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215.ノーベル賞授賞式に出席して.9‐19‐2000

  1. はじめに
  2. だいぶ前になりますが、大学生があまり勉強しないこと、やる気力がないこと等を書きました。それを読んだ方々から、「勉強しない学生や大学に出てこない学生は昔からいた。そのようなひ弱な学生達ばかりでなく、一生懸命に勉学と取り組んでいる学生もいるはずだ。現代の優秀な学生達のことも紹介した方が良い。」との忠告や希望を貰った記憶があります。

    北里大学は、昭和37年の創立ですから、まだ40年ほどの歴史しかありません。しかし、微生物学の授業で私の前を通過していった学生は1万人を超えました。この学生達のなかから本当に立派な卒業生が育ちつつあります。このように優秀な学生や卒業生が大勢いることを紹介したいとも考えていました。

    白川英樹・筑波大学名誉教授(物質科学)が2000年ノーベル化学賞の受賞者に決定したことは、皆さんの脳裏に新しい記憶として存在していることでしょう。2000年の今年は、雪印乳業の集団食中毒三菱自動車のリコール隠蔽事件など不愉快な事件が多かったなかにあって、白川英樹博士のノーベル化学賞は、20世紀最後の年を飾るに相応しいうれしい快挙のニュースと思われます。

    ノーベル賞の授賞式は、どのような雰囲気で、どのように行われるのか、賞状を受け取る瞬間に受賞者は緊張するのであろうか、受賞者は受賞講演で若者達になにを語りかけるのであろうか等を考えると、適わぬ願いとは思ってもそれでも、ノーベル賞授賞式を一度は参観させて貰いたいものと常々思いつづけていいます。今後も私のこの願いが適えられることは有りませんでしょう。

    ところが、私の極めて近く、隣の研究室に「昨年のノーベル賞授賞式に招待されて出席してきた星野亜紀君という大学院生」がいることに気がつきました。星野君に「ノーベル賞授賞式に出席してきた記憶を文字」にしてくれるように頼んでみました。快く引き受けてくれました。大学院生としての忙しい研究の合間をみて、「ノーベル賞授賞式に招待されて」という長文の原稿を書いてくれました。

    そこで、北里大学の学生の中にも極めてユニークな学生のいることの紹介を兼ねて、星野亜紀君にとって生涯忘れることのない記憶・ノーベル賞授賞式について語って貰います。以下に彼女が書いた原稿を原文のまま、ここに掲載します。ゆっくりと読んでください。

  3. 星野亜紀の「ノーベル賞」

目 次

 1.はじめに

 2.ノーベル賞授賞式

 3.ストックホルム国際青年科学セミナー

 4.日本国際賞授賞式

 5.おわりに

ノーベル賞授賞式に招待されて

                  北里大学大学院

医療系研究科

修士課程学生

星野 亜紀

1.はじめに:

  私は平成11年12月4日から8日間にわたって開催されたストックホルム国際青年科学セミナーStockholm International Youth Science Seminarに派遣されました。このセミナーはスウェーデン青年科学者連盟Swedish Federation of Young Scientistsが主催し、ノーベル財団Nobel Foundationが後援しているものです。セミナーでは世界18カ国から集まった30人の若手研究者らによる研究発表を始め、スウェーデン王立科学アカデミーThe Swedish Royal Academy of Science やノーベル財団によるレセプション、現地の研究所や教育機関の訪問などが行われました。また、セミナーの一環として1999年度ノーベル賞授賞式への出席、さらにはノーベル賞受賞者によるレクチャーや受賞者とのTV収録が行われました。

セミナーへの参加者は、国によって選考方法が異なりますが、我が国ではスウェーデン青年科学者連盟の関連機関であり、日本国際賞Japan Prizeの唯一の授与機関でもある国際科学技術財団The Science and Technology Foundation of Japanが代表者を選抜しています。国際科学技術財団は毎年その年の日本国際賞の受賞分野にあたる2名の学生を派遣の対象としています。

