第85話
 真冬に活動する昆虫たち
 

 
「主な対象読者」
特定の年齢層を対象とするのではなく、昆虫に興味をもたれている方が対象です。
 
「読者への期待」
真冬に活動する昆虫が身近にいることを知ってもらう。進化へ興味をもってもらうひとつの例として、独立に似た形態への進化が起こることを知ってもらう。
 
本 文 目 次
 2.冬尺蛾
 4.終わりに
 5.参考文献
 
著者 鳥羽 達
 

 
 
第85話 真冬に活動する昆虫たち
 
1.昆虫の冬の過ごし方
 昆虫といえば、というイメージがつきものですが、真冬にだって当然ですが昆虫はいます。昆虫の冬の過ごし方は、様々ですが主に3つのタイプに分けられます。
 
 1) 冬眠するタイプ
 2) 暖かければ活動するタイプ
    一部のカメムシ、一部のハエ、ハナアブ、一部の蝶
 3) 冬に活動するタイプ
 
 日本の多くの昆虫が1)の冬眠するタイプです。卵、幼虫、蛹(さなぎ)、成虫と形態は様々ですが、放射冷却による体の凍結を避けつつ、低温な地中、木のウロ、樹皮の下、軒下などで冬を乗り切ります。低温な場所を選ぶのは餌を取ることができない間、新陳代謝を抑える為です。低温で体を動かすこともままならず、食物も少ないので、冬季に冷え込む地域にもっとも適応した過ごし方といえるでしょう。
 
 図1に冬眠中のアカボシゴマダラの幼虫を示します。落ち葉の中から掘り起こして撮影しました。撮影後、再び上から落ち葉をかけておいたことは言うまでもありません(撮影のためにむやみに殺してはいけません)。
 
図1.冬眠するアカボシゴマダラの幼虫 2008.12.6撮影 野川公園
 
 2)の暖かければ活動するタイプは割と少数派です。一部の蝶、ハエ、ハナアブ、カメムシ、トンボで見られます。冬でも咲いているヤツデの花とか、梅の花とかにハエやハナアブが集まっているのを見たことのある人もいると思います。
 
 もっとも、1)と2)の区別は厳密ではありません。冬眠しているはずのテントウムシやカメムシが真冬の日向(ひなた)で歩き回っているのを見ることもあります。(餌は見つかるのだろうか)
 
 図2にテントウムシの幼虫を捕食するヤニサシガメ(カメムシの1グループ)の幼虫を示します。撮影は12月2日です。このカメムシは日のよく当たる松の木の南側で越冬します。
 
図2.暖かければ活動するヤニサシガメの幼虫 2006.12.2撮影 野川公園
 
 今回お話するのは、3)のタイプの虫です。他のタイプの虫と違うのは、低温でも体が動くことです。
 
 
2.冬尺蛾
 まずは有名な冬尺蛾を紹介します。冬尺蛾というのはシャクガ科に属するガの一部で、冬の間に羽化して、産卵するシャクガの総称です。シャクガというのは尺取虫の成虫で、蛾の仲間というのは知っていますよね。
 
 クロスジフユエダシャクの交尾中の写真を図3示します。左がオス、右の羽のないのがメスです。一見して同じ種類の虫には見えないでしょう。そもそも、メスの方はガにすら見えないと思います。
 
図3.クロスジフユエダシャクの交尾 2011.12.4撮影 多摩丘陵
 
 知名度の割に、冬尺蛾を実際に見たことがある人は少ないと思います。実は決して珍しい昆虫ではありません。都市部の比較的大きめの緑地で見ることができます。冬になったらケヤキ、クヌギ、イヌシデなどの樹皮を探してみてください。
 
 冬尺蛾は共通して以下のような特徴を持ちます。
 
 ・低温に適応している。
 ・成虫には口がない。
 ・メスの羽が退化している。
 
 面白いのは、このように特殊化した形態に進化したガが複数の亜科にまたがって存在することです。シャクガ科は形態的特徴によって9つ(図鑑によっては6つ)の亜科に分類されるのですが、冬尺蛾は次の3つの亜科にまたがっています。
 
図4.シャクガ科における冬尺蛾の位置づけ
 
 これは、共通の祖先からから複数の冬尺蛾がわかれたというよりも、複数の属で独立に似た形に進化したと考えるほうが自然で、進化論的に興味深いことです。系統樹を描くと例えばこんな風になります。
 
図5.冬尺蛾の系統樹模式図
 
 各亜科に存在する冬尺蛾はそれぞれ、**フユエダシャク、**フユシャク、**フユナミシャクという名前(**には特定の言葉が入ります)がついています。図6、図7、図8にそれぞれの例を示します。
 
