第76話 
 究極の火を求めて
 

 
「主な対象読者」
 中学生ぐらいから大学の低学年ぐらいの若い人たちを主な読者として原稿を書きました、やさしい内容と思いますので気楽に楽しく読んでみてください。
 
「執筆目的:何を学んでもらいたいのか?」
 ネアンデルタール人の血をひく子孫は現在も生存しているだろうか、我々の祖先は二足歩行ができるように立ちあがったがその要因は何であったのであろうか、多くの動物種にあって火を自由にコントロールできるのはヒトのみであるがどのような経緯から我々の祖先は火を手に入れたのであろうか・・・。
・・・漫然と眺めていたのではなんの面白みもなく難しい問題であっても、想像をたくましくして少し考えてみると、それまでは気がつかなかった意外なヒントが得られ、妄想をたくましくすることで面白い物語を創作できることもあります・・・。
・・・動物にとって恐怖の象徴のような「火」を我々の祖先はどのようなことから手に入れたのか、「火」を指標とした私の想像による仮想物語を以下に展開します、その結果意外なことが判りました。意外な結末とはなにか、それは読んでのお楽しみとしましょう。読者の皆様が年齢や経験の違いはあっても、各自が手に入れた話題について夢物語を展開するうちに、場合によっては大発明・発見に到達するかもしれません。奇想天外な発想で頭を柔軟に保つ訓練の例として考えみてください。
 
本 文 目 次
 
 
著者 田口 文章
 

 
 
第76話 究極の火を求めて
 
百万年前〜人類の祖先は恐怖の体験から学んだ〜
 ・・・いまからおよそ100万年前、私たちの祖先は初めて「火種」を手に入れた・・・祖先が恐怖の象徴である火を手に入れた動機は、なんであったのであろうか、多分害獣から身を守るためだったと推測される(最首公司氏談)・・・考えてみると、火を自由にコントロールできる動物は唯一ヒトだけであることから、最初にヒトとサルを分けたのは「火」であったろう。
 
自然発火による山火事の恐ろしさ
 落雷や火山の噴火などにより元気に生育している草木にも火がつき、その火勢はたちまちにして原野を焼き尽くした。火の恐ろしさをそれまでの体験から学習して知っている私たちの祖先をふくめたすべての動物は、山火事などの火の発生を第6感で感知すると我先に逃げだした。逃げる以外に火勢から自分を守る手段はなかったのである。
 
 全ての木々を焼き尽くしてもはや燃えるものがなくなると火勢はおとろえた。私たちの祖先のうちで勇敢で新しいものに強い好奇心をもった一握りの知恵者(賢者)は、火勢がおとろえて先だけがまだくすぶっている小枝を手に部落に帰ってきた。小枝の先とはいえ火を見た民衆は恐怖心から平常心を失い、火を持っている賢者に小枝を捨ててくれるように懇願した。
 
火は猛獣から身を守る
 この民衆の驚きようを見てとった賢者(博士)は、すべての動物は山火事などの大きな火だけでにく、小さな火をも恐れることを即座にさとることができた。火をコントロールして使うと害獣や民衆を意のままに操れるかもしれないとことに気がついたのである。このようにして民衆の長が誕生したのかもしれない。
 
 夜になると夜行性の害獣が部落を襲い、子供や大人の区別なく仲間の生命に危害を与えた。そこで部落の長は、部落の人々に木々の小枝や倒木を集めてくるように命じ、集めてきた小枝などを集落の真ん中に積み上げてそれに火をつけた。赤々とした炎をだして焚き木は勢いよく燃えだした。
 
 民衆は炎をみて恐れおののき、少しずつ後退した。しかし、赤々と燃さかる火がともっている限り、夜になっても害獣の遠吠えは聞こえても、直接的な被害から民衆は逃れることができたのである。長の知恵により民衆は、その日以降安心して眠ることができるようになった。火は素晴らしい恩典をもたらしたのである。
 
 民衆の長は、雨が降っても風が吹いても火を決して絶やすことがないように火種を作った。その火種は生命の次に大切な宝物となり、それを保持することが民衆の長の象徴ともなった。
 
民衆も火の回りに集まってきた
 害獣にとって命を奪う可能性がある火は依然として恐怖の対象であるが、長により火がコントロールできるようになると、部落民にとってもはや恐怖の火ではなくなった。赤々と燃えさかる火の炎は、冬の寒い日などは冷えきった体を温めてくれることに気がつきだしたのである。
 
