第58話
 シリーズ 水中の不思議なミクロの世界 〜その5〜
  水生動植物の病原体 −増・養殖業にとっての大敵−
 

 
「主な対象読者」
 シリーズ・水中の不思議なミクロの世界の最終回「その5」は、これまでの読者としての高校生やそれより若い生徒には少は難しい内容なので、大学生および成人、特に増・養殖業関係者を対象読者と考えました。水産生物の病気に関する最新の知識を提供したつもりです。
 
本 文 目 次
  1.水産生物(魚介類と藻類)
  2.200海里漁業規制と水産増・養殖
  1.水産生物の病気の区分
  2.水産生物の病気の原因
  3.偏性病原体と条件性病源体
  4.人魚共通病原菌
  1.魚類の病原ウイルス
   1)伝染性膵臓壊死症とその原因ウイルス
   2)伝染性造血器壊死症とその原因ウイルス
   3)その他の魚病ウイルス
  2.甲殻類と貝類の病原ウイルス
  3.水生哺乳類の病原ウイルス
  1.魚類の病原細菌
   1)せっそう病とその原因菌
   2)ビブリオ病とその原因菌
   3)カラムナリス病とその原因菌
   4)連鎖球菌症とその原因菌
   5)その他の魚病細菌
  2.甲殻類、貝類などの病原細菌
   1)甲殻類の病原細菌
   2)貝類とウニの病原細菌
   3)水生哺乳類、爬虫類、両生類の病原細菌
  1.魚類の病原真菌
   1)ミズカビ病とその原因菌
   2)その他の真菌様感染症とその病原体
  2.甲殻類の病原真菌
  3.両生類の病原真菌
  1.魚類の病原原虫
   1)イクチオボド症とその原因原虫
   2)白点病とその原因原虫
   3)その他の魚病原虫
  2.貝類の病原原虫
  1.海藻の病原細菌
   1)ノリの緑斑病と関連細菌
   2)マコンブの赤変病とその原因菌
  2.海藻の病原真菌
   1)ノリの赤ぐされ病とその原因菌
   2)ノリの壷状菌病とその原因菌
著作 野村節三
 

 
 
第58話 シリーズ 水中の不思議なミクロの世界 〜その5〜
     水生動植物の病原体 ―増・養殖業にとっての大敵―
 
 
はじめに
 これまでのシリーズでは、水界(陸水や海水)とそこに生息する微生物を中心として、それに関わりをもつ生態系を説明してきました。その微生物のほとんどは生物界の底辺を支えながら、水界環境を維持している重要な働きをもった微生物であることが理解できたと思います。
 
 そこで、本シリーズの最後として、水生動植物の病気とその病原体について、それぞれと深い関わりがある水産増・養殖の話から始め、順を追ってミクロの世界へ案内します。
 
表1.水産生物
水産生物の区分 主な用途
 水産動物(魚介類)
  魚類
  甲殻類(カニ、エビ)
  貝類(アワビ、サザエ、アサリなど)
  その他(タコ、イカ、ウニ、ナマコ、サンゴなど)
 水産植物(藻類) (コンブ、ワカメ、テングサなど)

食用、観賞・観覧用
食用、観賞・観覧用
食用、観賞用、装飾用
食用、観覧用、装飾用
食用、薬用、糊用
 
 
第一章 水産生物とその増・養殖
1.水産生物(魚介類と藻類
 水産生物というのは、生物学上の分類区分ではなく、産業上の用語で漁業・水産業の対象になる水界の有用生物を指します。水産生物は、人類が古代から利用してきたきわめて重要な食料資源です。
 
 ところが、現在は地球規模での海洋の環境変化や乱獲によって、水産生物資源が減少しつつあり、その確保が大きな課題になっています。
 
 水産生物は動物と植物に分けられます。水産動物の代表は、いうまでもなく食用魚類ですが、エビ、カニ(甲殻類)などの節足動物、アサリ、ハマグリ、カキ、ホタテガイなど種々の二枚貝(斧足類)とアワビ、トコブシ、サザエなどの巻貝(腹足類)やタコ、イカ(頭足類)などの軟体動物、ウニ、ナマコなどの棘皮(きょくひ)動物、ホヤのような原索動物も食用として重要です。
 
 また、日本の地方によってはスッポン(爬虫類)やヤツメウナギ(円口類)も食用にされますが、中国南部ではカブトガニ(節足動物)、ホラガイ(軟体動物)、ヒモムシ(紐形動物)も食用にされています。
 
 また、食用以外で特殊な水産動物の例としては、貴重な装飾品である真珠をつくるアコヤガイ(軟体動物)、珊瑚(さんご)の材料になるサンゴ(腔腸動物サンゴ虫類)、鼈甲(べっこう)の材料になるウミガメの1種タイマイ(爬虫類)などがあります。
 
 一般にこのような有用水産動物を総称して魚介類とよんでいます。その他に漁業・水産業の対象外の観覧・観賞用として、水族館、動物園などで飼育されている多種類の水生動物がいます。
 
 一方、水産植物といえば種々の有用な藻類です。有用藻類は、地方によっては淡水藻類もありますが、そのほとんどは海藻で、有用海藻としては食用のノリ、コンブ、ワカメ、ヒジキ、マツモなどと、寒天の原料であるテングサのほかに薬用の海人草(マクリ)やフノリのように古くから糊料(ときに食用)にされる海藻もあります。
 
 
2.200海里漁業規制と水産増・養殖
 前に述べたように魚介類と藻類は、古くから人類の重要な水産資源で、その資源を確保するのが、第一次産業である漁業(水産動植物を漁獲、増・養殖する産業)または水産業(漁業のほかに加工も含む産業)です。
 
 世界各国で遠洋・沖合い・沿岸漁業(漁労)が盛んに行なわれ、日本でも第二次世界大戦後の昭和30(1955〜1964)年代の高度経済成長期に水産物の需要が急増し、水産業に関係した技術(造船、合成繊維、コンピューターなど)の発展に伴って、日本は昭和43(1968)年頃には漁獲高もペルーに次ぐ世界第二の漁業国になりました。
 
