第83話 
 重心の話
 

 
 
「まえがき」
モデルを目指す人でなくても、健康的な美しい体型を整え保つにはどうすればよいのでしょうか。それにはまず背筋を伸ばし、姿勢を美しく保ち、均整の取れた体を保つことのようです。結果としては、健康にもよいとの話もあります。みなさんが健康で美しく長く生きできることを願いながら本稿を書いてみました。
 
 
 
 
本 文 目 次
 
著者 坂田 明治
 

 
 
第83話 重心の話
 
1.電車生態学
 今回は、誰でも気楽に読めるように配慮しました(数式や難しい用語等は一切出てきません)。身近なところから話題を見つけ、実験し、理由を考え、応用するというところを見てください。なにがしかの参考になれば幸いです。
 
 この章のタイトルに「電車生態学」なんて書いてありますが、これはいい加減に作った言葉です。まずは、電車で座っている人の行動を観察してみましょう。ケイタイでメール打っていたり、ゲームやっていたり、寝ていたりといろいろですね。そういったことはどうでもよく、本稿で注目するのは、座っている人が立ち上がるときです。この観察から、今回の話題を考えました。
 
 座っている人が立ち上がるときをよく観察してみましょう。
 
 
 まず、腰を曲げて前へかがみます。そして腰を浮かせて立ち上がります。人によっては、足を引く人もいます。特に足を投げ出している場合は、必ず足を引きます。ここで、手すりを使って立ち上がる場合は考えていません。
 
 さて、それではなぜ腰を曲げて前へかがむのでしょうか。みんながみんなやっているところを見ると、何かそうしなければならない理由がありそうですね。
 
 では逆に、足を引くことも、前へかがむことも禁止してみましょう。これで椅子から立ち上がれるかどうか実際に実験してみましょう。
 
 
 どうです、立ち上がれないでしょう。なぜ立ち上がれないのでしょうか。
 
 
2.おきあがりこぼし
 ひとつの考え方として、全く逆の条件にして考えてみるというものがあります。前章で、立ち上がるときの動作を調べ、その逆の動作をしてみるというものがそれです。結構いろいろなことが解ってきますので、かなり有効な考え方だと思います。
 
 そこで、調子に乗って、更に逆を考えてみます。どういうことかというと、立ち上がれないことの逆として、常に立ち上がるものを考えてみます。
 
 「おきあがりこぼし」というものをご存知でしょうか。基本形はたまご型に、人の顔が書いてあるものです。
 
 
 どんなに倒しても必ず立ち上がるので、「七転び八起き」を表す縁起物です。最近では、赤ちゃんのおもちゃとしていろいろなものが売られているようです。
 
 それでは、おきあがりこぼしを作ってみましょう。といっても、たまご型は難しいので、何かもっと簡単に作れる方法がないか考えてみました。ガチャポンのカプセルを使うとよいでしょう。中が見えるので実験にぴったりです。結構、捨ててあったりするので、ただで手に入る可能性もあります。中が見えるということと、ぱかっと開けられ、加工が容易ならどんなものでも問題ありません。図4のように、おもりを接着しますが、これはなるべく小さくて重いものがいいです。
 
 
 
 
 完成したら、いろいろと傾けて置いてみましょう。大体は、図5のように立ちますが、逆さまのときだけ戻らないことがあります。これには意味がありますので、後でまた出てきます。(逆さまに立たなくても気にする必要はありません)
 
 
 
 
 図6のように、いろいろ傾けてみると、おもりの位置が図5の位置より高くなっていることに気づくでしょう。そして、おきあがりこぼしが立つということは、おもりが低い位置へ移動することです。これから、おもりはできるだけ低い位置にあった方が安定していると考えられるでしょう。
 
 
 ここでの作り方は、「おもり」という解りやすいものを使っていましたが、木を削って作る場合を考えて見ます。この場合、縦に切った断面が図8のようになっていればいいはずです。図4のおもりに相当するところは、木を厚く残して重くした部分です。
 
 図4では、おもりとカプセルはものが違うので明確に区別できましたが、図8では、殻とおもりは明確な区別がつきません。しかし、完成型を考えれば、同じおきあがりこぼしとして動作するはずですね。ということは、おもりができるだけ低い位置にあった方が安定しているということを解釈しなおさなければなりません。
 
 そこで出てくるのが重心です。重心は直感的に解りやすく、日常的にも使っています。重さの中心となっている点とか、物体を一点で支えたときに、ちょうど釣り合っている点という意味です。図5のおもりの辺りや、図8のおもいところの辺りにあります。
 
 すると、先ほどの観察で、おもりができるだけ低い位置にあった方が安定しているということから、重心ができるだけ低い位置にあった方が安定していると考えてさしつかえないでしょう。これから、おきあがりこぼしは、重心が低い位置に移動することを利用して立ち上がるということになります。
 
 
3.やじろべえ
 さて、前章で重心が低いほど安定するということは解りました。ただし、重心が物体を支えている部分より上にある場合でした。では、重心が物体を支えている部分より下にあったらどうなるでしょうか。このようなことを考える上で都合のよいものがあります。やじろべえです。簡単に作れますので、図9を参考にして作ってみるとよいでしょう。
 
 
 やじろべえを支えている部分を支点といいますが、やじろべえの重心は支点の下になります。そして、やじろべえを揺らす(ゆらす)と、左右にふらふらと揺れますが倒れません。やがて釣り合いの位置で停止します。その際には、支点の真下に重心がきます。
 
 ただ、やじろべえの重心はやじろべえの外にあるため、重心を求めるのはやっかいです。しかも、重心の位置が見えません。これでは、ふらふら動いているときに、重心の動きを追うこともできません。
 