図6.チャバネフユエダシャク メス 2007.1.1撮影 野川公園
 
図7.ウスバフユシャク メス 2009.2.14撮影 国分寺市黒鐘公園
 
図8.イチモンジフユナミシャク メス 2012.1.7撮影 国分寺市黒鐘公園
 
 寒い時期に繁殖を行うよう進化したことで、似たような形態になった冬尺蛾ですが、その一方で寒さによって種の分化が起こっているのではないかという研究結果を京都大学の研究者の方が報告されました。詳細については下記サイトをご覧ください。
 
 
 似たような環境で似たような形状に収斂(しゅうれん)しつつ、種としては分化していくというのはなんかおもしろいですね。今はまだ外見的な差異はありませんが、何億年かしたら全く別の形に進化しているかもしれませんね。
 
 シャクガのグループは冬に適応する過程で皆似たような形態に進化しましたが、この形態が唯一の正解ではないということも知っておいてください。
 
 ハマキガ科に属するフユハマキという蛾がいます。この蛾は冬に活動するけれど雌雄ともに羽があります。
 
 また、夏に羽化するけれどメスは羽を持たないアカモンドクガという蛾もいます。 アカモンドクガのメスは蛹化(ようか)の段階ではちゃんと羽があるのですが、羽化する前に羽を失います。その過程は発生学という分野でよく調べられおり、インターネット上で解説や論文を読むことも出来ます。興味のある方は「エクダイソン アカモンドクガ」のキーワードで調べてみてください。
 
 冬尺蛾も同じく、蛹化の段階では羽を持ち羽化の前に羽を失っているので似たような過程を通っていると推測されます。
 
 
3.クヌギカメムシ
 真冬に繁殖するのはフユシャクだけではありません。クヌギカメムシというカメムシは産卵と孵化(ふか)を真冬に行います。特異な体をしたフユシャクとは異なり、このクヌギカメムシは見た目は普通のカメムシです。
 
 名前の通り、クヌギの葉から樹液を吸うのでクヌギ林を探してみてください。夏に羽化して、晩秋に交尾、冬まで待ってから産卵します。この虫の面白さはまさにその「普通さ」にあります。完全変態する蛾であれば蛹の段階で体の構造が再構築されるので、冬専用の体を用意できます。
 
 一方、この虫は成虫のまま夏から冬にかけての気温変化に適応しなければなりません。一体どんな変化が体の中で起きているのか興味深いのですが、クヌギカメムシについての研究は話を聞きません。未知の分野というのはそこかしこに転がっているものです。もっとも、ショウジョウバエを低温に晒し(さらし)休眠させるという実験は行われており、トリアシルグリセロール(体脂肪とか植物油とかの主成分です)が増える、ということがわかっています。いわゆる「脂がのった」状態になるわけです。
 
 図9に晩秋に交尾をするクヌギカメムシを示します。左がオス、右がメスです。メスの腹は卵でいっぱいではちきれそうです。
 
図9.クヌギカメムシ 交尾 2010.11.13撮影 国分寺市黒鐘公園
 
 図10に産卵直前のクヌギカメムシを示します。この時期になると体色が変化し、赤茶色になります。図2に示したヤニサシガメと異なり、日の当たらない林の中でも平気で活動できます。
 
図10.産卵直前のクヌギカメムシ 2006.1.8撮影 国分寺市黒鐘公園
 
 別の個体が産みつけた卵塊を図11に示します。
 
図11.ゼリー状で覆われたクヌギカメムシの卵 2006.1.8撮影 国分寺市黒鐘公園
 
 そして、この卵は冬の間に孵って(かえって)しまいます。12月の末から1月初めに産卵して、2月の中頃には孵化します。幼虫は何を食べるのかというと、卵を覆うゼリー状の物質を食べます。ゼリー状の物質を食べつくす頃には、新芽が出てくるという具合です。実はよく似た仲間が3種がいて、1科1属のグループを構成しており、生態もよく似ています。
 
 
4.終わりに
 昆虫が活動するのは、夏ばかりではないということを知ってください。冬に活動することによる利点と不利益はどんなものがあるか、考えてみてください。昆虫採集観察飼育は楽しいものですが、更にその先にあるものを垣間見てくだされば幸いです。
 
 
5.参考文献
 
朝比奈英三 (1991) 『虫たちの越冬戦略』 北海道大学図書刊行会
 様々な昆虫の耐寒性を丹念に調べた本です。「真冬だけに活動する昆虫」という章が設けられており、冬尺蛾のほかにセッケイカワゲラ、クモガタガガンボ、ユスリカの一種についても触れられています。これらの虫は意外にも冬眠する虫と比べ耐寒性は高くないようです。また、冬眠する昆虫は体が凍らないような場所を選んでいるのだと思っていましたが、全身が凍りついても平気な虫もいるようです。
 
 
平成24年1月25日
著作者 鳥羽 達
 

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