第63話
 蒸気機関でピストンの往復運動を回転運動に変えるリンク機構
 

 
「主な読者対象」
 主な読者としての対象者は、高校生以上です。しかし、小中高生でも原理部分を説明した数式をスキップして、リンケージ機構図を見て楽しんでいただけると思います。
 
「読者への期待」
 すこし前までは、リンケージ(リンク機構)はいたる所で見かけました。鉄の棒をうまく組み合わせて、色々な動きをしており、見ていて飽きないものでした。しかし、今ではあまり見かけません。使われていないはずはないのですが、直接見られないようになってしまいました。リンク機構図はまだ手に入ります。少しでも興味が沸いたなら、どんな動きをするものか考えてみてください。きっと、新たな発見があると思います。
 
本 文 目 次
著者 坂田 明治
 

 
 
第63話
 蒸気機関でピストンの往復運動を回転運動に変えるリンク機構
 
1.リンケージ(リンク機構)
 読者の中には、将来、機械工や機械関係の技術者を目指している人もいるかと思います。今回は、そういう人たちのことを考えてリンケージ(リンク機構)の話をします。
 
 まずは、リンケージの基本的な説明からしましょう。ここで登場する役者は「剛体棒(ごうたいぼう)」です。剛体棒というのは、変形しない棒のことで、平たく言うと、曲がったり、伸びたり縮んだりしない頑丈(がんじょう)な棒のことです。
 
 リンケージというのは、
継ぎ目が動けるように結ばれた一組の剛体棒からできている
系全体(この剛体棒全体)が、その上の1点に、ある曲線を描かせるだけの自由度を持っている
 ものです。
 
 解りにくいかと思いますので、いくつかの例を見てみましょう。
 
 
 図1は最も簡単なリンケージの例です。たった1本の剛体棒だけですから、この剛体棒の片方の端を固定(ただし回転は自由)すると、もう片方の端は円を描く自由度があります。
 
 図2は3本の剛体棒がつなぎ合わさったものです。図のように、片方の青と赤の棒の継ぎ目に円を描かせると、もう片方の青と赤の棒の継ぎ目も円を描きます。どっかで見たような気がする人もいるかと。昔、蒸気機関車の車輪にこのような機構がありましたね。
 
 
2.ピストンとはずみ車
 蒸気機関車は動力源として蒸気機関を使っていました。そして、蒸気機関の改良として、ジェームズ・ワット(James Watt)の名前は有名ですね。本稿でも、次の章で、ワットの平行四辺形が出てきますが、その前に少しやっておくことがあります。
 
 ピストンの往復運動をはずみ車(フライホイール)の回転運動に変えることを考えましょう。なお、はずみ車は重くできていて、回転を安定させる役目をもった機構です。
 
 
 図3はピストンの往復運動をはずみ車の回転に変えていますね。これ、車のエンジンなどの説明でよく見かけるでしょう。これで、直線運動(往復)と回転運動との変換ができてめでたしめでたし。で、いいのかな。
 
 
 図4のように、力をシリンダーからはずみ車の中心方向と、それと垂直な方向に分解してみましょう。まず、はずみ車の中心方向への成分は問題ありません。この方向と垂直な成分の方が問題です。これはシリンダーに垂直な力としてかかってきますので、いずれ、シリンダーは磨耗(まもう)してこわれてしまうと予想されます。
 
 どうもこのような構成では無理があるようです。
 
 ここで、先へ進む前に、ちょっと三角関数を使って計算練習をしてみましょう(リンケージとは直接の関係ありません)。単位円の点に長さ4の線分の端点Qが張り付いて、もう一方の端点Pはx軸上に拘束(こうそく)されているものとします。このときに、点Qの位置によって点Pがどのような位置になるかを考えてみます。まあ、角POQ=θとして、点Pの位置をθの関数として書き表しましょう。細かいことは省略して、符号(ふごう)に気をつけて計算すれば図5のようになります。
 
 
 結構複雑な動作をしていますね。
 
 
3.ワット(Watt)の平行四辺形
 さて、ジェームズ・ワットは、蒸気機関のピストンをはずみ車上の1点につないで、直線運動を回転運動に変換しようとしました。このために発明されたのがワットの平行四辺形です。
 
 しかしながら、ワットの平行四辺形は近似的(きんじてき)な解にしかなっていませんでした。つまり、回転運動の半径が小さいときに(図のはずみ車と剛体棒の接続点をなるべく中心近くに持っていくこと)、ほぼ直線運動に変えているというものでした。それでも、高性能な潤滑油(じゅんかつゆ)の開発や、色々な工夫によって実用化されていきました。
 
