第51話 
 シリーズ 水中の不思議なミクロの世界 〜その4〜
  陸水の生態系 ―多彩な水界に棲む特有の生物―
 

 
「主な対象読者」
 多彩な水界に生息する生き物について説明します。内容は多岐にわたり、説明も少し専門的かとも思います。さらに少し長文になりましたので、眠気覚ましにと途中に「コーヒータイム」をいれてみました。
 高校の高学年生から大学生が読者かと思います。
 
 
本 文 目 次
 1.光独立栄養生物
  1)光合成細菌
  2)藍色細菌(藍藻)
  3)原緑藻(プロクロロン)
  4)藻類
  5)水生植物(水草)
 2.化学独立栄養微生物
  1)硝化細菌(アンモニア・亜硝酸酸化細菌)
  2)無色硫黄細菌(硫黄酸化細菌)
  3)鉄細菌(鉄酸化細菌)
  4)磁性細菌
  5)水素細菌(水素酸化細菌)
  6)一酸化炭素細菌(一酸化炭素酸化細菌)
 
 
 1.従属栄養細菌
  1)紅色非硫黄細菌
  2)硫酸塩還元細菌
  3)一般従属栄養細菌
 2.水生真菌
 1.淡水原生動物(原虫)
 2.淡水後生動物
  1)無脊椎動物
  2)脊椎動物
 1.病原細菌レジオネラ
 2.有害な藍色細菌(藍藻)
 1.古細菌
 2.メタン生成菌
 3.強好塩菌(高度好塩菌)
 4.好熱菌
著作 野村 節三
 

 
 
第51話 シリーズ 水中の不思議なミクロの世界 〜その4〜
      陸水の生態系 ―多彩な水界に棲む特有の生物―
 
はじめに
 このシリーズその4では、川、湖、池、沼、水田などの淡水(真水)に棲む生物のほかに、塩湖や温泉などの特有な環境に棲む微生物について、「食物連鎖」という見方で説明します。
 「食物連鎖」(シリーズ その2、 第二章9)とは、ある生物aがbに、bがcに、cがdにと順に捕食されるという連鎖した関係をいいます。たとえば、植物プランクトンが動物プランクトンの餌になり、動物プランクトンが小動物の餌になり、その小動物はより大きな動物に捕食されるという自然の生態系があります。
 そこで、「食物連鎖」の底辺で生活を営んでいる「一次生産者」といわれる生物群と、有機物を分解したり摂取したりして生活を営んでいる「分解者」や「消費者」または「捕食者」といわれる生物群について説明します。
 
 
第一章 水中の一次生産者
1.光独立栄養生物
 さまざまな水界では、無機物を有機物に変えて生活し、他の生物の生命を支えている重要な役割をもっている生物群がいます。このような生物群を栄養面から「独立栄養生物」といいます。その中で、よく知られているのは光合成をおこなう多細胞の藻類と緑色植物(水生植物)です。そのほか、光合成をおこなう微生物には光合成細菌、藍色細菌(藍藻)、単細胞の藻類があります。これらは光をエネルギー源にしていますから、「光合成生物」または「光独立栄養生物」といいます。
 
 また、ミクロの世界には本章2で述べるように、無機物をエネルギー源にして生きている細菌群がいます。これらを「化学独立栄養微生物」といいます。それには硝化細菌、無色硫黄(いおう)細菌、鉄細菌、水素細菌、一酸化炭素細菌、メタン生成細菌などが属します。
 このような生物群を生態的な面からまとめて、「食物連鎖」の「一次生産者」または「基礎生産者といいます。
 
 「一次生産者」の特徴は、エネルギー源は光または無機物ですが、炭素源は二酸化炭素で、炭酸同化作用をおこなって有機物をつくることです。陸上での光合成生物は緑色植物ですが、水中での光合成生物は多彩で光合成細菌、藍色細菌、単細胞と多細胞の藻類です。これらの共通点は光を吸収して有機物を合成する工場に当たるクロロフィル(葉緑素)をもっていることです。
 
1)光合成細菌
 最も原始的な単細胞の生物群を原核生物またはモネラ界といい、細菌(古細菌以外)と藍色細菌(藍藻)がそれに入ります。細菌の中でも光合成細菌は藍色細菌とともに植物への進化の原点ともいえる存在で、海、湖、沼、溜め池、水田、活性汚泥槽、下水溝のほか塩田や硫黄温泉にも生息していますが、一般に栄養が豊富で、しかも空気(酸素)がない嫌気的な場所に限ります。
 
 その理由は光合成細菌も植物と同じように、太陽光をエネルギー源にして、二酸化炭素を炭素源(光独立栄養)にしていますが、植物が利用する水の代わりに、硫化水素などの無機硫黄化合物または水素を利用していますので、酸素のない環境(嫌気的)でしか生育できないからです。
 
 光合成細菌は赤、紫、茶、橙、緑色などで、硫化水素やチオ硫酸塩を酸化して硫酸にする偏性(絶対)嫌気性の緑色硫黄細菌(クロロビウム)と、微好気的な条件で呼吸する紅色硫黄細菌(クロマチウム)のほかに、嫌気的な条件で水素を利用して光合成をおこなう紅色非硫黄細菌(ロドスピリラム、ロドシュードモナス)が含まれます。
 
 光合成色素は緑色の葉緑素クロロフィルに似た青緑色のバクテリオ・クロロフィル(a, b, c, d, e)です。緑色硫黄細菌の色はこれによりますが、紅色細菌はカロテノイド色素によってマスクされて紅色に見えます。
 
 それらの形は球状、卵状、棒状、らせん状、糸状などさまざまで、運動しないもの、鞭毛で運動するもの、菌体を滑らせて運動するものなどです。
 
 光合成細菌は生態系では極微小プランクトンで、動物プランクトンの有効な餌になり、「炭素・窒素・硫黄の循環」にとって重要な働きをもっています。また、他の細菌と共存すると窒素や炭酸を固定する能力が増えることが判って、廃水処理に応用されています。そのほか、その菌体はビタミンなど有効成分が多いので、養殖魚や鶏の餌としても利用されています。
 
 硫黄細菌にはほかに化学エネルギーで生きる無色の硫黄細菌(硫黄酸化細菌)(2−2))がいます。また、最近、光合成をおこなう紅色や緑色硫黄細菌の中に、炭酸第一鉄や硫化第一鉄を酸化して、水酸化第二鉄と有機物をつくる新菌種が発見されました。これは従来の鉄細菌(2−3))と似ていますが、光エネルギーを利用する点が違います。
 
2)藍色細菌(藍藻)
 藍色細菌はかつては下等な藻類の1群とみなされ、藍藻といわれていたのですが、近年、その細胞の仕組みが単細胞の一般細菌と同じであることが判り、現在は藍色細菌(シアノバクテリア)とされ、原核生物の細菌とならぶモネラ界の1群になっています。
 
 藍色細菌は海水、汽水、淡水や温泉などの水界のほか、土、岩、樹木の表面などにも生育しています。その多くは藍色または青緑色ですが赤紫色や茶色もあります。
 
 その大きさは1ないし数ミクロメートルで、形は球状や棒状ですが、これが多数集まった群体(ミクロキスティスなど)、じゅず状(アナべナ、ネンジュモ、ノストックなど)、糸状(ユレモ、スピルリナなど)になったものは肉眼でも見ることができます。また、ユレモ科は糸状体を回転させながら、滑り運動で光の方向へ集まる性質(走光性)があります。
 
 藍色細菌の光合成の仕組みは藻類や緑色植物のそれとほぼ同じで酸素を放出します。しかし、光合成をおこなう色素は緑色植物のそれと同じクロロフィルaのほかに、広く動・植物にある胆汁色素に似たフィコビリンです。藍色細菌のフィコビリンには3種類あります。
 
 それらは@色素タンパク質フィコシアニン(藻藍素)の色素部フィコシアノビリン(藍色)、A色素タンパク質フィコエリトリン(藻紅素)の色素部フィコエリトロビリンとフィコウロビリン(赤紫色)です。光エネルギーはこれらの色素によってクロロフィルaへ伝えられるのです。藍色細菌が青(藍)色、緑青色、赤紫色などに見えるのはこれらの色素の割合によります。
 
 さて、地球上で最初に現れた原始生命体から、どのような道筋で生物が進化したかという謎には大変興味がもたれますが、それについて次のような考え方があります。
 
 まず、未知の原始生命体から酸素がない環境(嫌気的)で、有機物を利用(従属栄養)して生きられる原始的な原核生物が現れたとされ、そのうちに有機物が少なくなってくると、太陽エネルギーと二酸化炭素を利用(独立栄養)する原始的な光合成をおこなう原核生物が現れ、それが藍色細菌へ進化したという説です。
 
