第82話
 科学を楽しむ若者が夢をもって世界のリーダーシップを取っていこう
 

 
 
主な対象読者」
 科学や理科に興味のある人、
 実験や研究に興味のある人、
 先端科学を教えるのに興味のある人、
 出前講義や出前実験に興味のある人であれば
 年齢や性別に関係なく幅広い人々を主な読者とします。
 
本 文 目 次
 
著者 丸 幸弘
 

 
 
第82話 科学を楽しむ若者が夢をもって世界のリーダーシップを取っていこう
 
はじめに
 この度の東日本大震災で被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げ、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
 
 未曾有の被害をもたらしたこの大地震が発生した2011年3月11日14時46分、私はちょうど北海道で開催された日本生態学会で「博士号取得者の高い専門性を活かしたキャリアパス」についての講演を行っているところであった。突然の大きな揺れに驚きながらも講演を終わらせ携帯で地震の情報を確認してみると、twitter上で地震に関する情報が飛び交っていた。講演会場内にいてもtwitterやウェブを通じて、地震発生から速やかに情報を入手でき、地震の被害の大きさを知ると同時に、その通信系のテクノロジーは非常に大きく発展したと感じた。
 
 しかし、数日後に原発事故に伴う放射線の影響や飲料水の汚染、買い占めの行動といった様々な情報が交錯し、一般消費者がその情報の取捨選択をできずに、日本だけでなく世界中を混乱に招いてしまったことも同時に印象に残った。
 
 今回の地震で強く感じたことは、報道関係者やブログをやっている個人の「科学をわかりやすく正確に伝える能力」があまりにも不足していることだ。さらに、得た情報を正しく理解し、取捨選択することができないため、結果として情報に踊らされ、これから復興していかなければならない日本の経済をますます悪化させる行動へと走ってしまっていることだ。科学のリテラシーを向上することこそが、これからの日本には必要であると痛感した。
 思い起こせば9年前の2001年4月、私も科学者を志し、東京大学大学院の修士課程に進学し、マメ科植物と微生物の研究を続けていた。就職氷河期が始まった直後で、私の友人も含め若者の就職難が続き、とにかく学生に覇気がなくなってきていた。そして、2008年9月のリーマン・ショックをうけ、現在も世界的に不況が続いている。
 
 そして、今回の震災、原子力の問題と続いている今、科学者にとっても非常に研究を続けにくい事態になってきた。しかし、それでも日本は科学と技術でリーダーシップをとってきた国だ。若者たちが理科や勉強が嫌いという概念を払拭し、科学や技術の実験・研究に夢と興味を抱き、科学の旗手として将来活躍できることを目標に、夢をもってリーダーシップをとっていってほしいと願っている。そんな想いで今回若輩ながら執筆をさせていただいた次第である。
 
科学者から科学を伝える科学者へ
 私は2002年の6月、理系の大学院生だった15人の仲間と共に「リバネス(巣立ちを意味する“Leave a Nest”が社名の由来)」というベンチャー企業を興した。当時、新聞や雑誌の誌面では、−科学者を目指す人が減っている−子どもの理科離れが進んでいる−学力低下が問題となっている−と毎日ように取り沙汰されていた。
 
 科学者として研究の世界に身を置いていた私は、科学者こそが科学の面白さをリアルに伝えることができるはずだと考え、その頃誌面を賑わしていた理科離れを防ごう!と思い立ったのだ。
 
 出前実験教室という形で小学校・中学校・高等学校に最先端の科学を伝えるサービスを開始し、毎週のように学校現場に足を運んだ。しかし、現場を訪ねる度に見えてきたことがあった。それは、子どもの学力低下、理科離れは起こっていないということだ。
 
 低下してきているのは子どもではなく、大人たちの世界だということ。学校の現場では実験の体験をしたことのない先生が多数存在することがわかった。現在の教員採用システムは、大学の教育学部で単位を取得した文系人材が中心となっており、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の平成20年度小学校理科教育実態調査でも、小学校の先生の約半数は理科の内容の指導に苦手意識を感じているというデータが明らかになっている。
 
 この現状を改革すべく、文部科学省では、大学・大学院修士課程を中心とした教員養成機関において高度な専門性と実践的指導力を兼ね備えた教員の育成に乗り出したのだ。フィンランドの高等学校の教員はほとんどが修士であることを考えると、日本はもっと頑張らなければならない。私は大学生・大学院の若手研究者が学校に出向いて最先端の科学実験教室を行うリバネスのモデルは教育現場に必要であると確信し、2010年の現在に至るまで全国で延べ2万人以上のこどもに出前実験教室を実施してきた。
 
学力低下と理科離れは本当か
 理科の学力国際比較から見ても日本は上位に位置している。世界の小・中学生を対象とした国際数学・理科教育調査(TIMSS)では、理科における日本の順位は常に上位に入っており、1970年は世界で1位、2003年では6位となっている。現在は総合的な学習の時間の成果もあり3位にあがっている。文部科学省国立教育政策研究所の義務教育の全国学力・学習状況調査において学力が低下したというデータはあるかというと、過去3年間で小学生の国語算数の正解率は上がっており、中学生の国語数学の正解率はほぼ横ばいになっている。
 