今年は「生体防御」分野と「都市計画」分野が受賞対象分野であったため、私が所属する北里大学医療衛生学部の臨床免疫学研究室にもセミナー派遣の話が持ち込まれました。世界の偉大な科学者がその業績を讃えられる最高の瞬間をこの目で見たいという気持ちから、私は派遣学生に応募することにしました。学内の選考を通過後、学長先生に推薦して頂いて、財団に選考対象となる小論文を送りました。数日後、財団にて最終選考となる英作文、英語での面接などが行われました。

そして幸運にも私は最終選考を通過し、「生体防御」分野の代表学生としてストックホルムへの切符を手にすることができたのです。ここでは読者の皆様に、私が体験したことを通して「人との出会い」というものを深く意識していただきたいと思っております。

2.ノーベル賞授賞式:

この日に味わった臨場感は今までの人生で最高のもので、これからの人生において貴重な位置づけになると確信しています。

スウェーデンの発明家アルフレッド・ノーベルAlfred Nobelの亡くなった日を記念して、ストックホルムでは毎年12月10日にノーベル賞の授賞式が行われます。(ノーベル平和賞はノルウェーのオスロで式典が行われます。)今年もこの日の夕方よりコンサートホールConcert Hallにおいてノーベル賞の式典Nobel Prize Award Ceremonyが、続いて受賞者を囲む晩餐会Nobel Banquetteと舞踏会Nobel BallがシティホールStockholm City Hallにて行われました。

私は振り袖を着て出席したのですが、他の参列者は皆ブラックテイル(燕尾服)やきらびやかなイブニングドレスに身を包んでいました。コンサートホールに到着すると、おびただしい数の群衆が周りを取り囲み、会場は熱気に包まれていました。リムジンが到着する度、大きな歓声やフラッシュの嵐が起こり、人々の興奮しきった様子が伺えました。

会場の中に入った私はまず、式典が行われるステージの醸し出す何とも言えない雰囲気に感心しました。客席には真っ赤なじゅうたんが敷き詰められており、ステージの上にはおそらく審査員や現地の国会議員などが座るであろう高級そうな椅子が並べられていました。中でもとくに目を引いたのがステージ上方の巨大なパイプオルガンです。私はあまり教会などに足を踏み入れる機会はないのですが、こんなにも大きくて立派なパイプオルガンを目にするのは初めてでした。

授賞式開始までの間、私は会場の様々な位置からステージを眺め、荘厳な雰囲気をたっぷりと楽しみました。そしてステージの人が皆着席し、オーケストラも配置に着いていよいよ授賞式が始まろうとしたとき、私の心臓はドキドキと今にも飛び出しそうになっていました。

式典はオーケストラによる盛大で見事な演奏で始まりました。そしてスウェーデン国王を始めとする王家の方々が入場するときには、受賞者やステージの人、観客全員が起立し国家を斉唱しました。ステージの上方にはスウェーデン王国の国旗もかかげられており、私はその場の醸し出す迫力に圧倒されました。授賞式は日本などでよく見受けられるような、形式ばった堅苦しい挨拶などは一切なく、各賞受賞とオーケストラによる演奏でたんたんと進行していくものでした。しかし、受賞そのものは国王自らの手によってメダルが渡され、世界的な学者といっても受賞者達はさすがに緊張した表情をしていて、私はその面もちからノーベル賞の偉大さというものを改めて実感させられました。そして各賞受賞の瞬間にはオーケストラによる素晴らしい演奏が繰り広げられ、まるで会場全体がひとつの楽器となって響いているような、とても感動的なものでした。式典が終了してからも、私はまだ夢の中にいるような気分で感動の余韻にひたっていました。