 そして、藍色細菌から現在の植物(独立栄養)へ進化し、一方、藍色細菌が大繁殖することで大気中に酸素が増加して、酸素を利用(好気呼吸)する細菌が現れ、現在の動物(従属栄養)へ進化したと考えられています。つまり、藍色細菌は地球上で酸素の生みの親ともいえるのです。
 
 したがって、水中では藍色細菌は藻類とともに、二酸化炭素を吸収して光合成で自身の有機物をつくる(光独立栄養)かたわら、その産物である酸素を呼吸で生きている好気性の微生物や水生動物へ供給するという重要な役割をもっています。また、「食物連鎖」では微小プランクトンで、動物プランクトンの餌にもなります。
 
 ところが、富栄養化(窒素やリンが増加)した湖、溜め池、淀んだ川などで、藍色細菌であるミクロキスティス(アオコ)やアナベナが大量に増殖すると、“水の華”とよばれる異常現象が現れます。欧米ではこの水を飲んだ家畜や人がその毒素(ミクロキスチン)で多数死亡した事件がおきました。しかし、最近になってこの毒素を分解する細菌が日本や各国で見つかっています。このような有毒藍色細菌については第四章で述べます。
 
 ところで、一般に食用の海苔(ノリ)は、海産の原始紅藻類のアマノリ属と緑藻類のアオノリ属、ヒトエグサ属、アオサ属ですが、地方によっては藍色細菌を珍しい淡水ノリとして食用にしているところもあります。昔は熊本県熊本市水前寺の江津湖(天然:水前寺苔)や福岡県久留米市(養殖:寿仙苔)で採れていたスイゼンジノリ(フィロデルマ)がその1例です。現在、スイゼンジノリが採れるところは福岡県朝倉市の黄金川のみです。そのほか渓流の石や水草に生えるカモガワノリ(ノストック、姉川クラゲ、葦付苔)があり、中国には黄河上流の川中の岩に生えるハッサイ(ノストック、髪菜)があります。
 
 アフリカのチャド湖ではスピルリナが多量に採れて、現地では食用にしていますが、最近、高タンパク質源として増殖と食品化の研究が進んでいます。また、東南アジアやインドでは窒素を固定する藍色細菌を水田の窒素源として開発しようとしています。
 
3)原緑藻(プロクロロン)
 さて、ここで海水性ですが、大変珍しい原始的な微生物を紹介しましょう。それは原緑藻またはプロクロロンといわれ、1975年にR.A.レヴィン博士(米)によって、熱帯や亜熱帯の海に棲むシロウスホヤ(原索動物)の体表から共生体として発見されました。
 
 この微生物は大きさが8〜14ミクロメートルの単細胞で球状ですが、核がなく光合成をする膜状体が散在していること、光合成色素は高等植物がもつクロロフィルa,bで、フィコビリンをもたずに(藍色細菌はフィコビリンをもつ)、酸素を放出することなどから、原始的な緑藻という意味で原緑藻とされています。
 
 現在ただ2種のみで、進化の過程である種の藍色細菌がクロロフィルbをもつようになって現れた微生物と考えられ、緑色植物の細胞内にある葉緑体の起源になった微生物に近く、モネラ界の第三の原核生物として興味がもたれます。
 
4)藻類
 藻類のほとんどは淡水と海水中に生息していますが、中には土、岩上、樹皮の表面や地衣類のように菌類と共生体をつくっている藻類もあります。藻類の種類は多く一般の緑色植物と同じように、光合成をおこなう「一次生産者」の重要な1群といえます。
 
 ここでは、前に述べた原核生物である藍色細菌(藍藻)と原緑藻を除いて、より分化した細胞からなる真核生物(原生生物から高等動植物まで)の中で、原生生物界に属している藻類について概説します。
 
 藻類の約半数は淡水性で、単細胞の微細藻類が最も多く、黄金藻、ハプト藻(円石藻)、黄緑藻、真眼点藻、珪藻、渦鞭毛藻、ラフィド藻、クリプト藻、緑虫藻、プラシノ藻がこれに当ります。単細胞も多細胞もある藻類は緑藻と紅藻で、緑藻や珪藻などは群体もあります。また、すべてが多細胞の藻類は車軸藻と褐藻です。
 
 単細胞の藻類のほとんどは淡水、汽水、海水に生息していますが、黄金藻、黄緑藻、緑虫藻は淡水に多く、ハプト藻は海水に多く生息しています。
 
 一方、 淡水性の紅藻は少なく、褐藻はほとんどが海産で淡水産はわずかに5属です。
 ただし、ほとんどの藻類の細胞は高等生物のそれと同じ核をもつ真核細胞ですが、渦鞭毛藻類だけはその染色体にヒストンというタンパク質がなく、中間期も染色体が核内にあることから、進化的に中核生物とされ原核生物と真核生物の中間にあると考えられています。なお、渦鞭毛藻類の中のヤコウチュウ(夜光虫)や緑虫藻類の中の数種には葉緑体(光合成器官)が無く、単細胞の藻類や原生動物を固形のまま摂食する従属栄養性ですから、「消費者」に入ります。
  
 藻類は生活様式から水中を浮遊する植物プランクトンと、水生の高等植物、水底の泥土、岩石その他のさまざまな固形物の表面に生える付着藻類に分けられます。
 
 単細胞藻類のほとんどは顕微鏡的な微生物で、その多くは植物プランクトンで動物プランクトンの餌になります。また、付着藻類は多細胞の緑藻、紅藻、車軸藻や褐藻で、最も大型の淡水藻は車軸藻のホシツリモで約2メートルになり、緑藻のマリモは直径40~50センチメートルです。世界最大の藻類はオーストラリア、ニュージーランド沿岸やアフリカ南岸に分布する褐藻オオウキモで長さは60メートルまたはそれ以上になり、また、最も分化した藻類は高等植物のような形の褐藻ホンダワラでともに海産です。
 
 藻類の光合成色素は緑色のクロロフィルa, b, cのうち、aは藻類すべてに共通です。そのほかに各種のキサントフィルをもっていますが、紅藻とクリプト藻は藍色細菌(藍藻)と同じように、赤色色素のフィコビリンをもっています。
 
 そして、すべての藻類は光合成で放出される酸素が呼吸をする水生動物の生命を支え、一方ではそれらを捕食(植食)する水生動物の栄養源にもなって、水中の食物連鎖の過程の一部になっています。
 
 ところが、水界が富栄養化すると、特定の微細藻類(黄金藻、珪藻、渦鞭毛藻、緑虫藻、緑藻)が多量に増殖して水の華”または“淡水赤潮といわれる異常現象がおきます。琵琶湖でおこる淡水赤潮の原因は黄金藻ウログレナの異常増殖です。
 
 また、食物連鎖の有害面として、海産の渦鞭毛藻(アレキサンドリウム、ディノフィシス)には麻痺(まひ)性や下痢性の貝毒をもっている種があり、このような有毒プランクトンが海の環境変化で大増殖すると、これを捕食するホタテガイやイガイの中腸腺に蓄積されて、それによる食中毒が問題になっています(シリーズ その2 第五章1,4)。貝毒は文字通り、貝類だけの毒性物質と考えられていましたが、今年(2008年)の4月に初めてホヤにも貝毒が検出され、問題が深刻化しています。
 
 なお、藻類の中で、緑藻のクロレラは光合成の研究で好適な材料となり、タンパク質源としても有用で、緑藻のアオミドロ、ボルボックス、マリモ、緑虫藻のミドリムシ(ユーグレナ:第三章1)や多種類の珪藻(殻の主成分は珪酸)などは小・中学校の理科の観察・実験でよく使われる藻類です。
 
5)水生植物(水草)
 水界のマクロの世界では、陸上植物と同じように光合成をおこなう「一次生産者」として、湖沼、水田や湿地に生え、一般に「水草」とよばれる水生植物があります。これは陸上植物と違って、つねに水が補給され根から栄養分を吸収するのにも好都合ですが、太陽光が届く範囲の比較的浅い水中で生育しています。
 
 水草はその生育様式によって、水面より上部で光合成をおこなう抽水植物(ヨシ、マコモ、ガマなど)、水面を漂っている浮遊植物(浮標植物:ウキクサ、タヌキモなど)、水中の基質に付着しながら葉を水面に浮かせている浮葉植物(ヒルムシロ、ヒシ、ジュンサイなど)、水中の基質に付着して生育する沈水植物(クロモ、カナダモなど)に分けられます。
 
