◆サケ科魚類の伝染性造血器壊死症ウイルス
   [Infectious hematopoietic necrosis virus (IHNV) of salmonids]

 伝染性造血器壊死症は1953年、アメリカ西海岸のワシントン州で初めてベニザケに発生し、オレゴン州でもベニザケが大量に斃死(へいし)して、その原因ウイルスが分離された。その後、アメリカ、カナダの太平洋沿岸から、中・東部の各州、大西洋沿岸、さらに日本やヨーロッパ(フランス、イタリヤ)へと広がって、サケ・マス類を増養殖している各国にその被害がおよんでいる。
このウイルス病はとくにサケ科魚類の腎臓や脾臓の造血組織が冒され、伝染性も強いことからこの病名がつけられた。日本では1971年から北海道でヒメマス、ベニザケがこの病気で大量に斃死して以来、富山、長野、静岡の各県をはじめ全国に広がって、とくにアマゴ、ヤマメ、サケ、ニジマスなどに被害がでている。汚染または伝染源は最初は魚卵の可能性があるが、おもに病魚やウイルス保有魚である。鰓(えら)からの感染が多く、発病すると早く伝染して大量斃死もおきかねない。とくに死亡率は50%ときには90%にもなり、世界のサケ・マス類の養殖業界では最も重要なウイルス病の一つとされている。
この病気はサケ科魚類に特有であるが、とくにマスノスケ、ベニザケ(ヒメマス)、ニジマスがかかりやすく、ギンザケは抵抗性があるといわれる。一般に病魚は活動が鈍くなり、池の底に静止したり回転したりするが、やがて流されて死亡する。斃死する前の症状は魚の体色が黒くなり、鰭(ひれ)の基部が出血し、肛門に粘液のような便をつけることが特徴である。小型の魚では体表にV字状の出血がみられることが多く、慢性になると腹水が溜るので腹部が脹れ眼球が飛びでることもある。肝臓、脾臓、腎臓も貧血し、胃や腸内にミルク状、黄色やときには血液が混じった液体が含まれる。大型の魚では脂肪組織に点状の出血がみられ、造血組織は激しく壊死(えし)する。
原因ウイルスはラブドウイルス科に属するRNAウイルスの1種である。大きさは80-90× 160-180nmで、一端は平で他端が丸い弾丸状をしていることが特徴である。ラブドウイルス科に属するヒトの口内炎ウイルスに似ていてRNAは1本鎖である。13-18℃でよく増殖するが、20℃以上と4℃以下では増殖しない。ウイルス粒子は脂質を含み、熱や乾燥に弱いが低温ではかなり安定である。また、pH6-8では安定であるが、pH5以下の酸性とpH9以上のアルカリ性では失活する。血清型はほぼ均一であるが、他の魚類のラブドウイルスとはっきり区別できる。
この魚病の治療法はほかのウイルス病と同じで、現在のところ全くないので、予防・防疫に頼らざるをえない。魚卵や種苗を選別、飼育用水や水槽、使用器具などの殺菌、幼稚魚の飼育水温の調節(15℃以上)などの処置をとる。消毒には有機ヨード剤が有効である。また、予防にワクチンが検討され、実験段階では効果がみられているが実用化はされていない。

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