式典に続いて、受賞者たちや王族の方々などを囲む大規模な晩餐会および舞踏会がシティ・ホールCity Hallで開かれました。授賞式の行われた会場からは専用のスペシャルバスが用意されていて、私たちを含め参加者達はそれに乗って移動しました。あいにく外は雨が降っていましたが、群衆の数は先ほどより一層増えており、街の興奮も全く冷める気配を見せていませんでした。ストックホルムの街の人々がどんなにかこのノーベル賞という一大イベントを誇りに思っているかが伺えました。

晩餐会には数千人の人々が参加したのですが、会場となった一階のブルー・ホールBlue Hallに入ったとたん、私はおびただしい数のテーブルと食器類が並べられている姿に驚きました。ひとつのフロアーにたくさんのテーブルが一度に並ぶほど会場は広く、また側面には二階へとつながる見事な階段がありました。指定されたテーブルに着席すると、すぐにウェイターが乾杯のためのシャンパンをつぎにきました。食器はすべて金をベースとしたもので揃えられていて、テーブルのあちこちに、噂に聞いていたノーベル賞のメダルをかたどったチョコレートが置かれていました。

しばらくすると、二階から王族の方々が入場し、私たちは全員起立して迎えました。そして、非常に大勢のウェイターたちが一斉に階段の上からメインディッシュやデザートを持ってくるのでした。3時間に及ぶディナーの中盤には、階段付近行われるショータイムもあり、会場の人々はとても楽しんでいるようでした。このような大規模で盛大な晩餐会は改めてノーベル賞の偉大さを実感させるものであり、私は贅沢なひとときを過ごすことができました。

晩餐会に続いて二階のゴールデン・ホールGolden Hallにて舞踏会が催されました。ディナーパートナーの男性(スイスからの参加者カーディンCurdin)にエスコートされてホールに行くと、すでに大勢の人がダンスを楽しんでいました。周りの人々の華麗な舞を見ているうちその雰囲気に魅せられ、私も振り袖を着ているのにもかかわらずいろいろな人とダンスをしました。あるとき、ホールの中央に可愛い男の子がいたので話しかけてみると、今年度ノーベル化学賞受賞者であるツェヴァイルZewail先生のお子様でした。これをきっかけに私は、先生の奥様やお子達とも一緒に写真を撮ることができました。また、あるときには文学賞受賞者ギュンター・グラスGuenter Grass氏が奥様と一緒に可憐なダンスをしているのを目にすることもできました。

このような楽しいひとときは夜中過ぎまで続き、私たちはまだ何かの夢に酔わされているような気分で会場をあとにしました。外の雨はいつの間にか雪へと変わり、タクシーの窓から外の夜景を眺めながら私は、今夜は本当に素晴らしい貴重な思い出となる、と実感しました。

3.ストックホルム国際青年科学セミナー:

ノーベル賞の授賞式のほかに、ストックホルム国際青年科学セミナー参加者がどのような事を体験できたかは、はじめにも少し触れましたが、セミナーの開催された8日間私たちは分刻みのスケジュールでその他たくさんの行事をこなしました。

まずセミナーが始まると早速翌日には、参加者達と地元の学生達による研究発表(International Symposium)が行われました。発表の内容はありとあらゆる分野に渡っていましたが、とても興味をそそられるものばかりでした。人によって発表の仕方にも個性が出ていて、スライドやOHPを使う人もいれば、黒板にささっと絵を書いて簡単に説明する人もいて、とても楽しめました。とくに普段あまり馴染みのない、自分とは異なる分野の話をたくさん聞くことができ、非常に興味深く感じました。また私たちよりは少し若い参加者達がほとんどでしたが、参加者達はみな楽しそうに発表していて、その様子からそれぞれの仕事に対する誇りと熱意を感じ取ることができ、自分も彼らに負けないように頑張っていこうと研究意欲を駆り立てられました。