 ただし、沈水植物には○○モという名前の植物が多く、藻類と思われがちですが、そのほとんどは藻類ではなく水生の高等植物で、シャジクモやフラスコモのみは多細胞藻類の仲間です。
 
 水草は水面の浮遊植物のほか、水中では一般に岸辺から深みへ順に、抽水植物、浮葉植物、沈水植物が分布しています。これらの水草は陸上植物と同じ仕組みで光合成(炭酸同化作用)をおこなって、水中や空気中へ酸素を放出して、水生の好気的な微生物や動物の生育を支えたり、水生動物の産卵や孵化の場になったり、植食動物の餌になって「炭素の循環」に関係しています。
 
表1.水中の一次生産者(T)―光独立栄養生物(光合成生物)―
生 物 界 生 物 群 エネルギー源 炭素源 電子供与体* 生成物




原核生物
モネラ界



   

 光合成細菌
 緑色硫黄細菌
 紅色硫黄細菌
紅色非硫黄細菌 一部
 大部分: 光従属栄養
 藍色細菌(藍藻)
 嫌気的条件
 原緑藻(プロクロロン)










二酸化炭素
二酸化炭素
二酸化炭素
有機物
二酸化炭素
二酸化炭素
二酸化炭素


硫化水素
硫化水素
水素、硫化水素
有機物

硫化水素


硫黄、硫酸
硫黄、硫酸
硫酸
有機物
酸素
硫黄
酸素
真核生物
原生生物界
植物界
 

 藻類
 水生植物(水草)



二酸化炭素
二酸化炭素



酸素
酸素
 *生体内での酸化・還元反応で、電子(水素)を与える物質。
 
 
2.化学独立栄養微生物(細菌)
 「一次生産者」の中には、エネルギー源を光に頼らず、もっぱら還元型の無機物の酸化で得られる化学エネルギーで生育して、有機物を生産している微生物がいます。これ化学独立栄養微生物といいます。この群は特有の細菌だけで、二酸化炭素を炭素源として炭酸同化作用で生育しています。
 その種類は硝化細菌、無色硫黄細菌、鉄細菌、水素細菌、一酸化炭素細菌、メタン生成細菌です。硝化細菌は広く分布していますが、その他はそれぞれの無機物が多量にある特殊な環境に生息しています。その中で、メタン生成細菌は古細菌の仲間ですから第五章1,2で説明します。
 
1)硝化細菌(アンモニア・亜硝酸酸化細菌)
 硝化細菌は海水、陸水、土壌などで、とくに有機物が分解されてできるアンモニアなどの窒素分が多い環境に分布し、「窒素の循環」にも働く重要な微生物の1群です。
 
 この細菌はアンモニア(アンモニウム・イオン)やヒドロキシルアミンを酸化して亜硝酸イオンにするアンモニア酸化細菌または亜硝酸菌(ニトロソモナスなど)と、亜硝酸イオンを酸化して硝酸イオンにする亜硝酸酸化細菌または硝酸菌(ニトロバクターなど)に分けられます。
 
 これらの硝化細菌は好気性で、球状、楕円球(西洋ナシ)状、短い棒状です。そして、独立栄養的にそれぞれの酸化作用で得られる化学エネルギーを利用して炭酸同化を営みます。
 
 アンモニア酸化細菌の中には、ドライクリーニングなどに使われるテトラクロロエチレン(毒性)などから塩素を除く作用をもつ嫌気性細菌(デハロゲノコッコイデス)も見つかっています。
 
 一方、独立栄養性の硝化細菌とは別に、有機物を利用してアンモニアから亜硝酸を経て硝酸にまで酸化する細菌や、その逆に嫌気的な条件で硝酸を還元して亜硝酸を経てアンモニアにする細菌(硝酸塩還元性菌)のほか、硝酸や亜硝酸を還元して窒素ガスにする細菌(脱窒細菌)もいます。この反応は酸素呼吸に対して硝酸呼吸といいます。
 
 さらに、窒素ガスをアンモニアにする好気性の窒素固定菌もいます。いずれも「窒素の循環」に働いていますが、これらは有機物を利用する従属栄養性の細菌ですから、「生産者的な分解者といえます。
 
2)無色硫黄細菌(硫黄酸化細菌)
 酸素がない環境(嫌気的)で光エネルギーで生育する紅色・緑色硫黄細菌は光合成細菌の項(第一章1)で述べましたので、ここでは硫黄化合物を酸化して得られる化学エネルギーを利用して生育する無色硫黄細菌について述べます。
 
 この細菌は一般に水中や土壌に分布していますが、とくに硫黄温泉や下水溝、ときには湖底や海底の泥土など硫化水素が発生している環境に生息して、これら硫黄化合物を酸化しますので硫黄酸化細菌ともいわれます。
 
 硫化水素は生物の死骸が細菌によって分解されて発生しますが、とくに湖底の泥土などの嫌気的な場所では、硫酸塩還元菌(第二章1)によっても生成します。硫黄酸化細菌は硫黄や硫化水素のほかチオ硫酸、亜硫酸などの硫黄化合物を最終的には硫酸塩にまで酸化し、その化学エネルギーを利用して生育しています。
 
 この群には鞭毛をもった棒状またはらせん状で、偏性好気性の独立栄養菌(チオバチルスなど)と、糸状で細胞内に硫黄顆粒を蓄積する硫黄細菌(ベッギアトアなど:シリーズその2、第三章3)の2群があります。
 
 しかし、ベッギアトアは好気性または微好気性で、独立栄養的(無機物利用)にも従属栄養的(有機物利用)にも生育する混合栄養性です。また、この細菌は深海(2、500メートル)の熱水湧出孔付近でも膜状に群生していて、二枚貝、エビ、カニ、ヒトデなどがこれを食べることが知られています。いずれも自然界では「硫黄の循環」に働く重要な微生物です。
 
 なお、硫黄酸化細菌にはそのほかに酸性温泉などの熱水地帯に生息する細菌(スルフォロバスなど)がいますが、これについては好熱好酸菌の項(第五章4)で説明します。
 
3)鉄細菌(鉄酸化細菌)
 鉄細菌は鉄鉱山(酸化・硫化鉄鉱石)の採鉱場やその廃水のほか鉄・硫黄分が多いに地下水や湖沼の深層水などから分離されます。鉄細菌は2価の鉄イオンを3価の鉄イオンに酸化して、そのエネルギーで炭酸固定をする好気性の化学独立栄養細菌(一部は従属栄養も兼ねる)です。また、マンガン化合物も酸化する菌種(鉄・マンガン細菌)もあり、次の3群に分けられています。
 
 第一2価の鉄やマンガンを酸化する化学独立栄養細菌(アシジチオバチルス・フェロオキシダンス、シデロカプサなど)です。前者は強酸性(pH2.0)下で生育する好酸性の鉄酸化細菌ですが、無色の硫黄酸化細菌でもあります。
 
 第二は上と同じ化学独立栄養性で、柄をもつ有柄(ゆうへい)細菌(ガリオネラなど)または出芽細菌(プランクトマイセス)です。ガリオネラは偏性(微)好気性で鉄温泉などによく見出され、水酸化第二鉄を分泌してその殻の中にいます。シデロカプサやプランクトマイセスは細胞の外層が鉄やマンガンの酸化物で被われています。
 
 第三は鉄を含む無機物(独立栄養性)でも、有機物(従属栄養性)でも生育する鞘をもつ糸状の有鞘(ゆうしょう)細菌(スフェロチルス、レプトスリックスなど)です。前者の鞘には水酸化第二鉄が沈着し、後者の鞘は酸化鉄や二酸化マンガンで満たされます。しかし、この有鞘細菌は現在、従属栄養細菌とされていますから、「一次生産者」と「分解者」を兼ねています。
 
 筆者も以前、あるサケ・マス孵化場(淡水)の貯水槽に設置された給水管やポンプに付着して支障がおきた黒色物について調査したことがあります。そして、この黒色物から特異なひしゃく状の有柄細菌と糸状の有鞘細菌が分離され、その形や培養条件からある種の鉄・マンガン細菌であることが判りました。つまり、その孵化場は旧鉄鉱山地帯から流れる川の近くの地下水を利用していたので、その水中で鉄・マンガン細菌が異常に増殖して、酸化鉄や二酸化マンガンなどの黒色物が沈着したのです。
 
 2価鉄を3価鉄へ酸化する好酸性の鉄酸化細菌は黄銅鉱(鉄・銅の硫化物)から銅を精錬する過程や低品質の鉱石から金属を回収する過程で利用されています。このように細菌を使った鉱物資源の回収法をバクテリア・リーチングといいます。また、鉄細菌は鉱業廃水処理にも応用されています。
 