 つまり、日本の子どもは素晴らしいのだ。とにかく理科の理解力、記憶力として考えればまったく心配することはないのである。ただし、応用力のほうには課題が残されている。OECD生徒の学習到達調査(PISA)は、義務教育の修了段階にある15歳の生徒を対象に、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシー、問題解決を調査するものであるが、日本は数学的リテラシー、読解力が全体的に低い。読解力に関しては2000年の8位から2006年では15位に落ちている。これが意味することは、記憶する知識は問題なくとも、経験から得る応用力に関してはうまく教育できていないということだ。
 
 この現状を踏まえ平成21年度から新学習指導要領が導入され、生きる力をはぐくむ教育として、基礎的な知識や技能の習得と思考力、判断力、表現力の育成を強調している。理科で大きく変わるところは国際的な通用性を考慮した指導内容である。
 
 中学校の指導要領ではイオン、遺伝、進化などの内容を充実させ、国際的に通用するカリキュラムに改訂している。そして、今後最も重要となるのは、エネルギー教育から始まる環境と食の教育である。現在の日本のエネルギー自給率は先進国中、最低であることはご存じだろうか。原子力を入れても20%と非常に低いレベルである。ただし、燃料となるウランを輸入に頼っている原子力を除くと、わずか4%とさらに低くなる。食料自給率についても、戦後、食生活の欧米化が急速に進んだことに派生する低下が著しい。カロリーベースの食料自給率は昭和40年の73%から40%と大きく低下している。
 
 学校教育の中で、自立的かつ持続可能な自然エネルギー活用型の環境負荷を抑える食糧生産システムに着目したエネルギーと食糧と地球環境の関係性を包括的に学ぶことも必要なのかもしれない。
 
 また、学校に科学部(化学・生物・天文も含む)を増やして、体験型の授業を行ったり、授業で使用する教材も視覚に訴え、実際に触れながら学べるものを導入するといいのではないだろうか。
 
スキルを身につけた科学者が教育に参加する
 リバネスでは、科学の面白さをリアルに伝えるために、大学生・大学院生の若手研究者が学校現場に出向いて出前実験教室を行っているが、知識を対象者に合わせてわかりやすく伝えるということは非常に難しい技術である。専門性が高くなればなるほど、それは難しくなる。
 
 しかし、子どもたちや一般の市民に誤魔化しや知ったかぶりではなく、正しい知識をかみ砕いて、内容を高度に保ちながら本質を伝えていくことがこれからの社会では非常に重要となる。
 
 しかし、科学者になる過程で、このようなスキルを身につける現場はない。そこでリバネスでは、まさにそのスキルを身に付けた科学者をサイエンスブリッジコミュニケーター®(http://www.kyouikuouen.com/lineup/sc.html)、さらに文章によって伝えるスキルを身に付けた科学者をサイエンスブリッジライター®(http://www.leaveanest.com/intern/sbw.html)と位置づけ、トレーニングプログラムを無料で実施している。大切なのは熱意を持って科学の本質を伝えること。理系の博士号取得者こそ活躍できる分野である。
 
 サイエンスブリッジコミュニケーターが展開する出前実験教室では、既に結果の分かっている事象を勉強するのではなく、未知の科学に対して結果を思考し、その回答を創り続けるという科学の本質を伝えていくことだ。まさに“科学”実験教室である。研究そのものを教育現場に落とし込んで、科学者の感じ方、考え方を子どもの頃から学ぶことが大切なのである。
 
 リバネスではサイエンスブリッジコミュニケーターの養成プログラムでトレーニングを積んだ人材が、未知の事象を子どもとともに考えながら研究していく新しい科学教育システム(research based education system)を展開している。2009年から始まった宇宙教育プロジェクト®(http://www.space-education.jp/)では、国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟に6ヶ月間程度保管した植物の種子を全国の小中高校生とともに栽培し、宇宙環境に曝された植物種子にどんな変化が起こるのかを検証している。
 
 「科学と技術」は、科学技術という一つなぎの言葉で表現されることが多いが、科学者と技術者は感じ方も考え方も根本的に異なるものである。科学は、身近にある様々な現象に触れ、疑問を持ち、自ら学ぶ。リバネスの先端科学教育が目指すテーマにもなっている「身近なふしぎを興味に変える®」。このことこそが、科学者の本質である。
 
 一方、技術者は、形にしたい、便利にしたい、利用したいという想いから、生産の手段、しくみを創り上げる。そもそも科学者と技術者の本質は大きく異なるのである。
 
しかし、両者には共通して必要なことがある。それは、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動を起こして問題を解決する能力と自らを律しつつ他人と強調し、他人を思いやる心。私は科学を伝える科学者として、若者がもっと理想を持つことができる世の中を創り上げていきたい。そして、日本のみならず、世界のリーダーシップをとれる人材を輩出することを目指し、日々活動を続けている。
 
平成23年4月12日
著作者 丸 幸弘
潟潟oネス
代表取締役CEO
農学博士
 

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