私は北里大学に関するちょっとした紹介と、自分の研究分野である免疫の話をしました。北里柴三郎先生のスライドが映されたときには、会場から笑い声が聞こえたりして、あまり緊張せずに楽しんで発表することができました。シンポジウムは午前と午後に渡り、途中でランチタイムがあったのですが、そこでさらに私は細かく研究内容を聞かれるなど、他国の参加者は興味を持っているように感じました。

また現地の大学や研究機関の訪問なども組み込まれていました。特にストックホルムから車で一時間程北に行った所にあるウプサラの大学では、学生達が勉強する環境が良く整っている事に感心しました。立派な教会や図書館などその設備は非常に充実していて、中でも大講堂はまるでオペラでも見るかのような素晴らしい場所でした。ウプサラは、大学が街の中心となる造りになっていて、街の人々も学生を優遇しているように見え、こちらの大学は日本とは比べ物にならないくらい位置付けが高いと思いました。こういった様子から私は、古くからの大学都市の伝統の重みというものを実感しました。

ウプサラではまた、現地の学生たちと交流を持ったり、みんなで伝統的なクリスマスディナーを楽しんだり、ノーベル賞授賞式の日に行われる舞踏会に向けてダンスレッスンをしたりもしました。西洋の文化に慣れ親しんできた欧米の参加者はさすがにダンスが上手で、私たち日本の代表はうまく踊れるようになるまでにかなり苦労をしました。

またカロリンスカ研究所Karolinska Instituteを訪問したときには、研究室の様子などを見学することができました。一番印象に残っているのは、ほとんど全ての部屋に明るい窓やリラックスするためのティールームが備え付けてあり、開放的な空間になっていたことです。設備が整っているのは勿論、研究者たちにとって素晴らしい環境になっていることに感心し、こんな研究所で研究に打ち込めたらいいなと羨ましく思いました。また私たちはここでノーベル医学生理学賞受賞者ギュンター・ブローベルGue nter Blobel先生の記者会見に同席することができ、各テレビ局の人々の的を得た数々の質問に迫力を感じました。

セミナーが始まって4日目くらいからノーベル賞関係の行事が本格的に始まりました。ストックホルム大学Stockholm Universityにおいて私たちは受賞者達(物理、化学、経済学)の講義に出席し、受賞者自らによる研究発表を自分達の目の前で聞くことができました。内容が非常に専門的でかつ多岐に渡っていたため、全てを理解するのには限界がありましたが、受賞者それぞれの醸し出す雰囲気や話し方などから各々の人となりを感じ取ることができ、ノーベル賞というものを身近なものと意識できるようになりました。

またスウェーデン王立科学アカデミーThe Swedish Royal Academy of Sciencesを見学した時には、ノーベル賞受賞者の選考のされ方などの説明を聞くことができました。とくに、実際に選考会議が行われる部屋でお話を伺うことができたので、選考時の風景が想像できるかのようでした。スウェーデン王立科学アカデミーでは、受賞者を囲むレセプションも開催されました。

レセプションは、ノーベル財団主催のものもあり、私達は双方のレセプションに参加し、受賞者のみならず世界の著名な方々とも接近できる機会が与えられました。そして科学者としての心構えを教えて頂くなど、これからの自分の生き方に大きく影響するような貴重なひとときを過ごすことができました。また授賞式の翌日にあたるセミナー最終日には、「Nobel Minds」という地元のテレビ番組の収録に参加しました。収録は王宮Royal Palaceの図書室で行われ、番組の前に再び受賞者と接近できるチャンスがあり、プライベートな事もお話するなど受賞者とより一層交流を深めることができました。番組は私達ストックホルム国際青年科学セミナーのメンバーと地元の学生、それに受賞者たちによる討論会をメインとする内容であり、活発な意見が飛び交って、ディレクターの人も今までで最高の出来であったと喜ぶほどのものでした。