 民衆は火を遠ざけるのではなく、火の回りに大勢が集まってくるようになった。私たちの祖先は、火を灯すことで害獣から身を守れること以外に暖をとることをも覚えたのである。
 
火は使いようで便利な宝物
 民衆の長が象徴として保持している火種を盗んで民衆の長の座に就こうと考えた1人の若者が、長が王座を離れたすきに火種に手を伸ばした。ところが火の灰のなかに指先を突っ込んでしまい、火は熱いのでヤケドしてしまった。燃えさかる火のみならず、燃え残りの灰も高温で熱いことを肌で感じとったのである。この若者は、悪事を働こうとの試みには失敗したが、悪知恵の働く若者はこの失敗からある発見をしたのである。
 ある時、魚が大量にとれて子供も大人も集落の民は腹一杯食べたが、それてもまだ食べきれない魚が残ってしまった。それまでは朝取った魚でも夕方にはもう腐ってしまい、悪臭を放つようになるのが常であった。臭くなり悪臭を放つ魚を食べるとお腹が痛くなることを長老から教わって知っていた。朝取った魚でも夕方には食べられなくなった。そのため残った魚は川に捨てていたのである。ところがその日に限って、食後の始末をする当番は村一番のズボラで怠け者の若者であった。
 
 その食べ残した魚を川にまで捨てに行かないで、捨てたように見せかけるために焚火の灰のなかに投げ込んでしまった。しばらくすると焚火の灰のなかから一筋の煙とこれまで経験したことのないまったく嗅いだことのない匂いが立ち昇りだしたのである。怠け者の若者は、魚を灰の中に投げ入れて隠したつもりであったので、魚が生きているのかと驚いた。
 
 焚火の灰のなかに手を入れたときに火はとても熱いものであることを思い出した若者は、焚火のなかに捨てられている魚はどうになっているのか知りたいと思った。そこで焚火のなかから魚を取り出そうとしたが、熱くてとても取り出せなかった。
 
そこで小枝を魚に刺し通して灰に隠されていた魚を取り出して観察した。魚の片側の一部は黒こげになっていたが、その反対側は干からびていた。
 
 臭いをかいでみたら腐敗臭などなく、なんとも表現しがたいが美味しそうな匂いがしたのである。そこで思わず干からびている部分にかみついた。驚いたことに匂いも味も生の魚とまったく違ってこれまでに味わったことがないものに変っていた。
 
原始的なカマドを作った
 土の表面に積み上げた焚き木に火を放った状態のままにして置くと、風が吹くたびに灰が飛び散り、自分たちが寝ている所や身につけている衣服に熱い灰が飛んでくることがあった。
 
 そこで風が吹いても焚火の火が飛ばされないようにするため、大小異なる適当な大きさの石を焚火の周りに並べて置けばよいことを学んだ。生の魚をその石の上または小枝にさして火にかざしておくと、美味そうな匂いがすると同時に生魚とは比較できないほどに美味くなっていたのである。この焼き魚を誰に食べさせても美味いと言ったのである。
 
 ここで火は、害獣を遠ざけるのみならず、暖房に使え、さらに生臭い魚を腐敗から守り、美味い焼き魚もつくれるものとなったのである。しかし、毎日こげた焼き魚では飽きてきたとき、ある若者が水で良く洗ったバナナの葉で魚をくるみ火のなかに入れた。この瞬間から、焼き魚とは違う煮魚が誕生したのである。
 
原始的な製粉器
 焚火のまわりに並べて使うために集めてきた大きさや形の違う石のなかに、表面に少し窪みがある大きめの石と手のひらに入るくらいの丸みのある少し小さめの石が存在することに幼い子供を抱えたうら若き母親の目にとまった。
 
 それまで拾い集めてきた雑穀の類は、生の粒のまま口にいれて、歯で噛み砕いて食べていた。乾燥しすぎた雑穀は幼い子供たちの歯では、時として噛み砕くのは容易でないことを知っていた母親は、大きな石の窪みに数粒の穀物を置き小さな石でその粒をたたいてみた。すると穀物の種類によっては、小さな石でも乾燥した穀類をも砕けることを知った。
 
穀物の粒を石で砕くのに疲れてくると、小さな石を上下させて穀物を砕く代わりに、石を前後左右に動かすとこれまでになく穀物を細かくできることに気がついた。これが製粉の始まりと思われる。
 