 なお、岩手県八幡平にある五色沼の水の色が変化する原因は、その水質(鉄分、硫酸、硫化水素)、水温、溶存酸素の変化に伴う鉄酸化細菌の作用であることが、1979年に岩手大学の吉田稔教授らによって解明されました。
 
4)磁性細菌
 さて、ここで酸化鉄に関係する大変珍しい磁石をもった細菌について説明しましょう。 1980年代になって、アメリカ東部の州(ニューハンプシャー、マサチューセッツ)やニュージーランドの川、沼、廃水処理場の底泥から、細胞内に磁性のある顆粒をもった細菌(アクアスピリラム、現マグネトスピリラム)が発見され新聞でも報道されて話題になりました。
 
 磁性細菌は約30℃が適温の微好気性で、大きさと形は0.2〜0.4 x 4〜6ミクロメートルのコンマ状、短いらせん状、球状または楕円球状の細胞で、1〜2本の鞭毛で運動します。
 
 その磁石はマグネトソームといい、磁鉄鉱と同じ四三酸化鉄の微結晶(立方体、八面体、弾丸状など)が連鎖状になって、リン脂質やタンパク質の膜で包まれています。
 
 このような磁性細菌は有機物からエネルギーを得ていますから従属栄養性ですが、水素からエネルギーを得る独立栄養性の1菌種もあります。そして、マグネトソームで地磁気を感知して動く能力(走磁性)がありますので、酸素が少ない底泥へ移動するのではないかと考えられています。
 
5)水素細菌(水素酸化細菌)
 かつてはエネルギー源として水素を、炭素源として二酸化炭素を利用して独立栄養的に生育する単独の細菌が存在するとされていました。ところが、その後、このような細菌はほかの化学独立栄養菌とは違って、エネルギー源と炭素源ともに有機物を利用する好気性の従属栄養細菌の中の特殊な菌種であることが判りました。
 
 つまり、水素細菌は水素を酸素で酸化して水ができるとき(酵素:ヒドロゲナーゼの作用)にでる化学エネルギーを利用する独立栄養性と、有機炭素源を利用する従属栄養性を合わせてもって炭酸固定を行う細菌です。
 
 このような水素細菌は広く水中や土壌に分布していますが、その種類は比較的多く、アルカリゲネス、シュードモナスなどのグラム陰性菌やバチルス、ミコバクテリウムなどのグラム陽性菌が属します。また、水素細菌の多くは中温菌で、中には空気中の窒素をアンモニアにする窒素固定能をもち、「窒素の循環」にも働く菌種や高温性の菌種もありますが、最近、日本で水素をエネルギー源と電子供与体に、二酸化炭素を炭素源にする絶対化学独立栄養性の水素細菌(ハイドロジェノバクター)が発見されています。
 
6)一酸化炭素細菌(一酸化炭素酸化細菌)
 一酸化炭素細菌は、一酸化炭素を酸素や水で酸化して二酸化炭素にし、そのときにでる化学エネルギーで好気的に二酸化炭素を同化して有機物をつくり、独立栄養的に生育する細菌です。
 
 しかし、その多くが水素を唯一のエネルギー源にしていることから、水素細菌の性質も兼ねています。また、一酸化炭素細菌という特定の群はなく有機物も利用できる従属栄養細菌の中の特殊な菌種です。とくに、中温菌のアルカリゲネスやシュードモナスが一酸化炭素を炭素源にする細菌の代表です。
 
 一酸化炭素はよく知られているように、人をはじめ呼吸をする動物にとってはきわめて毒性が強い物質(一酸化炭素中毒)です。それは一酸化炭素が呼吸系に働く酵素と結合して呼吸困難におちいるからです。ところが、一酸化炭素細菌にもこのような酵素があるにもかかわらず、一酸化炭素の存在下でも機能していることは不思議です。
 
 なお、一酸化炭素から有機物が合成される過程にはニッケルを含む独特の脱水素酵素(デヒドロゲナーゼ)が働いています。
 
表2.水中の一次生産者(U)―化学独立栄養微生物(細菌)―
生物界 細菌 エネルギー源 炭素源 最終電子受容体* 生成物




原核生物
モネラ界




 

アンモニア酸化細菌
亜硝酸酸化細菌
硫黄酸化細菌
鉄酸化細菌

水素酸化細菌
一酸化炭素酸化細菌

アンモニア
亜硝酸
硫黄化合物
2価鉄
硫黄化合物
水素
水素
一酸化炭素

 

二酸化炭素
二酸化炭素
二酸化炭素
二酸化炭素

二酸化炭素
一酸化炭素
二酸化炭素

酸素
酸素
酸素(硝酸)
酸素

水(硝酸)


亜硝酸
硝酸
硫酸
3価鉄
硫酸

二酸化炭素
二酸化炭素
古細菌 メタン生成細菌 水素 二酸化炭素 水素 メタン
 *生体内での酸化・還元反応で、電子(水素)を受け取る物質。
 
 
 

       コーヒータイム:「私の新聞記事の利活用」

 この「シリーズその4」はかなり長いので、ここで、一息入れましょう。
 私の習慣になっている新聞記事の切り抜きについて話しましょう。

 本シリーズ「水中の不思議なミクロの世界」の中で、しばしば、それぞれの項目に関係した最近の話題(トピックス)を取り挙げています。

 その中には自分の体験にもとづいた話もありますが、ニュースとしてとくに引用する話題は新聞記事によることが多いのです。

 私が自然科学とくに化学や生物に興味を持ち始めたのは、戦後間もない中学時代ですが、高校時代の昭和26(1951)年頃から、新聞記事を切り抜いては新聞名と年月日を記入して、スクラップ・ブックに貼り付けていました。

 当初は将来進みたいと思った化学、薬学、生物学、医学分野のみでしたが、その後はさらに広めて自然科学一般、物理学、化学、生物学(動物、植物、微生物),生化学・分子生物学、医学、薬学、地質・鉱物学、古生物・人類学、天体・地球科学、海洋・水産学、環境、教育などに分類して、スクラップ・ブックも50冊近くになりました。

 これらの記事はその時々のニュースやトピックスですが、これ自体がいわば戦後から半世紀の自然科学史の断片でもあります。

 その多くは新しい発見や発明、科学者のプロフィールなどの記事で、昔のスクラップ・ブックを開くと当時のことが蘇ってきますが、中にはその時々の話題を判りやすく解説してあって、現代にも充分通用する内容ですから役に立つことが多々あります。

 私にとって最も印象深い新聞記事といえば、「新抗生物質ロイコマイシン」についての朝日新聞の記事(昭和28年5月)です。その発見者は北里研究所の秦藤樹博士でした。当時は夢にも思わなかったのですが、奇しくも4年後に私が秦藤樹先生の研究室で抗生物質の研究に従事することになったのです。この記事はその後私が北里研究所と北里大学で42年間、微生物の生化学的研究を行なった“きっかけ”になったのです。

 科学研究の原点は「好奇心」、「謎解きへの挑戦」です。ニュース性が高い新聞の科学記事の裏にはそれがあるから、なおさら読者が興味をそそられるのです。スクラップには「くず」や「ごみ」という意味もありますが、新聞記事はその時代の「知識の宝庫」ですから若い皆さんに興味のある分野の記事の切り抜きを勧めます。
 
 
 
 
第二章 水中の分解者 ―従属栄養微生物―
 「食物連鎖」の中で「一次生産者」の有機物を摂取・吸収して、それをエネルギー源と炭素源にして生育している微生物がいます。それは従属栄養性の一般細菌、病原細菌と真菌(カビや酵母)です。
 
 しかし、中には例外的に光をエネルギー源に利用している紅色非硫黄細菌(一部)と硫酸塩を還元して得られる化学エネルギーを利用している硫酸塩還元細菌がいます。
 
 ここでは、「分解者」であるこれらの微生物について説明します。
 
1.従属栄養細菌
1)紅色非硫黄細菌
 富栄養化した湖沼、下水、水田、廃水処理場などに生育する紅色の非硫黄細菌の数種(ロドスピリラム、ロドシュードモナス)はエネルギー源として光または有機物、炭素源として有機物または二酸化炭素を利用している光従属栄養細菌の仲間です。
 
