59.薬物の生体と微生物に対する作用の違い. 9-3-97.
病気の治療に使える化学化合物、専門的には化学療法剤と呼ばれる薬剤とそれによる治療法、専門的には化学療法の発見者である北里研究所の秦佐八郎とドイツのエールリッヒの考えの基本は、化学物質は生体にも微生物にもある程度の親和性・結合性を持っている。ヒトに対する親和性を示す化学物質の重量Aと微生物に対する親和性を示す重量Bを各々測定し、重量Aを重量Bで割って得た数値を算出します。ヒトに対して全く親和性を示さず微生物に対してのみ親和性を示す反応域を選択毒性閾値イキチと定義しました。この選択毒性閾値を別に化学療法計数と呼び、この計数が大きいほど薬物としての効果が高いことを示しました。 人間個体およびヒト細胞に親和性を示さず、換言するとヒトに全く無害で、微生物にのみ特異的に親和性を示す、即ち微生物にのみ選択毒性を示す物質は、極めて少ないのが現状です。即ち、原則としてクスリは全てドクなのです。微生物に対してのみ作用する例外的な物質は、恐らく免疫血清とインターフェロン位だけと考えられます。
原虫も寄生虫も基本的にはヒト細胞と同じく動物に分類されるので、決定的な違いは有りません。しかし、生体に寄生している原虫や寄生虫は、薬物でも駆除しにくいのが現状です。妊婦と呼ばれる女性生体は、たとえ男の胎児、女性からすると男という異物でも10ヶ月間体内に宿しておくことができます。これは、ガンや寄生虫を排除・拒絶しないで体内で養っている現象と似ています。免疫抗体や薬剤を寄せ付けない生体防御機構、物質の透過性を低くする特殊な膜構造物等を持っていることに原因すると考えられています。原虫である膣トリコモナスには、細胞質膜の合成を阻害する作用を持つ抗生物質のトリコマイシンが有効です。しかし、一般に原虫等に対する特効薬は存在しません。クリプトスポリジウムの塩素に対する抵抗性は、大腸菌の20万倍とも60万倍ともいわれています。 2.ヒト細胞と細菌との違い 抗生物質(用語解説を参考にして下さい)や化学療法剤をはじめとする多くの薬剤が開発されいますので、細菌による感染症には原則として治療を可能にする薬剤があります。これらの薬剤は、核酸(DNAとRNA)の合成を阻害する(核酸合成阻害剤)、タンパク質の合成を阻害する(タンパク質合成阻害剤)、細胞質膜の合成を阻害かる(細胞質膜合成阻害剤)、細胞壁の合成を阻害する(細胞壁合成阻害剤)等のいずれかの作用があります。 細菌は原則的には、植物と類似した生き物です。細菌細胞と植物細胞は、細胞壁を持つという点で動物細胞と決定的な違いがあります。細菌の細胞壁合成阻害剤、例えばペニシリン系抗生物質は、細胞壁を持つ細菌には有効ですが、細胞壁を持たない動物細胞には全く作用点が存在しないので原則無害です。臨床の場でペニシリン系抗生物質が汎用される理由がここに有ります。 但し、真菌には、一般の抗生物質、例えば、ペニシリン系抗生物質も無効です。真菌には、例外的に細胞質膜合成阻害剤のトリコマイシンやナイスタチンが有効です。 3.ヒト細胞ウイルスとの違い ウイルスは、細胞という構造を持たず、絶対細胞寄生性です。ウイルスが感染している細胞と感染してない正常な細胞を識別することは、いかなる化学物質でも出来ません。ウイルスの核酸合成を阻害すると、結果的には細胞の核酸合成も阻害をうけて、頭髪が抜ける等の強い副作用がでます。抗ガン剤がその良い例です。DNA合成阻害剤を飲んでいるガン、専門的には腫瘍という、の患者さん(本人はガンであることを告知されていなかったので、DNA合成阻害剤を飲んでいる事を知らなかった)が、ヘルペスウイルスの感染を受けたので、ヘルペスウイルスの増殖を止めるためにウイルスのDNA合成を阻害する新薬を飲んだ為に死亡する症例が新聞でも報道されたこともありました。 インターフェロンは、ウイルスには直接作用しないのでウイルスを殺することは出来ません。しかし、インターフェロンは、ウイルスが増殖する細胞をウイルスに対して抵抗性にすることが出来る唯一の物質です。そのため、原則として全てのウイルスの増殖を抑制することが出来ます。 