色桜(しゅうしきざくら)と呼ばれているヤエベニシダレザクラです。
 
 秋色(しゅうしき)は、山田家(やまだや)の娘で宝井其角(きかく)の弟子となって俳諧をたしなんだ人です。13才のときに寛永寺の公寛法親王に認められました
 
   井戸端の 桜あぶなし 酒の酔  秋色
 
 という句でこのヤエベニシダレは秋色桜と呼ばれるようになりました。山田家は今では、三田の慶応義塾大学前で営業しているお菓子屋で、名物の秋色最中、秋色汁粉、秋色羊羹などを売っています。先祖の俳句一つが代々の家業に大きく寄与している良い例になるでしょう。
 


 
   
   上野恩賜公園にある秋色桜【9代目】       秋色の井戸と句碑
 
 北里大学白金キャンパスの正門右手にあるコッホ・北里祠の前にある2本のしだれサクラもこのヤエベニシダレ(仙台八重枝垂、仙台小桜)で北里研究所創設のとき(大正3年)赤痢菌の発見者の志賀潔博士が故郷仙台から移植した約30本の生き残りであります。詳しいことは、「白金散歩・植物考<http://sialic.hp.infoseek.co.jp/psummary.html
【コッホ北里祠周辺の項】をご覧下さい」
 
 
 
 
 志賀潔博士が仙台から移植した
 「志賀桜【筆者小倉命名】」
  左手にコッホ・北里神社
 (2004.3.26本館屋上から撮影)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 道路側からみた「志賀桜」
 このところ、大分老化して
 手前の樹の開花はおくれた
 (2004.3.26撮影)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 このサクラは平安神宮のサクラと同種ですから多くの方々が見ておられると思います。また、有名な日本三大桜のひとつ三春滝桜(福島県三春町:樹齢1000年以上)もこの桜の仲間です。
 
 
7.金王桜
 渋谷にある金王八幡社は、渋谷氏の先祖が源頼義の東征のときに、八幡大神を迎えて創建した名高い神社です。この社に源頼朝が渋谷氏の子孫の金王丸に与えたサクラという金王桜があります。このサクラは八重とひとへの花を咲き分ける広重の錦絵にもある銘木ですが、現在の金王桜は何代か後のものです。このサクラは宝泉寺にも戦後植えられた樹が花を咲かせています。金王桜の根方には、芭蕉の句碑があります。
 
  「しばらくは 花のうへなる 月夜かな はせを」
 
金王八幡社の金王桜(2004年4月7日撮影)
 
金王八幡社にある芭蕉の句碑
   (2004年4月7日撮影)
 
 金王桜は近くの氷川神社や宝泉寺にもありますが、戦後に植えられたものです。
詳しいことは、「鬼平散歩9<http://www5.ocn.ne.jp/~sial/
【金王八幡宮の項】をご覧下さい」
 
 
おわりに
 サクラ見学はいかがでしたでしょうか。大都会である東京にも意外に思えるほど、古くからの桜の名所がいまもたくさんあります。ここでは、東京で普通に観られる7種類のサクラを訪ねました。この7種類のサクラの特徴などをまとめると、次の表のようになります。
 
表 サクラの性質
サクラの名称 特  徴
ヤマザクラ 長寿 花といっしょに葉もでる 花の色は白から赤みまでいろいろ
オオシマザクラ
 
葉の成長と同時に花を咲かせる 白い花が特徴 花や葉の匂いがよい 花茶(桜湯)や桜餅の材料になる
エドヒガンザクラ 樹齢二千年の老木もある 一番長寿な品種 早咲きのサクラ
ソメイヨシノ 短命 最盛期は50年から60年 葉が出る前に花が開いて満開
シダレザクラ エドヒガンザクラの変種 花はきれいな八重と一重の混じり
ヤエベニシダレ 八重サクラの基本 エドヒガン系のしだれサクラ
 
 この7種類の違いは、多分遺伝子のわずかな差によるものと思われます。しかし、一般に「赤い遺伝子」が存在すると赤い花(AA)が咲き、「赤い遺伝子」がないと白い花(aa)が咲きます。白やピンクの花を咲かせる遺伝子は存在しないので、赤い遺伝子の半分が働くとピンクの花(Aa)になるはずです。
 
 この7種類だけを観察しても、50年程度の短命なサクラもあれば、樹齢2000年を超す長寿のサクラもあり、葉より先に咲くサクラもあれば、花と一緒に葉がてる種類もあり、更には一重や八重など、いろいろなサクラがあることが判ります。長寿と短命の違いは、私たち人間にとっても興味ある現象です。
 
 ここまで読んでくれた諸君のなかから、寿命の違いなどに興味を持って将来の生物学の旗手となる人がでることを期待しています。
 
 
 
ご意見などがありましたら<ogura★juno.ocn.ne.jp>の★を@に変更してメールをください。
 
2008年11月16日
著作者 小倉治夫
北里大学名誉教授
薬 学 博 士
 

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