 ところが、その後は地球規模で海洋環境の変化、乱獲などによって、じょじょに水産生物資源が減少し始めました。こうした中で、各国では漁業海域を沿岸から200海里(約370キロメートル)までとする規定が南米諸国から世界各国に広まって、アメリカ、カナダ、ノルウエー、日本(1976〜1977年)もこの設定に踏み切ることになったのです。いわゆる、「200海里時代」の到来です。
 
 そこで、各国では水産資源を確保・供給するために、これまでの漁労(獲る漁業)だけに頼らない増・養殖(造る漁業)への転換が図られました。そして、その技術が進歩して各国で漁労と並行して種々の魚介類や藻類の増・養殖業が盛んになり現在に至っています。
 
 増殖とは水産動植物の成長初期まで人為的に育ててから、放流または移植して自然の水界でその成長や繁殖を促すことです。また、養殖とは水産動植物の生活史の大部分を淡水や海水中で人為的に管理(飼育・栽培)することです。しかし、実際にはこれを厳密に区別できない場合もあります。
 
 
第二章 水産生物の病気
1.水産生物の病気の区分
 このように、水産生物の増・養殖が盛んになるにつれて、各国で新たな問題がおきてきたのです。それは水産動植物の病気です。また、水産増・養殖以外にも規模は小さいのですが、水族館、動物園、熱帯魚などを扱うペット・ショップでも水生動物の病気が問題になっています。
 
表2.水産生物の病気
病気の区分 病気の原因
感染による病気(感染症)
寄生による病気(寄生病)
環境異常による病気
栄養異常による病気
ウイルス、細菌、真菌
原生動物(原虫)など
環境水悪化、過剰飼育など
栄養不足、過剰投餌など
 
 正式に病気が報告された水産(水生)生物は、動物としては多種類の淡水・海産魚類、エビ、カニ(甲殻類)、カキ、ホタテガイ、アワビなど(貝類)、ウニ(棘皮動物)、イルカ、アザラシ、オットセイ(哺乳類)、ウミガメ(爬虫類)、カエル(両生類)です。また、植物では海藻のノリ(紅藻類)とコンブ(褐藻類)です。
 
 なお、自然界の動物にもまれに病気が発生します。南米アマゾンの淡水イルカやシベリアのバイカル湖にいるバイカル・アザラシなど水生の哺乳類がその例です。
 
 水生生物の病気はその原因によって、次のように分けられています。
  1)ウイルス、細菌、真菌による感染症、
  2)原虫その他(下等動物)による寄生虫病、
  3)環境水の異常による病気(水質悪化、毒性物質、酸素不足、窒素ガスなど)
  4)餌料、飼料からの栄養異常による障害。
 
 水生生物の病気の中で、魚介類のウイルス、細菌、真菌による感染症と原虫などによる寄生虫病が種類も多く被害が大きいことから、世界の水産増・養殖業界では深刻な問題となっていますので、それらの研究も進展して種々の対策がなされています。
 
 では、なぜ水生生物とりわけ水産生物の病気が世界中に広がったのでしょうか? 次項で述べるようにその原因は、淡水や海水の自然環境の変化と人為的な過度の飼育または成育条件にあるといえるでしょう。
 
 
2.水産生物の病気の原因
 自然界にはこれまでのシリーズで述べたように、多種類の微生物が生息していますが、そのほとんどは普通に存在して、病気の原因にはならない微生物(常在微生物)です。
 
 これに対して、人をはじめ多くの動植物に病気をおこす微生物(病原微生物:病原体)も少なくないのです。病原体は、ウイルス、細菌、真菌、原虫で、この中で細菌と真菌を病原菌とよんでいます。
 
 さて、水産生物の発病と伝染には水温、水質などの自然環境の変化に加えて、水産生物の飼育または成育条件が関係しています。その条件について魚類の感染症(魚病)を例にして、いくつかの原因を挙げてみます。
 
 まず、比較的狭い水域(水槽)で、多数の魚類が飼育(過剰飼育)されていると、環境水(飼育水)の循環または浄化が充分なされていない場合には、餌料(生物)や飼料(人工的な餌:配合飼料)の与え過ぎ(過剰投餌)で、その食べ残し(残餌)や糞がたまってそこに種々の微生物が増殖します。
 
 その中に次項で述べるような病原体がいても不思議ではないのです。また、魚類では魚卵や幼・稚魚の時期にすでに病原体を体内にもっている保菌卵や保菌魚も感染源になります。次に狭い水域では多数の魚類にストレスがたまり、魚の個体間や内壁で擦れることで、魚体を護っている粘液が剥がれたり負傷しやすく、その体表や傷口から病原体が侵入(感染経路)する場合も多いのです。
 
 一方、栄養分の不足や過多によって、体内での代謝に異常をきたし、病原体から身を護る免疫機能が低下すると、種々の病原体に感染・発症しやすくなります。
 
 一旦、個体に魚病が発生すると、陸上より水中のほうが伝染しやすく、多数の魚が大量死(斃死)して大被害をもたらすのです。そこで、魚病の拡大を防ぐために抗生物質やその他の化学療法剤が投与されますが、その度が過ぎると(過剰投薬)、厄介なことに病原菌はその薬剤に強くなって、次に同じ薬剤を投与しても効かなくなるのです。これを薬剤耐性といいます。ときには病原菌の中には多剤耐性菌も出て薬剤で治療ができなくなることがあります。
 
 このような状態が悪循環して魚病が世界中に広がったと考えられ、このことはほかの水生動植物にもほぼ当てはまるのです。
 
 
3.偏性病原体と条件性病原体
 魚病学の分野では病原体は、その生息する環境や感染・発病する条件によって2群に分けられています。
 
 その一つは自然界で宿主(病原体が感染して発病する生物体)から離れては生存できない病原体で、これを偏性病原体といいます。例えば、後で述べるサケ科魚類のせっそう病菌はその病気に罹った魚や保菌魚がいない水界にはいないので偏性病原体です。そのほかサケ科魚類の細菌性腎臓病菌やブリの類結節症菌なども偏性病原体です。
 