例外的な化学療法剤として、アシクロビルという抗ヘルペス剤があります。これは、プリン骨格を有する最も注目されている化学療法剤です。ヘルペスウイルスが感染している細胞中でヘルペスウイルスのみが作るウイルス特異的チミジンキナーゼによりアシクロビルはリン酸化されて、はじめて活性型になります。この活性型アシクロビルがウイルスのDNA合成酵素を阻害しますが、細胞のDNA合成を阻害しませんので、正常細胞に対する毒性は示しません。 4.ヒト細胞とブリオンとの違い プリオンの本体はいまだ不明なことが多いが、水に不溶性の糖タンバク質と言われています。熱、紫外線、核酸分解酵素やタンバク分解酵素、酸・アルカリ、界面活性剤、有機溶媒、ホルマリン等の色々な物理的・化学物質に極めて強い抵抗性を示します。現在ブリオンを不活性できる物質は報告されていません。勿論有効な治療薬も有りません。プリオンの合成を止める薬剤が見つかると、ボケの予防やボケ症状の進行を止めることが出来るようになる可能性が考えられます。 5.抗微生物材に関する問題点 健康な生活環境や清潔な作業環境(物質)を求める社会的な志向から、抗微生物材並びに抗微生物商品は、大ブームを迎えています。しかし、抗菌材の研究は、歴史的に底の浅い分野ですから、科学的には色々な問題が内在します。その幾つかについて触れます。記載の順序は問題の重要性とは関係ありません。 1番の問題は、抗菌活性を測定する試験法が確立されてないことと思います。私個人の経験ですが、ある抗菌布は水に浮遊させた菌、即ち菌液では或る程度の細菌の増殖を抑制する効果が認められましたが、我々が日常使用する条件に近い乾燥状態の菌には全く効果が認められませんでした。 2番目の問題は、ミコミ的な商品が多いことです。「有効な物質を配合したから有効であろう」と考えている傾向が見受けられます。更に、数回洗濯をしたら、効果が消失する商品も存在します。 3番目の問題は、万能的な表現が多く見られることです。色々と性質の異なる微生物が存在するのですから、例えば、細菌には有効、真菌には無効、ウイルスには調べてないから判らない等の説明が殆どなされていないように感じられます。責任範囲が特に不明確であると思います。細菌にしても薬剤にしても万能な物は存在しないと思います。 4番目の問題は、副作用または安全性に関する事柄です。金属は生体に取って原則として毒です。金属のピアスを付けた為にアレルギーがひどくなった人、抗菌ガーゼを使って顔面が真っ赤になった人が大勢います。抗菌材の薬害については、改めて別な機会に説明します。
非常に特徴的な性能の商品名トリオシンという抗菌材が有ります。完璧であるとか理想的であるとまでは言えませんが、効きかたが非常に珍しいので、簡単に解説するのは難しいのですが、参考までに紹介させて貰います。 トリオシンは、第4級アンモニウムイオンを官能基とする塩基性陰イオン交換樹脂に3ヨウ素イオンをイオン結合させたもので、通常の状態ではヨウ素はあまり遊離しない特徴的な製品です。陰性に荷電している細菌やウイルスがイオン交換樹脂に結合すると、その結合した細菌やウイルス量に相当するヨウ素が遊離し、遊離したヨウ素が細菌やウイルスを殺滅します。トリオシンは、この樹脂粒のまま使用しても良いし、プラスチック等の樹脂や不織布等の繊維に混合しても使え、細菌・ウイルスを含む水および空気の殺菌消毒を目的とした素材として多種多様な利用が考えられます。 その殺菌効果は、新しい原理によるもので、大変に興味ある殺菌消毒材です。 カタログによりますと、カナダ国防省により細菌戦争を想定して防毒マスク、戦地での創傷用絆創膏や包帯等が開発されているようです。更に米国環境保護局は飲料水浄水器への使用を許可し、宇宙船内の飲料水浄水装置として用いられているようです。 トリオシンに興味のある方は、「優良認定」欄に掲載してあります。また生活に密着した微生物との関わりについても「曖昧模糊」欄で解説しています。興味のある方は、一度お読み下さい。殆どの検索エンジンでも開くことができると思います。 |