第74話 
 加工食品の原材料を科学的に判別する方法
 

 
「主な対象読者」
 中高生を対象に、食品の原材料を科学的に判別する現代の先端技術について知ってもらえることを願って本稿を書きました。私達の生命活動の源になっている「食べる」という習慣や文化を大切にして貰えることを期待しています。
 
本 文 目 次
著者 堀井 幸江
 

 
 
第74話  加工食品の原材料を科学的に判別する方法
 
1. はじめに
 今日の朝ご飯は何を食べましたか?私たちは、毎日たくさんの食品を食べて栄養を摂って生活しています。交通の発達していなかった昔は、身近にある食品を食べて生活していました。米や野菜を家の近くにある自分所有の畑を使って自分で栽培して収穫し暮らしていたのです。
 社会が発展して、様々な食品を輸送できるようになり、離れた土地で知らない人が作った食品を食べることができるようになりました。さらに社会が発展して、珍しいカラフルな野菜や甘い果物や、たくさんの肉や魚を海外から輸入できるようにもなりました。
 
 でも、あるとき、「このステーキの肉は、どこの国で作られたの?」と不安になりました。昔は、自分で作ったものを食べていたので、いつ肥料をやってどんな農薬を使用したか自分で知ることができました。
 
 今は、色んな食品が食べられるようになった代わりに、自分では栽培や飼育の仕方がわからないものを食べることになりました。アメリカ産と書いてあるけど、本当にアメリカで作られたのか不安になってきます。大半の食品の表示は正確ですが、中には、偽造表示(いつわりの表示)が明らかとなり、社会的に大問題になったこともあります。
 
 そのような偽造を監視するためにも、食料の産地や原料を科学的に確かめる方法が必要となり、その新しい方法の開発が行われてきました。精密な装置を用いて、色々な原理で検査する方法が考え出されています。たとえば、梅干は、梅干の種に含まれるストロンチウムという金属の重さを測って比べると、中国で作られた梅か、日本で作られた梅かがわかります。ただし、その違いは、たいへん微量なため、測定には専門的な技術と特別な機器が必要です。
 
 加工食品は、加工されているので、“見かけ”(外見的特徴)による区別がさらに困難です。様々な食品で、同位体比とよばれるものの測定によって、原材料の判別が試みられています。りんごジュースや酒を例に、同位体比の測定とはどのようなものなのか紹介したいと思います。
 
2. 同位体について
 原子は、原子核とその周りを回るマイナスの電気をおびた電子で構成され、さらに原子核はプラスの電気をおびた陽子と電気を帯びていない中性子で構成されています。陽子数が同じで中性子数が異なる原子の関係を“同位体”といいます。
 
 例えば、炭素には、炭素12(12C)と炭素13(13C)と呼ばれる同位体があります。炭素12は陽子6個+中性子6個→計12個、炭素13は陽子6個+中性子7個→計13個分の質量ということになります。炭素12と炭素13は中性子の数がひとつ違うだけで、きわめてよく似ています。とてもよく似ていますが、少し違うのです。この少しの違いですが、科学的には色々な影響があります。
 
図1.原子の構成と炭素の同位体
 
同位体の中には、短時間で別な原子になってしまう不安定なものもありますが、炭素12や炭素13は安定なものですから長期間の時間が経過しても変化しません。このような同位体を安定同位体といいます。炭素安定同位体のほか、窒素安定同位体14Nと15N),酸素安定同位体16Oと18O)などもあります。安定同位体と地球上の存在割合をまとめると次の表のようになります。
 
表1.安定同位体の一例
 
 
3. 植物の分類
 植物は二酸化炭素と水を使って光合成を行います。同じ光合成という大切な役割を果たしてくれる植物の中でも、二酸化炭素の使い方によって、少し専門的ですがC3植物、C4植物、CAM植物とよばれるグループに分類できます。イネ、麦、リンゴ、イモなどの多くの植物はC3植物、サトウキビやトウモロコシ、アワ、ヒエなどはC4植物、CAM植物は多肉植物のサボテン、パイナップルなどです。
 
表2.C3植物とC4植物
分 類主 な 植 物13Cの割合
C3植物イネ、麦、リンゴ、イモなど少ない
C4植物サトウキビやトウモロコシ、アワ、ヒエなど多い
CAM植物多肉植物のサボテン、パイナップルなど中間
 
 C3植物とC4植物では光合成で二酸化炭素を固定するときに働く酵素が違うため、C3植物は、C4植物と比べて炭素13が少なくなります。たとえば、イネの炭素同位体含量は、12Cが約98.922%で13Cが約1.078%です。それに対して、サトウキビの炭素同位体含量12Cが約98.903%で13Cが約1.097%と報告されています(注:品種や栽培方法、栽培地域によってこの比率は異なるので、イネとサトウキビの平均的な割合と考えて下さい)。
 