 ただし、紅色非硫黄細菌のこの2属の中には、すでに述べたように(第一章)、エネルギー源を光に、無機物を炭素源にしている光独立栄養細菌もいます。
 
2)硫酸塩還元細菌
 硫酸塩還元細菌は水田、川底、海底の泥土あるいは動物の消化管内などの嫌気的な環境で生育している細菌です。これは硫酸塩を硫化水素へ還元するときにでる化学エネルギーを利用し、有機物を炭素源にして生育している化学独立栄養的な従属栄養細菌です。
 
 ここで生成された硫化水素は好気的な場所では、無色硫黄細菌(硫黄酸化細菌:2−2))によって酸化されて、最終的には硫酸塩になります。そして、その硫酸塩は再び硫酸塩還元細菌が利用するわけです。つまり、この2群の細菌はこのような環境にうまく適応して、ともに「硫黄の循環に働いているのです。
 
 ところが、海では環境変化で硫酸塩還元細菌が大増殖すると、水生生物に被害をもたらします。その一例は有機物で汚染された沿岸の海底層で、好気的(酸素を利用)な海洋細菌が酸素を消費し尽くして無酸素状態になると、硫酸塩還元細菌が異常に増殖して、硫化水素が多い海水になります。
 
 それが沿岸へ押し寄せて“青潮”とよばれる現象がおきて、多くの生物が死亡することがあります。ここに無色硫黄細菌がいると硫化水素を酸化できるのですが、無色硫黄細菌は好気的ですから、無酸素条件下では生育できないのです。
 
3)一般従属栄養細菌
 広く淡水や土壌に生息して、エネルギー源も炭素源も有機物を利用している大部分の細菌(一般細菌)で、化学従属栄養細菌といいます。
 
 一般細菌の大きさはおよそ0.2〜5ミクロメートルで、球状、棒状、コンマ状、らせん状、糸状や、それらが連鎖状になった形もあり、鞭毛運動や滑走運動をする細菌もいます。
 
 また、すべての細菌(独立栄養性、従属栄養性)は酸素を利用するかしないかで、3タイプに分けられています。それは動物と同じように、酸素が有る環境にだけ生育できる偏性好気性菌、酸素が有っても無くても生育(酸素が有れば好気的呼吸、無ければ発酵)する通性嫌気性菌、酸素が無い環境にだけ生育(発酵または嫌気呼吸)できる偏性嫌気性菌です。
 
 偏性好気性菌には酢酸菌、シュードモナスほか数種の細菌があります。酢酸菌はエタノールを酸素で酸化して酢酸(酸化発酵:酢酸発酵)にする細菌です。乳酸菌は大気中の酸素圧力より低い圧力でよく生育する微好気性ですが、乳酸菌によってグルコースから乳酸ができる過程(乳酸発酵)は嫌気的な条件下でおきます。
 
 大腸菌をはじめ大部分の一般細菌は通性嫌気性です。また、偏性嫌気性菌には光合成細菌、硫酸塩還元細菌、メタン生成細菌(古細菌)のほか、発酵のみで生育する破傷風菌やボツリヌス菌などの一部の病原菌があります。
 
 破傷風菌北里柴三郎博士によって世界で初めて純粋培養された細菌ですが、ボツリヌス菌(食中毒菌の1種)とともに一般に酸素が無い深い土壌中に生息していますから、深い傷口や腸内のような嫌気的な部位で増殖し、その毒素の作用で病状が悪化します。
 
 また、他の生物(おもにその死骸)に含まれるタンパク質、多糖類(セルロース、寒天など)、リン脂質(細胞膜成分ほか)などの有機物を酵素で分解する一般細菌や病原菌も多く、中には石油やプラスティックを分解する細菌もいます。一般細菌が「分解者」といわれる理由はここにあります。
 
 一般細菌は生態的には極微小プランクトンで、原生動物や甲殻類の幼生などの動物プランクトンに捕食されて、「食物連鎖」が進み、「炭素の循環」では有機物の無機化に関係しています。したがって、一般細菌は「分解者」と同時に「生産者でもあるのです。
 
 しかし、水中にはレジオネラ(第四章1)のような人の病原菌のほかに、魚類、甲殻類、藻類などの水生生物の病原微生物(原生動物、真菌、細菌、ウイルス)もいて、水産増養殖に被害をもたらします。これについては次のシリーズその5で説明します。
 
2.水生真菌
 カビ、酵母、キノコなどを真菌類または菌類といいます。真菌類は原核生物である細菌や藍色細菌(藍藻)と違って、より分化した細胞をもっていますので、真核生物の中の動物界、植物界、原生生物界と区分されて、菌界と呼ばれています。
 
 真菌は炭素源としておもに糖類を利用し、それを体内で分解する過程(呼吸や発酵)でできるエネルギーで生育しています。
 
 水生真菌は広く淡水、汽水、海水に生息していますが、その中でおもなものは淡水真菌です。淡水真菌の代表は鞭毛菌類のツボカビや卵菌に属するミズカビです。また、接合菌類のトリコミケーテスや子嚢菌類の核菌なども淡水真菌ですが、以前は鞭毛菌類と接合菌類は藻類から派生したと考えられて藻菌類とよばれていました。
 
 現在、このような水生の鞭毛菌類を原生生物界におくか、他の真菌類のように、植物界、動物界と並ぶ菌界に入れるかは研究者によって違っています。
 
 水生真菌は有機物を分解して無機化することで「分解者」として、水中での「炭素の循環」に働く1群です。
 
 しかし、ツボカビやミズカビのほとんどは動植物に寄生して、その有機物を分解して生育し、その結果、宿主に病気をおこす病原真菌です。ツボカビは最近、外国産カエルのツボカビ病の原因菌として問題になりました。また、ミズカビはおもに魚類や甲殻類の病原真菌として知られています。
 
表3.水中の分解者 ―従属栄養微生物―
生物界・微生物 エネルギー源 炭素源 電子供与体*1 生成物
原核生物(モネラ)界
紅色非硫黄細菌




硫酸塩還元細菌


一般細菌
 

明:光(光従属)
明:光(光独立)
暗:有機物(化学従属)
(酸素呼吸、硝酸呼吸、発酵、脱窒)

有機物(化学従属)
水素酸化(化学独立)

有機物(化学従属)
 (酸素呼吸、発酵)
 

二酸化炭素、有機物
二酸化炭素
有機物



有機物
有機物

有機物
 

有機物
水素
有機物


有機酸(乳酸)
硫酸塩*2

有機物
 

有機物
有機物

有機物


有機物
硫化水素

有機物
 
真核生物 菌界
水生真菌

有機物

有機物

有機物

有機物
 *1生体内での酸化・還元反応で電子(水素)を与える物質。
 *2硫酸塩は電子受容体
 
 
 
第三章 水中の消費者(捕食者)―淡水の原生・後生動物―
1.淡水の原生動物(原虫)
 単細胞の動物を原生動物または原虫といい、単細胞藻類、鞭毛菌類、粘菌(変形菌)が属する原生生物界の1群です。原生動物の細胞はより分化した真核細胞ですが、顕微鏡的な大きさで、1ミクロメートルから3ミリメートルの範囲(多くは50ミクロメートル前後)です。
 
 原生動物の分類は1980年の国際会議で、肉質鞭毛虫類(アメーバ、トリパノゾーマなど)、繊毛虫類(ゾウリムシ、ラッパムシ、ツリガネムシなど)ほか7類(のちに5類)とされ、約65,000種が知られています。
 
 これらは鞭毛虫類は鞭毛で、繊毛虫類は微細な繊毛で運動し、ほかの原生動物も細菌、藻類などの植物プランクトンを捕食する動物プランクトンです。
 
 ところで、動物とも植物ともいえない変わった単細胞生物にミドリムシ(ユーグレナ)がいます。これは葉緑体で光合成をおこなう点では植物に入り、植物分類では緑虫藻類とされていますが、動物のように眼点があり、鞭毛で運動して有機物を摂取しますから、動物分類では植物性鞭毛虫類とされています。
 
 ミドリムシはおよそ20億年前に、原始的な葉緑素をもった単細胞生物を他の単細胞生物が捕食して、そのまま細胞内に残って光合成をする葉緑体になった微生物ではないかと考えられています。葉緑体をもつ微生物が光合成をする植物界へ、また、それをもたず運動して他の生物を捕食するようになった微生物が動物界へ進化したとしても、ミドリムシはその中間で現存する特殊な微生物といえます。
 
2.淡水の後生動物
 水中のマクロの世界で「消費者」または「捕食者」といわれる生物の大部分を占めるのは、原生動物(前項)を除いた動物で後生動物といわれる生物群です。後生動物はすべて多細胞のより進化した体系(真核細胞)をもち、その種類は非常に多く、動物分類では無脊椎動物、原索動物、脊椎動物に大別されます。
 ただし、原索動物(ホヤ、ナメクジウオ)は海に棲んでいます。 
 