 これに対して病原体といってもその多くは、通常、淡水や海水中、動物の体内や体表に生存している常在性です。ところが、水生生物が好適な環境で飼育・管理されていれば発病することはないのですが、前項で述べたように飼育環境が悪化して、水生生物に負傷や衰弱などの障害がおきると初めて病原体に感染します。このような病原体を条件性病原体といいます。その例はウナギのカラムナリス病菌や一般魚類のビブリオ病菌です。
 
 なお、医学分野では偏性・条件性病原体という語は使われていないのですが、前者に当たるのがペスト菌やチフス菌で、後者にはブドウ球菌や連鎖球菌があり、中にはセラチア・マルセッセンス(霊菌)のように日和見感染菌といわれる細菌もあります。
 
 
4.人魚共通病原菌
 ときおり「病気に罹った魚からその病原菌が人へ感染することはありますか?」と質問されることがあります。つまり、人と魚との共通病原菌が存在するかということです。
 
 それについて厳密に特定することは困難です。なぜなら、病原菌の属と種(しゅ)のレベルでは、人と魚の共通病原菌は確かに存在します。それは人の食中毒菌であるコレラ菌の1種ナグビブリオ、腸炎ビブリオ、ボツリヌス菌、エロモナス・ヒドロフィラのほか人の病原菌であるビブリオ・ブルニフィクスやエドワルドジエラ・タルダは魚類の病原菌としても知られています。
 
 しかし、これらの病原菌の種の下の菌株または変種のレベルで、同じ菌株が人と魚の両方に病原性があるか、別の菌株であるかは不明です。このような現状からすると人魚共通病原体は、ほとんどいないといえるのですが、ただ、1例だけ人魚共通病原体といえる細菌があります。
 
 それは古くは魚結核症とよばれた魚病の原因菌ミコバクテリウム・マリナムで、最初に外国の水族館で飼育されていた海水魚で見つかった病原菌です。症状は人、牛、鳥の結核に似た慢性的な病気ですが、毒性は弱く致死性はないのです。この病気には水族館員や熱帯魚業者がまれに感染し治癒しにくいのが難点です。
 
 
第三章 水生動物の病原ウイルス
 魚類のウイルス感染症(ウイルス病)は被害の点から最も重要な魚病の一つです。ここでは魚介類(魚類、甲殻類、貝類)と水生哺乳類の主な病原ウイルスについて述べます。
 
表3.水生動物の病原ウイルス
核酸による区分 ウイルスの種類(科)
DNAウイルス

RNAウイルス

 
 ヘルペスウイルス、イリドウイルス
 バキロウイルス、パルボウイルス
 ビルナウイルス、ラブドウイルス
 トガウイルス、レトロウイルス
 ノダウイルス
 
 
1.魚類の病原ウイルス
 魚病ウイルスともよばれ、現在16種以上が知られています。その代表は、サケ科魚類の伝染性膵臓壊死症ウイルスと伝染性造血器壊死症ウイルスです。
 1)伝染性膵臓壊死症とその原因ウイルス
 1940(昭和15)年より前からアメリカでカワマスの稚魚の主に膵臓組織が冒される(壊死:えし)病気が知られていて、1960(昭和35〜44)年代になってその原因がウイルスであることが判り、魚類ウイルスとして初めて伝染性膵臓壊死症ウイルスと名付けられました。日本では1964(昭和39)年頃からニジマスの稚魚に発生し、その後、被害が全国に広がったのですが、現在はあまり問題にはなっていません。
 
 原因ウイルスは、正二十面体(60ナノメートル)で遺伝子核酸として2本鎖RNAをもち、近年に分類されたビルナウイルス科に属します。この科のウイルスは、魚類や甲殻類など水産動物のウイルスとして知られています。
 
 2)伝染性造血器壊死症とその原因ウイルス
 古くからアメリカ西部でベニザケ、マスノスケ、ニジマスの稚魚に発生したウイルス病が知られていました。1969(昭和44)年にカナダのニジマス孵化場で死亡率が高い魚病が発生し、その原因として新しいウイルスが分離され、病魚の腎臓と脾臓とくに腎臓の造血組織が激しく冒される(壊死)ので、その原因ウイルスは伝染性造血器壊死症ウイルスと名付けられました。
 
 日本では1971(昭和46)年に北海道でヒメマスの稚魚に発生してから、ベニザケ、ニジマス、ヤマメ、アマゴの稚魚や成魚にも発生し、全国的に大きな被害を及ぼしています。
 
 原因ウイルスは珍しい砲弾形(160〜180ナノメートル)で、遺伝子核酸として一本鎖RNAをもつラブドウイルス科に属します。人や陸生の肉食動物のウイルス病である狂犬病の原因ウイルスはラブドウイルス科の代表です。
 
 3)その他の魚病ウイルス*
 サケ科魚類には上記のほかにヘルペスウイルス(DNA)による病気もありますが、このウイルスはコイ、メバル、ヒラメなどの魚病ウイルスでもあります。また、サケ科魚類のウイルスとして、トガウイルス(RNA)やレトロウイルス(RNA)が知られています。
 
 そのほか、イシダイ、ハタ、シマアジなどのノダウイルス(RNA)、ブリのビルナウイルス(RNA)、ブリ、マダイ、スズキ、ヒラメ、チョウザメのイリドウイルス(DNA)もときに被害をもたらす魚病ウイルスです。
 :カッコ内は遺伝子核酸
 
 
2.甲殻類と貝類の病原ウイルス
 甲殻類の中ではエビのウイルス病が知られています。とくに日本で養殖されているクルマエビや中国および東南アジア産のウシエビ、ピンクシュリンプ、ブラウンシュリンプなどの幼生が種々のウイルス病に罹ります。
 
 その原因は、節足動物とくに昆虫のウイルスでもあるバキロウイルス(DNA)で、エビの中腸腺(軟体動物の肝膵臓)、皮下、造血組織、リンパ様器官が冒されます。そのほかにブルーシュリンプの皮下や造血組織を冒し、本来はウシ、ネコ、ブタのウイルスでもあるパルボウイルス(DNA)が報告されています。
 