天然酵母でパンが焼けた
 少し細かい粉状にした穀物は、意外に早く乾燥してしまうので、口にいれても舌や歯にくっ付いてしまい食べにくいものであった。一節の竹に汲んできた少量の水で粉を粥状にすると、乳や水を幼子に与えるときと同じように、与えやすいことに気がついた。しかし、数人といえども家族全員が食べるだけの雑穀の粉を食事のたびごとにつくるのは大変な作業であった。そのため食べ残しも捨ててしまわないで次の食事のために手元に置くようになった。
 あるとき作ってから2日ほど経った粥状の大切な飲み物は、少し水分が蒸発していたので竹筒のなかで半分固まってきていた。そこで小枝を使って竹筒より取り出してみると、酸っぱいような匂いがしたので生魚が時間の経過とともに腐ってしまうように、粉の飲み物も腐ったのかと思い、半分固まりだしているものを焚火の周りの石の上に置いてみた。
 
 しばらくすると石の上で半分固まった粉の飲み物は、フックラとふくれ上がり、香ばしい匂いを周囲にまき散らしだした。粉の飲み物が膨れ上がったものを口に入れてみたら、これが今までに味わったことのない美味しく軟らかな食べ物へと化けていた。
 
 粉の飲み物の水分を少なめにして練り上げ、それを焚火の周りの石の上に置くと「ナン」のようにふくれない焼き物ができ、練り上げて一日放置してから石の上に置くとフックラとした柔らかい「パン」のような焼き物が出来ることを学んだ。
 これはまさに人類の歴史のなかでの大事件であった、初めて天然酵母の利用を誰が教えるのでもなく日々の必要性から祖先が自分たちで学び取った瞬間であり、天然酵母のパン製造への始まりを告げたのであった。この時いらい今日までパンは酵母で作るものと決まったようである。これらの経験から、火は使いようで大変に便利な宝物になるのを祖先は知ったのである。
 
 
素焼きの容器の誕生
 集めてきた穀物を竹筒にいれておくと保管に便利なことを知った。また竹筒は、パン種を作るのにも便利な器となった。しかし、穀物の保管用の容器としても、またパン種を作る容器としても、竹筒よりもう少し大きな容器がほしいと強い願望が芽生えてきた。そこで知恵者は、生魚やパンを火で焼いて作ったことを思い浮かべ、土をパン種のように練って火の近くに置いみたり、焚火の中に入れてみたり、試行錯誤で土のパン作りを試みた。
 
 伐採して持ってくるのに苦労はするが、大量な木で何時間もかけて焼くと手で触ったくらいでは壊れない程度の強度のある土のパンができ上がった。そのうちにただの土よりは粘土の方が素材として優秀で、良く練って形を整えることで望みの大きさで望みの形の器を作れるようになった。
 
もっと強い火力がほしい
 魚や動物の生肉を焚火で焼いて食べようとすると、時には黒こげになったり、場合によっては生焼けであったりと、火をコントロールするのが難しいことにも気がついた。木が炎をだして燃えている時よりは、木々が燃え尽きて炭になった時の方が、ある意味で火力が一定であることにも気がついた。
 ところが石斧で切り出しやすい柔らかい木または若い木からできた炭よりは、切り出しは大変だが堅い木からできた炭の火力が強くしかも持続時間も長いのにも気がついた。
 
 石斧よりは鉄斧の方が堅い木を切りだすのに便利なのだが、鉄を作るのには火力がもっと強い燃料が必要であった。また煮炊きする器(土器)を作るには、大量の燃料か必要であると同時に、より火力の強い燃料を必要とするようになってきた。
 
・・・私たちの祖先の生活を変えてしまった「火」の原料は、長い間にわたり薪と炭が主役であった・・・その結果古代文明の人々は周囲の木々を燃料として伐り尽くして・・・滅びたのである。
 
 18世紀後半に始まる産業革命期からは、それまでの薪や炭に代わって、石炭や石油という高カロリーの燃料、すなわち燃える黒い石や黒い液体が発見され、産業の動力源が全く変わったのである。
 
 さらに世界の人々の物質的欲望を満たし、経済的な繁栄を持続させるためには、労働力とエネルギー源を確保するためにはある程度の人口増と高カロリーな燃料が必要となってきた。人間の欲望には際限ないのであ。
 
爆発的な世界人口の増加
 究極の火またはエネルギー源とはなにかを直接的に論議する代わりに、世界の総人口という指標を使って懐古的に燃料について考えてみることにする。
 
