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452. 糞便のウイルス量.12-20-2006.
キーワード:ウイルス ノロウイルス感染 糞便のノロウイルス量
 
【質 問】
ウイルスとは何ですか、またノロウイルスに感染している人の下痢便にはどのくらいのノロウイルスが存在するのかを教えてください。(中学一年生)

この冬は、いまのところあまり寒さが厳しくなく暖冬のように感じられます。宴会の多い寒い冬の時期になりますと、カキ鍋などによって、決まって集団食中毒が多発するものです。しかし、今年は少し異常で、カキ鍋などによる集団食中毒ではなく、ヒトからヒトへの経口感染による感染性急性胃腸炎の異常発生が全国で続いています。下痢(げり)と嘔吐(おうと)を繰り返す急性胃腸炎の主な原因は、ノロウイルスによる感染なのです。
充分に火がとおっていない二枚貝を食べることによる集団食中毒の原因ウイルスとして、ノロウイルスは有名なのですが、子供や施設に入っている高齢者などにも嘔吐下痢症が多発するとは関係者であってもあまり経験のないことです。これまでにない珍しい現象と思います。そのようなことから、ノロウイルスについての質問がにわかに多くなりつつあります。この度、ある地方の中学生から上のような質問を貰いました。返事の連絡は既に終わっているのですが、一般の方々へも糞便に含まれるウイルスの量について概要を記します。
 
ウイルスとは
中学生向けの回答でなく、一般人に対して少しだけ難しく説明すると次のように書くことができます。ウイルスとは、自己増殖を続ける裸の遺伝子群であり、この意味では基本的に生命体と言えます。しかし、生物共通の基本構造である細胞という形態をとらない小さな粒子状構造物で、生細胞内でのみ複製を行う因子と定義されます。情報伝達物質としての遺伝子は、DNAかRNAの一種類の核酸よりなる特異な微生物です。好みの感受性細胞に絶対寄生性を示します。タンパク質として精製濃縮するとウイルスは結晶になります。また核酸は感染性・増殖能を示す無生物としての側面を持つ奇妙な病原体であります。
全ての生物と同様にウイルスも自然界の厳しい自然淘汰に耐えて存続しています。しかし、通常の生物と異なりウイルスは、好みの宿主との出会いがなければ死滅してしまいます。ウイルスにとって種の保存は、適切な宿主との間をとのように渡り歩くかにかかっています。人間にしか感染できないウイルスは、ヒト集団を住家としてヒトからヒトへと移り住んでいます。ヒトは、ウイルスの感染を受けると免疫を獲得します。免疫を持ったヒトでは、ウイルスはもはや増殖できなくなります。そこで如何にして増殖できるヒトを探し、如何にしてこれらに到達するかがウイルスの生命線なのです。今年のノロウイルスは、増殖させてくれる宿主を簡単に探し出すのに成功しているように思われます。人間はもう少し賢くなる必要があります。細胞内のウイルスに有効に作用する特効薬は原則として有りません(ヘルペスウイルスに対してアシクロビルは例外的に有効)。光学顕微鏡では見えないが電子顕微鏡ではじめて捕らえられる第二の微生物とも呼ばれます。細菌やウイルスが小さいとよく言いますが、どの程度に小さいのかを比較するために表を作ってみました。
 
細菌とウイルスの大きさの比較
対象物 標準的な大きさ 1cmに並ぶ数 1ccに入る数 
赤血球
細菌
ウイルス
7マイクロメーター
1マイクロメーター
100ナノメーター
1,500個
10,000個
100,000個
34億個
1兆個
1,000兆個
 
1pという平面に並ぶ数は、だいたい問題はないと思います。しかし、1ccという容積に入る数は、必ずしも正確なものではなくなります。例えば、赤血球は、テニスのボールのような完全な球体ではなく、ドーナツのような円盤状です。ヒトの血液中に存在する赤血球は、男女により性差があります。成人女性では約35億個、成人男性では約50億個が平均的な値と思います。細菌やウイルスの形態は、完全な球状とは限りませんが、小さな粒ですから球状と考えてもあまり大きな違いとはならないでしょう。
 