 また、貝類のウイルス病として、日本でも古くから養殖されているマガキやポルトガルのカキのえらや面盤が冒されるウイルス病があり、その原因はイリドウイルス(DNA)です。
 
 
3.水生哺乳類の病原ウイルス
 十数年前、シベリアの淡水湖であるバイカル湖に生息しているバイカル・アザラシの病気が問題になりました。その原因としてある種のウイルスが疑われていますが、詳しいことは明らかになっていません。
 
 世界で最も深く透明度も一、二のバイカル湖ですが、その水質環境の悪化によって、特有の生物にも感染症が発生したことは大きな警鐘になっています。
 
 
第四章 水生動物の病原細菌
 水生動物の細菌感染症(細菌病)は、魚病の中でも最も古くから知られ、その種類も多く、その上、大きな被害をもたらしていますので、世界の水産増・養殖業界にとっては深刻な問題です。ここでは種々の魚介類(魚類、甲殻類、貝類、棘皮動物)のほかに水生の哺乳類、爬虫類の病原細菌について解説します。
 
 
表4.水生動物の病原細菌
細菌の区分 細菌の種類(属)
グラム陽性菌

グラム陰性菌


抗酸菌
放線菌
細胞寄生性菌
 ストレプトコックス、ラクトコックス
 レニバクテリウム
 エロモナス、ビブリオ、フラボバクテリウム
 フレキシバクター、シュードモナス
 フォトバクテリウム、エドワジエラ
 ミコバクテリウム
 ノカルジア
 リケッチア、クラミジア
 
 
1.魚類の病原細菌
 魚病細菌ともよばれ、現在では魚介類の病原細菌は40種以上知られていますが、そのほとんどが魚類の病原細菌です。ここでは筆者らが研究した魚類病原菌を含めて、主な細菌病とその原因菌について述べます。
 
 1)せっそう病とその原因菌
 せっそう病は、19世紀末にドイツで最初に報告され、最も古くから知られた代表的なサケ科魚類の細菌病の一つです。この魚病の典型的な症状は、病魚の体側部に膨隆した患部ができることで、それはかつて“せっそう”とよばれていました。後になって、その医学用語が誤認であったことが判りましたが、長年の慣用でこの病名になっています。
 
 この魚病は現在オーストラリアとニュージーランド以外の全世界に広がっています。日本では1929(昭和4)年頃から長野県でニジマスに発生して以来、主に淡水性のアマゴ、ヤマメ、ヒメマス、イワナなどに被害が及び、現在はサケ科魚類のほとんどと他の魚類にも感染することが知られています。
 
 症状は進行すると体表に膨隆部が生じ、筋肉、内臓(腸管、肝臓、腎臓)などに出血や潰瘍化がおこり遂には死亡します。
 
 せっそう病菌は、エロモナス・サルモニシダです。サルモニシダはサケを殺すという意味です。形は短い桿(棒)状(長さ:1〜2マイクロメートル)で、菌体の外へ褐色色素(メラニン様)を出すことが特徴です。後述しますが、同種で褐色色素を出さない亜種もあります。
 
 一般に病原菌がもっていてその症状をおこす原因物質を病原因子または毒力(性)因子といいます。せっそう病菌の病原因子として、この細菌の細胞構成体、菌体の外へ出す毒素(白血球溶解因子、溶血毒素)や酵素(タンパク質分解酵素)が知られています。
 
 筆者らはその一つである溶血毒素(魚の赤血球を溶かす物質)を初めて単離(純粋な物質として分離・精製すること)して、その詳しい性状を明かにしました。その結果、高分子(大きな分子)の糖タンパク質であることが判り、せっそう病菌の学名からその溶血毒素をサルモリジンと命名(サルモはサケの意、 リジンは溶かす毒素の語尾)しました。また、この毒素を無毒化したトキソイド(抗原)を魚へ接種すると、魚体内でその抗体ができてせっそう病の感染・発病を抑えることが確認されました。
 
 せっそう病の治療には、サルファ剤や抗生物質が有効ですが、耐性菌が問題になっています。そこで、予防としてノルウエーでは注射ワクチン(抗原として体内へ接種するとその抗体ができ、発病を防ぐ物質)が用いられていますが、日本ではまだ実用化されていません。
 
 なお、淡水魚の穴あき病とウナギの頭部潰瘍病などの原因菌もせっそう病菌と同属、同種ですが、褐色色素を出さず、その他の性質も違っていますので、せっそう病菌の亜種(非定型)とされています。
 
 2)ビブリオ病とその原因菌
 ビブリオ病は、広く淡水・汽水・海水性魚類の病気で、せっそう病と並んでヨーロッパで最も古くから知られていた細菌病の一つです。すでに18世紀からヨーロッパではウナギのレッド・ペストとよばれていた魚病ですが、その後、北アメリカ、オーストラリア、日本にも広がり、最近は世界的にサケ科魚類にも多発して問題となっています。日本ではニジマスなどのサケ科魚類のほかアユ、ブリ、マダイなどの養殖海産魚にも発生しています。
 
 症状は外見的な病変はあまりなく死亡する場合もありますが、多くは体表、ひれ、えら、肛門の周り、内臓などに強い出血がみられ、慢性では体表に潰瘍ができます。
 
 ビブリオ病菌は、ウナギの学名からビブリオ・アンギュイラルムと命名されました。細菌の形は、鞭毛で運動するコンマ状(長さ:1〜2マイクロメートル)で、人の病原菌であるコレラ菌や腸炎ビブリオも同属です。
 
 ビブリオ病菌の病原因子として、その細胞の構成体や菌体の外へ出す毒素などが研究されました。筆者らもこの病原菌の溶血毒素を研究して、それが100℃でも安定で、しかもその活性が増加する耐熱性の酸性多糖(グルコースのような単純な糖類が多数結合した物質)であることが判りました。人の腸炎ビブリオもこれに似た耐熱性の溶血毒素を出します。
 
