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68. 環境は病気に影響するか 10-8-97.

 その1.21世紀は環境科学の時代

 生命科学、バイオ、生物工学などと一般に呼ばれる科学は、20世紀最後に誕生した現代の花形科学です。少し前まで、神秘(シンピ)なベールに包まれていた親の性質が子供に伝わる現象は、「遺伝だから」と追求してもそのカラクリが理解できるはずがないと、ある意味でアキラメの気持ちを込めて言われていました。

 「66.クローン人間の誕生はいつか?」でも一寸書きましたが、現代の生命科学は、神秘で不思議な遺伝子や生命現象をも実験できる物質に変えてしまいました。その技術の威力(イリョク)は、すさまじいものがあります。それだからこそ、20世紀の花形科学なのです。我々科学を職業としている者に対して絶えず心地よい刺激を与え続けてくれています。

 あと残すこと数年で21世紀という新しい期待に満ちた時代になりますが、生命科学はいぜんとして次世代も重要な科学でありましょう。しかし、生命科学の次のビッグサイエンスは、遺伝子やDNAに関する科学ではなく、海洋生物学や環境科学であると私は思っています。

 物が余って仕方がないので焼却すると「ダイオキシン」という猛毒な物質が出来てしまう。下水に混在しているウイルスを殺す目的で塩素濃度を高めると「トリハロメタン」が出来てしまう。経済効率を高める目的で化石燃料を沢山使ったために「酸性雨」が降り、森林を枯らしてしまう。これらの現象は、意図したのではないのですが、結果として生まれてしまった困った現象の一例に過ぎません。

 21世紀になると宇宙空間や深海底で生活することが必要になる人も生まれることでしょう。「宇宙の基地に転勤する、または宇宙基地より地球に生還する」ことが日常的に行われる世の中になると、予測すら出来にくい意外なことが起こるかも知れません。人間が生息する空間、すなわち環境に私たちはもっと注意を払う必要に迫られるかも知れません。環境をもっと科学的に知る必要があるのです。そのことは、環境科学の勃興と隆盛を意味するのだと思います。    

 その2.環境科学の創始者は100年前にいた

 環境が健康に影響することに初めて気がついた人は、フランスのパストゥールという科学者でした。パストゥールは、大学で化学を勉強し、燃焼や呼吸に酸素の必要性を説いたラボアジェーの系統を受け継ぐ、純粋で優秀な化学者でありました。

 ブドウ酒の醸造家が研究室に来て、マズクテ飲めないブドウ酒が出来てしまいフランス中の醸造家が困っていると話し、フランスの為にこの原因を研究してくれるようにパストゥールに依頼しました。パストゥールは、母国フランスのためと考えてすぐに研究に着手しました。普通のブドウ酒には顕微鏡で「丸くみえる生き物しか見えない」、しかし、飲めないブドウ酒には「細長い生き物も見える」ことに気が付きました。そこで、「ブドウ酒を造るのも、またマズクする」のも、その本体は小さな生き物であるとの結論に到達しました。現代風に表現すると「ブドウの糖をアルコールに変換するアルコール醗酵やアルコールを酢の本体である酢酸に変化させる酢酸醗酵は、微生物の力による」というものです。ヒラメキの強い化学者てあったことがよく判ります。

 さらにヒラメキ、「醗酵と伝染病は原則的に同じく微生物による」。とすると「病気の流行は微生物による醗酵の流行である」との仮説を作りました。このフランスのパストゥールとドイツのコッホによって、病気は微生物によることが明らかにされました。

 病気を起す細菌を最初に発見したのは、コッホで炭疽(たんそ)と呼ばれる全身が真っ黒くなり死に至る動物の病気でした。パストゥールは、最終的に羊の炭疽に良く効くワクチンを作り上げました。その過程で、羊は炭疽菌の感染を受けて病気になり死ぬが、ニワトリはどうしても炭疽菌の感染を受けず病気にならないことに気が付き、とても不思議に思いました。

 水に数分間つけたニワトリに炭疽菌を注射したら、不思議なことにニワトリは炭疽になって死んでしまいました。そこで、数分間水につけた後乾いた布で水を拭き取り身体を暖めたニワトリとヌレタままで身体が冷たいニワトリに炭疽菌を同じように注射しました。結果は予想と異なり、身体を乾かして暖めたニワトリは死なず、身体が冷たいニワトリは炭疽で死んでしまいました。

 ここで、パストゥールは、「環境は健康に大変な影響を与え、更に環境が悪いと病気も悪くなる」との環境重視説を提唱しました。ここに環境因子と健康や病気との関係が科学として登場したのです。丁度100年前の出来事です。その後、人間はオゴリ高ぶった態度を取り続け、人間は科学で全てを解決できると思いこみ、環境の大切さを忘れていました。20世紀も終わりに近くなって、初めて環境に関する学問の大切さ・必要性を再発見したのです。