 後生動物の多くは川、湖、池などの淡水に生息し、生態的には水中を浮遊している小・中・大形動物プランクトン、水底で生息している底生生物(ベントス)の中の諸動物、水中を自由に泳ぐ遊泳動物(ネクトン)の3群に分けられます。
 
1)無脊椎動物
 小形の動物プランクトンには原生動物のほかにも多種類の無脊椎動物、例えば、ワムシ類(輪形動物)、ミジンコ、アミ、エビやカニなどの幼生(節足動物の甲殻類)などがいます。そのほかに大形プランクトンとして珍しい淡水クラゲ(腔腸動物)がいます。
 
 これらの無脊椎動物はさまざまな動・植物プランクトンを餌にしていますが、それ自身もより大形の動物の格好の餌になって「食物連鎖」を形づくっています。
 
 また、水面、水中、水底の泥土、水中の植物や岩石の表面などにはさまざまな無脊椎動物が生息しています。
 
 中でも淡水カイメン(海綿動物)、ヒドラ(腔腸動物)、プラナリア(扁形動物)、淡水ヒモムシ(紐形動物)、ヒル(環形動物)、種々の貝類(軟体動物)、ミズグモ、エビ、カニの他に、カゲロウ、トンボ、ハエ、カの幼虫、ミズスマシやゲンゴロウなどの水生昆虫(節足動物)など実に多彩です。
 
 これらの動物は藻類、水生植物、生物死骸からの有機物(デトリタス)や小動物など植食や肉食で生きています。
 
2)脊椎動物
(1)魚類
 水中の脊椎動物は生態的にはおもに遊泳動物底生動物です。遊泳動物といえば、よく知られた多くの淡水魚類がその代表です。
 
 淡水魚には川や湖沼だけで一生を送る「陸封型」と、生活環の中で海に降る「降海型」があります。サケ科魚類の多くは「降海型」ですが、イワナ、ヤマメ、アマゴ、ヒメマス、ビワマス、カワマス、ニジマス、ゴギ、イトウなどは「陸封型」です。
 
 ところが、サケ科魚類は「降海型」になると名前が変わるのです。つまり、エゾイワナはアメマスに、ヤマメはサクラマスに、ヒメマスはベニサケになります。
 
 そのほか、「降海型」にはアユ、ワカサギなどのキュウリウオ科やウナギなどが知られています。ウナギ、ドジョウ、ナマズ(魚類)やヤツメウナギ(円口類)などはおもに底生生活者です。これらの魚類や円口類は藻類、動物プランクトンのほかに種々の小動物を捕食しています。
 
 さて、世界最小の淡水魚は2006年にインドネシアのスマトラ島の酸性が強い泥炭湿地の沼で発見された、コイ科の魚で成魚の体長が7.9ミリメートルです。この魚はイギリスで新属新種として報告されました。
 
 一方、世界最大の淡水魚は南米のアマゾン川流域の沼に棲むピラルクと、北米の湖沼に棲むアリゲータ・ガーで、どちらも体長は4メートルになります。ピラルクは肺のような浮き袋をもち、空気を吸い込んで小魚を襲います。また、2005年にタイのメコン川で捕獲された大ナマズは体長が3メートルを超え、体重は293キログラムと報道されました。これは世界第二位で東洋では最大の淡水魚でしょう。その他、大型になる淡水魚にシべリアのアムール川に棲むチョウザメがいます。
 
(2)その他の脊椎動物
 水中の脊椎動物で魚類や円口類以外には、両生類としてイモリ、カエル、サンショウウオ、爬虫類としてワニ、カメ、スッポン、オーストラリアとタスマニアには単孔類のカモノハシが棲んでいます。カモノハシは哺乳類と鳥類の中間的な動物で、体は獣類のように暗褐色の毛で被われていますが、カモのようなくちばしや水かきをもち卵を産みます。
 
 また、淡水哺乳類としては日本にもいるカワウソ、ヨーロッパや北米に棲むビーバー、シベリアのバイカル湖に棲む淡水のバイカル・アザラシ、中央アフリカ以南に棲むカバ、インドのガンジス川、中国の洞庭湖、南米のアマゾン川に棲むカワイルカなどです。ラオスのメコン川にはカワイルカの仲間のカワゴンドウが棲んでいます。
 
 これらの動物の多くは肉食性ですが、ビーバーは水辺の樹皮を食べ、カバは昼間は川で過ごし、夜に上陸して草を食べます。
 
 一方、これらの動物も生息環境が悪化すると病気にかかり、とくに希少種では問題になっています。その例はカエルのツボカビ症(2−2))のほかに、バイカル・アザラシのウイルス病やカワイルカの連鎖球菌症などです。これら水生動物の病原体については別のシリーズで解説します。
 
 いずれにしても、多くの水生脊椎動物は水中での「食物連鎖」の頂点にあります。しかし、その死骸は細菌や真菌などの「分解者」によって分解され、その栄養分になったり、再び水中へ溶出したりして、他の生物に利用されるという「物質循環がおこなわれています。
 
表4.水中の消費者(捕食者)―淡水の原生・後生動物
生物界      主な動物の分類      主な動物名


原生生物界

 
原生動物   肉質鞭毛虫
(原虫)


          繊毛虫ほか5類
 
肉質虫 アメーバなど
鞭毛虫 ミドリムシ、トリバノゾーマなど


ゾウリムシ、 ラッパムシ 、ツリガネムシなど
 








動物界








 
後生動物
 無脊椎動物 海綿動物
          腔腸動物
          扁形動物
          紐形動物
          輪形動物
          環形動物
          軟体動物 斧足類
          節足動物 柄腹類
          ほか6群 甲殻類
          昆虫類


 脊椎動物   円口類
          魚類

          両生類
          爬虫類
          (鳥類)
          単孔類
          哺乳類

淡水カイメン
淡水クラゲ、ヒドラなど
プラナリアなど
淡水ヒモムシなど
ワムシなど
ヒルなど
貝類
ミズグモなど
ミジンコ、 アミ、 エビ、 カニなど
カゲロウ、トンボ、 ハエ、 カの幼虫、
ミズスマシ、 ゲンゴロウなど

ヤツメウナギ、 メクラウナギなど
チョウザメ、 コイ、フナ、 ウナギ、ナマズ、 アユ、 ワカサギ、 サケ科魚類ほか多種
カエル、イモリ、サンショウウオ
ワニ、 カメ、 スッポンなど
(水鳥)
カモノハシ
バイカル・アザラシ、 カワイルカ、 カワウソなど
 
 
 
第四章 人に対する淡水の有害微生物
 
 淡水中には他の水生生物に感染または寄生して増殖し、水を介して人に病気をおこす病原微生物や、環境悪化で異常に増殖して、その毒性物質によって人に害を与える有害微生物がいます。この章では、淡水性の病原細菌レジオネラと有害な藍色細菌(藍藻)について述べます。
 
1.病原細菌レジオネラ
 1976年にアメリカのフィラデルフィアのホテルで、在郷軍人大会が開かれた時、その参加者と通行人が重い肺炎にかかり、221名中29名が死亡するという事件がおきました。この病気は飲食物から感染する一般の食中毒ではなく、ホテルの空調用冷却水が原因で、その冷却水中にいた病原体が室内やホテルの建物外部へも飛散して、人に感染したと結論づけられました。
 
 これはそれまで知られていなかった新しい病気で、在郷軍人病またはレジオネラ症(在郷軍人の意)と名づけられました。その後、この病気は全世界に広がり、日本でも平成11(1999)年以降、各地の温泉や大衆浴場などの入浴施設でこの細菌が検出されて、公衆衛生上で問題になっています。
 
 レジオネラ症の感染源は建物の空調設備、シャワー、浴場やビル、船舶などの給水給湯設備で使用される冷・温水です。その飛沫(ひまつ)が鼻や口から入って感染する呼吸器感染で、急激な発熱、悪寒(おかん)、嘔吐(おうと)、下痢、胸痛などの肺炎の症状がおきて、ときには呼吸困難になり死亡する場合もあります。
 
 レジオネラ症の原因菌はレジオネラ・ニューモフィラという細菌で、偏性好気性(酸素がある環境でのみ生育)で、グラム陰性(細菌の分類上で重要なグラム染色による陽性、陰性の別)の鞭毛をもたない短い棒状(0.5 x 2.5ミクロメートル)または繊維状です。また、増殖する温度は20〜50℃で、最適温度は36℃付近です。
 