 ビブリオ病の治療としてはフラン剤、サルファ剤、抗生物質が有効ですが、耐性菌が問題化しています。予防には1990(平成2)年頃から魚病ワクチンとしては唯一の浸漬ワクチンが開発・市販されています。
 
 3)カラムナリス病とその原因菌
 カラムナリス病は、1922(大正11)年にアメリカで温水魚に発生し、その後、川へ遡るサケ科魚類、ウナギ、コイなどの淡水・汽水魚に感染して広く世界に分布しています。
 
 病名は患部にできる特徴的な黄色い柱状(カラム)の細菌塊に由来しています。日本では1965(昭和40)年頃からウナギの養殖が盛んになり、その配合飼料が使われるようになってからこの魚病が広がったといわれています。
 
 ウナギでの症状は、主にえらやひれが冒され、うっ血や出血がおきさらに組織が崩壊して死亡します。ほかの淡水魚では口や皮膚が冒されますが、どの場合でも患部は直接水に接する部位に限られ、普通は内臓に異常はみられません。
 
 カラムナリス病菌は、従来は滑走細菌のフレキシバクター属、その後はシトファーガ属の1種とされていましたが、1996(平成8)年にフラボバクテリウム・カラムナーレとされています。
 
 この細菌は細長い桿状(長さ:3〜8マイクロメートル)で黄色色素をもっています。その特徴は菌体を揺れ動かす屈曲運動や固体の表面(スライド・ガラスや寒天培地)をゆっくり滑る滑走運動をすることです。
 
 この細菌の病原因子についてはまだ確定されていないのですが、筆者らはこの魚病の特徴から毒素性ではないと考え、この細菌が出すタンパク質分解酵素に着目して、その酵素を分離して性状を調べたところ、マンガンと結合した比較的まれな酵素(マンガン酵素)であることが判りました。
 
 ところで、前述したように養殖ウナギの配合飼料が多用されて以来この魚病が広がったといわれていますが、その配合飼料にはミネラル分としてマンガンが含まれています。
 
 つまり、養殖魚の栄養分が魚病細菌の栄養分でもあるという皮肉な現状があるのです。したがって、養殖魚の病気対策の一つとして、配合飼料のことも考慮する必要があります。なお、治療には初期にサルファ剤や抗生物質が有効です。
 
 4)連鎖球菌症とその原因菌
 連鎖球菌症は、1974(昭和49)年に高知県のブリ養殖場で発生して以来、全国に広がって養殖ブリに大きな被害をもたらしています。ブリのほかマアジ、イシダイ、ヒラメなどの海水魚やアユなどの淡水魚にも発生しましたが、現在は海産魚の代表的な細菌病の一つです。
 
 症状は一般的には眼球の白濁や突出、えら蓋の発赤や膿瘍、心臓内膜炎などが特徴ですが、ときに外観的には異常がみられなくても、脳障害で狂ったように泳ぐ場合があります。
 
 ブリやマアジの連鎖球菌症の原因菌は、最初ストレプトコックス属の1種、のちエンテロコックス・セリオリシダとされましたが、1996(平成8)年にラクトコックス・ガルビアエとされています。また、イシダイ、ヒラメ、アユの連鎖球菌症の原因菌は、ストレプトコックス・イニアエです。これは淡水イルカの連鎖球菌症の原因菌でもあります。
 
 その形は運動しない球状(0.7×1.4マイクロメートル)の細胞が多数連鎖しています。両菌ともに病原因子として、赤血球を溶かす毒素(溶血毒素)をもっていることが特徴です。治療には抗生物質が有効です。変わった方法として、この細菌のウイルス(ファージ)による治療法が研究されています。
 
 5)その他の魚病細菌
 魚病細菌は上記のほかに多種類が知られています。その主な魚病と原因菌を挙げます。
 (1) 淡水魚の運動性エロモナス症(ひれ赤病など): エロモナス・ヒドロフラ
 (2) ウナギ、アユの赤点病: シュードモナス・アンギュイセプチカ
 (3) サケ科魚類、アユの冷水病: フラボバクテリウム・プシクロフィルム
 (4) サケ科魚類の細菌性腎臓病: レニバクテリウム・サルモニナルム
 (5) 淡水・海水魚のエドワジエラ症: 主にエドワルドジエラ・タルダ
 (6) ブリの類結節症: フォトバクテリウム・ダムセラエの亜種ピスシシダ
 (7) ブリのノカルジア症: ノカルジア・セリオラエ
 なお、ウイルスと同様に細胞内だけで増殖する最小細菌のリケッチアクラミジアも魚病細菌として知られています。外国で淡水フグ(ナイル川)のほか、テラピア、ハタ、スズキ、熱帯魚、ギンザケのピシリケッチア症が報告され、ギンザケではリケッチア・サルモニスが原因です。また、淡水・海水魚のエピテリオシスチス病の原因はクラミジアです。
 
 
2.甲殻類、貝類などの病原細菌
 細菌病が報告された魚類以外の水産動物(魚介類)には、現在、増・養殖されているエビ、カニとカキ、アワビやウニがあります。そのほかにクジラ、イルカ、オットセイなど(哺乳類)、ウミガメやスッポン(爬虫類)、カエル(両生類)など水生動物の細菌病もあります。
 
 1)甲殻類の病原細菌
 甲殻類の中でもとくに養殖クルマエビのビブリオ病は、日本では1980(昭和55)年頃から広がり、日本や東南アジアでエビの幼生や成エビに大きな被害をもたらしました。
 
 その主な原因菌は、エビの学名に由来するビブリオ・ペナエイシダで、南西太平洋のニューカレドニアでもブルーシュリンプのビブリオ病がこの細菌によると考えられています。また、日本ではガザミの幼生もある種のビブリオに感染したと報告されています。
 
 これらは飼育水や一見健康にみえるエビにも常在して、その水質悪化やストレスによって発病すると考えられています。主な症状は、リンパ様器官や中腸腺が冒されることで、進行すると死亡します。治療には抗生物質のオキシテトラサイクリンが有効で、予防には死菌ワクチンや免疫性を高める薬剤(免疫賦活剤)の投与が有効であると報告されています。
 
