◆ウイルス[virus(es)]
遺伝子である核酸とそれを保護するタンパクの膜からできていて、電子顕微鏡でなければ観察できないほど小さな粒子である。生物の基本的な構造単位である細胞という形態と機能を持たない不思議な生命体である。ものを合成する酵素を持たず、呼吸やエネルギー代謝をしないので、ウイルス粒子自身は増殖できない。生きた細胞の中に侵入して細胞の代謝系を利用して子孫を細胞に作って貰わないと殖えられないカタワな生物である。そのため細胞には無効でウイルスにのみ有効な特効薬はない。
細菌よりも小さい(300-10nm)微生物の1群である。最初、1892年にD.イワノウスキー(ロシア)がモザイク病にかかったタバコの病巣部のしぼり汁を細菌濾過器に通して、その濾液がタバコを発病させることを認め、ある種の細菌毒素と考えた。その後(1898)、M.W.ベイジェリンク(オランダ)がそれを追試して、その濾過性病原体が増殖することを示した。一方、同年にF.レフレルとP.フロッシュ(ドイツ)は動物の口蹄疫の病原体も濾過性であることを認めた。このような病原体はすでに知られていた細菌より小さい微生物であることから、当時は"濾過性病原体(filtrable virus)"とよばれていたが、次第にウイルス(毒物というラテン語由来)とよばれるようになった。その後、1935年にW.M.スタンレー(アメリカ)によって、タバコモザイクウイルスが結晶化されて、それが核タンパク質であることが明らかにされて以来、ウイルスは生物界と無生物界との境界的な存在として認識されるようになった。
ウイルスは各種の生物へ特異的に寄生して病気をおこし、細胞内でのみ増殖するので偏性寄生体である。ウイルスが寄生する生物(宿主)の種類によって、動物ウイルス、植物ウイルス、細菌ウイルス(バクテリオ・ファージ)などに大別されている。動物ウイルスには魚類などの脊椎動物や昆虫、甲殻類、貝類などの無脊椎動物に寄生するウイルスもある。上記のようにウイルスはこれらの生物の細胞内でのみ増殖するので、他の多くの微生物のように人工培地で培養することができない。したがって、ウイルスを増殖させるには、それぞれに特異的な培養細胞(ファージでは細菌)が用いられる。
ウイルスは一般に核タンパク質から成るビリオン(virion)とよばれる粒子で、その中心(コア: core)に遺伝子として核酸をもち、その周りにキャプシドとよばれるタンパク質から成る外被をもっている。キャプシドはキャプソメアとよばれるタンパク質の粒子の集合体である。ウイルス核酸はデオキシリボ核酸(DNA)かリボ核酸(RNA)のいずれかで、DNAウイルスとRNAウイルスに区別されている。動物ウイルスは大型ではDNAウイルス、小型ではRNAウイルスである。植物ウイルスはRNAウイルスで、魚類ウイルス、昆虫ウイルス、バクテリオ・ファージはDNAウイルスまたはRNAウイルスである。
ウイルスの形はキャプシドのさらに外側にエンベロープ(envelope)や突起をもつ複雑なもの、正二十面体、かん状(円筒状)、弾丸状などがあり、ファージのように頭部と繊維状の付属物をつけた尾部をもつものなど様々である。ウイルス自身はエネルギー代謝やタンパク質合成の仕組みをもっていないので、宿主細胞内では宿主細胞のもっている代謝を利用して、ウイルス核酸の遺伝情報によって自己を増殖させる。ファージ以外のウイルスでは感染した宿主細胞の細胞質や核内にウイルス粒子が集合した封入体とよばれる特異な構造が観察されることがある。
動物ウイルスには天然痘、水痘、狂犬病、肝炎、オタフクカゼ、インフルエンザ、ハシカ(麻疹)、脳炎、小児麻ひ(ポリオ)、黄熱などの各ウイルスや数種の腫瘍ウイルスがある。魚類ウイルスには伝染性造血器壊死症ウイルスなど多数があり、昆虫ウイルスとしてはカイコの多角体ウイルスなどがある。植物ウイルスにはタバコモザイク病ウイルスやイネ萎縮病ウイルなどがある。また、ファージはとくに大腸菌ファージ(T2 ファージやφX174)がよく研究され、その成果は分子生物学の基礎となった。
なお、近年、エイズ(免疫不全症候群:AIDS)ウイルス、B型血清肝炎ウイルスあるいはエボラウイルスなどが社会問題になっている。
細菌
口蹄疫
タバコモザイクウイルス
バクテリオ・ファージ
核酸
キャプシド
タンパク質
キャプソメア
DNAウイルス
RNAウイルス
エンベロープ
封入体
天然痘
水痘
狂犬病
肝炎
オタフクカゼウイルス
インフルエンザウイルス
ハシカ(麻疹)
脳炎
小児麻ひ(ポリオ)
黄熱病ウイルス
腫瘍ウイルス
伝染性造血器壊死症ウイルス
エイズ(免疫不全症候群:AIDS)ウイルス
B型血清肝炎ウイルス
エボラウイルス
動物ウイルス