 では、回転運動を直線運動にうまく変換できていないことを確かめましょう。
 
 図7は座標(ざひょう)平面上にモデル化したものです。簡単のため、原点Oを中心とする単位円上の点をTとし、A、Bは固定点で、AQ=PQ=RS=a、PR=QS=b、BR=l、PT=r、OA=m、Bの座標は(s, t)とします。場合分けや、色々な判定が面倒なので、適当にうまく計算できるように各長さは取ってあるものとしましょう。(図7では後の都合上点Pがx軸上にありますが、実際はx軸上にありません)
 
 では、回転が直線にうまく変換できていないことを示すにはどうすればよいでしょうか。まず、頭の中で、点Tを円上に1回転させてみましょう。そのときに各点の動きをよく考えてみてください。このように、頭の中で動作を連想するのは極めて重要なことです。このときに、点Pが直線上を動くかどうかが、回転運動を直線運動にうまく変換するかどうかという問題になります。図6も参照して動きを連想してみましょう。
 
 さて、点Pの正確な動きを求めるのは面倒です。やるべきことは、回転が直線にうまく変換できていないのを示すことなので、仮に直線運動に変換できたとしたら変なことになると示せばよいでしょう。
 
 計算が面倒になるので、点Pはx軸上を運動しているとします(本当は、任意に直線の方程式を決めて、その上を運動しているとして計算しますので、ここでのやり方は手抜きです)。点Tの位置が決まれば、点Pの位置が決まり、角QAPも決まります。この角度をθ(0<θ<π/2)とします。点Tが単位円上を連続的に動けば、θも連続的に変動します。またθを元にして、図8のように、点Pの座標が求まります。また、点Rの座標も必要ですので、これを(p, q)とします。
 
 すると図8にあるように、式(1)、(2)、(3)が求まります。ここで、θは連続変数、a、b、l、m、s、t は定数とします。p、qはθとこれら定数によって書き表されるはずの変数です。しかし、式(1)、(2)、(3)を見ると(ちゃんと調べないで手抜きということ)、p、q、θが定まってしまいますね(解があればの話だけど)。これはθは連続変数であることに矛盾(むじゅん)します。ということは、点Pが直線上を運動していることに無理があるわけです。
 
 つまり、ワットの平行四辺形は回転運動を完全な直線運動には変換していません。
 
 また、この時期、丁度、「不可能の証明」が人々注目を集めていたこともあって、「回転運動を直線運動に変換するリンケージを作るのは不可能ではないか」という推測がなされていました。ところが、1864年に、フランスの海軍士官ポーセリエ(Peaucellier)が、この問題を解く簡単なリンケージを発明して非常に驚かれました。
 
 ただ、この頃には高性能な潤滑油やさまざまな工夫によって、蒸気機関に関する技術的問題は解決していました。
 
 なお、ポーセリエのリンケージは「ポーセリエの反転器」と呼ばれています。なぜ反転器と呼ばれるかは後の章で説明します。ついでに書いておくと、ポーセリエの反転器は、回転ではなく、円運動の一部(弧上の運動)を直線運動に変換するものです。これも後で説明します。
 
 
4.円に関する反転
 ポーセリエの反転器を説明するには少し準備が必要です。
 
 
 円に関する反転というのは、図9にあるように点Pを点Qに変換することです。すぐに解りますが、点Qの円に関する反転は点Pです。つまり互いに反転になっているということです(反転の反転が元に戻るということ)。また、円上の点の反転はその点になって動きません。更に、反転によって、円の中と外が入れ代わることも解りますね。
 
 ところで、円の中心Oの反転はどこへ行くのでしょうか。図9で点Pを中心Oへ近づけて行くと、点Qはどんどん遠ざかって行きます。すると、中心Oの反転は無限の彼方と予想されます。ということは、通常の平面で考えたのでは、反転に関して十分な記述ができない可能性があり、無限を扱えるような世界で考えなければならないと推察できるでしょう。まあ、複雑になるので、ここではこれ以上深くは考えず、中心Oの反転は見て見ぬふりをすることにしましょう。
 
 さて、後の章で必要となる重要な性質は、
中心を通る円の反転は、中心を通らない直線になる
ということです。
 
 もちろん、反転の反転は元に戻りますので、逆に読み替えれば、
中心を通らない直線の反転は、中心を通る円になる
となります。
 
 
 図10のように、Oを通らない直線Lに対して、点Oから垂線を下し、その足をAとします。そして、Aの円Cにおける反転をBとします。点Pを直線Lの任意の点とし、その円Cにおける反転をQとします。
 