 また、北アメリカやヨーロッパの大西洋沿岸に生息するアメリカン・ロブスターやヨーロピアン・ロブスターにはガフケミアという古くから知られた病気があり、その原因菌は四連球菌のエロコックス・ヴィリダンスで、血液寒天培地での集落の周りが緑色になることが特徴です。この細菌は、ロブスターの血リンパ液に侵入し、その液が凝固しなくなり、遂には敗血症で死亡させます。ヴィリダンスは緑色の意味です。
 
 なお、筆者は以前にアメリカの東海岸にあるロブスター養殖場でこの細菌を顕微鏡で観察した経験があります。ただし、この細菌は日本には存在しません。
 
 そのほかにエビやカニの甲羅が冒される甲殻病菌(バチルス属のキチン分解菌)や病原性はないエビのえら着生菌(滑走細菌:ロイコスリックス・ムコール)があり、淡水ザリガニにはリケッチア症菌(コキシエラ・ケラックス)が知られています。
 
 2)貝類とウニの病原細菌
 アメリカではアメリカガキの人工種苗の幼生にビブリオ病が発生して問題になりました。原因菌は、ビブリオ・ツビアシイほか数種のビブリオです。日本ではカキの細菌病はないのですが、トリガイの幼生にある種のビブリオが原因の病気が発生し、アワビにもビブリオ・アンギュイラルムが原因する細菌病が報告されています。この細菌は魚類のビブリオ病菌と同じです。そのほかアメリカではクロアワビのリケッチア症が知られています。
 
 一方、北海道のエゾバフンウニに斑点症が発生し、その原因菌は滑走細菌のフレキシバターとされています。
 
 3)水生哺乳類、爬虫類、両生類の病原細菌
 水族館や動物園で飼育されている水生動物も細菌病に罹ります。その主な細菌病に、哺乳類ではクジラのサルモネラ症、クジラ、バンドウイルカ、サカマタ、アシカ、アザラシ、オットセイのクロストリジウム症があり、それぞれの原因菌の属から病名になっています。
 
 また、前述しましたが、淡水イルカには連鎖球菌ストレプトコックス・イニアエによる感染症があります。
 
 爬虫類ではウミガメやスッポンの出血病、両生類ではカエルの赤肢病があり、これらの病原菌は魚類のひれ赤病菌と同じエロモナス・ヒドロフィラです。また、ウミガメにはほかに哺乳類と鳥類の結核菌や魚類のミコバクテリウム症菌と同属の病原菌が知られています。なお、ペットとして飼育されるアオガメはときにサルモネラをもっています。サルモネラやクロストリジウムのある種は人の食中毒の原因菌でもありますので、これらの動物との接触には注意する必要があります。
 
 
第五章 水生動物の病原真菌
 普段は水中に生息する真菌、とくにカビが水質変化や負傷などで不健康になった水生動物に真菌感染症(真菌病)をおこしますが、有効な治療法が少ない現状でその被害も無視できません。
 
1.魚類の病原真菌
 現在、真菌は、動物界、植物界と並んで菌界とされ、接合菌類、担子菌類、ツボカビ類、子嚢菌類、不完全菌類に分けられています。以前はこのほかに鞭毛菌類としてミズカビ類(卵菌類)も真菌に含まれていたのですが、最近、ミズカビ類は菌界とは別の新しく提唱されたクロミスタ界の卵菌類に分類されています。
 一方、これまでツボカビ類とされていたデルモシスチジウム・サルモニス(魚類の病原体)は、現在、菌界から原生生物界の原生動物(原虫)へ移されています。
 また、同様にこれまで接合菌類のハエカビ類とされていたイクチオフォヌスも現在、原生生物界の原生動物に分類するという提案があります。
 しかし、これらの病原体は以前から代表的な魚病真菌とされてきましたので、ここではこれらを含めて主な病原真菌について解説します。
 
表5.水生動物の病原真菌
真菌の区分 通称名 真菌の種類(属)
卵菌類



不完全菌類
原生動物へ変更
ミズカビ

ツボカビ
クサリフクロカビ

 サプロレグニア、アクルヤ、
 アファノマイセス、ブランキオマイセス
 バトラコキトリウム
 ラゲニジウム
 オクロコニス、フサリウム
 デルモシスチジウム、イクチオフォヌス
 
 1)ミズカビ病とその原因菌
 ミズカビ病は、ニジマス、ヤマメ、アマゴ、ギンザケなどのサケ科魚類、熱帯魚のほかコイやウナギにも発生して問題になります。ミズカビ病の原因菌は、卵菌類(クロミスタ界)ですが、感染魚種によって病名と病原菌が違います。
 
 つまり、サケ科魚類のミズカビ病の原因菌はサプロレグニア、熱帯魚のワタカビ病はアクルヤ、アファノマイセス病はアファノマイセス、温水性の淡水魚のブランキオマイセス病はブランキオマイセスです。これらをまとめてミズカビ病(菌)とよんでいます。
 
 ミズカビ病の症状は魚のえらや体表(頭、尾部)に卵菌が寄生して線毛状になり、えらへ寄生した場合は死亡につながります。なお、サケ科魚類の稚魚が罹る内臓真菌症の原因菌もサプロレグニアです。また、アユなど温水性淡水魚の真菌性肉芽腫症の原因菌はアファノマイセスです。
 
 ミズカビ病の予防、治療にはこれまで合成色素のマラカイト・グリーンが使われてきましたが、今後は使用禁止になりますのでこれに代わる薬剤の開発が待たれます。
 
 2)その他の真菌様感染症とその病原体
 ミズカビ病以外に魚類の真菌症とされてきた重要な病気として、欧米や日本で古くから知られている淡水・汽水・海水魚のイクチオフォヌス症があります。日本ではニジマスやブリの幼魚に発生して問題になりました。その病原体はこれまでハエカビ類とされていたイクチオフォヌスです。イクチオフォヌスは前述のように、現在、真菌と原生動物との境にある病原体で、原生動物(原生生物界)のイクチオスポア類にすると提案されています。
 