 レジオネラ属細菌の1菌種はすでに1944年にリケッチア(電子顕微鏡で観察できる非常に小さい細菌)のような微生物として、モルモットから分離・報告されていました。
 
 その後の研究で、レジオネラは河川、湖沼や湿地帯の泥土などに常時生息し、しかも淡水にいるアメーバ(原生動物:肉質鞭毛虫類)などに寄生している細菌であることが判りました。
 
 つまり、細菌などを捕食している淡水の原生動物の中にも、このような病原細菌が寄生しているのです。そして、その水が生活用水、とくにこの病原菌にとって適温の温水として利用されていると、レジオネラ症にかかる危険性が高いのです。
 
 その対策はやはり原水の充分な殺菌処理が必要で、人に感染した場合は抗生物質(エリスロマイシン、リファンピシンなど)の投与が有効とされています。
 
 なお、レジオネラの毒素(細菌毒素)は細胞毒と金属酵素が知られていますが、詳しい性状はまだ明らかではありません。
 
2.有害な藍色細菌(藍藻)
 藍色細菌は細菌と同じモネラ界(原核生物)の1群で、無機物から光合成で有機物をつくり、溶存酸素を放出する働きを担っていますが、環境悪化で大増殖すると有害な藍色細菌もいます。
 
 1920年代から1990年代にかけて、外国の湖、ダムあるいは川の周辺で魚や鳥が大量死して、その水を飲んだ付近の住民に尿毒症(ドイツ、スエーデン)、肝臓障害(オーストラリア)、肝臓ガン(中国)などが発生し、その原因は藍色細菌ではないかと考えられています。
 
 また、カナダ、オーストラリア、ブラジル、イギリスでは、湖で泳いだ人やダムの水を飲料水にした人達の間で、重い胃腸障害、肺疾患、肝臓障害などにかかった中毒事件が発生しました。
 
 これらの共通点はその湖水や飲料水に多量のミクロキスティス、アナベナ、ノストックなどの藍色細菌が検出されたことで、これらの障害はその毒素による中毒と判断されました。
 
 また、日本でも湖、淀んだ川、池などでは、ときに水一面に“アオコ(青粉)”とよばれる異常現象が発生し、魚類やその水を飲んだ家畜が大量死することがあります(第一章2)。この原因もミクロキスティスやアナベナなどの藍色細菌の毒素です。
 
 藍色細菌の毒素には3群あって、肝臓毒のミクロシスチンなどの環状ぺプチド(数個のアミノ酸が結合)、神経毒のアナトキシン、サキシトキシンなどのアルカロイド(炭素以外に窒素や硫黄を含むアルカリ性の毒)、それと皮膚や全身の炎症をおこすリポポリサッカライド(脂質と多糖類が結合)です。
 
 この内、ミクロシスチンをもつ菌種は多く、この毒素は世界中で発生する藍色細菌による中毒事件で最も多く検出されています。アナトキシンa(s)は藍色細菌の毒素の中で最も強い毒素です。サキシトキシンは本来は“赤潮”の原因の一つになる海産の渦鞭毛藻類がもっていて、それを蓄積したホタテガイなどの貝類を食べて中毒をおこす「麻痺(まひ)性貝毒として知られている毒素です。
 
 また、リポポリサッカライドはすべての藍色細菌の細胞内にある毒素で、一般にグラム陰性の病原菌の細胞壁に含まれる内毒素とほぼ同じです。その他にチオンスルフォリピド(硫黄、糖、脂質が結合)という毒素もあり、これは硫化水素を発生して魚の大量死をおこします。
 
 藍色細菌の増殖は水中の窒素、リン、微量金属などの栄養塩類の量、水温、光の量、pHなどによって左右されます。したがって、その増殖を抑える対策として、水中の窒素やリンを化学的に除く方法がありますが、コストの点で課題がありますので、これらの栄養塩類を含む肥料、家畜の排泄物、生活廃水、工場排水などを流さないことが第一です。
 
表5.人に対する淡水特有の有害微生物*1
種類 微生物名 感染源 症 状 毒性物質
病原細菌

 
レジオネラ・ニューモフィラ

 
空調・給水・給湯
設備, 入浴設備の水
 
発熱、悪寒、下痢、
肺炎症状、呼吸困難、
死亡
細菌毒素*2
(細胞毒、酵素)
 
藍色細菌
 
ミクロキスティス、アナベナノストック   河川、湖沼
堀の水
胃腸障害、肺疾患、
肝臓障害、死亡
肝臓毒(ミクロキスチン)
神経毒(アナトキシン)
 *1 一般の原因微生物は含まない。
 *2 細胞毒と金属酵素。
 
 
第五章 異常な環境に生きる細菌 ―古細菌―
1.古細菌
 ここで、「古細菌」というあまり聞きなれない微生物の話をしましょう。
 およそ、46億年前に地球が誕生してから、35〜38億年前にまだ高温であった原始の海で、有機物から最初の原始生命体が出現したと考えられています。そして、地球の表面が長い年代を経てじょじょに冷えて現在の海や陸になる過程で、原始生命体から嫌気性(酸素がない状態で生きる)の細菌に進化し、続いて、光合成をおこなう原始的な藍色細菌(藍藻)が出現してから、地球上に酸素が増加して、現存する好気性(酸素を利用して生きる)の生物が出現したと考えられています。
 
 ところが、現在も太古の地球の状態と同じような異常な環境が存在して、そこにも特殊な微生物が生きているのです。
 
 その微生物は酸素がない湖沼などの底土や深い地中にいるメタン生成菌、高濃度の塩分がある塩湖などにいる強好塩菌、強酸性の火山・温泉地帯や深海の熱水湧出口付近にいる好熱菌または好熱好酸菌です。
 
 1977年、アメリカのC.R.ウーズとG.E.フォックス両博士がメタン生成菌の研究から、これは古代のままの姿で生きている特殊な微生物と考えて、初めて「古細菌(アーキバクテリア)」とよぶことを提唱しました。それ以後、多くのメタン生成菌、強好塩菌、好熱菌が分離され、これらが古細菌であることが判ったのです。日本でも東京工業大学の大島泰郎博士によって初めて、温泉から好気性の好熱好酸菌が分離されてから古細菌の研究が盛んになりました。
 
 古細菌は直径0.5〜1.5ミクロメートル、長さ1〜数ミクロメートルで、大きさも発達した核をもたないことも、普通の細菌(真正細菌)とほぼ同じですが、生化学・分子生物学的な性質が非常に違った微生物です。古細菌の大きな特徴は細胞膜の脂質(リン脂質)の化学構造の違いです。
 
 つまり、真正細菌のそれはグリセロールに脂肪酸が結合(エステル結合)しているのに対して、古細菌のそれはグリセロールに炭化水素が結合ジエーテル結合)していることです。また、古細菌の細胞壁はおもに糖タンパク質であることや、抗生物質が作用する様式(感受性)も特異的です。
 
 したがって、古細菌は原核生物(原始的な核をもつ真正細菌、藍色細菌)にも、真核生物(分化した核をもつ原生生物から高等生物までの一大生物群)にも属さず、共通の祖先(原始生命体)から分かれた第三の生物界あると考えられています。
 
 このように現在の地球上で古細菌は“生きた化石”と考えられる非常に特殊な微生物ですが、生命の起源や生物進化の謎を解き明かす糸口として、その研究の進展が期待されています。ここで、それぞれの古細菌について述べましょう。
 
2.メタン生成細菌
 淀んだ池や沼で時々気泡が発生することに気付いた人もいるはずです。これは沼気とよばれ、底の泥土中にいるメタン生成菌の作用で発生するガスです。このガスはおもにメタンで、ほかに二酸化炭素やごく僅かに硫化水素や水蒸気も含まれています。
 
 メタン生成菌は一般に海、湖沼、水田、溝、廃水処理場などの嫌気的な水底の泥土に生息していますが、中には哺乳動物(ウシなど)の消化管のほか、昆虫(シロアリ)の体内や原生動物(淡水性の繊毛虫類:アメーバ)の細胞内にも共生しています。
 
 また、海底で熱水が湧出している場所付近から、特殊な好熱メタン生成菌も分離されています。だたし、メタン菌にはこのようなメタン生成菌と、メタンを酸化してメタノール(メチルアルコール)を生成するメタン酸化菌があり、前者は古細菌ですが、後者は真正細菌です。
 
 メタン生成菌のほとんどはエネルギー源として水素を、炭素源として無機物の二酸化炭素から有機物であるメタンをつくりますので化学独立栄養性です。しかし、中にはほかの炭素源として有機物である蟻(ギ)酸、酢酸、メタノール、メチルアミンからもメタンをつくる化学従属栄養性の菌種もあります。
 