4. 炭素安定同位体比 (δ13C)
 イネの13C含量の1.078%という数字と、サトウキビの13C含量の1.097%という数字を比べるのは分かりにくいですね。そこで、安定同位体に関しては、このわずかな変化を拡大してわかりやすく表現するために、測定試料の同位体の存在比(つまり13C/12C)を、各元素について決めた標準物質(スタンダード)の同位体の存在比からのずれとして千分率で表します。
 
すなわち炭素同位体比は、δ13C測定試料= ([13C/12C]測定試料/[13C/12C]標準物質 - 1)×1000(単位は‰、パーミル)と定義します(δ13Cは「デルタ13シー」と読みます)。これは相対的な表現法なので、標準物質は皆が同じものを使えば何でもよいのですが、通常炭素についてはべレムナイトという化石(PDB:PeeDee Belemnite)をもとにしたベレムナイト石灰(VPDB: Vienna PeeDee Belemnite)を用いることになっています。
 
 この単位を用いると、先ほど例として示したイネはδ13C = -27‰で、サトウキビはδ13C = -12‰となって、比較的わかりやすい数字になります。少し複雑な式がでてきましたが、違いをわかりやすくするための決まりごとと考えてください。
 
5. 安定同位体比の測定方法
 安定同位体比のごくわずかな違いを見分けるには、『安定同位体比質量分析装置』という装置を用います。炭素の場合、試料を燃やして二酸化炭素にした後イオン化し、質量の異なる二酸化炭素イオンを磁場の中でより分けます。
 
 同じ二酸化炭素でも、炭素12、炭素13、酸素16、酸素17、酸素18のどの組み合わせでできている二酸化炭素かを分けることができる装置です。これを電流として検出し、複雑な計算を行って、炭素安定同位体比を割り出します。このような質量分析計を扇形磁場型質量分析計と呼びます。
 
図2.安定同位体比質量分析装置
 
 
図3.扇形磁場型質量分析計
 
 
6. 炭素安定同位体比による原料判別
 難しい計算式がでてきて、だんだん嫌になってきたかもしれません。ここからは、炭素安定同位体比で何がわかるのかを、みなさんの好きなりんごジュースを例にお話します。リラックスして読んでください。
 
 お店に並んでいるりんごジュースの作り方には、2つの方法があります。ひとつは、リンゴそのものをジュースにした100%りんごジュースです。もうひとつは、先にリンゴを絞ってリンゴ果汁を取り、後から砂糖や水などを加えて調整したジュースです。
 
 りんごジュースの原料のリンゴはC3植物です。後から加える砂糖は、C4植物のサトウキビから作られているものがあります。また、C4植物のトウモロコシを原料とする異性化液糖(デンプンを分解して作られる糖。多くの場合C4植物のデンプンが使われる)も、甘みの調節によく用いられます。
 
 さきほど、C3植物とC4植物では、炭素安定同位体比(δ13C値)が大きく異なることを紹介しました。勘の良い方は、気づかれたかもしれません。ジュースのδ13C値を測定すれば、C3植物のリンゴだけで作られた100%りんごジュースか、砂糖を加えて作ったジュースかを知ることができます。実際の測定値は、100%りんごジュースで-25.7‰、果汁20%りんごジュースで-16.0‰でした(SIサイエンス測定データ)。
 
 つまり、C4植物を原料とする砂糖を加えると炭素安定同位体比が増加します。C4植物由来の砂糖は、比較的安く手に入ります。そのため、異性化液糖などの混ぜ物をした安くて甘い、偽造の果汁100%りんごジュースが販売されることがありました。
 
 同じ方法がハチミツの判別にも使えます。ミツバチが蜜を集める花はC3植物です。そこに、C4植物を原料とする砂糖を加えたかどうかを判別することができます。あんなに小さい働き者のミツバチが蜜を花から集めて、また、その蜜を人が分けてもらうと思うとC3植物のハチミツは量が限られていることは理解できますね。比較的安く手に入るC4植物由来の砂糖を加えて、量を増やして、C3植物だけのハチミツとして高く販売するのは違法です。
 
7. お酒について
 お酒と聞いて何を連想しますか?日本では、清酒、焼酎、ビール、ワイン、ウイスキー、ブランデー、梅酒といったようにたくさんのお酒が飲まれています。大人の飲み物なので、あまりピンとこないかもしれませんが、聞いた事くらいはあるでしょうか。大人が酒を飲みすぎて、酔っ払ってしまっているところをみたことがある人もいると思います。私は、酒を使って色々なことを調べさせてもらっているので、少しお酒の話をさせてもらいたいと思います。
 
