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302. ノーベル賞受賞者と知的所有権.11-9-2002.

ノーベル賞.

「日本人は独創性に欠けている」となんとはなしに劣等感のような感情を国民全体が抱いていたように思えます。ところが一昨年には白川英樹先生(化学賞)、昨年には野依良治先生(化学賞)に続いて、今年は小柴昌俊先生(物理学賞)と田中耕一先生(化学賞)のお二人が相次いでノーベル賞授賞者と決定されました。日本人として大変に誇りに思えると同時に勇気を与えて貰ったような雰囲気です。

私のみならず多くの人々がノーベル賞に興味を覚え、インターネットを駆使してノーベル賞に関する情報の検索をしたようです。この影響を受けてキーワード検索から曖昧糢糊を開いてくださった人達が大勢いるようです。それは曖昧糢糊の215番に掲載した「215.ノーベル賞授賞式に出席して.9‐19‐2000」です。この文を偶然に読んだ人々が星野亜紀君の素晴らしい文章に大変感激を覚えたようです。その結果、私は大勢の人からメールを受け、なかにはリンク願いの便りもありました。インターネットは本当に素晴らしい革命的な発明であると改めて実感した次第です。

パストゥールとノーベル賞.

光学異性体、細菌の自然発生説否定、ぶどう酒の酸敗、酢酸菌による酢酸発酵、牛乳の殺菌法、炭疽や狂犬病のワクチン等数え切れない程のノーベル賞級の発明や発見をパストゥールはしました(パストゥールは、ノーベル賞の存在前の人です)。しかし、彼は立派な研究室などは持っていませんでしたから、大学の階段下の狭い空間や自宅の一部を利用して研究を続けていました。ドイツと違ってフランスでは国家の経済的な支援体制がまだ整備されていない時代ですから、研究費は篤志家からの寄付で賄っていたのではないかと推測されます。

現在も牛乳の殺菌に使われている「パスツリゼイション・低温殺菌」と呼ばれる殺菌法並びに炭疽病や狂犬病のワクチンの開発等を成し遂げた時、心ある人々がパストゥールに特許の出願を薦めたようです。しかし、国家のため人類のための研究であるからとの理由から彼は一件の特許も申請せず、全て自由に使わせたとのことです。

一昔前までの純粋な研究者の多くは、特許という権利に対して無頓着でありました。現代社会では金と時間をかけて得られた新規な発明や発見は、申請をすれば当該者の特許として権利が認められ、時には莫大な経済的な効果をうみます。特許は、ある意味では学問ではありませんので、学術的な意味合いよりは実用的な側面が強い知的所有権と思われます。

ノーベル賞受賞者と特許.

現代社会での研究は、内容にもよりますが莫大な経費が必要となります。そのため新規な発明や発見は、特許という権利で守ることが時代の趨勢となっています。それでも大学で行われている純粋な基礎研究の多くは、ほとんどお金になりませんが、そのかわり時代に迎合することも必要ありません。企業の開発研究は、基礎研究よりはむしろ応用研究が多くなりますので、その結果はできるものなら特許として権利をまもる方向にあると思います。そこで、科学分野のノーベル賞受賞者は、どのていど特許申請をしているのかに興味をもち調べてみました。

特許庁のHPに「ノーベル賞受賞者と特許」という項目を見つけました。さすがに専門領域の事柄ですから、ノーベル賞の各部門別に全受賞者の特許の申請件数が調べられ、一覧表になっています。ここに掲載されている資料は、平成13年10月までの調査結果であるため、今年度のお二人の受賞者についての記載は残念ながらありませんでした。

特許庁が調べたこの資料を見て驚いたことが一つあります。昨年ノーベル化学賞を授賞された野依良治先生は、特許出願件数が全世界で最も多いことです。野依良治先生の研究成果は、いかに応用面が広く且つ有用な結果であるかを物語っていると感じました。但し、特許出願件数の大小は、研究内容の軽重について科学的な意味は全く無いと思います。

これまでにノーベル賞を受賞した日本人は、皆さんが記憶されている偉人達で、2002年年田中耕一(化学賞)と小柴昌俊(物理学賞)、2001年野依良治(化学賞)、2000年白川英樹(化学賞)、1994年大江健三郎(文学賞)、1987年利根川進(医学・生理学賞)、1981年福井謙一(化学賞)、1974年佐藤栄作(平和賞)、1973年江崎玲於奈(物理学賞)、1968年川端康成(文学賞)、1965年朝永振一郎(物理学賞)と1949年湯川秀樹(物理学賞)の11名となります。この11名のうち文学賞と平和賞の受賞者をのぞく科学分野の受賞者の特許件数について、平成13年10月までの数値を表にして紹介します。

ノーベル賞受賞者と特許

授賞年度と受賞者名

授賞分野

国内出願数

米国出願数

欧州出願数

1949 湯川 秀樹

物理学賞

 

 

 

1965 朝永 振一郎

物理学賞

 

 

 

1973 江崎 玲於奈

物理学賞

  19

  33

  23

1981 福井 謙一

化学賞

   3

   9

  23

1987 利根川 進

医学・生理学賞

   3

   9

   3

2000 白川 英樹

化学賞

  32

   8

   3

2001 野依 良治

化学賞 

 166

  35

  69

2002 小柴 昌俊

物理学賞

未記載

 

 

2002 田中 耕一

化学賞

未記載

 

 

特許庁HPより

産学が協同して優秀な人材の育成と研究の展開が求められる時代となりました。大学が基礎研究を担当し法人が応用研究を分担することを意味するのでしょう。文部科学省は、今後「スーパー・ハイスクール」を全国に数百校設置して、将来のノーベル賞候補者の育成を開始するとのニュースを聞きました。しかし、産学協同で展開できる研究は、お金になりにくい純粋な基礎研究が含まれることは少ないのではないかと危惧されます。基礎研究の底辺が広く深くないと、その上にノーベル賞というお城は築けないのと違いましょうか。

メタン発酵や水素発酵の中心的役割を担っている細菌は、嫌気性と呼ばれる特殊な細菌です。「嫌気」とは「いやけ」とも呼ぶくらいですから、嫌気性細菌を扱える企業は、欧米に比べて国内には多くありません。好気性の普通の細菌と比較して、なにが「いやけ」の原因かというと、手技が煩雑で、反応が遅く、異臭を放つ等であろうと思われます。しかし、嫌気発酵は、省エネメギー型である特出した特徴がありますから、時代への適合性は高いと思われます。

日本人の性格も関与するのでしょうが、例えば、屎尿処理は、多分速い方が良いとの判断から「バッキ式」と呼ばれる好気性細菌を活用する方向に日本は行ってしまいました。ところがこの方式は、速い特徴はありますが、大量なエネルギーを消費する欠点もあります。そのため、嫌気性細菌によるメタン発酵が注目されるような環境になって来ました。メタン発酵の衛生工学的な面は別にして、メタン菌を細菌学として扱える知識と技術を培ってきた研究者や技術者は、国内に何人いるかわからないほど少ないのが現状です。嫌気性菌の基本的な知識と技術が欧米に比べて乏しい国となってしまいました。基礎研究を疎かにした必然的な結果ですが残念でなりません。

工業面でも安いからと外国に全てを依存する社会では、現在ある基礎技術も消えてしまうかもしれませんし、新たな基本技術も育たないかもしれません。英国のトニー・ブレア英国首相は、国家に一番大切なのは「教育、教育、教育だ」と所信表明演説で述べたことを思い起こします。あまりお金にはなりにくい基礎の研究と技術が国家の繁栄には必要なのではないでしょうか。

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