 そこで、やじろべえの図を描いて、重心の位置を決め、その絵を動かして重心の動きを追ってみましょう。
 
 
 図10にあるように、重心の位置は支点の真下で一番低くなります。おきあがりこぼしと同様に、やじろべえの停止する位置も、重心が一番低い位置、つまり、支点の真下に重心がきているときです。
 
 では、なぜやじろべえは倒れないのでしょうか。むりやりやじろべえを倒してながめてみましょう。床の上にやじろべえを置いてみてください。この状況は、図9を、横から見た図ではなく、真上から見た図と考えることです。すると、重心は、床の上か、床より少し上にあるという状況になります。
 
 つまり、倒すことによって重心は支点よりも上がってしまうわけです。支点で立っている限り、重心は支点より下にあるので、この方が安定していることになります。これらの考察によってやじろべえを作るときは、腕をある程度長くし、両腕のおもりもある程度重くして、重心が支点より下になるようにしなければならないことが解ります。
 
 
4.倒れないこと
 最初に、「鉛直線」について書いておきます。
 
 
 鉛直線というのは、糸でおもりを吊るしたときにできる直線です。おもりの重心は、地球の重心の方へ向かうので、地球の重心の方へ向かった直線となります。
 
 前章までで、重心は低い方が安定するということが解りました。今度は、支える面よりも重心が上にある場合、倒れないのはどんなときかを考えましょう。
 
 
 図12をよく見てください。おきあがりこぼしの重心から鉛直線を引いています。理想的には、おきあがりこぼしの体に使ったカプセルは球ですが、実際は完全な球にはなっていません。そのため、底面がある程度の広がりを持っています。図12の左側のおきあがりこぼしは不安定なため、転がって、右側にあるように立ちます。そのとき、重心からの鉛直線は底面を通ります。
 
 
 図13は逆さまに立ったおきあがりこぼしです。この状況は、重心からの鉛直線が底面を通るときのみ発生します。もしも、重心からの鉛直線が底面を通らなかったとすると、図12の左側の状況になり、右側にあるように立ちます。これらの状況から、立っているということは、重心からの鉛直線が底面を通るということになります。
 
 
 ものが立っているということ、同じことですが、倒れないということは、重心からの鉛直線が底面を通る場合に限ることが解ります。
 
 では、人間が立っているのはどんなときかを考えます。以下、自分の体で実験できますので、是非やってみてください。
 
 
 人間の場合、重心はへそより20cm位上の背骨の辺りということです。このとき、重心からの鉛直線を引けば、両足の間を通ります。
 
 
 立っていられるためには、図16にあるように、両足のふちとそれらを結んだ直線で囲まれた灰色の部分に重心からの鉛直線が通ればよいことになります。いろいろ体を傾け、重心からの鉛直線の通るところを推定してみましょう。図16の灰色の部分にあるということが分かってくると思います。
 
 
 今度は、足を少し広げてみましょう。足と足の間の面積が広くなりますので、立っているのが楽になります。これは、図16の灰色の部分が広くなったため、許される揺れが大きくなるからです。この場合も、体をいろいろ傾けてみましょう。足を広げた場合の方が、傾きが大きくなっても立っていられることを実感するはずです。
 
 足を広げる変わりに、片足で立ってみましょう。片足で立つのは、両足で立っているよりもつらいでしょう。底面が小さくなっているのですから。許される傾きも小さくなります。
 
 
 また、鏡の前に立って、片足を上げてみれば解りますが、片足を上げると、上げた足とは逆の方へ体が動きます。いくら体が移動しないように抵抗してもむだです。重心が片足を底面とする部分へ移動することからの必然です。
 
 ここまで解ってくると、最初の図1にあった状況が理解できます。椅子から立ち上がるときに、重心を通る鉛直線が図16の範囲になければなりません。そのためには、前へかがみ、重心を移動させるか、足を引いて重心の下に持ってくる必要があります。そうして、立てる状況ができてから立ち上がっているのです。
 
 人間はいろいろと動くときに、重心の移動を利用しています。無意識に行っていますので、重心の移動を意識してみましょう。面白いですよ。
 
 
5.姿勢を美しく
 前章で、立っているためには、重心の位置が重要であることがわかりました。ここでは逆に不安定であることを利用してみます。
 
 
 図19は本来二つの絵なのですが、比較のために一つに重ねています。立っているものを揺らしたときに、倒れやすいかどうかを描いたものです。同じ揺れでも、重心の低い方が、底面からはみ出しにくく、重心の高い方ははみ出しやすくなります。そのため倒れやすくなります。日常的にも、重い方を下にした方が倒れにくいということを経験していると思います。
 
 
 頭に荷物を載せて運ぶ人たちの写真をご覧になったことがあるでしょうか。ネットで検索すればどこかにあるかも知れません。是非探してみてください。背筋が伸び、姿勢が美しく均整の取れた体をしています。頭に水差しを乗せた美しい女性の彫像もどこかにあったと思います。
 
 なぜでしょうか。頭にものを載せると、当然ですが重心が高い位置になります。すると、少しの揺れでも、重心からの鉛直線は支えられる範囲を出やすくなります。しかし、人間の体は、そうならないように変化していきます。つまり、背筋を伸ばし、均整の取れた体に変化することで、重心の揺れを支えられる範囲にとどめるようになります。
 
 モデルを目指す人は、頭に本を載せて歩く練習をしているということをどこかで聞いた人もおられるでしょう。それも今まで書いてきたように、理論的に正しい方法なのです。
 
 また、背筋を伸ばし、姿勢を美しく保ち、均整の取れた体を保つと健康にもよいとの話もあります。みなさんも健康で長く生きられることをお祈りしています。
 
 
平成23年4月16日
著作者 坂田 明治(あきはる)
 

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