「主な対象読者」
なにごとにも興味を持てる若者、すなわち年齢に関係なく、知的好奇心がお旺盛な人達を主な読者と考えました。
「本文の目的」
眼球を細菌感染から守るために涙にはリゾチームと呼ばれる抗菌活性物質が含まれています。この抗菌物質が鶏卵の卵白部に大量に含まれ、鶏卵の外側からの細菌感染から守っています。ところが鶏卵による食中毒が頻発するので、その原因を調査した研究の成果が公表されています。驚いたことに鶏卵がニワトリ体内で形成される(黄身と卵白が卵殻で包まれる)ときに、汚染菌が鶏卵内に取り込まれているのです。これは人力の想定外のことで、汚染菌の方が人間の知恵より上をいっていたことになります。人間はサルモネラ菌に負けるわけにはいかないのです。このような現状を広く一般の人達にも知って貰いたいために本文を書いてみました。
本 文 目 次
類鼻疽菌(Burkholderia pseudomallei)感染の環境要因
1) 類鼻疽菌とはどういう微生物か
2) 感染と疾患(類鼻疽症:Melioidosis)
3) 類鼻疽症の地理的分布と環境要因
(1) 農夫に多い
(2) 発育のpH
(3) 酸素が必須
腸炎菌(Salmonella Enteritidis)による食品汚染と環境への排出
1)腸炎菌による食中毒の特徴
(1) 大量な菌
(2) 鶏卵内部汚染
(3) 環境での鶏卵のサルモネラ菌による汚染
滝 龍雄
第72話 環境と微生物の相互作用
はじめに
環境微生物とは、一般に自然環境の中で生息している微生物を指し、実際には土壌微生物や海洋微生物あるいは河川や湖沼に生息する微生物、森林や山地、極端な例としては南極などの極地や活火山の火口付近に住む微生物などをも含むことがあります。
その為、環境微生物の研究対象は、これらの自然環境における微生物の生態や代謝、新種の同定、分類に関するものが多く、何と言っても環境の微生物の特徴は生きてはいるが培養困難な微生物が多いことです。
一方、病原微生物とは、ヒトや動物で病気の原因となる微生物で、その病気の中心となる部位から呼吸器感染性微生物、腸管感染性微生物などに分類され、さらに微生物の生物学的な性状から細菌、真菌、ウイルスや原虫などにも分類されています。
この病原微生物の研究は、ヒトの感染症を主な対象とする医学系がその中心ですが、他にも家畜や伴侶動物(ペット)などの動物を対象とする獣医学系、魚介類の感染症を対象とする水産学系もあります。このことは、これらの分野はどちらかというと各分野が独自に研究を進めており、その境界領域での共同研究は余り行われていないことを意味します。
環境微生物の生息する自然環境と病原微生物の生息する生活環境は、全く別個のものではないことは明白で相互に密接な接点が存在します。このような環境微生物と病原微生物の自然環境と生活環境は、長い間決して固定化されてきたものではありません。下の表に示したように環境微生物と病原微生物は、人間の活動、特に経済活動の活発化に伴い、近年急激に変化してきました。
環境微生物と病原微生物の接点
ここで取り上げるような環境微生物と病原微生物の相互作用について触れている調査や研究は、これまでには割と少ないようです。しかし、自然生態系から眺めてみると、幾つかの接点や接触点の存在が見えてきます。
それは次の3点に集約されると思われます。
1.古典的な接点(サイクル):
病原微生物の生態系における保全域(リザーパー)としての自然環境を介した接点
2.人間活動の増大に伴う接点:
環境微生物とヒトの接触機会の増大を介した接点
3.農業における微生物とヒトとの接触:
バイオテクノロジーにおける有用微生物の探索、
化学物質の自然環境への拡散、化学物質への耐性菌と分解菌の出現、
微生物農薬の散布、
バイオ技術による遺伝子組換え植物の作出と栽培、
新規微生物のヒトの生活環境への侵入。
本文では、ある微生物が環境微生物から病原微生物に変わった珍しい事例とその逆に病原微生物がヒトの生活環境から自然環境に放出され再び生活環境に入り込み病原微生物となった例をととりあげ、簡単に説明します。
類鼻疽菌 Burkholderia pseudomallei
病原微生物がヒトの生活環境から自然環境に放出され、再び生活環境に入り込み病原微生物となった例として取り上げます。
腸炎菌 Salmonella Enteritidis
ある微生物が環境微生物から病原微生物に変わった事例として取り上げます。
1.農林水産業における類鼻疽菌の例
類鼻疽菌(Burkholderia pseudomallei)感染の環境要因
本来自然界(土壌や水)に生息する細菌であるが、条件が適するとヒトに感染を起こし、時には重い病気を引き起こす病原微生物で、その例としては破傷風菌、レジオネラ菌や類鼻疽菌などがあります。
そのうち類鼻疽菌感染症は、特に水田耕作に従事する農夫などに集中する点で、農林水産業における環境微生物と病原微生物の接点の代表的な例と言えるものです。この類鼻疽菌による感染症は、東南アジアの風土病の1種であって、日本では輸入感染症としてのみ知られています。
1) 類鼻疽菌とはどういう微生物か
1912年にビルマ(現在のミヤンマー)のラングーンにいた英国人医師Whitmoreらが、馬の鼻中隔に潰瘍をつくる鼻疽菌と非常に性状の似た菌を敗血症患者から分離し,類鼻疽菌(Bacillus pseudomallei)と命名しました。菌の命名がその後に変更となり、BacillusからPseudomonasを経て、現在はBurkholderia pseudomalleiになりました。
類鼻疽とは、類鼻疽菌の感染を原因とする人獣共通感染症であり、日本では家畜伝染病予防法において届出伝染病に指定されている。感染の可能性のある動物は、牛、、シカ、馬、めん羊、山羊、豚、イノシシなどです。
類鼻疽菌は、グラム陰性の好気性桿菌で3本以上の鞭毛を持つ糖非発酵性である土壌菌の一種です。汚染された土壌や水からの経気道的あるいは経口的に感染が成立するようです。主として齧歯類の感染症ですが、しばしばヒトを含む種々の動物に感染します。多くの動物では急性例では発熱、食欲不振などを呈し、慢性例では食欲不振、元気消失が見られます。豚では不顕性感染を示す。ワクチンは存在せず、感染した家畜は治療を行わずに殺処分することが最善とされています。治療にはミノサイクリンやピペラシリンなどが有効です。
2) 感染と疾患(類鼻疽症:Melioidosis)
類鼻疽菌は、土壌生息菌で、ヒトでの侵入門戸は主に経皮的または経気道的です。その概要を次の表にまとめて示しました。
類鼻疽症の概要
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