 また、サケ科魚類や海産魚のオクロコニス症の原因菌は真菌である不完全菌類のオクロコニスです。
 
 一方、ヨーロッパ・ウナギやコイのえらや体表が冒されるデルモシスチジウム症の病原体は前述のように、これまで真菌のツボカビ類とされていたデルモスシチジウムです。しかし、その生活史が不明で真菌かどうかは未定です。中でもデルモスシチジウム・サルモニスは現在、原生動物(原生生物界)に入れることが提案されています。
 
 
2.甲殻類の病原真菌
 エビやガザミの卵菌症は、卵菌類のクサリフクロカビ類に入るラゲニジウムなど3属が寄生しておこります。この真菌症は、主に甲殻類の種苗生産場で問題になります。そのほか、甲殻類のフサリウム症は不完全菌類のフサリウムなどによっておこる真菌病です。
 
 
3.両生類の病原真菌
 2007(平成19)年、世界各地で問題になっているカエルの真菌病であるツボカビ症が日本(東京都内)で飼育されていた外国産のカエルで見つかったというニュースが新聞やテレビで報道されました。この病気に罹ったカエルは、無症状の場合もありますが、多くは皮膚が剥がれ落ちて、皮膚呼吸や浸透圧の調節ができなくなって死にます。
 
 原因菌は1998(平成10)年にオーストラリアとパナマで発見された新種のツボカビ類のバトラコキトリウムで、ヤドクガエルに感染するツボカビという意味の学名です。
 
 その遊走子は、鞭毛で泳ぎ宿主へ感染します。日本ではこのツボカビが奄美地方や沖縄県に棲む希少な野生カエルに感染すると深刻な問題になりかねないと、現在、環境省の呼びかけでその対策が進められています。
 
 
第六章 水生動物の病原原虫
 原虫は単細胞で原生生物界の中の大きな1群です。現在、魚類に寄生しておこる原虫病は35種類が知られています。その原因となる原虫は、これまで鞭毛虫類、繊毛虫類、アピコンプレックス類、ミクソゾア類、微胞子虫類とされてきましたが、最近の研究でミクソゾア類の粘液胞子虫類は刺胞動物かそれに近い多細胞動物であることが判り、また、微胞子虫類も菌類に近い生物であるとする説が有力です。
 
 したがって、水生動物の原虫寄生症(原虫病)の原因原虫は鞭毛虫、繊毛虫、アピコンプレックスの3類となります。ここでは粘液胞子虫(ミクソゾア類)と微胞子虫類以外の主な病原原虫を解説します。
 
表6.水生動物の病原現虫
原虫の区分 原虫の種類(属)
動物性鞭毛虫類

植物性鞭毛虫類
繊毛虫類
パプロポスリジア類
パラミキセア類
アピコンプレックス類
 イクチオボド、クリプトビア、
 ヘキサミタ
 アミルウージニウム
 イクチオフシリウス、キロドネラ
 ボナミア
 マルテイリア、マルテイリオイデス
 パーキンサス(渦鞭毛虫類?)
 
 
1.魚類の病原原虫
 1)イクチオボド症とその原因原虫
 イキチオボド症はコイ、サケ科魚類、ヒラメ、トラフグなど淡水・海水魚の皮膚やえらの表面が冒され、しばしば大量死がおきて被害が大きい魚類の代表的な原虫病です。寄生部は白く濁って、症状が進むと出血して潰瘍ができます。
 
 寄生する原虫は、動物性鞭毛虫類のイクチオボド(8〜12×6〜10マイクロメートル)です。水中では楕円形で魚体へ寄生すると紡錘形になり、付着盤から突起を出して魚の細胞内へ差し込みます。多くは幼稚魚が罹り魚から魚へ感染が広がる偏性寄生体です。
 
 治療はホルマリンが有効で回復した魚は免疫をもちますが、ホルマリンの使用が衛生上問題で禁止されています。
 
 2)白点病とその原因原虫
 白点病は淡水・海水魚の原虫病として世界的に分布し、被害の点から最もよく研究された重要な寄生虫病の一つです。症状は魚の体表やひれに白点が出ることが特徴で、進行すると上皮が剥がれて組織が崩壊します。
 
 原因原虫は繊毛虫類のイクチオフシリウスです。魚に寄生している虫体は球状(0.5〜1ミリメートル)で馬蹄形の大核をもち、繊毛で回転運動をしています。治療には塩水(0.7〜2%)浴が効果的といわれています。
 
 3)その他の病原原虫
 魚類の病原原虫には上記のほかに、動物性鞭毛虫類ではサケ科魚類ほか淡水魚のクリプトビア症とヘキサミタ症などの原虫、植物性鞭毛虫類では海水魚のアミルウージニウム症の原虫があります。また、繊毛虫類ではサケ科魚類、淡水魚、熱帯魚のキロドネラ症などの原虫が知られ、それぞれ病原原虫の名がついた病名になっています。
 
 
2.貝類の病原原虫
 現在、欧米やオーストラリア、ニュージーランドでは、主にカキに大きな被害が出ているボナミア症とマルテイリア症などの原虫病が知られていますが、日本では10年前(1998年)にアサリで見つかったパーキンサス症のほかマガキの卵巣肥大症がときに問題になることがあります。
 
 アサリのパーキンサス症の原虫は生活環の一時期に虫体の頂端に複合した構造体(アピカル・コンプレックス)をもつアピコンプレックス類に属し、この寄生でアサリの外套膜(がいとうまく)やえらに白い結節ができてその成長に影響します。しかし、パーキンサス属の原虫は渦鞭毛虫類に近いとする説が有力です。
 
 マガキの卵巣肥大症はパラミキセア類の原虫マルテイリオイデスが卵巣に寄生して結節ができ、卵巣が異常に大きくなる病気です。この病気に罹ったカキは商品価値を落とすため廃棄されています。
 
