第59話
ブーメランはどうして戻ってくるのかしら
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【編者註】 *1 ブーメラン(Boomerang):オーストラリア先住民が、キジなどの鳥や小動物をとらえるのに用いる「く」の字形の平らな木の棒で、飛行機の翼に似た断面をもつ。最初、獲物に向かって直進し、命中しない場合にはやがて向きを変えて上昇したのち下降し、投げ手の近くに戻ってくることで知られている。 |
【編者註】 *2 トルク:実際に発揮される回転力のことである。原動機では軸トルクや回転トルクの事を指す。 *3 剛体:外力が加わっても形や大きさの変わらない、力学上の仮想的な物体。 *4 オイラー(Euler)の運動方程式:剛体の回転運動を決定するための方程式。固定点のまわりの回転、重心の並進運動(重心だけに着目した運動のこと)を分離したときの重心のまわりの回転に適用される。本稿でも、ブーメラン自身の回転と、ブーメランの重心の飛跡に分けて考えている。 |
【編者註】 *5 流体力学:流体の静止、および運動の状態や、流体中にある物体が受ける力などについて論じる学問。なお、流体というのは液体や気体などのこと。 *6 揚力:液体や気体などの流体中にある翼などの物体にはたらく力のうち、物体と流体に速度差があるときに発生する流れの方向に垂直な力(動的揚力)を指す。物体が静止していてもはたらく浮力(静的揚力)は含まない。 |
では、このブーメランの回転が、この「右手の法則」にどのように当てはまるかを説明しましょう。
図3のように、一点で回転するブーメランに左から風が来たとして相対的に考えます。最初は重心を中心として@の方向に回転しているとします。そうすると、3枚の羽根が重心より上を回るときは向かい風になって、風を切る相対速度が大きくなり揚力も大きくなります。
逆に下を回るときは追い風になって、風を切る相対速度が小さくなり揚力も当然小さくなります。そうすると、上下で揚力に差が出てAの方向に新しく回転させようとする力(トルク)が起こります。そうすると、第2の回転の代りに最後に「右手の法則」による予想外の第3の回転Bが起こるという訳です。
実際は図2のようにブーメランが左に移動しながら第3の回転軸の周りで回転することになります。その結果、反時計回りに旋回しながら一周してもとの場所に戻ってくるというわけです。
ただし、戻ってくる時には必ず水平になって戻ります。この原因も少し原理の異なるジャイロスコープの右手の法則で説明できますが、ここでは少し複雑になるので別な機会に紹介いたします。
【図3】第3のジャイロ回転が
起こる原理説明図
3.ブーメランが水平回転で戻ってくる訳は?
これまで、ブーメランが反時計回りで旋回する理由を述べてきましたが、実際の現象はそれだけでは必要十分ではありません。それは、戻ってくる時には必ず水平になって戻るからです。次に、その訳を説明します。
飛行機はスピードの遅い離陸時や着陸時には向かい風に乗ります。速度が速い時は翼の揚力で飛べますが、遅い時にはお腹や翼の裏で風を受け、浮かぶようにして飛ぶからです。ブーメランの旋回も後半になると、同様に、翼の裏などで風を受け、ついには水平回転で戻ってくるのです。そのカラクリを以下で紹介します。
まず、図4の左上の写真を見ていただきたい。これは三枚羽のブーメランをテーブルの上に置き、それを水平面から撮ったものです。ブーメランが上に反っているのが分かると思います。その反り返りの角度を「上反角(じょうはんかく)」と言います。
飛行機の主翼も、安定飛行のために、必ず「くの字」に上向きに反り返っています。その効果は、紙を空中に放り投げた時、ヒラリヒラリと左右に揺れながら落ちる場面で見ることができます。
このようにして上反角は、飛行機が風などにあおられ横向きに流された時に、紙や落ち葉のヒラヒラと同じように、そのまま横に流され落ちないで、必ず翼を水平に戻すという安定効果を持っているのです。専門的には横向きの「ローリング」を防止・緩和する役割を持っています。
ブーメランにも、似たような性質があります。これも上向きに「くの字」に反り返った「上反角」をつけないと安定して旋回しません。以下、図4に沿って説明します。
この図4は、ブーメランが回転しながら飛び始めた直後の様子を、真上から見たものと考えて下さい。「くの字」に折れて回転している翼の役割を、これまでのように"上下"でなく、今度は"前後"に着目して「ジャイロスコープの右手の法則」に当てはめて考えるのです。
ブーメランは最初@の回転軸を持ちます。そうすると前方を回転する翼は、強い向かい風が裏側に当たり、翼を進行方向の左に押します。逆に後方の翼は、追い風で当たる風もわずかですが、翼の表側に当たり、その結果、翼を進行方向の右にわずか押します。
そうすると、この二つの力は、ブーメランを第A軸の周りでねじろうとする回転力が働くことになります。ここでも、前と同じく、実質的な回転は起こらず、そのねじろうとする第2の回転力が働くと、やはり驚くなかれ、ブーメランはそれに負けまいとして、つまり、その反作用として回り込みながら、全く新しい第3の回転を起こすという順番になります。
その第Bの回転は「右手の法則」に沿って、図4のような回転になります。そうすると、ブーメランは大旋回しながら、Aの反作用として、縦方向から水平方向に少しずつ傾くという訳です。したがって、大旋回の後半はほとんど水平回転になって戻ってきます。これも自分で、ブーメランを飛ばしてみると、納得が行きます。
もし、この翼に上半角が無くて、真っ直ぐであれば、水平になることができません。そうすると、上下方向の回転だけで、旋回しながら重力で墜落してしまいます。とにかく、ブーメランの大旋回には予想もしない「ジャイロスコープの右手の法則」が、ダブルで働いていたのです。
【図4】ブーメランが水平に戻ってくる訳
おわりに
ちょっとでも疑問に思うことがあれば、今やインターネットを利用すると簡単に色々な情報を探し出すことができるようになりました。
少しでも不思議に思うまたは疑問に思うことを調べるには、どうすればよいのかを周りにいる先生や親たちに相談してみましょう。自分で調べてみて知りたいと思っていたことが判ると、他人から答えを教えて貰うのと少し違った気持ちになるものです。
例えば、「ブーメラン」という用語を入力して検索すると、次のような項目について説明しているサイトが現れます。
@「ブーメラン協会」という団体があります
(http://www.jba-hp.jp/) A「ブーメランはどうして戻ってくるのか」
(http://www5d.biglobe.ne.jp/~wingwin/newpagereturn.htm) B「ブーメランはなぜ戻る」
(http://homepage3.nifty.com/iromono/kougi/ningen/node57.html) C「ブーメランの物理学」
(http://ichiya.com/iruka/boomerang/physics/index.html) D Wikipediaにもブーメランという項目があります
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%83%B3) E 「ブーメランの飛行原理」
(http://www.rangsjapan.co.jp/genri.html)や F 土井宇宙飛行士が「きぼう」で実施したブーメランの実験については、
(http://iss.jaxa.jp/library/video/sts123_boomerang.php)など。 参考文献
八木一正、他,ブーメランの戻る原理を明快に図説する,2006,東北物理教育,17-17
平成20年9月9日
著作者 八木 一正 (いちまさ)
岩手大学 教育学部 教授
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