45.細菌は食品の品質を評価する.6-20-97 食中毒の季節になりましたので、食品製造業および調理に携わる人々並びに賢くなりたい消費者の為に、食品の品質評価を示唆する衛生細菌について解説します。専門的表現の使用を出来るだけ避けて、可能な限り平易に解説を試みます。理解できない事柄がありましたら、どうぞ遠慮なく質問や希望等をお寄せ下さい。皆様の希望に添えるよう努力します。 ◆衛生指標菌 食品を汚染する細菌には、大きく分けて2種類あり、食品の安全性を低させる病原細菌と食品を腐敗させて品質を劣化させる有害細菌とであります。これらの細菌の存在より、専門家は食品の安全性と品質を評価します。 食品の製造加工および保存等にあたっては、常にこれらの細菌の存在や挙動を的確に把握して、安全で良質な品質を確保するための衛生管理を実施する必要があります。この管理の適否を客観的に評価するために広く用いられている衛生指標菌と言われる一連の細菌群があります。以下に主な衛生指標菌の意義と考え方について説明を試みます。 ◆その1:品質を評価する指標 品質を評価する細菌学的指標は、好気性(増殖に酸素を必要とする)細菌の数(生菌数とも呼びます、なま菌数でなくせい菌数という)、好気性で芽胞を持つ細菌の数、乳酸菌の数等で、菌数の多少が評価の対象になります。これらの菌数は、食品の変質や腐敗などの品質劣化の程度およびその可能性を示します。
◆その2:生菌数 食品全般の細菌汚染の程度を示す代表的な指標です。日常的には中温細菌が最も一般的な検査対象で、高温細菌を対象にすることは希です。32〜35℃で48時間の培養後に観察される細菌の集落数から算定します。一般(生)細菌数ともいわれ、食品中の雑菌の数をグラム当たり何個(CFU/g)と表現します。しかし、測定条件より存在する全ての細菌数を把握することは出来ません。例えば、ボツリヌス菌のような嫌気性(酸素が存在すると増殖できない)細菌、キャンピロバクターのような微好気性菌、腸炎ビブリオのような好塩性(高濃度の食塩を必要とする)細菌、および特別な栄養素を必要とする菌等がたとえ如何に多数存在していても検出されない事に留意しましょう。 生菌数の多少は生産環境全般の細菌汚染状況を反映し、食品の安全性、保存性、衛生的取り扱いの適否を総合的に評価する有力な指標となります。成分規格のある食肉・魚肉製品や冷凍食品等よりは、成分規格のない刺し身、調理パン、サラダ類、和洋生菓子、豆腐など調理しないですぐ食べられる食品に生菌数が高いものが多いようです。表に私たちの調査成績を示します。
◆その3:低温細菌数 低温細菌とは、細菌分類学上の位置や特性を示すものではなく、食品の保存や腐敗等に関与して低い温度(冷蔵庫内)でも発育する菌群の総称です。低温細菌の中には、タンパク質分解酵素や脂肪分解酵素等を産生する菌が多いので、乳肉水産食品の品質劣化に重要な役割を演じます。従って、低温細菌数は、食品の取り扱いの良否や品質劣化の度合いを示す指標として重要です。 低温細菌数の検出意義は、菌数が少ない食品は処理過程全般が衛生的な取り扱いがなされた事を意味し、生の食品では新鮮な事を示します。また菌数の多い場合は、長く冷蔵されていた事を示します。また低温細菌は加熱に弱いので、加熱された加工食品中の存在は、加熱後に環境から汚染されたことを推測させます。 ◆その4:好気性芽胞細菌数 酸素を増殖時に必要とする(好気性)耐熱型の芽胞を有する細菌はバチルス属菌で、納豆菌がこの菌属の代表、食品の腐敗や品質劣化に関係する菌が多く、食中毒を起こすセレウス菌のような病原性の細菌も含まれます。これらの菌の芽胞は、加熱、乾燥、化学薬品等に強い抵抗性を示し、土壌中に広く分布しています。魚肉練り製品や食肉製品に添加される香辛料、デンプン、砂糖、植物性タンパク質等の粉末原料素材が汚染されている場合が多いようです。 ◆その5:乳酸菌数
糖類を発酵して多量の乳酸を生成する多種類の細菌の総称です。土壌、植物、動物等の自然界に広く分布するため、食品が汚染される機会は極めて多い。0℃付近の低温や45℃以上の高温、pHが4.0前後の酸性域で増殖するもの、多くの保存料にも強く抵抗性を示すものなど、食品保蔵にはヤッカイな菌群です。 ◆ 安全性を評価する指標菌 これに属する指標菌は、食品が衛生的に扱われたか、更に病原菌汚染の可能性を評価するのに使用されます。 ◆その1:糞便汚染指標菌 食品素材や製品が人や動物の糞便で汚染されている事を示唆する代表的な指標菌として、大腸菌群、糞便系大腸菌群および大腸菌と腸球菌があります。これらの菌群の存在は、食品に糞便汚染があったとみなされ、これらの菌群と行動を共にする赤痢菌、コレラ菌、サルモネラ菌等の腸管系病原菌の存在の可能性がある不潔な食品と判定されます。 ◆その2:クロストリジウム属菌
クロストリジウム属菌は、芽胞を持つ絶対嫌気性(酸素を嫌うという意味)菌群で、ボツヌス菌やウェルシュ菌等の食中毒原因菌が含まれます。また本属菌は、タンパク質や糖分の分解などにより品質劣化作用の強い菌種が多く、安全性と保存性を評価出来る点でも有効な指標菌であります。本属菌は、土壌、海底や湖底の泥などの自然界に広く分布するほか、ヒトや動物の消化管にも存在するので、食肉や魚介類の食品は汚染される機会が多い。クロストリジウム菌の芽胞は、好気性有芽胞菌であるバチルス属菌の芽胞と同じく加熱に対して抵抗性であるので、加熱後の食品中でも生残芽胞が発育することがあります。更に、嫌気性(酸素を嫌う)菌である本属菌は、缶詰、真空包装、窒素ガスに置換した包装あるいは脱酸素剤を使用した食品包装では発育増殖に好都合となります。 ◆ その3:その他の指標菌 緑膿菌は、ヒトまたは動物の糞便に由来する環境汚染の指標として、ヨーロッパ諸国では採用されています。米国ではサルモネラ菌の検査により製造加工施設の衛生管理状態を行政側がチェックすることになっています。これは、サルモネラ菌が食肉や食鳥肉を汚染する最も重要な病原菌であること、およびサルモネラ菌の制御が適切に出来ていれば、サルモネラ菌の存在を指標として出血性大腸菌O−157の制御も出来ているとの考えによるのです。 ◆ さいごに:
昨年の出血性大腸菌O−157菌による集団食中毒事件以来、食品の生産者は自主衛生管理が強く求められており、また消費者は自ら日常的にその食品が衛生的に生産され衛生的に取り扱われ、更に病原菌やその毒素に汚染されていないか等に強い関心を寄せています。しかし、消費者にもまた生産者にも汚染が予想される全ての検査を行う事は技術的にも知識的にも容易な事ではありません。 参考文献 1.
厚生省生活衛生局監修:食品衛生検査指針微生物編、日本食品衛生協会、1990年. |