 その3.狂牛病とノーベル賞

 イギリスで大発生した狂牛病は、一般人の話題からは消えてしまいました。しかし、この種類の病気と「奇妙なタンパク質」との関係を発見したアメリカの科学者プルシナー博士は、つい最近ノーベル賞を受賞しました。「29.ヤコブ病(プリオン病)とは?」に、ノーベル賞受賞の紹介文を掲載しました。興味ある方は開いて読んでみて下さい。

 スクレイピーという奇病は、そもそも羊の「カイカイ病」です。イギリスでは昔から羊に発生する治療法も予防法もない、厄介な病気として認識されています。スクレイピーで死ぬ羊の数がさほど多くなければ、狂牛病の問題は起こらなかったと思います。しかし、病気になる羊の正確な数は知りませんが、それなりに多いので焼却した残さの使い道を考えた人がいたのです。

 「牛を速く大きくするため」、「牛乳を沢山出させるため」、その他の理由から、牛の飼料に死んだ羊の焼却残さを混ぜて与えていました。スクレイピーの「奇妙なタンパク質」は、熱に対しても非常に強い抵抗性があります。そのため、残念ながら結果として狂牛病になった牛が大量に発生してしまいました。

 牛は本来「草食性の動物」です。その草食性の牛に動物性飼料を人間のエゴで与えることが先ず間違っていたのです。従って、イギリスで大発生した狂牛病は、人工的に創り出された文明病と思います。牛にすれば大変に有り難迷惑な話です。

 この出来事も、経済学または経営学が自然生態や食環境を無視した結果なのです。3年前にコメ不足が起こり、友好国より大量のコメを分けて貰って、我々日本人が助かったことが有りました。その時に購入したが食べないで残してあった「輸入米」は、今日も「虫」が一匹もワカず、庭にまいても小鳥も食べないそうです。これは、実際に個人的に聞いた話ですから、本当のことです。普通コメは精米して1週間もすると虫がワクのが当たり前なのです。「虫も小鳥も」食べないのは、彼等は何かを感じているからに他ならないのです。輸入に関わった誰かが、ムシも食わぬほど何か(多分防虫剤、殺菌剤などの化学薬品)をコメにまぶしたのに違いないのです。その物質は、3年経過した今日も残留していることを意味します。何と恐ろしいことなのでしょう。

 その4.環境微生物学の幕開け

 環境を定義するのは難しいのでここでは避けますが、我々をとりまく環境には色々な側面があります。21世紀になると、宇宙に人間が生活する特殊空間としての基地が作られ、人は地球と宇宙を簡単に往復できるようになるそうです。「65.ウイルスはどこから来たのですか」でも書きましたが、成層圏や宇宙空間にはエネルギーの高い物質や線が多いので、そこに行くと自然とそれらに暴露(バクロ)されることになります。人体のみならず人体に付着している微生物や食物も同じ環境で暴露されます。その結果として何が起こるのでしょう。実験室内に宇宙空間に近い環境を整えて、色々な微生物の動態を調べている科学者も現に存在します。その方々の専門領域は、宇宙微生物学と呼ばれています。

 今まで人類が到達することの出来なかった数千メートルの深海の様子がテレビ画像に映し出されることが時としてあります。数千メートルほど深くなくても海の底は、光が届かないので真っ暗なのです。しかし、その真っ暗な静寂な世界にも生物が立派に生息しているようです。

 深海の真っ暗な世界と我々の生活している明るい世界とでは何がどのように違うのでしょう。私は海洋に関する科学は全くの素人で正確なことは判りません。唯、私にも推測出来ることだけでも、先ず圧力や温度の違い、光の有無の違い、栄養分濃度の違い、酸素を初めとする気体の有無などが挙げられると思います。

 後日、古い微生物と新しい微生物について解説を試みる積もりですが、光の届かない世界に生息する微生物には、大昔の微生物がそのまま生きている可能性があります。地上には光がサンサンと降り注いでいます。この光の中にはエネルギーの高い紫外線があります。微生物を紫外線にあてると、遺伝子が損傷を受け突然変異が起こり易くなります。光の届かない所は、紫外線の量もきわてめ少ないはずです。とすると、深海では突然変異を受けにくいことになります。深海の微生物を採取して詳しく調べると、地球が出来た当時の性質をもつ微生物が見つかるかも知れません。このへんの微生物を扱っている科学者がいて、その専門領域を深海(海洋)微生物学といいます。

 世界各地でミイラが発見され、また氷河の中から冷凍された人を含む動物が見つかることがあります。数千年前の動物の死体、木製の棺桶(かんおけ)、衣服や道具などから、微生物を取り出して現在の微生物との違いを調べる古代微生物学があります。 このように例を挙げていくと限がないのですが、私達の生活環境に存在する微生物に関する学問、即ち環境微生物学がこれから華々しく台頭してきます。将来の職業としての科学、特に環境微生物学が面白いのです。

 この文を読んでいる方々の周りに、21世紀の科学に興味を持っている幼い子供達、生徒さん、学生さんがいましたら、是非この分野の存在を教えて貰いたいと思います。私はHPで色々と情報を提供していますが、このような将来に向けて科学が職業としして成り立つことを若者に伝えるのも、私の責任の一つと考えています。

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