下痢便に排泄されるノロウイルスの数
言い訳がましく心苦しく思いますが、いま現在のわれわれの知識と技術では、ノロウイルスを人工的に殖やすことができません。そのためにノロウイルスの感染量をはかることができないのです。そこで色々な側面から判っている係数をかき集めて、糞便に排泄される腸管系ウイルスの一般例をここに記します。
弱毒されたポリオウイルスの生ワクチンの一斉投与の時期をとらえて、ワクチンの投与を受けた子供の糞便にどの程度のワクチンウイルスが排泄されるかを調べたことがあります。その成績の概略を次の表に記します。ワクチンの投与を受けたその子供の腸管の細胞でウイルスの増殖が始まり、糞便1gに約100,000PFU(感染力のあるウイルスを表す単位)のポリオウイルスが排泄されるようになります。1日に排泄する糞便の量は、性別、年齢、食事、その他の要因により大きく異なります。大人1人の平均的な排泄糞便量は、1日あたり約200gから400g程度となります。ワクチンの投与を受けた子供の糞便中のウイルス量と成人一人当たりの糞便量から、1日に排泄されるウイルス量が計算でき、2千万から4千万PFUとなります。ポリオウイルス(ノロウイルスの感染力は測定できない)のヒトへの感染する最小単位は、約100PFUと言われています。1人分のポリオワクチンに含まれている生きたウイルス量は、最小感染単位の50倍の5,000PFUであります。大人1人が排泄する糞便に含まれるポリオウイルスは、2千万PFUを100PFUで割ると20万人となります。
 
ノロウイルスとポリオウイルスのヒトへの感染力が同じであるとの報告はありませんが、両ウイルスの感染力が似ていると仮定すると、次のような事が推測されます。ノロウイルスの感染による急性胃腸炎の患者1人は、糞便1gに100,000PFUのノロウイルスをふくむ糞便を200g排泄すると、20,000,000PFUのウイルスを排泄していることになる。ノロウイルスは数PFUで感染すると言われていますので、1日の糞便には200万人を感染させられるウイルスが含まれていることになります。別な表現をすると1gの糞便には1万人を感染させられるウイルスがいるので、ごく微量の糞便で汚染された手
指に感染するに充分量のウイルスが付着していることになりそうです。
 
腸内ウイルスの排泄量
  糞便中に検出されるウイルス量:
  一日の排泄糞便量:
  一日の排泄ウイルス量:
  ウイルスの排泄期間:
  ヒトへの最少感染量:
  一日の排泄ウイルスの感染量:
   10万?100万PFU/グラム
   200?400グラム/日/人
   2,000万?4億PFU/日/人
   数ヶ月間(平均2?3ヶ月間)
   100PFU/人
   20万人から400万人を感染
PFUとはウイルスの感染力を表す単位です。
ポリオウイルスの1PFUには最低10粒子の感染性ウイルスを必要とします。
ノロウイルスは、数PFUで感染が成立すると推測されています。
ポリオワクチンでは、一人に約5,000PFUの弱毒生ウイルスを接種します。
 
 
老人施設の衛生管理の担当者の方から、流水による手洗いとイソジンでのうがいを励行していますが、施設内でのノロウイルスの感染拡大を防ぐ有効な手段はなにかありませんでしょうか、との質問を受けます。その時に私が簡単にできる予防策として、他人が触る裳の場所、例えば、エレベーターの階数ボタンやトイレのノブなどに直接皮膚が触れないように手袋を着用する、もし手袋がないときには清潔なタオルでもハンカチを手に巻きつけることをお勧めしています。自分の部屋にもどったら、手袋は裏返しにして保管することも大切と思います。
ノロウイルス、ポリオウイルス、アデノウイルス、A型肝炎ウイルスやその他の腸内ウイルスに感染したヒトが、ある河川の上流地域で生活しているとします。そのヒトが排泄した便とともに多量のウイルス(便1グラムに約10万ウイルス、1日の排泄量は約200グラム)が長期間(1ヶ月以上)下水に排泄されて、下流地域の上水にいる可能性を示唆します。いま現在生カキによる食中毒は、問題とされていませんが、これから下水中のノロウイルスの量がケタタマシイ増加しますから、河川水が流入する湾内で養殖されているカキの安全性の問題が浮上してくることが予測されます。事故が起こる前に予防措置が取れないものでしょうか。ノロウイルスについては、「412. 血液型とウイルス性胃腸炎. 10-20-2005. 344. ノロウイルスと胃腸炎.1-18-2004.441. 小児の胃腸炎用ワクチン. 8-26-2006. 」も興味ある方は参照してください。

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