 お酒は昔から“百薬の長”といわれるように、様々な薬理・薬効があると言われており、実際に様々な効能が実証されています。その中でも、日本酒は、日本で昔から造られてきた伝統のあるお酒です。
 
 日本では2000年以上も前から米を使って日本酒を造っていたと考えられています。お祭りやお祝い事のときに日本酒を飲むように、日本の大切な文化・風習の一つです。米に麹菌(こうじきん)をはやした麹(こうじ)と酵母という2種類の微生物の働きで日本酒ができます。
 
 一口に日本酒といっても、原料や造り方の違いにより色々な日本酒があります。米だけで造る日本酒を純米酒といいます。この純米酒に安価な醸造アルコールを加えて造った日本酒をアルコール添加酒といいます。
 
 
図4.お酒のできるまで
 
8. 日本酒の原料判別
 醸造アルコールは、サトウキビの糖蜜(サトウキビから砂糖を精製した時にできる糖分)を発酵させて作られます。さきほど、イネ(お米)はC3植物、サトウキビはC4植物で、δ13C値が大きく異なることを紹介しました。また、でてきましたね。お酒のδ13C値を測定すれば、C3植物の米だけで造られた純米酒か、C4植物のサトウキビで作られた醸造アルコールを加えた日本酒かを知ることができます。
 
 純米酒に安い醸造アルコールを加えて、純米酒として高く売るのは偽造です。炭素安定同位体比を測定すれば、米だけで造られた純米酒であることを科学的に証明することができるのです。実際に、炭素安定同位体比を測定してみたところ、純米酒(正確には、純米酒に含まれるアルコール)注)のδ13Cは-27‰、醸造アルコール(正確には、醸造アルコールに含まれるアルコール)のδ13Cは-11‰でした。
 
 また、純米酒に醸造アルコールをその割合を変えて加えていったところ、加えた醸造アルコールの量が増えるに従って、δ13C値が増加しました。つまり、日本酒のδ13C値から、醸造アルコールをどのくらい加えたかが予測できます。
 
 植物を原料に微生物の働きで発酵させて造られる酒は、残念ながら“見かけ”だけでは、原料の違いを区別できません。しかし炭素安定同位体比を測定することにより、隠されていた大きな差を見つけだすことができました。純米酒と醸造アルコールを加えた日本酒の“見かけ”は全く同じですが、炭素安定同位体比を測定することで、醸造アルコールを加えたかどうかを区別することができます。
 
 注) δ13Cという特別な決まりを作って、差をわかりやすく表しています。しかし、実際に比較しているのは、約0.01%というわずかなC3植物とC4植物を構成する炭素の質量の違いです。正確に比べるためにも、アルコールを精製する必要があります。
 
9. おわりに
 未成年者の方の飲酒は法律で禁止されています。未成年者は、アルコールを分解する働きが不完全なので、未成年者の発達中の脳は、特にアルコールの影響を受けやすく心身の健全な発達が妨げられます。ですから、子供は、絶対にお酒を飲んではいけません
 
 分析技術の発達により、食品が加工されても、原材料や産地を判別することができるようになりました。栽培履歴の分からない食品を食べる不安が少しは減るでしょう。私達が元気に生活するのに「食べる」ということはとても大切です。そして、私達の祖先が食生活を繰り返し、それが蓄積して形作られてきた食文化を大切にしていきたいですね。
 
 最後まで読んで下さりありがとうございました。私は、不思議だな?どうしてなのかな?という好奇心を大切にしたいと思っています。その好奇心から、新しい発見や新しい情報に巡り合えると思うからです。普段の生活に新たな発見なんてあるわけないよと思っているより、何か変わったことはないかなあと思って送る生活の方が楽しそうだと思いませんか?あるのかないのかがわからない時に、ないと思ってしまえば、そこでおしまいです。何かあるかもしれないと思うと、何だかワクワクしませんか?情報のアンテナを張り巡らせていれば、何かに遭遇できる気がします。要は、ちょっとした自分の気持ち(意識)の持ち方です。「あるわけない」より、「あるかも、あるはず」です。
 
 でも、慌ただしく過ぎて行く毎日の中で、生活の小さな変化に気づき感動したり考えたりするのは、実際はなかなか難しいですよね。私自身が、みなさんに負けないように好奇心を大切にしていきたいと思います。
 
 参考文献
 (1) 酒井均・松久幸敬,安定同位体地球化学 (東京大学出版会)
 (2) SIサイエンス,http://www.si-science.co.jp/
 
平成22年7月23日受領
著作者 堀井 幸江(さちえ)
独立行政法人 酒類総合研究所
品質・安全性研究部門 研究員
 
 

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