第79話
 まだまだいるぞ!ヘンテコ微生物
 

 
「主な対象読者」
 小学生・中学生をイメージしました。
 
「両親へのお願い」
 小学生には少し難しい内容になっているかも知れません。できればお父さんやお母さんが一緒に読んであげて下さい。
 
本 文 目 次
 
著者 若井 暁
 

 
 
第79話 まだまだいるぞ!ヘンテコ微生物
 
はじめに
 読者の皆さんが耳にする微生物といえば何でしょう?納豆を作る納豆菌、ヨーグルトを作る乳酸菌、お酒などを作る酵母、ペニシリンを作るアオカビ、食中毒を起こす大腸菌O157やサルモネラ菌…。微生物のことにあまり詳しくない人でもこれらの微生物の名前は聞いたことがあるかと思います。でも、この本稿で取り上げる微生物達は、これまでに皆さんはあまり聞いたことが無いような微生物達が出てきます。例えば、鉄を食べてしまう鉄酸化細菌などです。
 ここで紹介する変わった微生物達は、ほんの一部です。私が知らないということもありますが、それ以上に、まだ発見されていない微生物達が沢山いるのです。取りあえず、『変わっているな』、『面白いな』と感じてもらえたら嬉しいです。
 興味を持つこと、そこからサイエンスが始まります。是非、色々なことに興味を持って下さい。この世はまだまだ未知の現象に溢れています。それでは、私が扱っているごくわずかな“ヘンテコ微生物”達の話を読んであげて下さい。
 
鉄や硫黄を食べる微生物
 最初に紹介するのは、鉄酸化細菌と呼ばれる微生物です。私達人間がご飯や肉、野菜を食べるのと同じように、この微生物は水に溶けている鉄を食べて生きています。また、硫黄という物質の化合物も食べています。硫黄という物質は、ピンとこないかもしれませんが、下水の臭いなどに含まれるガス状の硫化水素を始め、温泉に含まれる“湯の華”と呼ばれる固体状の元素硫黄などとして私たちの生活の周りに存在しています。鉄酸化細菌が食べているこのようなモノは、私たちが食べてもエネルギー源にできません。すなわち、生きていけません。
 話は少し変わりますが、鉄酸化細菌は、我々にとって非常に役に立つ微生物です。例えば、金属を含む石ころから有用な金属を溶かし出すバイオリーチングという技術に使われています(図1)。
 一番利用されているのは、銅の回収です。銅といえば、10円玉の材料にもなっていますし、銅線のように電気を流す線にも使われています。銅鉱石と呼ばれる石ころの中には、石ころの成分に加えて硫黄分と銅が含まれています。鉄酸化細菌を含んだ水をこの銅鉱石に振り掛けると、銅が溶出されてきます。
 微生物の力を利用しなくてもある程度溶かし出すことは可能ですが、鉄酸化細菌等が居るとその効率が非常に高くなります。鉄酸化細菌は、ただ変わった物を食べているだけではなく、このように人にとって非常に役立つ能力を持っています。
 
図1.バイオリーチングのシステム
 
 鉄酸化細菌を含む溶液を銅鉱石にふりかけます。微生物の作用と化学反応により、銅鉱石から銅イオンが溶け出します。溶出液を回収して、そこから銅のみを回収します。銅を回収した後の廃液は、鉄酸化細菌とその栄養源である二価鉄が含まれるので、再利用できます。
 
鉄を腐らせる微生物
 鉄酸化細菌は水に溶けている鉄を食べますが、世の中には固体状の鉄(身近なところで言えば鉄棒の棒みたいなもの)を食べる微生物もいます。この鉄を食べるという微生物の行動は、鉄をぼろぼろにする、すなわち鉄を腐らせるという現象につながるため、人間にとっては困った行動です。
 例えば、石油のパイプラインを腐らせ、大量の石油が環境中に漏れ出し、環境汚染を起こしたりします。2006年アメリカで発生したパイプラインの腐食事故は、微生物が原因ではないかと言われています。
 私の研究している鉄を腐らせる微生物(鉄腐食性メタン生成菌)は、日本の石油備蓄基地のタンクから分離されたものです。日本は石油がわずかにしか産出されないため、海外から輸入しています。何かしらの問題で輸入できなくなった時のために、国として石油をためておく、それが石油備蓄基地です。
 そんな石油備蓄基地のタンクの中にタンクの材料である鉄を腐らせる微生物がいるというのは怖いことです。でも、ご安心を。備蓄基地では定期的に点検・整備がされていて、現在までに腐食事故は発生していません。
 この微生物は、悪いことばかりしているのではありません。人類が利用できるエネルギー源として有用な水素ガスを生産します。(図2)近年、二酸化炭素を原因とする地球温暖化の問題がテレビ等で取り上げられ、国レベルで何とかしようと取り組みがされています。
 水素ガスは燃焼しても二酸化炭素を発生しないため、クリーンエネルギーとして注目されています。水素自動車など注目されていますよね。この水素ガス生産に鉄腐食性の微生物が利用できれば、環境問題ならびにエネルギー問題の解決に一役買いそうだと私は期待しています。
図2.鉄腐食性メタン生成菌の二つの側面
 
