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445. インフルエンザ患者に紙マスク.9-26-2006.
キーワード:インフルエンザ マスク 流行抑制
 
新型インフルエンザの人集団社会への大規模な導入は、いつ起こるのかは誰にも予測できることではありません。しかし、いま大発生したとしたら、予防薬としてのワクチン開発やタミフルの備蓄は、とうてい間に合うはずがありません。それでは大流行が起こるまで、何もしないで待っているしか対策はないのでしょうか。
この疑問に答えるかのように、新型インフルエンザの伝播を抑制するには、「セキをしている患者に安い紙製マスクを無料で提供することが良い」という趣旨の論文を見つけました。国立感染症研究所に勤めておられたウイルス学者の井上栄先生を含む方たちが発表した論文です(Japanese Journal of Infectious Diseases 59:171-181, 2006)。
医療用の特殊なマスクを別にして、普通に市販されているマスクでウイルスを取り除くことは、原則として難しいと思います。「難しい」という意味は、あまり「効果的でない」ということになります。ウイルスは取り除けなくても、セキによって吐き出されるウイルスを含む水滴はマスクにひっかかります。従って、使い方によってマスクは、インフルエンザ対策として有効となることがあるというのが、この論文の趣旨と思います。
マスクでインフルエンザウイルスのセキによる伝播を抑制するには、非(未)感染者がマスクを使うよりは、感染者が使った方が伝播抑制効率は良いでしょう。一人の患者からのセキとともに飛散するウイルスの広りは、その一人の患者がマスクをすることで抑えられます。しかし、一人といえどもセキとともに飛散してしまった飛沫を吸わないようにするには、セキをした人の周囲にいる多くの人がマスクをすることが必要となります。
インフルエンザウイルスが環境中に飛散するのは、患者の口からの散布だけです。そのとき患者のセキが強ければつよいほど、ウイルスは遠くまで飛ばされ、結果としてインフルエンザの流行は大規模になります。環境中に飛散しているウイルスから身を守るためには、抗ウイルス薬を飲むか、ワクチンを前もって接種しておくことが考えられます。しかし、それよりも環境へのウイルスの飛散を大元で押さえる方がよほど得策で、それが患者用のマスクなのです。マスクの使用のほうが、インフルエンザ対策としてはるかに効率がよく、費用もかからないのです。
 
ウイルスにすでに感染してしまっているインフルエンザ患者が、マスクをしても治療効果があるわけではありません。そのため患者にとってはマスクを使用するメリットはないのです。患者個人のことだけを考えると、自分でお金をだしてまで治療効果の期待できないマスクを買う必要はあまりありません。そのため患者に無料のマスクを提供して、使ってもらうことを考える必要があると井上先生たちは考えました。
 
マスクがウイルスの通過をどのていど抑制するかを調べるには、環境中のウイルスを捕捉して定量する必要があります。しかし、ウイルスの捕捉と定量は、一般的には難しいことなのです。そこで井上先生たちは、超音波風速計を使って、マスクによる風速の減弱度を測定しました。実験に3種類のマスクを使用して性能を比較しました。一枚70円の16層ガーゼのマスク、30円の不織布のマスク(3層)と5円の紙マスク(2層)を使いました。結果は、値段に無関係にどのマスクでも風速を10分の1以下に減弱したのでした。
風速が低下することは、ウイルスをふくむ飛沫が飛ぶ速度も低下し、飛沫の飛散量も減ると考えられます。同じ効果なら、一番安くてマスクをしても患者の呼吸に負担にならない一枚5円の紙マスクが良いとの結論になりました。そこで提案が記されています。
 
新型インフルエンザの発生時には、政府が無料のマスクを全国民に配布する。タミフルを一千万人分備蓄するには約200億円の費用が必要となります。マスクを国民全員に配布しても、そのマスクの費用は約6億円です。セキをしない人は使わなくても良く、セキをする人だけにマスクを使ってもらう。特にセキをする人で、診療所や病院へ行く患者、学校に行く小中学生、通勤電車・飛行機の乗客などにマスクの使用に協力してもらう。
 
さらに社会全体で患者がマスクを使うことには、もう一つ大きな利点があります。セキが強く強毒なウイルス株の出現を抑制できる可能性が期待できるのです。セキの強い人がマスクをすると、強いセキを起こすウイルスの広がりを抑制できるでしょう。一方、インフルエンザウイルスのなかには、セキをあまりださない弱毒なウイルスも存在します。このような弱毒のウイルスに感染している患者は、マスクをあまり使わない。弱毒なウイルスは、強毒なウイルスと比較してセキが少ないだけ広がりにくいので、流行のなかで消滅してしまいます。しかし、強毒なウイルスの広がりをマスクで抑えられていると、弱毒なウイルスが人集団に徐々に広がることができます。そのウイルスが広がってしまうと、人集団に免疫ができるので、セキの強い強毒なウイルスは、広がることが出来なくなります。
 
 
外国でインフルエンザが流行っても、マスクを使う人は、日本人ほどに多くはないようです。さすがにサーズが流行ったときには、効果のほどは別にして、全世界で一般市民がマスクを購入して使っていたようです。インフルエンザウイルスの大きさは、ウイルスとして決して小さな部類には入りません。いくら大きなウイルスであっても、マスクの網目は通過してしまいます。しかし、セキを介して患者の口から吐きだされるウイルスは、ウイルス単独で存在するのでなく、水滴の飛沫になっています。この飛沫は、たとえガーゼのマスクであっても、完全に百パーセントでなくても、ある程度捕捉されます。この飛沫の飛散を抑えることでインフルエンザの流行を抑制できるというのが井上報告です。賢い人の発想の転換による発見です。

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