はじめに
明治25年11月に本邦で最初の伝染病研究所が開設された。建設用地と建設費は、福沢諭吉翁が提供した。研究機器一式購入代金千円は紳商森村市左衛門翁(市太郎が正式名称で市左衛門は正確には正しくない、後述)が寄付した。北里柴三郎伝に、この事についての記載はあります。ところが明治26年9月に開院した土筆ケ岡養生園についての記録は、北里研究所より発行されている「北里柴三郎伝」に一切見つからない。養生園の建設費を誰が負担し、その金額は幾らであったのであろうか。また紳商森村市左衛門翁とはどのような人物で、北里柴三郎先生とどのような関係にあったのであろうか。土筆ケ岡養生園の誕生にまつわる秘話をここに紹介したい。尚、本文は、歴史的な事実を記載するので、人物の敬称は省略させてもらいます。