 困った側面:鉄に対する腐食作用(黒矢印)。有用な側面:クリーンエネルギーとなる水素の生産(赤矢印)、都市ガスに含まれるメタンガスの生産(白矢印)。
 
ヨウ素を酸化する微生物
 鉄を腐食する微生物を探して環境中から様々な微生物を分離していたところ、不思議な微生物と遭遇しました。世界的にも報告例の少ないヨウ素酸化細菌という微生物です。この微生物、ヨウ化物イオンを酸化して分子状ヨウ素を生産します。ヨウ素といってもどんなものか分かりませんよね?
 私は、小学校の理科の授業でヨウ素−デンプン反応を習いました(今でもやるのでしょうか?)。ジャガイモにヨウ素溶液をかけると紫色になるという実験です。ヨウ素酸化細菌は、このヨウ素−デンプン反応のヨウ素を作るので、微生物を培養する培地にデンプンを入れておくと紫色のコロニー(微生物の集合体)を形成したり、コロニーの周辺が紫色になったりします(写真1)。
 余談ですが、日本はヨウ素生産量世界第二位です。地下資源の乏しい日本ですが、関東の地下には高濃度のヨウ素を含んだ太古の海水が大量に眠っているのです。この様な水からヨウ素酸化細菌が、容易に分離できます。
 
写真1.ヨウ素酸化細菌のコロニー
 
 :デンプン無しとデンプン有りで培養したプレート。“デンプン有”のみにヨウ素−デンプン複合体の紫の着色が観察できます。
 :色々な微生物をデンプン有りで培養したプレート。黄色矢印で示したコロニーは、コロニー自身が紫に着色、赤色矢印で示したコロニーは紫の着色がコロニーの周りに広がっています。
 
 ヨウ素酸化細菌、何が不思議かというと、この分子状ヨウ素を作るという点にあります。ヨウ素、実は殺菌剤に含まれます。ヨードチンキといってヨウ素をエタノールに溶かしたものが、消毒液として昔はよく使われていました。
 現在、ヨウ素系消毒液としてはイソジンが有名でしょう。ヨウ素は非常に反応性が高いため、微生物の細胞を壊して殺してしまいます。ヨウ素酸化細菌は、菌なのに殺菌剤を出しているのです。自分で自分の首を絞めているようなものです。まだ検証できていませんが、おそらく、他の菌を殺して自分がその環境中で生き残るためにヨウ素を出しているのではと考えています。また、高い反応性を持つヨウ素を作り出すため、鉄やステンレス鋼さえも腐食することが実験でわかりました。(図3)
図3.ヨウ素酸化細菌が作り出すヨウ素の作用
 
 ヨウ素酸化細菌は、ヨウ化物イオン(I)を酸化して、分子状ヨウ素(I2)を作り出します。この分子状ヨウ素は、強い酸化剤であり、菌を殺したり、金属を腐食したりします。
 
三角菌
 ここで、ガラッと話が変わります。変わった形をした微生物を紹介します。三角菌やおむすび菌というニックネームで呼ばれる高度好塩性菌です。この微生物は二つの点でユニークです。一つは、三角形の形をしているということ(写真2)、もう一つは、とってもしょっぱいところでないと生きていけないということです。
写真2.取り上げた微生物の写真
 左:高度好塩性古細菌Haloarcula japonica TR-1株、珍しい三角形。中央:鉄酸化細菌Acidithiobacillus ferrooxidans、桿状。大腸菌やサルモネラ菌もこの形。
 :鉄腐食性メタン生成菌Methanococcus maripaludis、球状。乳酸菌などに見られる形。これ以外にも四角形の微生物など、自然界には様々な形の微生物がいます。写真は、生物工学会誌第88巻第7号より転載(一部改変)。
 