 
第七章 海藻の病原菌
 海藻も重要な水産資源で、とくに日本では古くからノリ、ワカメ、コンブ、ヒジキなどが利用されてきました。さらに近代になって海藻の養殖も盛んに行なわれて、現在はノリやワカメのほとんどが養殖されていることはよく知られています。
 
ところが、海水の温度変化や富栄養化などが原因して海藻にも病気が発生し、養殖漁業に被害をもたらしてきました。現在、海藻の病気としてはノリとマコンブの細菌病と真菌病が知られています。
 
表7.海藻の病原菌
病原菌の区分 病原菌の種類(属)
細菌

真菌 卵菌類
 ミクロコックス*、シュードモナス*
 ビブリオ*、アルテロモナス
 ピシウム、オルピジオプシス
                           *病原菌として特定されていない。
 
 
1.海藻の病原細菌
 1)ノリの緑斑病と関連細菌
 緑斑病は、1968(昭和43)年に広島湾のノリ漁場で初めて見つかり、その後は全国に発生しています。症状は初期にはノリ葉体に淡紅色の小さい斑点ができ、さらに進行すると小斑点の周りは鮮やかな緑色になり内部は白色で、変色した病変部には多数の細菌が認められています。
 
 また、緑斑病に似た緑ぐされや緑変症と名付けられた病気の病変部からはミクロコックスが分離され、そのほかシュードモナスやビブリオも発病するといわれていますが、これらの細菌は病原菌としてはまだ確定されていません。
 
 2)マコンブの赤変病とその原因菌
 赤変病は、北海道でマコンブの種苗糸に赤色の斑点が生じ、芽落ちする病気として知られています。その原因菌は、赤色色素のプロジギオシンをもつアルテロモナス・ルブラに近い同じ色素(赤斑はこれによる)をもつアルテロモナス属の新種とされています。
 
 この細菌は海水中に常在する条件性病原菌の1例で、それがコンブの種苗として採取される母藻に付着して、コンブの培養槽へ侵入すると考えられています。また、この細菌はほかの海洋細菌を溶かす酵素(溶菌酵素)を菌体の外へ出し、その酵素分解物を利用すると考えられています。
 
 また、赤変病の防除には過酸化水素、治療には二酸化塩素が有効といわれています。なお、赤色色素のプロジギオシンは本来は人の日和見感染菌の一つであるセラチア・マルセスセンス(霊菌)がもっている色素です。
 
 余談ですが、この細菌の和名がかつて霊菌とよばれていたのは、中世ヨーロッパで聖壇に置かれていたパンが赤変して、それがキリストの血とされたことに由来するようです。
 
 
2.海藻の病原真菌
 1)ノリの赤ぐされ病とその原因菌
 赤ぐされ病は、ノリの葉体に赤さび色の斑点ができ、症状が進行すると葉体全体に広がって次第に腐敗して脱落します。病変部には原因カビの菌糸体が密生してノリ細胞を貫通して葉体内へ広がってゆきます。ノリ細胞が崩壊するとノリ細胞に含まれている藻紅素フィコエリトリンが表れて赤斑になるのです。
 
 原因菌は卵菌類のツユカビのピシウム属の1種です。卵菌はこれまで真菌、とくに藻菌類の中の鞭毛菌類の1群とされていたのですが、最近、菌界とは別の原生生物界のクロミスタ界に分類することが提唱されています。
 
 2)ノリの壷状菌病とその原因菌
 壷状菌病は、かつて有明海で多発して大きな被害をもたらしました。症状は初期には健全なノリとの区別が困難ですが、病気が進行すると病変部が黄緑色になってノリの葉体が崩壊して穴があきます。
 
 原因菌は卵菌類(藻菌類の1群)のクサリフクロカビ目オルピジオプシス属(フクロカビモドキ属)の1種とされています。以前は真菌の1群であった鞭毛菌類の壷状菌(ツボカビ)目とされていたのでこの病名が残されています。
 
 以上のように、水生生物には多種類の病原微生物が存在しますが、そのほとんどが増・養殖されている水産生物で、その病気の予防と治療対策は急務となっています。それにはまだ明らかにされていない病原微生物の生態や生理、さらに発病のメカニズムを詳しく研究することが今後の大きな課題です。
 
 
おわりに
 これまで述べてきたように、現在、地球上のすべての高等生物の形、運動、働き、そしてその仕組みを眺めると、その根底は現存する微生物界にすでに備わっているのです。いい換えれば、高等生物への進化の原点が微生物界にあるのです。
 
 もちろん、高等生物の真の姿を追って世界中で研究されています。しかし、それは非常に複雑で多岐にわたって研究にも多くの困難が伴います。
 
 それに比べると、微生物は単細胞(ウイルスは粒子)で仕組みも高等生物より単純ですから、その扱い方を身に付ければその基本的な仕組みを明らかにすることも可能です。
 
 ただ、ミクロの世界は身近にありながら肉眼では見えないのですから、一般には理解することが困難でなにか特別な世界のように思われがちです。
 
 したがって、微生物の世界へ入るには、まず、顕微鏡で覗くことが第一です。ひとたび顕微鏡を覗いた人の多くは興味をもち、中にはそれが動機になってこの世界の探検家としてさらに深く追求する人も出てくるでしょう。そして、推理小説を読むような気分でその糸口を見付けて謎を解いてゆくのです。それが解けた時こそ最高の感動を覚えるに違いありません。
 
 自然科学の研究は、基礎と応用があり、応用分野の一つに工学があります。これからの工学は生物の仕組みを基礎にして発展することでしょう。基礎と応用を問わず、理科系の人間には自然への好奇心、探究心が根源にあるのです。
 
 水圏の微生物界はまだまだ多くの謎に満ちています。若い世代が一人でも多く、広くて深いこの世界に興味・関心をもって、その謎解きに挑戦されることを希望して、このシリーズ「水中の不思議なミクロの世界」を終わります。
 
【完結】
 
平成20年12月10日
著作者 野村 節三(せつぞう)
野村環境微生物学研究室 代表
(北里大学名誉教授、理学博士)
 
 
 
 

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