以上のようにストックホルム国際青年科学セミナーでは盛りだくさんのイベントに参加し、たくさんの素晴らしい事を体験することができたのですが、一方で不安に思っていたこともありました。それは、体力や精神力、専門用語(英語力)などに対する不安です。ハードスケジュールや時差ぼけなどにより睡眠時間を十分にとることが難しいので、健康管理をしっかりすることが重要だと思いました。また英語力に関してですが、日常会話がこなせる事は必要不可欠であると思います。しかし自分の専門から遠い分野の受賞者の講義内容を聞くときなどは、理解するのが決して簡単とは言えませんでした。

他国の参加者との間の交流を深めることについては、幸運なことに、みな自然科学に興味を持ち、異なった人種の人々や異文化に対して好奇心をもっているひとたちばかりだったので、さほど苦労することなく打ち解けることができたと思います。さらにレセプションなどで受賞者の方と直接対面したときの経験から、私は社交性とコミュニケーション能力が一番重要な要素であると実感しています。

ストックホルム国際青年科学セミナーに参加して、私は様々な人に出会い様々な刺激を受けることができました。ノーベル賞受賞者を始めとする世界の著名な人々との出会いは、それ自身夢のようなことですが、それまで平凡な生活を送っていた私にとって忘れることのできない貴重な出来事となりました。そして同時に私はかけがえのない友とも出会うことができたと思っています。

ストックホルムという(私にとっては)極寒の地において、日本の代表というプレッシャーと先に述べたような不安を感じながらハードなスケジュールをこなしてこれた事も、セミナー参加者とみんなで励ましあってきたからだと思います。

ストックホルム国際青年科学セミナー最終日には、参加者達はみな泣いて別れを惜しんでいました。みんなで過ごした8日間が楽しすぎただけに、私にとって仲間たちとの別れは今までにないほどつらいものでした。けれども人種や国境を乗り越えて心を通じ合えることができたことは、これからの人生にとっての貴重な糧となり、一生の財産になると信じています。

4.日本国際賞授賞式:

さて、ここからはストックホルム国際青年科学セミナーには直接関係のない話となりますが、「日本国際賞Japan Prize」のことについて簡単に紹介させて頂きたいと思います。

「日本国際賞」は、科学技術において、科学技術の進歩に大きく寄与した人に与えられる名誉な賞であり、国際科学技術財団によって授与されます。受賞者は、毎年12月に決定され、式典は翌年4月に東京で天皇皇后両陛下御臨席のもと、内閣総理大臣、衆議院議長・参議院議長、最高裁判所長官を初めとする千数百名の著名な人々が出席して盛大に行われます。今年(2000年)の受賞者には、「都市計画」分野から生態学的都市計画プロセスを確立したイアン・L・マクハーグ教授Prof. Ian L. McHarg、および「生体防御」分野からIgEの発見とアレルギー発症機序を解明した石坂公成博士Dr. Kimishige Ishizakaが選ばれました。

国際科学技術財団が毎年ストックホルム国際青年科学セミナーへの派遣学生を選抜していることは先にも述べましたが、派遣された学生は日本国際賞の授賞式ならびに歓迎レセプションや合同記者会見、記念講演会、学術懇談会などさまざまな関連行事にも参加できることになっています。とくに授賞式においては受賞者と共に入場の際の「花道Flower way」をいっしょに歩くなど、受賞者のエスコート役を務めます。私達は4月28日の2000年度日本国際賞授賞式を中心に受賞者の方々と様々な形で交流を持つことができました。とくに石坂先生とは歓迎レセプションや式典のリハーサルなどを通じて打ち解けることができ、自分の研究内容をお話するなど、またとない時を過ごすことができました。

授賞式は国立劇場で行われたのですが、ステージは色とりどりの花で飾られていて、ため息が出るほど素晴らしいものでした。中でもステージの左側に置かれていた大きな金色のハープの姿はとても美しく、後方のオーケストラも見事な演奏を繰り広げていました。天皇皇后両陛下ご臨席のもと、全員がステージに揃ったあとに、スポットライトが照らす中、見事な演奏とともに花道を受賞者と一緒に歩いて入場したのですが、それは足が宙を舞うようなとても緊張した瞬間でした。