 まず、その形ですが、一般的な微生物(細菌)は、球状とか桿状(ウィンナーみたいな形)、スパイラル状の形をしています。三角形というのは、これらの形状から大きくかけ離れた形をしています。
 ちなみに、平らで三角の形をしています。単細胞の微生物は一般的に二分裂して、同じ形のものが二つ出来ますが、三角形の場合、どう分裂するのか気になります。やっぱり気になったんでしょうね…すでに調べた人達がいます。
 ちゃんと二つの三角形に分かれるようです。このような、微生物の形の多様さに興味を持った人は、是非、『微生物の世界』(筑波出版会)という本を見てみて下さい。微細藻類など、非常に洗練された美しい微生物の写真が沢山載っています。
 話を戻しまして、もう一つの特徴です。この微生物は、とってもしょっぱいところじゃないと生きていけません。どれ位しょっぱいのか。食塩濃度で20です。海に行って海水浴をした時、口に海水が入ってしょっぱいと感じたことがあると思います。この海水が約3%であると言えば、20%という塩濃度がどれだけしょっぱいか想像つくはずです。そんな環境でなければ生きていけないとは、変わった微生物ですよね。
 
冷たくて圧迫されているのが好き
 海水の話が少し出たので、海絡みの微生物を一つ紹介します。海は広大で、そして、深淵です。そんな海の深いところ(深海)に住んでいる微生物がいます。深海の環境は、光が届かず低温で、海面までの海水による水圧が掛るため高圧です。好冷好圧性細菌と呼ばれる微生物達は、この深海環境で生きています。
 私達の研究室で扱っている好冷好圧性細菌は、高い圧力が掛かっていないフラスコ内の穏やかな条件でも生きていくことが出来ますが、深さ約3000メートルの深海で生きていたため大気圧(地上の気圧)の約300倍の圧力を好みます。人間は生身の体でこの深さまで潜ることは不可能で、特別な潜水艇を使わないとこの深さまで行けません。
 ということは、この微生物がとっても頑丈な体を持っていると考えられます。そんな強そうな微生物ですが、とっても暑がりで、20℃を超えると死んでしまいます。強いのか、弱いのか、不思議な微生物ですよね。
 ここでは、好冷好圧性細菌を取り上げましたが、図4に見られるように、微生物は温度や圧力など、自分が一番好きな条件を知っています。例えば、熱い所が好きなグループは好熱性菌と呼ばれ、低い温度では生きていけません。
 逆に、他のグループの微生物達は、好熱性菌が好む温度では生きていけません。地球上の様々な環境に対してその環境を好む微生物達が存在し、地球上で人間が住めない色々な所に微生物達は住んでいます。今後もきっと、もっともっと色々な変わった微生物達が見つかるでしょう。
図4.温度と圧力での微生物のグループ分け
 
 一般的にそれぞれのグループは、自分達が好む環境から外れた場所では生きていけません。ここで示した温度と圧力の他に、塩分濃度や酸性、アルカリ性など色々なグループ分けができます。
 
変わった微生物の光と影
 鉄や硫黄を食べる微生物が、人の生活に役立つことを上の方で書きました。それとは逆に、鉄を腐らせる微生物がいることも書きました。鉄が腐るという現象は、かなり困った現象です。日本では年間に約2兆円、アメリカでは年間に2760億ドル(約27兆円)という莫大なコストが、金属の腐食に関係して発生しています。この中で、どれくらいが微生物の関与するものでしょうか?実はよく分かりません。それは、どの腐食が微生物によって引き起こされたのか、私達人間が分かっていないからです。
 そんな悪い微生物達のことを調べて何になるのかと思われるかも知れません。しかしながら、改善するためには知ることが必要なのです。パンクした自転車に何度空気を入れても、またすぐに空気は抜けます。チューブに穴が開いている事を知らなければ直せないのです。病気を治す薬を作る微生物やバイオエタノールやバイオガソリンを作る微生物の様にすぐ役に立つ研究も重要ですが、悪い原因を探る研究も重要だと知ってもらえると嬉しいです。
 それから、金属が腐食する現象を悪いこととここで表現していますが、本当にそうでしょうか?私達が彼らを良い方向に使えていないだけだと私は思っています。ステンレスのリサイクルは、現在、加熱して融かして新たな原料と混ぜて再利用していますが、微生物達に溶かさせて回収出来れば、かなり省エネになると考えられます。
 微生物が生きていく上で起こる現象が、私達にとって良いものであれば良い微生物、悪いものは悪い微生物…個人的な意見としては、違うと思います。悪いと言われている微生物の使い方を私達が気付いていないだけではないでしょうか?地球上の生命として大先輩である微生物を“良い”、“悪い”という言葉で片付けるのではなく、私たちのアイデアを持って共存できる未来があれば素敵です。
 
平成22年11月1日
広島大学大学院
生物圏科学研究科
微生物機能学研究室
若井 暁(さとし)
 

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