 メタン生成菌の形は多様で、球状、棒状、糸状、扁平状などです。その多くは中温度で生育しますが、中には65℃以上で生育する高温菌もいます。とくに、東太平洋メキシコ沖の深海底(2,600メートルの熱水湧出孔付近)から分離された好熱性(85℃)のメタン生成菌(メタノコッカスの1種)は水素だけを基質にして生育します。
 
 また、イタリアの海底の熱水湧出孔付近から分離された好熱性(85℃)の古細菌(アーケオグロバスの1種)は硫酸還元性(嫌気的に有機物からの水素で硫酸を還元して硫化水素を生成する性質)の特殊なメタン生成菌です。
 
 そのほかに絶対嫌気性の強好塩性メタン生成菌も見つかっています。日本では1992年に初めて好塩性の新種のメタン生成菌(メタノセータ・サーモフィラ)が発見されています。
 
 なお、今年(2008年)になって、秋田県の油田から二酸化炭素を炭素源にしてメタンをつくる好熱性のメタン生成菌(サーモアネロバクターとメタノサーモバクター)が分離されニュースになりました。
 
3.強好塩菌(高度好塩菌)
 海や塩湖のような塩分を含む水中に生息する細菌を好塩菌といいます(シリーズ その2、第二章2)。アメリカのグレート・ソルト湖(塩分27.5%)やイスラエルとヨルダン国境にある死海(平均塩分31.3%)(シリーズ その3、第四章4)のような高濃度の塩分を含む塩湖や岩塩地帯、塩田のほかに塩蔵品などに生息している細菌を強好塩菌といいます。死海はかつては生物はいないと思われていたのですが、強好塩菌と緑藻(ドゥナリエラ)が生息しています。
 
 強好塩菌は20〜30%の塩分がないと生育できません。ただし、塩分が有っても無くても生育できる微生物(細菌、カビ、酵母、単細胞藻類など)は耐塩微生物といって好塩菌と区別されます。また、前項で述べた強好塩性のメタン生成菌は絶対嫌気性ですから、強好塩菌には入りません。
 
 強好塩菌は古くから塩蔵された魚(タラ)が赤く着色する原因菌として知られていました。その後、この細菌がメタン生成菌や好熱菌と同じような特性をもっていることが判って以来、食品微生物としてよりも古細菌としての研究へと進展しました。
 
 強好塩菌はハロバクテリア(ハロとは塩分の意)ともよばれ、その多くは赤色ないし橙色(カロテノイド色素)で、その形は数ミクロメートルの棒状、球状のほかに三角・四角・五角形、台形または不定形です。
 
 1986年に理化学研究所の堀越弘毅博士の研究グループによって、“おにぎり状”の強好塩菌が分離されたことがテレビや新聞で報道されました。これは日本で最初に発見された新種の強好塩菌(ハロアルキュラ・ヤポニカ)です。
 
 強好塩菌の種類は比較的多く、中性の強好塩菌(ハロバクテリウム、ハロコッカスなど)のほかに、アフリカ・ケニアのマガディ湖やガール湖のような強アルカリ性(pH10〜11)の塩湖などから分離された好アルカリ性の強好塩菌(ナトロノバクテリウム、ナトロノコッカス、ナトロノモナスなど)もあり、現在、10属に分けられています。
 
 なお、死海の湖水は陽イオンではマグネシウムがナトリウムより多く、陰イオンでは塩素に次いで臭素が多く含まれています。ここからは強好塩菌のほかに高濃度のマグネシウムで生育する珍しい好マグネシウム菌が発見されています。
 
 さて、強好塩菌がどのような仕組みで高濃度の塩分に適応しているかという点が興味をそそります。一般細菌の細胞内の塩分濃度は外部のそれより高い(浸透圧の差が大きい)ので、頑丈な細胞壁で細胞を守り特定の形を保っています。
 
 ところが、強好塩菌では細胞外も細胞内も同じように高濃度の塩分(浸透圧の差が小さい)が含まれていますから、球菌(ハロコッカス)は厚い細胞壁をもっていますが、多くの強好塩菌の細胞壁は弱く、塩分がない水中では細胞が破裂(溶菌)します。
 
 また、強好塩菌の細胞内には塩化ナトリウムより塩化カリウムが非常に多く含まれている(乾燥重量の40%)ことも特徴の一つで、塩化カリウムが酵素の活性を調節する重要な働きをもっていると考えられています。
 
 一方、ハロバクテリウム属の細胞膜には、前に述べた赤色のカロテノイド色素の一つバクテリオ・ルべリンを含む膜とは別に、紫膜という部分があり、これにはバクテリオ・ロドプシンという紫色のタンパク質色素が含まれています。この物質は眼に含まれる感光色素であるロドプシンに似ていることから興味がもたれましたが、視覚とは違って、特殊な光合成に働く物質であることが判っています。
 
4.好熱菌
 好熱菌は50℃以上の高温で、場所によってはpH2.0という強酸性の火山・温泉など、普通の生物がとても生存できない環境に生息しています。中には好酸性ではない好熱菌もいて、1982年にイタリアの海底硫気孔(硫化水素が噴気している孔)から、なんと100℃で生育する超好熱菌パイロディクチウム:パイロとは火炎、熱という意)が発見され、世界的なセンセーションになりました。その後もイタリアやアイスランドの海底硫気孔から同類の超好熱菌(パイロコッカスなど)が発見されています。
 
 このように好熱菌には強酸性の環境で生息する好熱好酸菌、弱酸性から中性付近で生育する好酸性ではない好熱菌と超好熱菌に分けられています。これらの好熱菌の形は球状、長い棒状または糸状、円盤状などです。
 
 強酸性環境で生育する好熱好酸菌は好気性(サーモプラスマなど:サーモとは熱という意)または嫌気・好気両性(デスルフォロバスなど)ですが、弱酸性環境で生育する好熱菌は嫌気性(サーモプロテウスなど)です。これに対して、これまで分離された超好熱菌はすべて嫌気性でした。ところが、日本で1996年に京都大学の左子芳彦博士によって、初めて絶対好気性の新種の超好熱菌(アエロピラム・ぺルニックス)が報告されました。
 
 このほかに、65〜95℃で生育し2価鉄を硝酸塩で酸化して、水酸化第二鉄、亜硝酸塩にする変わった鉄細菌の好熱菌(フェログロバス)も見つかっています。
 
 一方、好熱菌が生きるためのエネルギーを得る仕組みはかなり複雑で多様です。その一つは従属栄養的にエネルギーを得るタイプで、
 @好気的または嫌気的に有機物を酸化する、
 A有機物を利用して硫黄を酸化する、
 B有機物を利用して硫黄呼吸をおこなう、という仕組みです。
 
 他の一つは独立栄養的にエネルギーを得るタイプで、二酸化炭素を利用して水素で硫黄を酸化します。さらに、菌種によってはこれらの二、三の仕組みを兼ねる場合もあります。したがって、好熱菌の多くは硫黄の化学変化に頼っていますので、硫黄依存性高度好熱菌ともいわれます。
 
 好熱菌の生化学的な研究は年々進歩していますが、このような高温に適応できる仕組みはまだ充分には解明されていません。しかし、古細菌が生命の起源の謎に迫る大変興味のある微生物であることは確かです。
 
表6.古細菌の種類と特性
種 類 生 息 域 特    性

メタン生成菌
 
廃水処理槽、海底熱水湧
出孔付近など

 
化学独立栄養:水素と二酸化炭素からメタン生成
化学従属栄養:ギ酸、酢酸などからメタン生成
最適温度:65, 85℃

強好塩菌
 
塩湖、塩田、岩塩地帯、
塩蔵品など
 
化学従属栄養:有機物を酸化
塩分濃度:25〜30%
最適温度:35〜50℃
最適pH:中性付近、8.5〜11.0(好アルカリ性強好塩菌)


好熱菌

 
温泉、硫気孔、海底熱水湧出孔付近など

 
化学従属栄養:有機物を酸化、硫黄の酸化・還元
化学独立栄養:C源:二酸化炭素、水素を硫黄で酸化
最適温度: 59〜95℃(好熱好酸菌)
       100〜105℃(超好熱菌)
最適pH:1〜3(好熱好酸菌)
      5〜7(好熱菌、超好熱菌)
 
 
平成20年5月5日
著作者 野村 節三(せつぞう)
野村環境微生物学研究室 代表
(北里大学名誉教授、理学博士) 
 
 
 

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