そして受賞式は、ハープ演奏の中、それぞれの審査委員長から盾が贈られたのですが、受賞者のそばでその瞬間をまさに目の前で見ることができたのです。ノーベル賞の授賞式に加えて、日本国際賞の授賞式にも参列し受賞者と触れ合えたことは本当に素晴らしい素敵な出来事でした。

5.おわりに:

ストックホルム国際青年科学セミナーに参加できたことは本当に幸運なことでした。若手科学者young scientistとして世界各国から選ばれた参加者達は、各々の分野は違っていても自分にとってはある意味でライバルであり、よき友でもあると思います。国境や人種を乗り越えてお互いに刺激し合い理解し合えたことは、お互いの成長を促す貴重な経験であったと確信しています。

また、ノーベル賞受賞者を始め、世界各国の著名な人々やノーベル財団関係者、国会議員の人たち、現地の先生や学生達など、様々な人と出会い、触れ合えることができました。私はこの8日間で実に多くの人との出会いを経験できたと感じています。

そしてその出会いから私は様々な面で影響を受け、吸収し、成長できたと思います。このことが、自分の人生において最も大切な出来事のうちの一つとなりました。これからも私はひとつひとつの出会いを大切にして、そこから生まれる可能性のあることを常に意識していきたいと思っています。

最後に、このような素晴らしい機会を与えて下さった財団の方々、ならびに私を推薦して下さった学長先生を始め多くの先生、応援して下さったたくさんの方々にこの場を借りて深く感謝を致します。

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誰でもが「ノーベル賞授賞式」に招待される訳ではありません。しかし、毎年二名の若者が日本代表としてノーベル賞授賞式に派遣されています。「和製ノーベル賞」と云われる「日本賞」は、毎年異なる二分野で世界的に著名な業績を上げた二名の人に授与されています。その年の二分野で勉学に励んでいる科学者の卵は、ノーベル賞授賞式に参加できるのです。星野亜紀君は選ばれた一人でした。

星野亜紀君の印象記を読んでくださった皆さん、どのような感想または印象を持たれましたでしょうか。大学院修士課程学生の文章で、これは彼女の表現力によるものです。「素晴らしい!」と思わず拍手をおくりたくなります。活字離れが叫ばれて久しくなりますが、まだまだ日本の次世代を担う若者に期待がもてそうに思われませんでしょうか。

この文を読んで下さった皆様の近くにいる日本の次世代を担う青少年に伝えて頂きたいのです。到達可能な目標を定め努力すれば「ノーベル賞受賞も可能」であり、また「ノーベル賞授賞式に招待される可能性」があることを知って頂き、次世代の若者を導いて頂きたいのです。旧帝国大学や偏差値の高い大学・学部の学生だけが将来を約束されているとは限らないのです。本当に勉強したことが学べる大学を選ぶ方策を一緒に考えて頂きたいのです。

パストゥール70回目の誕生の御祝いがソルボンヌ大学の円形大講堂で開催されました。フランス大統領に伴われてパストゥールが式場に入った時の光景は、まさに凱旋将軍を迎えるごとくの壮観であった。最後にパストゥールは、二階に陣取っていた学生の一団に向かって声を張り上げて「わが青年よ、安逸であるなかれ、・・・・研究室と図書室の静寂な平和に生きよ、・・・・君は人類の進歩と繁栄のために尽くしたことを思いうる無限の幸福を感じるまで励めよ!。」と語りかけました(志賀潔著、「細菌学を創ったひとびと」より)。

星野亜紀君にはこのように素晴らしい記憶と表現力があったのですから、私はもう少し早く彼女の存在をお知らせすべきであったと、いま反省をしています。もしかすると、「ノーベル賞授賞式に招待されて」には、続きがあるかも知れません。

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