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193.子供に多い病気.5-20-2000

1.はじめに.

  真偽のほどは判りませんが、ポリオワクチンを接種された子供が死亡したとの悲しい報道がありました。「インフルエンザのワクチンは効かない」という批判的な発言も多い時世にこのような事故が発生すると、国の医療行政にも支障をきたす可能性があり、遺族や関係者のみならず私共ウイルスに関係する者にとっても非常に残念な事故であります。

  ウイルス感染症の大多数は、子供の病気です。天然痘、ポリオや麻疹は、脅威の合併症、高い致命率や重症な症状などから、子供たちの命を脅かしてきた恐怖の病気です。天然痘は、ジエンナーにより開発された有効なワクチンが威力を発揮し、20年ほど前に地球上から消え去りました。叡智を実践した賜物です。ポリオと麻疹は、世界保健機構WHOの積極的なワクチン政策により、極めて近い将来地球上から撲滅されることが期待されています。

  ポリオワクチンの不幸なニュースが飛び込んできた時期ですので、「ポリオワクチンは、どうして春か秋に接種するのでしょうか、接種する時期になにか特別な理由があるのでしょうか、麻疹やインフルエンザに罹ると恐ろしい脳炎や脳症になる可能性があると効きましたが、どの程度の可能性なのでしょうか」など、これまでに寄せられていた子供に多くみられる病気の合併症について簡単な情報をまとめて紹介します。

2.ポリオ(小児麻痺).

 ポリオワクチンには、弱毒な変異ウイルスが生きている「生(セービン)ワクチン」と強毒なウイルス(野生株と言う)を殺した「死(ソーク)ワクチン」とがあります。フランスやインドなどのごくわずかな国を例外として生(セービン)ワクチンが世界的に用いられています。

  日本国内のポリオは、30年も前になりますが昭和35年頃に大流行しました。その時、生ワクチンが緊急に輸入され、12歳以下の子供に緊急投与された経緯があります。その後は定期的にワクチンが接種されるようになり、国内でのポリオ患者の発生は激減しました。強毒な野生株ポリオウイルスは、現在日本では分離されません。ポリオ様麻痺を起こした患者は、現在では極めてまれで数年間に一例程度の頻度でしか報告がありません。そのような患者からは、ワクチン類似株ウイルスが分離されることがあるようです。

  ポリオウイルスは、飲食物とともに口から体内に侵入(経口感染)し、腸管の細胞で長期間増えつづけ、糞便とともに排泄されます。血液中に入り込んだウイルスは、全身を駆けめぐり、ついには中枢神経系細胞で増殖し、神経細胞を破壊して回復不可能な運動麻痺を後遺症として残します。

  異なる二種類のウイルスが同時に感染すると、前に感染した一方のウイルスは後から侵入してきたウイルスの増殖を抑制する現象が知られています。これを一方のウイルスが他方のウイルスの増殖を干渉すると専門的には表現します。

  夏の暑い時期には消化器系の感染症、例えば下痢などが多くなります。これらの感染症の大多数は、エコーウイルス、コクサッキーウイルスや小型球形イルスなどのウイルスによります。下痢という症状が見られなくても夏場には腸内ウイルスが大腸などに存在する可能性が大いにあります。

このようにウイルスが存在する可能性がある時期に生ワクチンとして生きているポリオウイルスを接種しても、他のウイルスに干渉されてポリオウイルスは増殖しない可能性が考えられます。そのため、ワクチンウイルスの増殖が干渉されない春または秋にポリオワクチンの接種が実施されるのです。

3.水痘.

  小児科の医師にとって、水痘(水疱瘡)と天然痘の診断ができないと一人前でないと云われた時代があるほど水痘の診断は重要でありました。口からの分泌液や水ブクレの内容液を介して感染し、局所のリンパ節で増殖したウイルスは血液の流れにのって全身に拡がります。水ブクレには通常4〜5日でカサブタができ、7〜10日で軽快します。抗がん剤、免疫抑制剤などの投与により免役能が低下している人や新生児水痘では、重症化し水痘肺炎を合併することがあります。合併症としては、肺炎や小脳症が多く、四千例に一例程度の頻度で認められます。脳炎や時に肝炎も認められますが頻度は低いようです。小児の白血病患児が水痘の感染を受けると重篤になるので、ワクチンで免役を獲得しておくことが望まれます。

4.オタフク風(ムンプス、流行性耳下腺炎).

 オタフク風(ムンプス)は、唾液とともに排泄され、それを飛沫として取り込んで感染し、局所のリンパ節で増殖します。その後ウイルスは血液の流れにのって全身を駆けめぐります。2〜3週間の潜伏期の後、耳の下にある唾液腺が腫れ、オタフクのような顔になります。ムンプスウイルスは、神経細胞に親和性が強く、いろいろな合併症を併発します。合併症としては、無菌性の髄膜炎が百例に拾数例程度、脳炎は五千例に一例程度、睾丸炎は4〜5例に一例程度、卵巣炎は拾例に一例程度の頻度で認められます。突発性難聴の原因になるとも考えられています。子供のいない夫婦の一部は、ムンプスウイルスの感染で睾丸炎や卵巣炎に罹ったことが原因で不妊になることが判っています。

5.風疹.

  風疹(三日はしか)は、飛沫で感染し、2〜3週間の潜伏期の後に発症しますが、不顕性感染も多く、感染したら全ての人が発症するとは限りません。発熱、発疹やリンパ節の腫れが認められます。合併症として脳炎が五千例に一例程度、紫斑病が三千例に一例程度の頻度で認められます。風疹で特に重要な問題になるのは、妊娠初期の妊婦が風疹に罹ると子宮内で胎児が風疹ウイルスに感染し、先天性風疹症候群の先天異常となることです。症状としては、白内障、心奇形、難聴や発育障害が認められます。妊娠可能な年齢に到達する前に風疹に免疫になっておくために中学2年生の女生徒を対象に風疹ワクチンの接種が行われています。

6.麻疹.

  麻疹(ハシカ)は、ウイルスまたはウイルスの付着した塵埃などの微粒子を吸い込む経鼻感染または飛沫感染によりウイルスは体内に侵入し、ウイルスの感染を受けると10〜12日の潜伏期を経てほとんどの人が発症します。通常は一週間以内に軽快します。日本でのワクチンの接種率は70%程度で、発展途上国を含めた世界の平均接種率80%よりまだ低く、先進国でありながら日本では現在でも年間に数万人の患者が発生しています。高熱、発疹や口の粘膜にポクリック斑が出現するのが特徴で、賢い母親であれば麻疹は診断できることもあります。合併症としては、麻疹脳炎が千例から二千例に一例程度の頻度で認められ、肺炎(百例に数人程度)などの呼吸器合併症、亜急性硬化性全脳炎(SSPE、百万例に数人程度)が重篤な遅発性合併症として知られています。38. ハシカは恐ろしい病気です」39日本はハシカの輸出大国」を参照にして下さい。

  インフルエンザに罹ってどうして脳症になるのかについては、その原因はまだよく判っていません。難聴の原因が風疹に罹ったことが原因であったり、不妊の原因がオタフク風であったりします。インフルエンザ、風疹やムンプスが恐ろしい病気であると思っていない人が多くいるかも知れません。しかし、合併症や後遺症をも考えると、一過性の軽い病気では済まされないこともあります。ウイルスの病気は、治療よりも予防が大切なのです。

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