◆ぺスト菌 [Yersinia pestis]

 黒死病とも呼ばれ、中世のヨーロッパでは全人口の3分の1が死亡し、歴史を変えてしまったとも言われる程の大流行を繰り返したペストの病原菌である。1894年に香港で大流行があったときに、北里柴三郎とフランス・パスツール研究所のイェルザンがほぼ同時に別々に発見したが、イェルザンの名前を取ってエルシニア属と命名された。
 この香港でペストが大流行した時に、日本からは北里のグループと、東大の青山教授のグループが派遣され、調査・研究に当たったが、北里の弟子の石神と青山教授がペストに感染して、死線をさまよったのは有名な話である。ペスト菌はグラム陰性の通性嫌気性の桿菌で腸内細菌科に属する。他の腸内細菌科の細菌と異なり、増殖の至適温度は30℃である。菌体の外側に莢膜様物質であるエンベロープを持ち、極染色性(桿状の菌体の両端が染色液に良く染まる)を示す。
 ペスト菌は人獣共通伝染病の病原体で、通常は最初にネズミやリスなど齧歯類の動物の間で感染が起こる。ペストに感染したマウスは、人目につく所で死ぬので、容易にペストの流行が分かる。 ノミが感染を媒介し、ヒトへの感染もペストに感染したマウスなどの血液を吸ったノミが媒介する。ペスト菌はノミの刺傷や粘膜から近接のリンパ節に達し、感染後1日以内に出血性炎症と著明な腫脹をおこし、更に全身のリンパ節腫に発展して最終的には死亡するが(腺ペスト)、この状態ではヒトからヒトには感染が起こらない。感染の危険が高いのは、腺ペストで肺のリンパ節が出血性気管支肺炎を起こした時である(肺ペスト)。肺ペストになると盛んに咳をする患者の飛沫に大量にペスト菌が含まれ、この飛沫を介した飛沫感染で、またたく間に周囲に感染が広がり大流行を引き起こす。ペスト菌は外毒素(ペスト毒素)を産生するが、この毒素が末梢血管を破壊し、浮腫や壊死を形成する作用を持つ。