 イエス・キリストが誕生した頃の全世界の総人口は、2億5千万人程度と推測され、その人口が2倍の5億人になったのは西暦1600年頃のことである。実に1600年間もの長い時間を費やし、ゆるやかに人口は増えていたことが読み取れる。
 ところが産業革命を経験し、第一次世界大戦の時代へと進むにつれて、世界の総人口が2倍に増えるのに要する年数は、驚くほどに短くなりだした。5億人の人口が10億人にまで増えるのに230年間、その10億人が20億人に到達するのに100年となり、1930年もの時間を費やしてやっと20億人に達した世界の総人口は、190年までの次の50年間になんと38倍にスピードをあげて20億人もの人口が増えて総人口は2倍の40億人になった (表1)。爆発的な人口増を促進している要因はなんであろうか。
 
表1 世界人口の動態
世界の総人口 到達年度(西暦) 人口倍増に要した年数
2.5億人  
5億人 1600年 1600年
10億人 1830年 230年
20億人 1930年 100年
40億人 1980年 50年
60億人 2000年 20年
 
 世界人口の増加とその当時に使われていた主な燃料を表2に記した。またその右側のカラムには、その燃料のもつ潜在的な熱量を示した。世界の総人口が2億5千万人であつた当時の燃料の熱量は12MJ/kg36 kgの氷を溶かすだけのエネルギーであったが、40億人になった時代の天然ガスの熱量は50MJ/kgで150 kgの氷を溶かせるので、薪の約4倍も高エネルギーなのが判る。
 
表2 世界人口の増加と主なエネルギー源
世界の総人口
 
人口倍増に
要した年数
主な燃料
 
各燃料の
熱量
溶かせる氷の重量
 
2.5億人   12MJ/kg 36 kg
5億人 1600年 薪・炭 15MJ/kg 45 kg
10億人 230年 石炭 29 MJ/kg 57 kg
20億人 100年 石油 45MJ/kg 135 kg
40億人 50年 天然ガス 50MJ/kg 150 kg
60億人 20年 原子力?  
 
 エネルギー源として、たとえば薪と天然ガスの熱エネルギーの高低はなにが違うのであろうか。酸素と結合して炎をだして発熱することが燃焼とすると、燃えるためには炭素または水素を含んでいる必要がある。そこで表2にあげた燃料を構成している水素原子と炭素原子の比率を算出した(最首公司氏の著書より抜粋)。
 
 薪は水素原子(H)1個に炭素原子(C)が10個(12個という説もある) もついている、すなわちHとCの比率は1対10なのである。次に石炭はH1個にCが2個の1対2となる。さらに石油になるとH2個にCは1個となり、CとHの比は2対1(1対2てない)となり不思議なことに薪炭や石炭の比率と逆転してしまうのである。天然ガスだとH4個にCが1個だから、HとCの比は4対1となった。燃えて二酸化炭素を作り出すC原子は「薪」の40分の1、石炭の8分の1・・・人類はC原子の少ないエネルギー源(低炭素燃料)を求め、ついに炭素ゼロの燃料の獲得に成功したことが明らかになった(表3)。
 
 
表3 燃料を構成している水素原子と酸素原子の比率
燃料の種類 炭素原子と水素原子の構成比
薪・炭 炭素原子10 : 水素原子1
石炭 炭素原子2  : 水素原子1
石油 炭素原子1  : 水素原子2
天然ガス 炭素原子1  : 水素原子4
水素 炭素原子0  : 水素原子2
ウラン 炭素原子0  : 水素原子0
 
 
究極の火とはなにか
 炭素ゼロの熱源「水素とウラン」は、二酸化炭素を全く排出しないことが判る。水素は、全世界に不偏的に存在するので枯渇せず、そのため利権の絡みがないので平和なエネルギー源で、且つCO2の排出がないクリーンなエネルギーである。
 
 一方、ウランは、化石燃料ではないが埋蔵量は地域に依存する天然資源であり、そのため利権が絡む有限なエネルギー源で、CO2を排出しないが放射性物質を含む廃棄物処理という大問題が残る点で水素やその他の燃料とは本質的に異なる存在である。
 
 しかし、水素は、酸素と速やかに反応させると瞬間的に炎をだして燃焼し高熱を発する、他方緩やかに酸素と反応させると電気を生みだすので、炭素を含む他の燃料と本質的に異なる物質であることが判る。またウランは、炎を出して燃える燃料ではなく、酸素との反応でなく核分裂または核融合により高熱を生みだす点で水素とも異なる物質である。
 
 「ウラン」と異なり「水素」は、全世界に不偏的に存在し、燃焼させても水のみを排出し、CO2を排出しないクリーンなエネルギーであることから、究極の火は「ウラン」でなく「水素」ということになると考えられる。
 
平成22年8月30日
著作者 田口 文章(ふみあき)
 
 
 

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