 図10から、三角形OAPと三角形OQBは相似になります。すると、角OAPは直角なので、角OQBは直角です。従って、点QはOBを直径とする赤い円の上にあります。これで、上に書いた性質が成り立っていることが解ります。
 
 
5.ポーセリエ(Peaucellier)の反転器
 いよいよポーセリエの反転器です。
 
 
 図11がポーセリエの反転器です。継ぎ目Oと継ぎ目Aの位置は固定ですが、その他の継ぎ目は固定されていません。もちろん各継ぎ目で剛体棒は自由に動けます。また、OAとOPの長さは等しくなっています。このときに、点Oを中心として半径OPの円上をPが移動すると、点Qが直線を描きます。なお、小文字で書いてあるものは、それに対応する部分の長さです。
 
 図11をみれば解るように、点Pは無制限に円上を動けません。剛体棒の長さの制限から、動ける範囲は限られてしまいます。従って、回転運動を直線運動に変えるというよりは、弧の往復運動を直線の往復運動に変えるものです。
 
 では、どういう理由で円弧が直線に代わるのでしょうか。図11を数学的にモデル化して、AQを通る直線を書き込み、点Rから直線AQへ垂線の足Hを下ろして図12を描きます。
 
 
 図12により、点Pと点QはAを中心とした半径rの円による反転になっています。そして、点Pが点Aを通る円の上を動きますから、前章の結果によって、点Qは直線を描くわけです。また、反転を使っていることから、なぜ、ポーセリエの反転器と呼んでいるかも解りましたね。
 
 
6.ハート(Hart)の反転器
 円弧を直線に変換するのは、ポーセリエの反転器だけではありません。有名なものとして「ハートの反転器」もあります。探せば他にも色々とあるでしょう。
 
 
 図13がハートの反転器です。継ぎ目Oと継ぎ目Rの位置は固定ですが、その他の継ぎ目は固定されていません。もちろん各継ぎ目で剛体棒は自由に動けます。また、OPとORの長さは等しくなっています。このときに、点Oを中心として半径OPの円上をPが移動すると、点Qが直線を描きます。なお、a、bはそれぞれ対応する部分の長さです。m、nは図13にあるような辺の比です。
 
 図13をみれば解るように、点Pは無制限に円上を動けません。剛体棒の長さの制限から、動ける範囲は限られてしまいます。従って、ポーセリエの反転器と同様に、弧の往復運動を直線の往復運動に変えるものです。
 
 次の問題は、円弧が直線に代わる理由でしょう。図13を数学的にモデル化して、直線BCにそれぞれA、Dから下ろした垂線の足をそれぞれH、Iとして図14を描きます。
 
 
 図14により、点Pと点QはRを中心とした半径rの円による反転になっています。そして、点Pが点Rを通る円の上を動きますから、「4.円に関する反転」の結果によって、点Qは直線を描くわけです。また、反転を使っていることから、ハートの反転器と呼んでいることも解りましたね。
 
 
7.おわりに
 昔は、リンケージ(リンク機構)はいたる所で見かけました。鉄の棒をうまく組み合わせて、色々な動きをしており、子供が見ていて飽きないものでした。しかし、今はあまり見かけません。使われていないはずはないのですが、直接見られないようになっているようです。恐らく、子供が手をはさんだりすると問題になるからだと思います。
 
 やたらと、「危険、ここで遊ぶな」などの看板を立てて子供から人間の英知が詰まった機械機構を見せないようにしておいてよいのでしょうか。安全に配慮するなというわけではありませんが、子供に見せもしないものは興味の対象にすらなりません。これでは次代の担い手になるはずもありません。
 
 理科好き子供の広場では、既にあまり見られなくなったものや、見られなくなりそうなものがいくつか取り上げられています。その意図はなくなる前に見せて興味を引こうとの思いからです。今回は、リンケージの話でしたが、これはまだ、リンク機構図が手に入ります。少しでも興味が沸いたなら、リンク機構図を手に入れて、どんな動きをするものか考えを巡らせてください。きっと、新たな発見があると思います。
 
 
 
【参 考】
前田技研ホームページにワットの平行四辺形の動きとポーセリエの反転器のアニメーションがあります。本文中のイラストとは方向が違っていますが動きの参考になると思います。
ワットの平行四辺形
ポーセリエの反転器(上のページからリンクされている)
 
 
平成21年6月14日
制作・著作 坂田 明治
(さかた あきはる)
 

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