◆魚類のビブリオ病菌 [Vibrio anguillarum]

 ビブリオ病はせっそう病と並んで、魚類の感染症としては最も古くから(1893年)知られている細菌性魚病である。ヨーロッパでは当時からウナギの"レッドペスト"とよばれていたが、現在はヨーロッパ、北アメリカ、オーストラリア、日本などに広く分布して世界的に重要視されている。また、感染魚種もウナギ、アユ、サケ科魚類、ボラ、ブリ、カンパチ、マダイ、シマアジ、マアジなど淡水、汽水、海水魚など多種類にわたっている。最近、海中養殖が盛んになってきたギンザケにも被害が増加し、サケ科魚類の増養殖業で問題になっている。この魚病が発生する時期は魚の種類や環境条件で多少の違いはあるが、一般的に季節性があまりない。
症状は過急性の場合には、はっきりした病変がみられず死亡するが、急性ないし亜急性の場合は眼球、鰭(ひれ)、肛門、体表、内臓そのほかの組織に強い出血や壊死(えし)がおこり、慢性になると体表に潰瘍ができて敗血症で死亡する。しかし、アユでは潰瘍ができるのはまれで、体表にV字状または斑点状に出血するのが特徴である。
現在、欧米でビブリオ病に対する注射ワクチンが市販されている。治療にはフラン剤、サルファ剤、抗生物質などが有効であるが、約25年前から薬剤耐性菌の増加が問題になっている。
ビブリオ病菌は水中に常在している細菌であるが、養殖環境の変化や過密な飼育で傷ついたり、不健康になった魚に感染して発病させるので、多くの場合は条件性病原菌であるが、アユでは偏性病原菌と考えられている。この細菌は通性嫌気性、グラム陰性のコンマ状(0.5×1-2μm)で、1本の鞭毛で活発に運動し、25℃、pH8付近、塩分約1%で最もよく発育する。血清学的にはO抗原によって、大きくJ-O-1型(淡水型)、J-O-2型(中間型)、J-O-3型(海水型)の3型に分けられている。ただし、欧米ではA型からF型までの6種に分けられている。また、この細菌はタンパク質を分解し、哺乳類や魚類の赤血球を強く溶解(溶血)する。したがって、タンパク質分解酵素、腸管毒素、溶血毒素などが病原性に関係すると考えられている。また、この細菌が産生するアングイバクチンとよばれるシデロフォア(鉄イオンと反応する物質)も知られている。
なお、この細菌の学名をリボゾームRNAの塩基組成の違いから、リストネラ・アンギュララ(Listonella anguillara)と提案された(1985年)が、現在のところ正式には承認されていない。また、病魚からビブリオ属の他種の病原菌も分離されている。その中にはヒトの細菌性食中毒をおこす腸炎ビブリオ(V.parahaemolyticus)とコレラ菌に似た非O1コレラ菌(V.cholerae Non-O1)があるが、現在、前者は魚類の病原菌とみなされていない。一方、海産魚のビブリオ病菌(V.alginolyticus,V.carchariae,V.damsela,V.ichthyoenteri,V.ordalii,V.salmonicida,V.splendidus,V.trachuri)や日和見感染菌でもあるウナギのビブリオ病菌(V.vulnificus)など多種類の細菌が知られている。なお、ヨーロッパ・ウナギのビブリオ病菌はビブリオ・アンギュリシダ(V.anguillicida)とされたが、他菌種との違いは明らかではない。

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